イワン・アサノヴィッチの一日  畑と映画の好きな卒サラ男。

政官業癒着体質の某公共事業職場を定年退職。鞍馬天狗・鉄腕アトムの人類愛に未だに影響を受けっ放し。孫には目がない。(笑い)

学校という超閉鎖社会

2013-01-14 01:52:22 | 社会・経済

 大阪市の公立高校で教師の体罰が原因でバスケ部の主将が自殺した。自殺前日にはこの生徒は部活顧問から30~40回のビンタを受け唇が切れていたそうだ。<o:p></o:p>

 教師も人間であるから長い間には思わずカッとなって生徒をビンタすることも在るだろう。そんな偶発的な一事を捉えて体罰だ!体罰だ!と騒ぐ気は毛頭ない。

しかし、ビンタ40回ともなれば、思わず手が出てしまったという偶発性では説明がつかない。至って恣意的な行為と言わざるを得ない。教育には無関係な無知と怠慢を指摘せざるを得ない。<o:p></o:p>

 元巨人軍の桑田真澄投手が朝日新聞(2013年1月12日付け)で次のように語っていたので引用する。
 

 『私は中学まで毎日のように練習で殴られていました。今でも思い出したくない記憶です。殴られるのが嫌で、野球を辞めた仲間を何人も見ました。スポーツ界にとって大きな損失です。
暴力で脅して子どもを思い通りに動かそうとするのは、最も安易な方法。指導者が怠けている証拠でもあります。私は、体罰を受けなかった高校時代に一番成長しました。「愛情の表れなら殴ってもよい」と言う人もいますが、私自身は体罰に愛を感じたことは一度もありません。』(桑田真澄氏談)

 
一流選手の心からの述懐であり、体験から得た貴重な教訓とすべきであろう。

 
「夜回り先生」こと水谷修氏は『解決策は橋下大阪市長の言うような100人態勢で1,000万円の予算を付け、権力が教育の現場に入るようなことでは無い。』と明言した。尾木ママこと尾木直樹氏が『いまだに学校という世界が世間一般の常識から外れて居て良いと言う認識が在る。』と指摘している。

 
即ち国や教育委員会からの上意下達式管理システムの弊害を指摘せざるを得ない。“競争”だ“成果”だと教育には無縁な目先物を教師や学校に強いた挙げ句に失った“市民目線=社会常識”。

 教育者と言えない人間たちが跋扈する、学校と言う名の「超閉鎖社会」の存在である。いま教育現場では真面目な教師ほど苦しんでいる。ここにも“情報開示”をして、一刻も早く市民目線の風通しを良くすることが求められていると言えよう。


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