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『ロシア・ソビエトSF傑作集(上)』

2006年10月10日 | 読書日記ーロシア/ソヴィエト
オドエフスキー他 深見 弾訳

《内容》
長い伝統を誇るロシアSF。本書はその代表作を年代順に編纂した画期的アンソロジーである。この上巻には革命前ロシア時代を代表する作品を収録した。ロシアSFの出発点とされる、オドエフスキーの未来小説「四三三八年」をはじめ、クプリーンの描くウェルズ風の異色作「液体太陽」など5編に加えて、巻末には訳者による詳細な論攷「ロシア・ソビエトSFの系譜」を併録。

《収録作品》
四三三八年(オドエフスキー)/宇宙空間の旅(モロゾフ)/液体太陽(クプリーン)/技師メンニ(ボグダーノフ)/生き返らせないでくれ(ブリューソフ)/ロシア・ソビエトSFの系譜(深見弾)

《この一文》
”「はたして人類に、その思想が真実であることをやめさせるようなことができるだろうか? 人類が認めたがらないからといって、それに従うことを拒否したからといって、そのことで思想が苦しむだろうか? たとえ人類が消滅しても、真実は、そのまま真実として残るのだ。だめだ、思想を卑しめることはできん! 思想にいたる道を見つけるには努力が必要であるし、その偉大さを実現するには、しばしば荒っぽい労働が必要だ。だがその手段は、思想の高邁な本質とは無限のへだだりがある」 
  --「技師メンニ」より ”


先に下巻を読んでしまったのですが、どうやらこのセットに収録された作品は年代順に並んでいたらしい…。そうだったのか…。どちらにせよ、2巻を読んでみて思うことは、さすがに「傑作集」というだけはある傑作ぞろいでした。すごい。面白かったです。

私がとくに気に入った、というか、衝撃だったのは、ボグダーノフの「技師メンニ」。上巻に収録された作品の中でもとりわけ分量の多い作品です。最初は正直に言って、眠かったです。ところが、途中から突然ドラマチックになり、最後には私は涙を禁じ得ませんでした。
これは、火星における人類の歴史を振り返るという体裁で、ある英雄「技師メンニ」の生涯を物語っています。これが非常にドラマチックなのであります。物語全体としては、とにかく思想や労働についての議論の部分が多く、私には不勉強のために分からないところのほうが多かったのですが、それでも面白かったです。とりあえず、いまのところ私には、この物語は、人類が思想を掲げ、失敗や挫折、生と死を繰り返しながら、それでもとにかく前進しようとし、結果的には滅びる運命を避けられないとしても、それさえも宇宙の歴史になんらかの貢献となるはずだ、という熱いメッセージがあふれているように感じました。上に挙げた他にも名言多数。とても引用しきれません。とにかく、面白い。非常に面白いです。
しかし、いかんせん恥ずべき知識の不足のために読み違えているところもあるような気もするので、いずれまた読み返そうと思います。ちなみに紹介文によると、作者自身はかなり凄い人らしい。自分で設立した輸血研究所で体内の血液をそっくり入れ替えるという実験中に亡くなったらしい。理論を実践する人だったのでしょうか。熱いぜ。
たった2作しかないこの人の作品のもうひとつ『火星の星』は『赤い星』として邦訳があるそうなので、ぜひとも読みたいところです。

他にオドエフスキーの「四三三八年」も面白い。発表されたのが1840年ということを考えると、物語で描かれたロシア像は、かなりSF的です。とにかく、クリスタルとか、光輝くドレスとか、ロマンチックな小道具が満載です。このへんが面白かったです。そして、この時代には(四三三八年という未来を旅するという物語です)「ドイツ人」というのがなんのことを意味しているのか分からなくなっていたり、アメリカはとにかく野蛮なだけの国で、中国は文化的に未熟な歴史の浅い国として描かれていたりするのが面白い。栄えているのはロシアだけなんです。でも、そのロシアもなんだかおかしな国として描かれています。短いけれど、なかなか印象的な作品でした。

それからモロゾフの「宇宙空間の旅」。この作者は皇帝暗殺計画に参加したかどで25年間も投獄されていて(なにかにつけて投獄されている人が多い)、この作品も獄中で書かれたそうです。月面を探査するという物語で、月のクレーターは隕石が衝突したものであるということを推論しています。そのあたりが凄いんだそうです。たしかに凄い。獄中にいても学問をおろそかにしないその高い志には感動しました。というか、「技師メンニ」でも、メンニは獄中で勉強していました。もうとにかくそういう人って現実に本当に多かったのかもなー、としみじみします。

クプリーンの「液体太陽」は、かなり面白かったです。いかにもSFという感じです。はらはらさせてくれます。ちょっと物悲しいトーンで語られているのが、また良い感じです。太陽光線を液状化して保存しようという、スケールの大きい話です。そして、手に余るほどのエネルギーを得た人間の責任という問題を追求しています。興味深いです。

「生き返らせないでくれ」は、ごく短い作品ながら、ユーモアもあって、印象的です。なんとなく、ストルガツキイの「月曜日は土曜日にはじまる」に似た感触です。グロテスクなユーモアとでも言いましょうか。魔術研究所が登場するところが似てるだけかもしれませんが、面白かったです。


というわけで、上下巻とも読みごたえがあり、はずれなしの傑作集でした。ロシアSFの入門書としては、たしかに必携と言えましょう。