宮崎駿監督の新作 君たちは どう生きるか 初日に 行きました。
はじまってからの30分 .... 圧倒的な臨場感 質感 画像のうつくしさ
にことばを失いました。
このあとは ネタバレになりますので まだ見ていない方は 見ないで
ください。
隠喩 暗喩 無数の伏線 迷路のような うつくしいが恐ろしい映画
でした。
真人のナビゲーターである ペリカン目サギ科 アオサギ
青サギが 意味するのは
「鮮やかに舞い上がり、そして光り輝く者」、「ラーの魂」、
「自ら生まれた者」または、「記念祭の主」などの肩書きを持つ。
長い嘴をした黄金色に輝く青サギ。
青サギは、炎で焼かれたのち再び灰の中から蘇るとされ、
このイメージは、ギリシャ、ローマと受け継がれて、
何と不死鳥フェニックスへとつながるそうです。
日本では 怪奇な鳥 のようです。
また わたしには 青サギは 真人自身の 守護霊
あるいは 覚醒をうながす 真人自身の本霊のようにも
思われました。
白サギは ペリカンの仲間です。 赤ん坊の卵 わらわらは (現世 上の世界
へ生まれでる力を得るために 魚の臓物が食う) わらわらは DNA のように
らせんを描きながら 青い空へ 現世へ 飛んで行く シラサギは 襲いかかり
わらわらを食らう DNAは 欠落しながら 上の世界へのぼってゆく。
シラサギも 可哀そう どこからか 下の世界へ連れてこられ わらわらを
食べるしか生きる道はない。ヒミの火によって血を吐き死んだシロサギを
真人は埋めてやる
本来は赤ん坊を運んでくる鳥(ペリカン目シラサギ)が 赤ん坊の たまご
わらわらを食い殺す ........... それは 地獄のありようでした。
みなさん なにか 感じませんか わたしは ワクチン禍のなかの 医療従事者
医者を シラサギに重ねずにはいられなかったのです。
(わらわらとは わらべたち? こどもたち?)
第二次大戦中の 日本に 仮託して 宮崎監督は 今の日本の地獄
あすは ほろびるかもしれない世界を いとも うつくしい筆致
で 描かれたのではないかと 感じたのです。
なにもかも サギだよ と いう話かも 知れない。
そう 国連がらみ 国家ぐるみの サギが行われている。
ものがたりとは 主人公が障碍をのりこえてゆくものです。
そのダイナミクスが ものがたり の ちからとなる
ナウシカの障碍は? ナウシカの生きる目的は?
アシタカの障碍は? アシタカの生きる目的は?
宮崎アニメのなかで 主人公たちは 当初 障碍を見つめ 乗り越え 果敢に
目的に向かっていったのですが しだいに その障害も目的も あやふやに
カタチのないものになっていったような気がします。
君たちは どう生きるか においても 主人公 真人が本当は
なにをしたいのか 明確にされない
真人は 焼け死んだ母を助けたかった 助けられなかったことが
トラウマになっている。
母の妹 義母である身重の夏子を 助けることが
後半の目標になってゆきますが その渇望に 説得力がない
そして夏子は 助けにきた真人を 拒絶する 『あんたなんかいらない 』
目も彩な 地獄 妻の入院のさなか 浮気をしていただろう父と叔母夏子
軍需産業で 儲ける 父
本作には 結論がない 軸と言う軸もない
地獄のような 生 が絢爛と綾なす 現実と幻
どう見るかは 観る者の目に ゆだねられている
もっとも 明確なのは ヒミ = 亡き母
下の世界に(とじこめられている?)ヒミは 火となって わらわらを食らう
シラサギを蹴散らし 燃やし わらわらを 守る。
最後は焼け死ぬと わかっていながら
真人を生むために 上の世界へ 戻ってゆく。
冒頭 B29による 燃え盛る 紅蓮の炎の中で 真人の母は
十字架にかけられたかのように 見えました。
この映画は 女性 母性に 捧げられたもののように わたしは感じました。
ヒミ は ヒミコを連想させました。
まだまだ 発見が ありそうです。
最後に キャスティングが 残念でした。
真人は ま いいんですけれどね 可愛げのない野太い声の少年。
揺れが ほしかった......
アオサギの菅田将暉 は 勘弁してください。
意外によかったのは あいみょん
老いたシロサギがよかった。
おばあちゃまのなかでは ガラスの仮面 (大竹しのぶ)がよかった。
キムタクもよかった。。。
大御所ばかりのせいか 全体に ひとつのものがたりをつくっている
連帯感 ハーモニー に乏しかった。声のちからでもうすこし
ものがたりを つよく 固められたのでは ないかと 残念。。。
構造上の 骨格の やはさとか
つっこみどころは あるんですが 観に行ってよかったです。
企画されたのは 7年前?
この間に 世界は大きく 変わりました。
3年半前 コロナ その後の ワクチン禍 人口の減少 それを見て
ものがたりに 変化がなかったはずがない。
宮崎監督が 今 なにが起こされようとしているか 気づかない
はずがない。
文化人 アーチスト のほとんどが 今 起きていることに
目を瞑り 口を つぐんでいる。
そのなかで 81歳の 宮崎監督が この作品で描こうとしたもの…
わたしは 胸が迫りました。
気持ち悪い という 感想もあるそうですが それは 今起こさ
れようとしている醜いことに 気づかないひと と思うのです。