南斗屋のブログ

基本、月曜と木曜に更新します

太田金次郎弁護士と阿部定

2021年03月29日 | 歴史を振り返る
(戦前の弁護士活動への興味)
戦前の弁護士がどんなことやってたかに、興味あるのです。特に、刑事弁護というのはどんなことやってたのか。今の刑訴法と戦前の刑訴法とだいぶ違うし。刑事弁護の考え方もだいぶ変わったんではないかと思うのです。

(太田金次郎弁護士の「阿部定と語る」)
それで、まず太田金次郎弁護士という方を見つけました。阿部定の予審調書を読もうと「
阿部定伝説」という本を手にとったのですが、この本の中には太田金次郎弁護士の「阿部定と語る」という文章が掲載されているのです。その名のとおり、太田弁護士が阿部定と接見したときのことを書いてあるのです。これ、今であれば大変なことになりますが(懲戒処分は免れないでしょう)、当時はそれほどでもなかったのかもしれません。そういうこと自体、結構衝撃的です。

(予審中の接見)
以下、太田弁護士の接見について見て行きますが、当時の制度が本当にそうだったかまで裏付けを取っていません。ですので、あくまでも太田弁護士が認識として見ていきます。
①予審判事の許可を得て接見
太田弁護士は、予審の審理中に阿部定と接見してるのですが、接見禁止中であったので正田光治予審判事に接見許可の申請をして、許可を得て接見したとあります。
今は、弁護人(又は弁護人になろうとする者)は、接見禁止決定があっても、裁判官の許可など不要で、接見できますので、この点は違ってます。
②看守の立会いがある
 接見も、自由にはできなかったようです。男女両看守部長立会いのもとに接見したと書いてあります。
今は、弁護人は看守の立会いなしで接見できます。
③予審段階だから事件の話しができない!
 「目下予審中で、法律上事件の内容につきお話ができないのは甚だ遺憾ですが、事実を隠蔽することなく赤裸々に心中を打ち明けて判事さんにはありのまを率直に申し上げなさい」と言ってまして、予審段階だから事件の話しができないとされています。
弁護人の予審段階での役割は何なのでしょうか…。
④接見の場所は、「市ヶ谷刑務所女囚接見所」
市ヶ谷刑務所は、1937年(昭和12年) 閉鎖(豊島区西巣鴨へ移転し、東京拘置所と改称)とのことなので、阿部定事件(1936年)のときはまだ市ヶ谷刑務所だったのですね。
⑤予審における被告人の最終陳述
 太田金次郎弁護士は、阿部定に最終陳述の機会について説明しています。予審における被告人の最終陳述というのはこのようなものだったのでしょうか。
・予審判事が被告人の尋問、証拠調べの全てを終了したときに行われるものである。
・被告人の最終陳述を聞いた後、予審終結決定が出される。予審終結決定は、公判に付する決定、免訴決定がありうる。
・予審判事は、予審のまとめを行う。即ち、被告人に対する公訴事実はかくかくで、これに対する被告人の供述はかようである、証拠調べをしたところこの証人はかく証言している、またあの証人は被告人の供述と相違してかように述べている、物的証拠というのはこれである、今日をもっていよいよ証拠の取り調べを終了するが、最後に被告人として何か言うことはないか、証人の証言に意見はないか、利益な証拠があれば提出もできるがどうかと言われる。
・これに対し、被告人より最終的に今までの申し立てに訂正を加えるとか、証人の証言が相違しているとか、なおこういう利益な証拠を調べてもらいたいという陳述ができる。これを法律上、被告人の最終陳述という。


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地方公務員災害補償法の地方公務員災害補償基金審査会

2021年03月25日 | 労働関係
(はじめに)
 地方公務員災害補償法の支部審査会(審査請求を担当)と審査会(再審査請求を担当)について調べる機会がありましたので、まとめておきます。

(地方公務員災害補償法の審査組織に関する規定)
 地方公務員災害補償法によれば、支部審査会及び審査会の組織等は次のとおりです。

1 支部審査会(正式名称「地方公務員災害補償基金支部審査会」)
 支部審査会は、地方公務員災害補償法(以下、「法」)により以下のように組織されることとなっています。
・支部審査会は、委員三人をもつて組織。
・委員は、学識経験を有する者のうちから従たる事務所の長が委嘱。
・委員の任期は三年。

2 審査会(正式名称「地方公務員災害補償基金審査会」)
審査会の組織
・委員六人をもつて組織
・委員は、学識経験を有する者のうちから基金の理事長が委嘱。
・委員の任期は三年。
・再審査請求を扱うのは、委員のうちから審査会が指定する者三人をもつて構成する合議体。
 ただし、次のような場合は委員全員(6人)をもつて構成する合議体で行う。
一 合議体が、法令の解釈適用について、その意見が前に審査会のした裁決に反すると認めた場合
二 合議体を構成する者の意見が分かれたため、その合議体としての意見が定まらない場合
三 前二号に掲げる場合のほか、審査会が定める場合

(審査会の委員)
 審査会の委員は令和元年11月5日時点で次のとおりです(地方公務員災害補償基金HP掲載)。
 括弧内は、インターネット上で検索し、でてきた経歴等です。
①井口傑(整形外科医師。元慶応大学整形外科大学教授。2008年同教授退職)
②石川良二(不明。平成25年時点で北海道教育大理事・事務局を務めていた同姓同名の方がいますが、同一人物か確信がもてません)
③上田紘士(元総務省。まちづくりが専門の方のようです。自治大学校客員教授等)
④内野淳子(元厚労省。平成28年3月退職。同年4月から横浜国大監事)
⑤熊埜御常武敬(元総務省。令和元年7月退職)
⑥寺本明(脳外科医師。日医大名誉教授。湘南医療大学副学長)。
 前項で述べたとおり、この委員のうちから審査会が指定する者三人をもつて構成する合議体で再審査請求が行われることになります。

(再審査請求について)
 審査会は再審査請求を担当しますが、再審査請求一般についてみておきましょう。
・行政不服審査法改正では、再審査請求全廃論もあった(平成20年法案)。
・従前の再審査請求の趣旨は以下のとおりである。
ア 審査請求について手続的な保障が薄かったため、再審査請求をおいて手続的保障を確保した。
イ 国の裁定的関与(地方公共団体が行った処分について、国が再審査請求等でかかわり、判断の統一性及び事務の適正確保を図ること)
 このうち、行政不服審査法改正でアの手続保障は厚くなったため、再審査請求全廃論が生まれたが、裁定的関与を残すため、再審査請求が存置された。
(以上は、宇賀克也「行政不服審査法の逐条解説(第2版)」を参考としました)

(考察)
 このような再審査請求存置の趣旨からしますと、審査会は、判断の統一性及び事務の適正確保を趣旨としていることになります。全国の支部会で出された審査請求の結果に不服がある者について、再審査請求事案が上がってくるのですから、人的リソースを考えると、全件を支部会と同様の時間をかけた審判ができるようにも思えません。裁判でいえば、最高裁的な関わり(事実認定が問題となる事案については、よほどの裁量権の逸脱がない限り関与しない)となる可能性があるのではないかとも考えられます。

 

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「阿部定伝説」における予審調書

2021年03月22日 | 歴史を振り返る
大学時代に刑事訴訟法を勉強した時に教科書からの勉強ではなかなか実際にどのように刑事訴訟というものが行われているかということがわかりませんでした。

実際に法廷で行われている刑事訴訟を見て初めて、このように実際の刑事訴訟は行われているのだと実感しました。

今の刑事訴訟法が施行されたのは太平洋戦争後のことなのですが、では太平洋戦争前はどのような刑事訴訟が行われていたのだろうということは気になり、昔の刑事訴訟法を勉強してみることにしました。

ただやはり昔の刑事訴訟法のことを書いている教科書を読んでも、なんとなくわかったようなわからないようなそんなような気になりました。

昔の刑事訴訟法のことですから、法廷を見るわけにはいきませんが、法廷などで行われていた実際の記録を見れば、少しはイメージがつくかなという風に思い、図書館の蔵書検索をしていました。

真っ先に引っかかったのが、ちくま文庫「阿部定伝説」という本で1998年に発行されています。

本のタイトルは非常に軽いのですが 、この中に阿部定の「予審調書」(全文)というものが収められています。
「予審調書」(全文)とはいえ、内容からすると被告人本人の尋問調書です(当時は「訊問」ですが)。

この調書によると、尋問が行われたのは全部で8回 にわたっており、文庫本で70頁弱という結構な分量です。

予審判事が質問をしそれに対して被告人が答えるこういうスタイルで 尋問調書が作られています。

現代の刑事訴訟法と比べて最も特徴的なのは、予審判事(阿部定事件は正田光晴判事が担当していたようです)が質問をし、それに対して被告人が答えるというスタイルになっていることです。 現代では、弁護人の質問、それから検察官の質問、最後に裁判官の質問、このような順番で被告人質問が行われるのですが、阿部定の訊問調書には、 検察官の質問も弁護人の質問も ありません 。あるのは予審判事の質問のみ。これからすると、訊問をできるのは予審判事だけだったのかもしれません。

さてこの「阿部定伝説」、法律の本ではありません。阿部定の行為、供述の文学的な側面を編者は大変評価しておりまして、そのようなものを理解してほしいがために巻頭に予審調書を収めています。この本の解説を瀬戸内寂聴さんがしておりまして、その解説が阿部定供述の文学的側面の核心をついています。

「 男を殺す描写も微にいり細にわたり説明しており、殺害後の自分の行動も映画を見るような鮮明さで 、順序正しく供述している。 こんな殺害場面をかくも客観的に正確に書ける作家が何人いるだろうか 。しかも行為だけでなく綿密な心理描写が伴うのである。」

私には、残念ながら、その文学的価値はよく分からないのですが、かつて予審というものがあり、このような審理をされていたのだということがわかる貴重な資料ではないかと思いました。


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内定通知の法的性質 民間企業の従業員と公務員の違い 下

2021年03月18日 | 労働関係

(はじめに)
 内定通知の法的性質は、民間企業の従業員と公務員では違います。前回、大日本印刷事件最高裁判決をもとに民間企業の内定について見ましたが、今回は公務員について見ていきます。

(公務員の場合の判例)
 公務員については、採用内定取消処分取消等事件の最高裁判決があります(最判昭57・5・27民集36・5・777)。

(昭和57年最高裁判決)
 裁判所のホームページでは、この判決要旨として次のように記載されています。
「地方公務員である職員としての採用内定の通知がされた場合において、職員の採用は内規によつて辞令を交付することにより行うこととされ、右採用内定の通知は法令上の根拠に基づくものではないなど、判示の事実関係があるときは、右採用内定の通知は事実上の行為にすぎず、右内定の取消しは、抗告訴訟の対象となる処分にあたらない。」

(民間企業との違い)
 大日本印刷事件では、内定通知により労働契約が成立するとされていましたが、公務員の場合は、事実上の行為にすぎない(=法律上の効果を有しない)とされています。
 これには、次のような理論的な背景があると考えます。 

1 まず、公務員の勤務関係は、私法上の契約ではなく、公法関係であるということです。この点を明らかにしたものとして、最判昭56・6・4労判367・57があります。
 公法関係であるとすれば、私法上の契約であることを前提とした大日本印刷事件とは自ずから異なることになります。 

2 公務員の勤務関係について公法関係であるとして、従来は特別権利関係説が採られていましたが、現代においては特別権利関係説の支持者はおらず、公法上の勤務関係説が有力です。この説は、公務員の勤務関係に、広範に法律・条例による規律が及んでいるので、各法律・条例の解釈として勤務関係を議論すれば足りるという説です。
 
3 そこで、採用について検討してみましょう。採用とは、職員以外の者を職員の職に任命することをいい(地方公務員法15条の2第1項)、内定と密接な関連性を持つからです。
 採用の時期については、辞令書が交付された時点または辞令の交付に準ずる任命権者による明確な意思表示が必要とするのが判例です(前掲最判)。任命行為自体は意思表示であり、意思表示の到達が必要との考え方からでしょう。

4 内定通知が交付されただけでは、辞令書の交付がなければ、その者を職員として採用したとはいえないこととなります。
 そこで、最判昭57・5・27民集36・5・777では、内定通知の法的性質を、採用発令の手続きを支障なく行うための準備手続きとしてされる事実上の行為に過ぎないと解したものと思われます。


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内定通知の法的性質 民間企業の従業員と公務員の違い 上

2021年03月15日 | 労働関係
(はじめに)
 内定通知の法的性質は、民間企業の従業員と公務員では違います。それぞれ最高裁判例があるので見ていきましょう。

(民間企業の従業員の場合)
 民間企業の従業員については、大日本印刷事件の最高裁判決があります(最判昭54・7・20民集33・5・582)。

(大日本印刷事件判決)
 この判決は一律に内定通知の効力について判断したものではありません。採用内定の法的性質について一義的に論断することは困難であり、ケースバイケースで判断すべきだとしています。その意味では、事例判決であり、民間企業の内定通知の全てをこの判決で判断するのは誤りということになります(注)。しかし、事例に対しての判断でありながら、民集に登載されているのは、その影響力の強さを示していると言えましょう。

(最高裁が着目した事実)
大日本印刷事件で、最高裁が着目した事実は次の点です。
・大学卒業予定者が、企業の求人募集に応募し、その入社試験に合格して採用内定の通知を受けた
・内定者は、企業からの求めに応じて、大学卒業のうえは間違いなく入社する旨及び一定の取消事由があるときは採用内定を取り消されても異存がない旨を記載した誓約書を提出した
・その後、企業から会社の近況報告その他のパンフレツトの送付を受けたり、企業からの指示により近況報告書を送付したなどのことがあった。
・他方、企業において、採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることを予定していなかつた

 そして、最高裁はこのような事実関係のもとにおいては、としながら、要旨次のような判断をしました。
「企業の求人募集に対する大学卒業予定者の応募は労働契約の申込であり、これに対する企業の採用内定通知は右申込に対する承諾であつて、誓約書の提出とあいまつて、これにより、大学卒業予定者と企業との間に、就労の始期を大学卒業の直後とし、それまでの間誓約書記載の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したものと認めるのが相当である。」
 この判示部分がひとり歩きをしていますが、最高裁の判決は用意周到に事実関係を摘示し、その事実関係の上ではという前提で判断しています。

(民間企業の場合)
 以上のように、大日本印刷事件判決の事案においては、内定通知により労働契約が締結されるということになります。
 
(公務員の場合)
公務員については次回の記事で検討します。

(注)
 最高裁の判示は次のとおりです。
「企業が大学の新規卒業者を採用するについて、早期に採用試験を実施して採用を内定する、いわゆる採用内定の制度は、従来わが国において広く行われているところであるが、その実態は多様であるため、採用内定の法的性質について一義的に論断することは困難というべきである。したがつて、具体的事案につき、採用内定の法的性質を判断するにあたつては、当該企業の当該年度における採用内定の事実関係に即してこれを検討する必要がある。」


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職員(地方公務員)への給与過払いの消滅時効期間をどう考えるべきか。

2021年03月08日 | 地方自治体と法律
<問題の所在と10年説(民法改正前)>
 給与計算を間違え、市が職員(地方公務員)に対して、給与を多く支払ってしまったという場合に、市から職員に過払い部分を返還請求できることになりますが、この消滅時効期間は何年でしょうか。
まずは、2020年4月民法改正前の過払いについて検討してみます。

 民法の不当利得を勉強した方ならば、
①給与の過払いは不当利得返還請求にあたる。
②不当利得返還請求の消滅時効期間は10年である(2020年4月民法改正前)。
ということで、10年になるのが当たり前ではないか、と考えるかもしれません。

<5年説>
 しかし、行政法絡みで考えていくと、消滅時効期間は5年であるとする考えもあって、実際行政サイドではこの5年説を採用しているところもあるのです。
 5年説の根拠は次のようなものです。
①給与の過払いは不当利得返還請求にあたる
②不当利得返還請求権の性質については、給与の過払いが給与の請求権から付随的に発生する権利とみることができる。
③職員の市への給与請求権は公法上の債権である。
④公法上の債権の消滅時効期間は、地方自治法236条1項により5年である。

<裁判例>
 最高裁判例はなく、地裁の裁判例しかないようです。
 名古屋地裁平成23年11月20日判決(平成22年(ワ)第2973号;裁判所webサイト)は、「原告の本訴請求は、民法上の不当利得返還請求権に基づくものであり、消滅時効期間は、10年になるから、被告らの主張は失当である。」と判示して、あっさりと10年説を採用しています。
 この裁判での被告らの主張を以下引用しておきます。ご覧のように長々と5年説を採用しており、公法上の債権としての5年説、かつそれが実務的取り扱いとなっていることを主張していることがわかります。
 この名古屋地裁判決は、控訴されずに確定したようであり、判例データベースを見ても上級審の判断は掲載されていません。

(被告らの主張)
  原告は、民法の債権の消滅時効に沿って過去10年分に遡って管理職手当の返還を請求しているところ、原告の不当利得返還請求権は、地方自治法236条1項及び2項により、時効の援用を要することなく5年間で時効消滅している。
 地方自治法236条1項は、「時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか」とあることから、一般的には、公法上の債権か私法上の債権かで区別し、私法上の債権については、民法、商法、労働基準法等私法関係を規律する時効の規定が適用されると説明されているけれども、公法上の債権と私法上の債権の区別は必ずしも明確でないのみならず、地方自治法236条が地方公共団体の権利関係を早期に確定するという趣旨のものであることからすれば、私法上の債権であるからといって、消滅時効期間を10年間とするのは、同条項の規定の趣旨を没却することになるものであり、短期消滅時効に関する民法等の規定が「他の法律の定め」に当たることはともかくとして、債権一般の10年間の消滅時効を定めた民法167条が「他の法律の定め」に当たると解するのは相当でなく、結局、地方自治法236条は、民法167条の特別規定であり、民法168条以下の短期消滅時効の規定が更にその特別規定であるという関係にあるというべきである。
  また、公法上の債権と私法上の債権とで適用を分けるとしても、本訴請求に係る地方公共団体が誤って支給した手当の返還請求は、公務員に対して誤支給した給与の返納を求めるものであり、「公法上の債権」として地方自治法236条の規定が適用されるべきものである。すなわち、一般に、地方公共団体が、職員である地方公務員に誤って手当を過払いした場合には、それが判明した時点で、直ちに返納を命ずることができるのであり、返納を求めることのできる地方公共団体の請求権は、地方自治法236条の5年間の消滅時効に服することは、確立した実務的取扱いとなっている。

<検討>
 名古屋地裁の判決が述べるように、法的性質が「民法上の不当利得返還請求権に基づくもの」なわけですから、その消滅時効になるのが素直な考え方ですから、10年説が妥当と考えます。
 5年説の前提のうち、「職員の市への給与請求権は公法上の債権である」というのは、最高裁も認めている考え方なので正しいのですが(最高裁昭和41年12月8日判決・民集20・10・2059)、「不当利得返還請求権の性質については、給与の過払いが給与の請求権から付随的に発生する権利とみることができる」という点は全く承服できません。
 不当利得の性質がそのもとの請求権から付随的に発生するというような考え方は、なにか根拠があるのでしょうか?結局、行政実務が5年説であるので、その結論を導くために、このような考え方を生み出したようにしか感じません。

<2020年4月民法改正によりこの論点はどうなる?>
 2020年4月民法改正により不当利得返還請求権の消滅時効も5年となりました。
 とすると、いずれの考え方をとっても5年となるので、この論点は消滅したのでは?とも思えます。
 しかし、問題は残っています。
 改正前の5年説は、自治体の債権は公債権であると考えているので、時効期間が経過するとともに時効の効果が生じると考えます。
 しかし、改正前の10年説は、自治体の債権は公債権であると考えるので、時効の効果が生じるには、時効の援用が必要という考えとなります。
 このように時効援用の有無について違いが生じるため、この点の問題は完全には解消されていないことになります。

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新型コロナの予防接種の位置づけ

2021年03月05日 | 地方自治体と法律
<はじめに>
 新型コロナの予防接種については、国は「新型コロナウイルス感染症に係る予防接種の実施に関する手引き」(以下、「手引き」)を作成しており、現時点では2021年2月16日付の「2.0」版が最新のようです。
 この手引きを手掛かりに、今回の予防接種がどのような法的な根拠で行われるのかについて検討してみます。
まず、結論をあげておきます。
新型コロナの予防接種は、予防接種法に規定されている「臨時の予防接種」として行われるものです。自治体が行う臨時の予防接種は、第一号法定受託事務と位置づけられています。
以下、このようにいえる理由を見ていきます。

<手引きの記載>
 手引きでは次のように記載しています。
「今般の新型コロナワクチンの接種については、予防接種法附則第7条の特例規定に基づき実施するもので、同法第6条第1項の予防接種とみなして同法の各規程(同法第26条及び第27条を除く)が適用されることになる。」
いろいろな条文が引用されていますが、2つの条文に絞ってみます。、
①今般の新型コロナワクチンの接種は、予防接種法附則第7条に基づく
②同法第6条第1項の予防接種とみなす
というのですが、予防接種法の条文がわからないとこの文が述べている意味が分かりませんので、法律の条文を見ながら意味を考えていきましょう。

<予防接種法附則第7条>
 予防接種法附則第7条は長い条文なので、まず、第1項を見ていきます。
「厚生労働大臣は、新型コロナウイルス感染症(病原体がベータコロナウイルス属のコロナウイルス(令和二年一月に、中華人民共和国から世界保健機関に対して、人に伝染する能力を有することが新たに報告されたものに限る。)であるものに限る。以下同じ。)のまん延予防上緊急の必要があると認めるときは、その対象者、その期日又は期間及び使用するワクチン(その有効性及び安全性に関する情報その他の情報に鑑み、厚生労働省令で定めるものに限る。)を指定して、都道府県知事を通じて市町村長に対し、臨時に予防接種を行うよう指示することができる。この場合において、都道府県知事は、当該都道府県の区域内で円滑に当該予防接種が行われるよう、当該市町村長に対し、必要な協力をするものとする。」
 要約すると、今回の新型コロナに対してワクチンを指定して、臨時の予防接種をするように、国は自治体に対して指示することができるということです。
 ここで出てきた「臨時の予防接種」という言葉は今後の説明でもでてくるので、記憶しておいてください。

 さて、第7条第2項を見てみます。
「前項の規定による予防接種は、第六条第一項の規定による予防接種とみなして、この法律(第二十六条及び第二十七条を除く。)の規定を適用する。」
 先ほど引用した手引きと同じ言葉が出てきました。ただ、この条文は第6条第1項を引用しているので、それを見ないと意味がわかりません。

<予防接種法第6条:臨時の予防接種>
 第6条第1項を見てみます。
「(臨時に行う予防接種)
第六条 都道府県知事は、A類疾病及びB類疾病のうち厚生労働大臣が定めるもののまん延予防上緊急の必要があると認めるときは、その対象者及びその期日又は期間を指定して、臨時に予防接種を行い、又は市町村長に行うよう指示することができる。」
 第6条のタイトルに「臨時に行う予防接種」という言葉がでてきました。
 これは、先ほど覚えておいてくださいといった「臨時の予防接種」と同じ意味です。
 ここまで見てきて、
ア 附則第7条第1項で、今回の新型コロナに対してワクチンを指定して、臨時の予防接種をするように、国は自治体に対して指示することができることを規定し、
イ 附則第7条第2項で、それが法第6条第1項の臨時の予防接種とみなすことを規定した
ことがわかります。

 それにしてもなぜこんな回りくどい条文を作らなければならなかったのでしょうか。
 それは、臨時の予防接種については、”都道府県が市町村に指示する”という構図になっているからです。
 予防接種はあくまでも国が行うものではなく、自治体が行うものというのが現在の予防接種法がとっている構図です。しかし、今回の新型コロナの予防接種は国主導で行わなければならない。なにせ全国民に対して予防接種を行おうというプロジェクトです。しかし、法律の建てつけは、臨時の予防接種は都道府県知事が主導して行うことになっている。その建てつけは崩さないでおいて、今回のは特例ということで処理する。そのような条文の構造になっています。

<臨時の予防接種は法定受託事務>
 臨時の予防接種は、国との関係では、第1号法定受託事務というものにあたります(予防接種法第29条)。
 法定受託事務というのは、法律で都道府県や市町村がが処理することとされる事務のうち、国が本来果たすべき役割に係るものであつて、国においてその適正な処理を特に確保する必要があるものをいいます(地方自治法第2条第9号第1号)。国が自治体に委託しているというイメージですかね。
 第1号法定受託事務の例として、生活保護、選挙、旅券交付等があります。

<参考になる本>
 今回は、手引きと条文のみで検討してみましたが、予防接種法については、「逐条解説予防接種法」(厚生労働省健康局結核感染症課監修・中央法規)が参考になります。

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