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医療機関が患者に対して未収金(診療費)を請求する場合の請求原因の書き方

2022年10月20日 | 病院・独立行政法人
(「未収金」又は「診療費」)
 医療機関の未収金というのは、経営上問題となっており、2008年には厚労省の「医療機関の未収金問題に関する検討会」が報告書を出しています。この報告書を読んでいて感じたのは、「未収金」という用語です。医療機関が患者に対して請求するのは「診療費」であると思っていたからです。実際、この債権に関する時効が何年かという点について判断した最高裁判例は、「公立病院の診療に関する債権の消滅時効期間は、地方自治法236条1項所定の5年ではなく、民法170条1号により3年と解すべきである。」として、「診療に関する債権」という用語を用いていますし、同判例の事件は、「診療費等請求事件」とされています(最高裁平成17年11月21日判決・最高裁判所民事判例集59巻9号2611頁)。

(健保法では「一部負担金」)
 では、先の報告書ではなぜ「未収金」という用語を使用しているのでしょうか。
 報告書にはその理由は書いていません。
 しかし、内容を読むと、どうやら保険診療(←→自由診療)ということが意識されて「未収金」という用語を使用しているようです。
 報告書は1項で「未収金を取り巻く現状と問題」について述べた後に、2項で「未収金にかかる現行制度とその解釈」について検討しています。
 その中で、健康保険法(健保法)、国民健康保険法(国保法)の一部負担金の制度を紹介しています。
 保険診療を行った場合、患者は自己負担分を支払います。この自己負担分は、健保法74条及び国保法42条では「一部負担金」と呼んでおり、この一部負担金は保険医療機関に支払われなければならないと規定しています。
 この文言に忠実であれば、医療機関が患者に対して請求するものは「一部負担金」であることになり、その訴訟は「一部負担金請求事件」となるはずですが、どうもそのような言葉は使用されていないようです。
 この文言が、健康保険法、国保法という公法的なものであり、私法的な診療契約にはなじまないという感覚からでしょうか。
(保険診療契約をどう解釈するか)
 保険診療契約をどのように見るかということについては争いがあり、報告書では3説紹介されています。自由診療ならば、医療機関と患者間には直接診療契約が締結されていると考えることは争いがないと思われますが、保険診療契約では、保険医療機関が保険者に対して公法上の義務を負担しており、被保険者と保険者の間に公法上の法律関係が存在することから、自由診療契約と同様に考えてよいのかという問題意識のようです。
 報告書では、被保険者・保険医療機関当事者説が判例・通説であるとされています。
 この説は、保険診療において被保険者である患者と保険医療機関との間には、診療に関する合意によって直接診療契約が締結されるとみるべきものとされており、この合意は準委任契約(民法656条)であると紹介されており、その点では自由診療契約と同様です。
 しかし、保険診療契約の場合の費用の負担額はいくらなのでしょうか。
 この点が肝心なはずですが、報告書には書いておりません。
 自由診療では治療費が20万円、保険診療では10万円で自己負担額は3万円であるという事例を考えてみましょう。
 自由診療では、患者が支払う金額は20万円で合意しています。
 保険診療では、保険診療の治療費10万円で合意しているのか、自己負担額の3万円で合意しているのか。報告書にはこの点が書いていないので、どう考えればよいのかがわかりません。
 どちらの説で考えるかで、訴状や判決の書き方が変わってくるはずなのですが・・・。

(実際の判決文) 
 実際の判決文を見てみましょう。
 ほとんど裁判例がありません。医療機関が訴訟提起をしていないのか、あまり争いがなく裁判例集にでてこないのか。
 ある東京地裁では次のように請求原因を整理していました。
「請求原因
 1 被告は、(始期略)から(終期略)まで、原告が運営するX病院に入院し、治療を受けた。
 2 原告は、被告との間で、被告が入院した(始期略)に診療契約(以下「本件診療契約」という。)を締結した。
  本件診療契約に基づき、次のとおり、入院治療費(差額病室の差額料金を含む。)合計237万2262円が発生した。
  平成29年11月分 14万5994円
  同年12月分 104万6138円
  平成30年1月分 103万3904円
  同年2月分 14万6226円
  合計 237万2262円」

以下は略しますが、私はこれをみたときにちょっとビックリとしました。
 問題は次の箇所です。
 「本件診療契約に基づき、次のとおり、入院治療費合計237万2262円が発生した。」
 この判決では診療契約について金額を合意したとは書かれておりません。
 「入院治療費は発生した」とまるで損害賠償請求での損害の発生のように書かれています。診療契約なのですから金額の合意をしているはずですが、そのようには書かれておりません。
 原告が請求原因として主張せず、裁判所も釈明しなかったためにこのような判決となったものと思われます。
 
 簡裁では、もっと簡単です。
 厚木簡易裁判所平成20年7月17日判決(医療判例解説20号96頁)は少額事件の判決ですが、次のように紛争の要点を整理しています。
「紛争の要点
 1 診療等の内容
  (1) 病院名 A病院
  (2) 所在地 (略)
  (3) 患者氏名 甲野花子
  (4) 診療申込日 (始期略)(診療契約日)
  (5) 診療終了日 (終期略)
  (6) 保証人 甲野一郎
  (7) 支払期限 平成18年4月30日
 2 未納内容
  (1) 治療期間 (始期略)~(終期略)
  (2) 診療費等 315,690円
  (3) 支払済み額 116,690円
  (4) 最終支払日 平成19年12月18日
  (5) 未納額 199,000円(各明細は別紙(略)のとおり)」
 どうもこの程度の記載でも裁判所には通るようです。
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