遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは
語り部は いにしえを語り継ぎ いまを読み解き あしたを予言する。騙りかも!?内容はご自身の手で検証してください。
 



 

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以下抜粋

大嘗祭 新天皇即位の儀式

①聖水沐浴、天羽衣を沐浴中にきがえる → 脱皮 再生

②神人共食、神とともに食す

③御衾(おぶすま、寝所)秘儀 → 新天皇がアマテラスと添い寝して神の息吹を得る

この御衾の秘儀が祝の儀式ではないか?

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以下抜粋

筑後国風土記逸文に次のような文章があるとのことです。

  昔、此の堺の上に麁猛(あらぶる)神あり、往来の人、半ば生き、半ば死にき。
  其の数極(いた)く多なりき。因りて人の命尽(つくし)の神と曰ひき。
  時に、筑紫君・肥君等占へて、
  今の筑紫君等が祖甕依姫(みかよりひめ)を祝(はふり)と為して祭る
  爾より以降、路行く人、神に害はれず。
  是を以ちて、筑紫の神と曰ふ。


本題に戻って、此の堺(境)とは、筑前と筑後を分ける峠のことのようで、古田氏は、この甕依姫(みかよりひめ)が卑弥呼であるとしていますが、それはさておき、おそらく「 祝(はふり)の神事 」が文献上に登場するのはこれが始めではないでしょうか?(もっと前をご存知の方あれば、コメントお願いします。)
風土記は、元明天皇(在位 707〜715年)の詔により各令制国の国庁が編纂した奈良時代初期の官撰地誌。

「 今の筑紫君等 」とは、冒頭の「 昔 」の時点の事であり、それが自分たちの祖先=甕依姫を祝として祀る。と云うことは、問題の麁猛神の事件は、528年の磐井の乱、或いは吉野ヶ里や平原を巡る2〜3世紀頃の激戦のことなのかもしれません。

甕依姫(卑弥呼?)を祝(はふり)として祀ったということなのですが、
これに対して、現在の大嘗祭は、皇太子が神(天照大御神)と添い寝することで神の息吹を体内に宿し、新天皇となる儀式とされています。

以上

先日 書いたように かつて 大嘗祭は三輪山の山頂にて とりおこなわれていました。山頂に神座日向神社がありました。宮中にもアマテラスとニギハヤヒとふたつの神が祀られていました。その後 50年のやまと姫のさすらいののち アマテラスは伊勢に鎮座するのですが そのころから御衾の儀が変わったのではないか?アマテラスが神のエネルギーを新天皇におろした。

しかし かつては巫女が神霊を新天皇におろしたのかもしれない。 ここでひらめくものがあります。巫女 神殿娼婦の存在です。その昔神殿娼婦は聖なる役目を持っていました。天から使命を男につたえる役目です。マグダラのマリアはその神殿娼婦であったそうです。スメラミコトがシュメールからきたことばであるという説がありますが そのルーツがユダヤにさかのぼるものなれば あながち夢物語とも 語り部のたわごとともいえないなにかがあるやもしれません。

マグダラのマリアはただ一度語っただけで こんど いつ語れるかわかりませんが わたしの運命を変えた語りでした。語る前にも不思議なことがいくつかありましたが わたしはそこにいてそこにいませんでした。金の粉が舞い落ちる幻影がありました。

 
 

 


 



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