南斗屋のブログ

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自治体の懲戒処分の公表がいかなる場合に不法行為となるか

2021年02月22日 | 地方自治体と法律
自治体が職員を懲戒処分した場合、その事実を公表することがあります。
その公表自体がセクハラの被害者との関係で不法行為となることがあるかについて判断した裁判例を見かけました(高松地裁令和元年5月10日判決)。

(事実経過)
 市は、セクハラ加害者Yを戒告処分としました。
その理由は、セクハラと頻繁な離席の職務専念義務で、前者については〈1〉X(セクハラ被害者)に対し、液体式コンドームの画像を示した、〈2〉Xのスカートをめくった、〈3〉Xに対し、「勃起」等の卑猥な発言をしたという事実を認定しています。
 市は、同日、報道機関に対し、市民政策局の職員(61歳・男性)が、女性職員に対しセクハラ行為をしていたこと、勤務時間中に頻繁に離席するなど、職務専念義務に違反していたことを理由に、同男性職員を同日付けで戒告に処したことを公表しました。
 Xは、Yと市等を被告として訴訟を提起しましたが、損害賠償の理由の一つとして、市の公表では加害者がYと特定でき、被害者がXであることはすぐに特定されるものであったから、このような場合、Xの了解を得ずに公表を行うことは許されず、市の行為によりプライバシーを侵害されたという主張をしました。
 判決では、本件懲戒処分の公表行為は、Xに対する不法行為に当たらないと判断しました。

(判決の理由)
1 被害者のプライバシーを侵害する基準
 判決は、公表により被害者のプライバシーを侵害するのは、以下のような場合であるとの規範を示しした。
「セクハラ被害の相談者について、そのプライバシーを保護するために必要な措置を講じたり、相談者に不利益を課すことのないよう配慮すべき義務が事業主に課されていることに照らせば、当該懲戒処分の公表内容が、不特定多数の人間において、セクハラの被害者を容易に認識し得るといえる場合には、当該公表行為は被害者のプライバシーを侵害するものとして違法になると解すべきである。」
2 本件へのあてはめ
 判決では本件について次のように判断されています。
 「市が公表した内容は、被処分者を、市民政策局の61歳の男性職員とするが、本件出張所名は特定されておらず、かかる公表内容から直ちに被処分者がYであり、セクハラの被害者がXであることを、不特定多数が容易に認識し得るものではない。」

(感想)
 自治体では、通常、懲戒処分の公表についての基準が定められています。
 本件の自治体でも、「市職員の懲戒処分等の公表基準」が定められており、次のような内容でした。
・懲戒処分については、被処分職員の所属部局名、職名、年齢、性別、非違行為の概要、処分等の内容及び処分年月日が公表情報とされている。
・被害者又は関係者の権利又は利益を害するおそれがある場合、個人情報保護等の観点から公表が適当でないと判断される場合等については、前記公表情報の全部又は一部を公表しないことができる。
 本件では、この基準を適用して一部非公表としたのですが、その非公表の程度が被害者との関係で違法性を有しないかどうかが問題とされました。
 判決の提示する基準は「当該懲戒処分の公表内容が、不特定多数の人間において、セクハラの被害者を容易に認識し得るといえるか否か」であり、この基準をクリアすれば違法行為にはあたらないことになりますが、被害者との関係を悪化させないためには、公表について被害者とのコミュニケーションをとっておいた方がよいということにはなるかと思います。
 本件では、加害者と市のみならず、人事課長個人も被告とされており、被害者と人事課との関係の悪化が背景にあるのではないかという事案でした。

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公立病院の医療過誤は、国家賠償責任か不法行為責任か

2021年02月18日 | 地方自治体と法律
医療過誤訴訟といいますと、不法行為責任を問うのか、債務不履行責任を問うのかがどちらで請求を構成していくのか、ということがよく論じられます。

公立病院の場合は、不法行為責任を追求するのか、国家賠償でいくのかという問題が加わります。
実際には、公立病院であっても、不法行為責任で訴状が作成されることが多く、また裁判所もその構成を問題視しないので、弁護士がこの問題を意識することはあまりないようではあります。

まずは条文を確認してみましょう。
国家賠償法1条1項「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」

公立病院の医師は「公務員」ですから、国家賠償法での請求になるのではないかとも考えられます。
問題は、公務員の医師の治療行為が、同項にいう「公権力の行使にあたる」と言えるかです。

宇賀先生の教科書「行政法概説Ⅱ」を参照しましたら、以下の記載がありました。

宇賀「行政法概説Ⅱ」
*裁判例は大勢は、国家賠償1条1項の「公権力の行使」の意義について広義説(純粋な私経済的作用は公権力の行使に含めない説)を採っていると考えられる。
*公立学校における教育作用や公立病院における医療作用については、純粋に私経済的行為とみることは問題があるが、他方、私立の学校や病院で行われるものと異なった取り扱いをする合理的理由を立証することも困難である。
*公立学校における教育を「公権力の行使」とするのが、裁判例の大勢である。
 例:最高裁昭和58年2月18日判決(民集37・1・101)、最高裁昭和62年2月6日判決(判例時報1232・100)
*公立病院等における通常の医療は公権力の行使ではないと裁判例はしているが、公立学校における教育と公立病院の通常の医療とを区別する根拠は十分に示されていない。
なお、医療行為であっても、強制接種や勧奨接種は「公権力の行使」とされているし、措置入院、措置入院患者に対する治療は「公権力の行使」とされている。

 ここから宇賀先生も判例を整合的に理屈付けることに困惑していることを読みとれるように思います。

「公権力の行使」の意義についての広義説がいう、「純粋な私経済的作用」には公立病院の医師の治療行為はピッタリとは当てはまらないようなのですよね。だから、宇賀先生は
「公立病院における医療作用については、純粋に私経済的行為とみることは問題がある」というわけです。

しかし、私立病院で行われている医療行為と公立病院の医療行為と何が違うのかといえば、何も違わないし変わらない。
 実際、こんなふうに判示している最高裁判例がありますからね。

「公立病院において行われる診療は、私立病院において行われる診療と本質的な差異はなく、その診療に関する法律関係は本質上私法関係というべきである」(最高裁平成17年11月21日判決・民集59巻9号2611頁)

この判例は公立病院の診療に関する債権の消滅時効期間についてのもので、時効期間は地方自治法236条1項所定の5年ではなく、民法170条1号により3年と解すべきであるという結論に関する理由付けで用いられています。

ここまで最高裁が言い切っているのだから、国賠は問題にならないだろうと言ってしまいたいところですが、それなら学校で行われる教育はどうなのか?私立学校での教育と公立学校での教育と何が違うのか。判例は公立学校における教育を「公権力の行使」とするのがほとんどではないか。そのようなことと整合性を保てるのかというのが、「公立学校における教育と公立病院の通常の医療とを区別する根拠は十分に示されていない。」という宇賀先生の指摘に表れているような気がします。

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少額訴訟について(続)

2021年02月16日 | 地方自治体と法律
以前書いた記事で少額訴訟は自治体が訴訟をするには向かないのではないかということを書いたのですが、その後、瀧弁護士の「自治体私債権回収のための裁判手続マニュアル」を参照しましたので、その感想を書いておきます。

1 「少額訴訟の実情」について
 平成26年度の司法統計年報から、少額訴訟終結割合についての記載があります。
 少額訴訟のメリットは、1回で終結して、判決ができることですが、被告が出席して判決となったものは11%です。被告が欠席で判決となったものが21%もあります。被告が欠席した事案は少額訴訟を選択した意味は見い出せません(通常訴訟選択でも良かったはずです)。
通常訴訟に移行したものが21%あります。これは少額訴訟⇒通常訴訟というルートになって、当初から通常訴訟を提起するよりも却って時間がかかることになってしまいますから、少額訴訟提起のデメリットになります。
 取下げによる終了が16%もあります。この理由については同書には掲載されていないのですが、随分と多いなあという印象です。少額訴訟には向いていなくて、申し立てられた案件の数がここに反映されているのかもしれませんが。
 いずれにせよ、被告が出席して、1回で終結して判決がでるというのは、11%にすぎず、少額訴訟の最大のメリットといわれるものが発揮できている件数が少ないということは、もっと認識されてよいことだと思います。
なお、終了事由のうち和解は26%、和解に代わる決定は5%でした(合計で31%)。
 
2 和解に代わる決定について
 瀧弁護士は、「和解に代わる決定は、裁判所の判断なので、判決と同様、議会の承認は不要です」としています。
 しかし、地方自治法は、「和解に・・・関すること」と規定していること(地方自治法96条1項12号)、和解に代わる決定は、原告の意見を聴いて行われることからすると(民訴法275条の2第1項)、和解できる事案をすべて和解に代わる決定とすることにより、地方自治法の規定を潜脱することができてしまいそうです。実務上は、和解に代わる決定を専決処分により処理していることは、「和解に代わる決定 専決処分」でググると多くの自治体の例がでてくることからもわかります。


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地方自治体の債権回収と少額訴訟

2021年02月08日 | 地方自治体と法律
債権回収のテキストを読んでいますと、民事訴訟には通常訴訟のほかに、少額訴訟というものもあり、少額訴訟は簡易迅速な処理手続きで、1回の期日で審理を終えて判決をすることを原則とする特別な訴訟手続きであると説明されています。1回の期日で審理を終えることを1期日審理の原則と呼びますが、長くかかりそうな訴訟が一回で終わるし、簡易迅速だからこの少額訴訟という制度を利用したほうが良いのではないかと考えるのも無理はありません。
しかし、必ずしもそう上手くいくとは限らないのです。
理由の第1は、1期日審理の原則を貫徹させるため、当事者は期日前または期日において全ての攻撃防御方法提出しなければならないと規定されているからです(民事訴訟法370条2項)。この規定どおりにやろうとすると、被告の主張をすべて予想し、それに対する反論を考え、証拠も揃えておかないといけないということになります。被告の主張立証は、期日前だけではなく期日当日になされても良いように規定されていますので、期日にいきなり被告から主張があっても、原告は反論反証ができるように準備をしておかなければならないということになります。原告側の地方自治体の職員が指定代理人を務める場合は、これはかなり負担が大きいのではないでしょうか。
2番目に被告が出頭すれば裁判所は和解を勧めてくるのが一般的ですが、被告との事前折衝がない場合、庁内の決済の関係で和解受諾を当日行うのは困難ではないでしょうか。これを裁判所側からみると、一回での審理を求めながらも、一回で訴訟が終了しないではないかということになりまして、なんのために少額訴訟を選択したのかと思われてしまうかもしれません。
第3に、少額訴訟の提起には年間10回までの回数制限があります(民事訴訟法368条1項など)。よって、10回を超える場合はそもそも少額訴訟の利用ができないいうことになります。
以上から、地方自治体の職員が指定代理人となって訴えを提起する場合は、通常訴訟の方がよく、少額訴訟はあまり向いていないのではないかと思います。

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「改訂版 解説森林法」

2021年02月03日 | 地方自治体と法律
森林法を勉強する必要があったので、近くの図書館で本を借りてきました。

森林・林業基本政策研究会の「改訂版 解説森林法」という本。大成出版社から出ています。

森林法は、私の中では印象が薄い法律でした。例えば最高裁判決で違憲判決があったのは森林法だったなぁとか、三公社五現業の中で国有林事業というのがあったなぁとか、国有林といえば営林署というのが管理してるんだよなぁとか、そういえば三浦綾子さんの夫が営林署勤務だったなとか、そんな程度の認識(最高裁違憲判決以外は森林法と直接関係ありませんが)しかありませんでした。

いつのまにか三公社五現業もなくなってしまっていたんですね。三公社は事業全てが特殊会社に移り、五現業は国有林野事業を除き独立行政法人及び特殊会社に移管されてしまっておりました。国有林野事業だけは国の事業として残っているようではありますが。しかし、様相は五原業時代とは変わってしまっておりまして、営林署も今や「森林管理署」と名称が変更になっています。


森林法が気になったのは、小規模林地開発について調べたかったからです。森林法には林地の開発制度についての規定があります。1ヘクタール以上の林地の開発については都道府県知事の許可が必要という規定です。1ヘクタール未満の林地開発については、この許可は法律上は不要です。この1ヘクタール未満の林地開発を小規模林地と言います。
小規模林地については法律の適用の範囲外なので、「改訂版 解説森林法」でも触れられていませんでした。

もともと調べたかったものは調べられなかったのですが、完全な空振りかといえばそうでもありません。

行政法規を勉強して思うのは、解釈など判例で決まっていないことは山ほどあるわけでして、そういう時はやはり法の趣旨から演繹して考えると言うことが大事です。そこで法の趣旨について書いてあるもの、これが解説本になるわけでありますが、その趣旨を教えてくれるものは解説本になります。この「改訂版 解説森林法」は法改正について丁寧に説明されており、また分かりやすい文章ですので勉強になりました。

どうも市町村レベルの自治体では小規模林地開発については届出をするようにという運用がされているようなんですよ。要綱レベルでの運用という自治体もあるようですし、要綱の設置すらしていない自治体もある。
私は千葉県とは縁が深いので、いつも千葉県に関して調べちゃうんですが、千葉県では小規模林地開発について条例を制定していて、ちゃんと法的な裏付けがある。「千葉県林地開発行為等の適正化に関する条例」(平成22年3月26日条例第4号)という条例です。
県の条例なので、小規模林地開発の届出は千葉県知事に対して行うように規定されている。
どうも小規模林地開発は、都道府県によって運用が異なるようです。
なぜこういうことが起こるのかも知りたかったのですが、法律の解説本って、そういう点は書いてないことが多いですよね。







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空家対策の勉強

2021年02月01日 | 地方自治体と法律
空き家対策関係を勉強する必要があったので、近くの図書館で本を借りてきました。

北村上智大学教授の「空き家対策の実務」という本、これは有斐閣から出版されています。「行政代執行の手法と政策法務」これは地域科学研究会というところから出版されている本。これも北村教授が関わっています。

前者の「空き家対策の実務」は、空家対策特別措置法の解説本でして、巻末に資料が詳しく掲載されているのが便利です。特別措置法、空家等対策計画やガイドラインといった参照必須のものが収められています。特別措置法の条文毎の説明があるのは解説本ですから、当然といえば当然ですが、特徴的なのは、特別措置法制定後に空家対策条例をどのように規定していくべきなのかについて論じられているところです。
既に条例が制定されているところは、どのように改正していったら良いのかの論述は、条例作りという観点からも参考になりそうです。
このような観点からの論述があるのは、北村教授が、空家対策特別措置法が制定される前から空家対策について研究を進めておられたからなのでしょう。
先ほど挙げた「行政代執行の法と政策」という本は、空家対策特別措置法制定前の空家への行政代執行についてのものです。この本は宇賀先生もコメンテーターになっており、法律が制定される以前の実務の工夫につき、非常に有益な知見を提供してくれます。

特別措置法制定前の状況を知っておけば、特別措置法自体のユニークさも知ることができるかと思います。


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