南斗屋のブログ

基本、月曜と木曜に更新します

吉野朝吉と自由民権運動(以文会)の関わり

2020年08月31日 | 歴史を振り返る
 以前、外房線、浪花駅設置の経緯と題して、吉野朝吉(吉野俊彦の祖父)なる人物が浪花駅設置に大いに貢献したことを書いたのですが(過去記事)、その後、吉野俊彦が「我が家のルーツ探し」という書物の中で、吉野朝吉について更に深く書いていることを知り、同書を図書館から借りて読んでみました。

(同書による吉野朝吉の生涯の要約)
・1857(安政4)年6月9日、吉野彦八と妻貞子の間に長男として生まれる。
・朝吉の祖父吉野彦右衛門は、大多喜侯の命により近辺一体の総庄屋となっており、大切な三代目として取り扱われ、家業よりも学問に精を出すべしという雰囲気のもとで育てられたらしく、若くして東京に遊学し、後に東京大学教授となる三島毅(号中洲)の門人となった。
・吉野朝吉は、二松学舎の第2回卒業生として名をつらねた。二松学舎は、三島中洲が設立し、二松学舎大学の前身である。
・朝吉は夷隅銀行の設立に参加し、その役員を務め、小沢に鉄道駅を設置するよう政府に働きかけたり、いろいろ郷里の経済発展のために尽力したが、一番力をいれたのは、大正2年までは、両国から大原までしか通じていなかった房総東線を勝浦まで延長するに当たり、郷里の小沢に駅を設置してもらうことであった。
・吉野朝吉は、三島中洲だけでなく、小沢の家に、学界・財界の名士を呼んでは歓待し、またしばしば上京して知遇を得た。特に渋沢栄一男爵(後に子爵)と親しくなり、千葉県の清澄山等で猟を共にするのを楽しみとした。渋沢男爵の子息武之助は、小沢村の家にずっと滞在したことがある。
・吉野朝吉の最大の趣味は猟で、郷里では当時、きじ、うさぎがいくらでも撃てた。
・吉野朝吉は、いろいろな用向きで上京することが多かったため当時としては著しいハイカラ趣味となり、元禄時代以来の母屋の側に、郷里としては初めての西洋館を建てたり、双眼鏡を買って、子どもたちに与えたり、ハンモックをお土産に買ってきて、庭の樹と樹との間につったり、また煙草も和煙草だけでなく、リッチモンド等の洋煙草を込んで吸った。また全国各地を旅行するのが好きであった。要するに、地主として、また夷隅郡の名士として、無為徒食してしまったようである。
・明治27年に刊行された日本博覧図千葉県編には、千葉県上総国夷隅郡浪花村小澤 吉野朝吉邸宅之図が掲載されている。

 その他、吉野朝吉の家庭生活なども書かれているが、割愛。
 しかし、上記の記載だけでは、吉野朝吉がどのように生計を得ていたのか(あるいは得ていなかったのか)が全くわからない。
 吉野俊彦は、吉野朝吉がかなりの負債を抱え、その子吉野圭三(俊彦の父)が家政整理を行わなければならなかったかまで包み隠さずに書いているので、知っていたけれども書かなかったというのではなく、資料がなく書けなかったのであろう。

 そこで、インターネットの検索エンジン(同書が刊行されたのは1990年であり、そのようなものは利用できなかった)を利用して、検索してみると、どうやら、吉野朝吉は、夷隅郡の自由民権運動の結社「以文会」の設立者の一人であったようである。
http://www.minken3.sakura.ne.jp/kuntou.html
” 千葉県下夷隅郡にて中村権左衛門、峰島六郎左衛門、高梨正助、宇佐美金七郎、丸八二、井上幹、鈴木丹二、吉野朝吉、柁勝五郎、中村孝等が会幹となりて、本月十五日大原駅の竹楼に同郷親睦会を開きしに来会する者百余名あり。会幹より先つ本日開会の趣旨を演述して後、国会開設を請願すべきの議に渉りしに会員皆な同意を表せしかば、結社規則及諸事整理のため委員九名を撰定し社号を以文会と名け来年一月中に演説会を開き広く社員を募り、併せて国会開設請願の有志輩を結合する事に決したりと云ふ。
(「郵便報知新聞」1880年11月22日)”

 また、”「総房共立新聞」からみる千葉県の自由民権運動と教育”という論文(任鉄華)によれば、「民権結社以文会の会員である教員の吉野朝吉は、1881年10月以降、夷隅郡小沢村の小沢小学校で新聞解話会を開いた。彼は普通の者にも分かる言葉で、毎月1日・15日・28日の3日「総房共立新聞」と「朝野新聞」について説話をしたのである。そこでは、毎回「聴衆山をなし一同立錐の地」を見られない盛況であったと紹介されている。」とある。
 これによれば、吉野朝吉は以文会の会員であり、教員であったことがわかる。
 朝吉は、1857年生まれなので、以文会の設立(1880年)には23歳であったことになり、若き朝吉は自由民権運動に大いに関わっていたことがわかった。
 
 自由民権運動、特に以文会について掘り起こしていけば、更に吉野朝吉の何かがわかってくるかもしれない。
 

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「子どもの虐待防止・法的実務マニュアル」

2020年08月28日 | 未分類
 子どもの虐待関係での実務的な解説書として、「子どもの虐待防止・法的実務マニュアル」(明石書店;日本弁護士連合会子どもの権利委員会編)という本があることを知りました。改訂を重ねて、第6版まででております(2017年)。

 弁護士という視点からだと、この本、児童相談所のインハウスローヤーには大変役立つだろうなあと思うのですが、例えば、児童相談所から虐待をされたと疑われている親からの依頼にはそのままは使えないと感じました。

・子どもの権利委員会が編集者なので、現に起きている虐待からいかに防止するかという視点が主体です。
親は虐待の加害者として描かれているといって良いでしょう。
そのため、親を依頼者とする場合は、この本の目線で対応することは不適切になってくるかと思います。

・この点をもう少し詳しく述べますと、本書は「はじめに」で次のように書いています。
「子どもたちを虐待被害から守るとともに、虐待被害を受けた子どもの回復や自立を支援するためには、児童相談所を中心にしながら、弁護士を含む法律家、自治体職員やNPOなど、さまざまな職種の大人がそれぞれの役割を従前に果たすことが、ますます求められているといえるでしょう。」
 「児童相談所を中心にしながら」というのは法制度上はそのとおりです。
 しかし、児童相談所も人が運営する組織である限り、過誤が紛れ込む可能性は十分あり、批判的視点が必要なはずですが、本書には児童相談所への批判的な視点が見受けられません。
 親が依頼者となる場合は、なんかの形で児童相談所に不満を有していると思われます。
 その不満をいかに掬い取って依頼者の正当な利益に結びつけるかが弁護士にとって求められるものですが、本書を読むだけではそのような発想はほとんど得られないものと思われます。

・本書は親についての記述がないわけではなく、例えば、「再統合」という表題で親へのアプローチが述べられてはいます。
しかし、その視線は、親によりそったものとは言えないように感じられます。
 例えば、本書では、再統合に向けた取組について、家族が支援を受けることの動機づけをあげ、「虐待を行った親に対する援助の効果をあげ、虐待の再発を防ぐためには、親が虐待の事実を認知しかつ児童相談所の援助を受ける動機づけが必要である」との記述をしております。正論ではありますが、これをそのまま弁護士が依頼者である親に述べたとしても、ほとんど何の効果も得られないでしょう。否、下手をすると、弁護士に対して反感を持たれかねません。
 親が虐待の事実を認めること、児童相談所の援助を受けようという気になるためには、場合によってはかなりの時間と忍耐が必要となります。
 そのためには、親が抱える問題点への洞察が必要です。
 しかし、本書ではこの点は驚くほどクールに書かれているだけです。
「虐待が発生する要因、親の抱えている問題にはさまざまなものがあるところ、それらの問題を理解し、解決するため、他機関と連携して、福祉サービスの提供、治療期間等の紹介などの必要な手立てを講じ、親が経済的、社会的、心理的にもゆとりを取り戻せるようにしなければならない。」
 本書の立場はこの記載に集約されているように思われます。
 ここでも正論ではありますが、そこに至るプロセスや親がそのような問題を抱えるに至ったことへの配慮は何らされておりません。

・翻って考えてみれば、これが弁護士の書いた「マニュアル本」主義というものの弊害なのかもしれません。
世にいう弁護士向けのマニュアルは、法律上の制度を実務的に解説したものをいいます。
法律上の制度を述べていくため、問題がもつ法律上の意味以外を捨象していくきらいがあります。
ビジネス法務であれば、それもまた良いかもしれません。
しかし、児童虐待でいえば、なぜ虐待が起こるのかという点についての社会学的問題はカットされ、その点への洞察を得られるような記載もないことで良いのでしょうか。
これが「マニュアル」本の弊害でもありますので、この点についてはくれぐれも注意する必要があるような気がしました。

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児童相談所について(続)

2020年08月27日 | 未分類
(一時保護業務)
 児童相談所の一時保護の根拠規定は、児童福祉法33条にあります。
 虐待については、同条1項が根拠となります。
 児童虐待防止法では、児童虐待に係る通告(児童虐待防止法6条1項)又は市町村等からの送致(児童福祉法25条の7第1項第1号等)を受けた場合、子どもの安全の確認を行うよう努めるとともに、必要に応じ一時保護(児童福祉法33条1項)を行うものとされ、その実施に当たっては、速やかに行うよう努めなければならないとされています(児童虐待防止法8条)。
 この一時保護は2か月を超えてはならないものとされ(児童福祉法33条3項)、2カ月を超えて引き続き一時保護を行おうとするときごとに、児童相談所長は、家庭裁判所の承認を得なければならないものとされています(同条5項)。

(一時保護処分への不服申立手段)
 不服申し立て手段ですが、一時保護(児童福祉法33条1項)については、行政不服審査法に基づき審査請求ができます。
 大阪市の裁決例がインターネットで公開されていますので、参考にしてください。
https://www.city.osaka.lg.jp/somu/page/0000487051.html
 家裁の承認(児童福祉法33条5項)については、高裁に抗告ができます。
 家裁や抗告審である高裁がどのようなポイントを考慮するかは、大阪高裁平成30年6月15日決定(判例タイムズ1459号106頁、判例時報2405号84頁)が参考になります。判例タイムズのコメントには、次のような参考文献が挙げられています。
【参考文献】
 大畑亮祐「2か月を超える一時保護の司法審査導入に関する諸問題(1)」家庭の法と裁判No.14(2018.6)50頁
 大畑亮祐「2か月を超える一時保護の司法審査導入に関する諸問題(2・完)」家庭の法と裁判No.15(2018.8)56頁
 谷嶋弘修「児童虐待の現状・近年の児童虐待防止対策をめぐる法改正について」家庭の法と裁判No.13(2018.4)26頁
 最高裁判所事務総局「児童福祉法等改正関係執務資料(平成29年改正)」平成30年12月家庭裁判資料200号

 児童福祉法33条1項は、「同法26条1項の措置を採るに至るまで」と規定していますので、同項の措置を取れば一時保護は終了します。一時保護が終了していれば、不服申立てをしても、申立ての利益が消滅したものとして、申立ては却下となってしまいます。



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児童相談所について

2020年08月26日 | 未分類
(はじめに)
 児童相談所ってところは、弁護士にとってはわかっているようで、わかってないところでして、児相についてわかりやすい説明がないかと思って、ネット検索してみましたが、今は役所の書いた公式的な文書が検索上位にでてくるせいかわかりませんが、少なくとも自分の問題意識のあるところがコンパクトに書かれている文書がすぐには見つけられなかったものですから、これは自分で調べて書いてみました。

(法律上の設置根拠、千葉県の設置状況)
 児相の設置根拠は、児童福祉法第12条です。
1項に「都道府県は、児童相談所を設置しなければならない」と規定されており、千葉の場合は、千葉県が設置主体となりますが、千葉市が政令指定都市なので、千葉市児相は千葉市の所管となります。
 千葉県内にある児相は以下のとおりです。
①中央児童相談所(千葉市にあるが、千葉県が所管)
成田市、佐倉市、習志野市、市原市、八千代市、四街道市、八街市、印西市、白井市、富里市、印旛郡
②市川児童相談所
市川市、船橋市、鎌ケ谷市、浦安市
③柏児童相談所
松戸市、野田市、柏市、流山市、我孫子市
④銚子児童相談所
銚子市、旭市、匝瑳市、香取市、香取郡
⑤東上総児童相談所(茂原市)
茂原市、東金市、勝浦市、山武市、いすみ市、大網白里市、山武郡、長生郡、夷隅郡
⑥君津児童相談所
館山市、鴨川市、木更津市、君津市、富津市、袖ケ浦市、南房総市、安房郡
⑦千葉市児童相談所(千葉市所管)

(児相の業務)
 児童(その定義は児童福祉法4条)を対象に以下のような業務内容を行っています(児童福祉法11条1項2号)。
・児童に関する様々な問題について、家庭や学校などからの相談に応じること。
・児童及びその家庭につき、必要な調査並びに医学的、心理学的、教育学的、社会学的及び精神保健上の判定を行う。
・児童及びその保護者につき、前号の調査又は判定に基づいて必要な指導を行なうこと。
・児童を一時保護所に保護し、その後親に戻すか、児童養護施設などに預けるか決定する。

(児相の職員)
 各児童相談所には、一般の行政職員に加え、精神衛生の知識のある医師、大学で心理学を学んだ児童心理司、また児童福祉司(2年以上の実務経験か、資格取得後、2年以上所員として勤務した経験が必要)などの専門職員がいます。
 また、平成29年4月以降、児童虐待防止法改正により、都道府県は、児童相談所に、児童心理司、医師又は保健師、指導・教育担当の児童福祉司(スーパーバイザー)を置くとともに、弁護士の配置又はこれに準ずる措置を行い態勢強化を図ることとなりました。
 厚労省が、弁護士配置の好事例を紹介しています。
https://www.mhlw.go.jp/topics/2017/01/dl/tp0117-k02-01-05p.pdf

 以前児相の職員に連絡する用事があったのですが、なかなか連絡がつかなったような記憶があります。
 そのときからだいぶ経ったので、児相の状況も改善されたと思っていたのですが、2019年9月21日号の東洋経済には「パンクする児童相談所」という題で児相職員の疲弊状況についてのレポートが掲載されていました(有料記事なので、無料では一部しか読めません)。
2019年9月21日号
独自調査|月の残業100時間超も…
パンクする児童相談所

大幅な増員が計画される児童福祉司だが、児相の現場の疲弊は深刻だ。
井艸 恵美:東洋経済 記者 /
辻 麻梨子:東洋経済 記者
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/21513


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外房線、浪花駅設置の経緯

2020年08月19日 | 歴史を振り返る
高校まで茂原市に住んでいたので、外房線は私にとっては思い出の深い路線である。

外房線に、浪花(なみはな)という駅がある。
千葉県いすみ市小沢に所在する。
1913年(大正2年)6月20日に開業し。1972年(昭和47年)7月1日をもって無人駅となった。
国鉄の房総東線時代は有人駅で木造の立派な駅舎があったそうである。

外房線も御多分に漏れず、無人駅が多いが、浪花駅もその一つである。
現在の視点から見ると、なぜこんな駅がここにあるのかという感じがする。
ウィキペディアを見ても、なぜ駅がそこにあるのかについては書かれていないことがほとんどで、浪花駅も同様である。

郷土史家でもインターネットに書いてくれれば良いのであるが、郷土史家はインターネット上で情報を発信することがまだまだ少ないようである

ということで、この間まではなぜ浪花駅が設置され、今、そこにあるのかわからないままであった。

ところが、意外なところから、それがわかったのである。

浪花駅のいわれについての記載は、吉野俊彦「企業崩壊」(清流出版)にあった。
およそ浪花駅のいわれなどとは関係がないような本である。
ここにいう「企業崩壊」は、山一證券のことである。
吉野は、当時山一経済研究所におり、山一證券の崩壊とその後始末に携わった。
そのことが同書のメインである。
ところが、同書にはもう一つの側面があるのだ。
同書の副題は、「私の履歴書〈正・続〉」とある。
日本経済新聞に連載された、吉野の「私の履歴書」部分が同書の後半部分にある。

「私の履歴書」では、自分の両親ひいては先祖にまで言及することが慣例となっており、その流れで浪花駅の設置経緯が書かれているのである。

先程浪花駅は、千葉県いすみ市小沢に所在すると書いた。
この小沢という地名、江戸時代は上総国夷隅郡小沢村といい、大多喜藩の領地であった。
明治6年6月に小沢村は千葉県に属することになるが、明治22年には小沢村は隣村と合併し、浪花村に属することになり、浪花村大字小沢に変わった。

浪花駅の近辺から海岸近くまでの土地は、吉野俊彦の祖父吉野朝吉の所有であった。
当時外房線は、房総東線といわれていたが、この房総東線、明治の末年には大原駅止まりであった。その後大原駅から勝浦駅に延伸されるにあたり、
当初の計画になかった浪花に駅を設置してもらうため、吉野朝吉は駅と付近の土地をすべて国家に寄附した。
この土地寄付関係の書類は長らく吉野家に保存されていたが、戦時中吉野俊彦の父吉野圭三が死亡したとき、浪花駅長に寄贈した。
しかし、その後駅が無人駅となってしまったので、一件書類は所在がしれない。
なお、浪花村は、昭和30年3月に北と南に二分され、北は大原町に、南は御宿町に合併されたので、浪花の名前は地名としては消えてしまっている。
浪花の名は、駅の名前に留められているのみである。


以上が、吉野俊彦「企業崩壊」の「郷里は清らかな房総東南部」の章に記載されていることである。






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原発賠償訴訟における高裁判決

2020年08月18日 | 原子力損害
原発事故の被害者による集団訴訟では、本年3月に以下の2つの高裁判決がでた。
仙台高裁令和2年3月12日判決(LLI/DB 判例秘書登載)
東京高裁令和2年3月17日判決(LLI/DB 判例秘書登載)

【2つの高裁判決の被告の特徴】
 これら2つの裁判が比較的早く進行しているのは、被告を東京電力のみとし、国を被告としていないからであろう。
 国を被告とすると、国の責任を認めるか否かが大きな争点となり、この争点についての主張・立証にかなりの時間が必要となるからである。被告と東京電力のみとすれば、争点は損害額に絞られる。

 損害額に絞られるとはいえ、論点は多い。
 ここでは、いわゆるふるさと喪失に関する慰謝料といわれているものについてみてみることにする。

【仙台高裁判決】
前掲仙台高裁は、故郷の喪失又は変容による慰謝料とし、その結論は次のようなものである。
①帰還困難区域 600万円
②居住制限区域及び避難指示解除準備区域 100万円
③緊急時避難準備区域 50万円

仙台高裁の判示は以下のとおりである。
” 故郷の喪失又は変容による慰謝料の額について
 当裁判所は、故郷の喪失又は変容の実情について、前記第2の3の前提事実及び認定事実並びに第5の認定事実に基づき、本件事故による被害の大きさやこれによる故郷の喪失又は変容の実情に即し、本件事故時の生活の本拠における避難指示の区分に応じて次のとおり金額を算定するのが相当であると判断する。
 帰還困難区域については、事故後8年以上経っても帰還の目途が立たないことから、地域共同生活の利益を将来にわたって全く失い、故郷が喪失したと評価しても差し支えない。すなわち、帰還困難区域に生活の本拠を有していた原告らについては、現時点でも帰還可能時期の目途が立たず、実際上は、将来にわたって帰還の希望が実現しないことが見込まれる。この点を考慮すれば、故郷の喪失による慰謝料として、600万円を認めるのが相当である。
 居住制限区域及び避難指示解除準備区域については、事故から約6年までに解除されて帰還が可能になったとしても、社会生活上、このような長期間を経て地域共同生活を取り戻すことは著しく困難であり、故郷が変容してしまったことにより、地域共同生活の利益を損なわれ、有形、無形の損害及び精神的苦痛が生じたと認められる。慰謝料額の算定にあたっては、客観的には帰還することが可能な状況にあり、復興事業により当該地域の生活のインフラも物理的にはある程度回復していることを考慮する必要があるが、同時に、仮に帰還したとしても従前の生活に戻れるというものではなく、生活上の多大な不自由が続くことも、当然に考慮する必要がある。そこで、本件事故による地域共同生活の利益の侵害の程度や、地域社会が
今後の復旧復興により徐々に回復される可能性も考慮し、この地域においては、故郷の変容による慰謝料として、100万円を認めるのが相当である。
 緊急時避難準備区域については、事故から半年で解除され、避難の制度上は、通常の生活が可能になったとしても、実際上は、多くの地域住民が避難したことにより、地域共同生活が相当に損なわれたことは否定できない。この点を考慮し、他方で、比較的早期に復旧復興が進められている実情を考慮すれば、この地域においては、故郷の変容による慰謝料として、50万円を認めるのが相当である。”

【東京高裁判決】
東京高裁は、次のような判示をして「生活基盤変容に基づく慰謝料」を認め、その額を100万円とした。
”避難慰謝料とは別の損害として認められる上記慰謝料につき,その根拠となる生活基盤の変容を「本件生活基盤変容」,これに基づく精神的損害を「本件生活基盤変容に基づく損害」,この精神的苦痛に基づいて認められる慰謝料を「本件生活基盤変容に基づく慰謝料」ということがある。”

 東京高裁のケースは、居住制限区域及び避難指示解除準備区域に関するもののようであるから、仙台高裁と同額(100万円)である。

【2つの高裁判決の違い】
 除本理史は、「明暗分かれた2つの原発訴訟高裁判決」(政経東北・令和2年6月号)で「両判決で明暗が分かれた大きな理由は、筆者が『ふるさとの喪失』と呼んできた被害に対する判断の違いによる」としている。
 しかし、仙台高裁のいう「故郷の喪失又は変容による慰謝料」、東京高裁のいう「生活基盤変容に基づく慰謝料」は上記のとおり避難指示解除準備区域に関する限り同額であるから、この指摘は正しくないのではないか。

では、どこで差がついたかというと、仙台高裁判決は、避難継続慰謝料以外に、「避難を余儀なくされた慰謝料」を認めているからである(東京高裁ではこのような慰謝料を認めていない)。
 その金額は以下のとおりである。
・帰還困難区域、居住制限区域又は避難指示解除準備区域 150万円
・緊急時避難準備区域 70万円

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和解事例1656から和解事例1660まで

2020年08月14日 | 原子力損害

原子力損害賠償紛争解決センター(原発ADR)が公開した和解事例1656から和解事例1660までを紹介いたします。

1656=南相馬市鹿島区の精神的損害の増額・除染費用に関するもの
1657=自主的避難等対象区域(福島市)の生活費増加費用・営業損害等に関するもの
1658=避難指示解除準備区域(浪江町)の日常生活阻害慰謝料(増額分)に関するもの
1659=旧緊急時避難準備区域(南相馬市)の生活費増加費用(自家消費用の野菜を作れなかったことによる)に関するもの
1660=旧緊急時避難準備区域(田村市)の営業損害に関するもの

和解事例(1656)
地方公共団体が住民に一時避難を要請した区域(南相馬市鹿島区)に居住していた被相続人(祖父)及び申立人ら(祖母、息子夫婦及び孫)のうち被相続人及び申立人祖母の日常生活阻害慰謝料(増額分)について、被相続人及び申立人祖母は申立人祖母の足が不自由(身体障害等級3級、要介護2)であったこと等から避難をすることができず、避難した息子夫婦及び孫と家族別離が生じた上、自らも身体障害等級3級であった被相続人が介護施設のサービスも利用することができない中、単身で申立人祖母の介護を担ったことや被相続人の障害等を考慮して、平成23年3月分は6割、同年4月分から同年9月分までは3割の増額が認められたほか、平成25年に実施した自宅敷地の表土除去及び立木伐採等の除染費用の一部の賠償が
認められた事例。

和解事例(1657)
自主的避難等対象区域(福島市)から避難した申立人ら(父母及び子3名(うち1名は原発事故後に出生))について生活費増加費用(家財道具購入費用等)、平成27年3月分までの避難費用(住居費、一時帰宅費用等)が賠償されたほか、子3名及び妊娠期間中の申立人母については平成27年3月分までの避難雑費が、会社員であった申立人父については避難に伴う失職により減収が生じた2か月分の就労不能損害が、化粧品販売業を営んでいたが避難に伴い営業不能となった申立人母については6か月分相当額の営業損害がそれぞれ賠償された事例。

和解事例(1658)
避難指示解除準備区域(浪江町)から避難した申立人ら(母、子2名)の日常生活阻害慰謝料(増額分)として、1.申立人母について、申立人子2名及び一緒に避難した両親らの面倒を見ながらの避難生活を余儀なくされたことを考慮して、平成23年3月分につき月額9万6000円、同年4月分につき月額3万6000円、同年5月分から平成26年3月分まで月額3万円、同年4月分から平成27年3月分まで月額2万円、同年4月分から平成28年3月分まで月額1万円が、2.申立人子2名について、避難先における通学先の学校になじむことができなかったことやいじめがあったこと、通学に際して負担が大きかったこと等を考慮して、それぞれ平成23年3月分及び同年4月分につき月額3万6000円、同年5月分から
平成26年3月分まで月額3万円が賠償された事例。

和解事例(1659)
 旧緊急時避難準備区域(南相馬市)に居住し自家消費用の野菜を栽培していた申立人が、避難したことにより自家栽培をすることができなくなって増加した食費について、仮に帰還したとしても放射線による汚染を懸念して自家栽培は断念せざるを得なかったであろうことを考慮して、避難継続の合理性が認められた期間を超えて、平成27年3月分まで賠償が認められた事例。

和解事例(1660)
旧緊急時避難準備区域(田村市)において造園や緑化木の育成販売等を業とする申立会社の営業損害(逸失利益及び追加的費用)について、販売用に育成していた緑化木を原発事故のために管理することができなくなって伐採したが、再度、伐採した緑化木の根を管理育成すれば8割程度は再生可能であること等を考慮し、伐採した緑化木に係る逸失利益の2割に当たる額と伐採時である平成27年5月から令和元年5月までに再生のための管理育成等に要した追加的費用の8割に当たる額の合計額に原発事故の影響割合を考慮して7割を乗じた額が既払金(伐採した緑化木の財物賠償として支払われた金額)を控除した上で賠償された事例。


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原子力損害賠償請求の消滅時効延長立法についての弁護士会声明

2020年08月06日 | 原子力損害

現在の法律では、原子力損害賠償の請求権は、次のいずれかの場合は、時効により消滅するものとされておりまして(原発時効特例法3条)、一般的には①の点をとらえて「原子力損害賠償請求の時効は10年」と言われています。

 ①被害者が損害及び加害者を知った時から10年間。
 ②損害が生じたときから20年間。
 通常の不法行為責任の時効は5年間なので(民法)、原発時効特例法により特例として時効期間が長い扱いとなっているのです。

 原発事故が起きたのは2011年3月11日ですので、2021年3月には丸10年となります。そのため、弁護士会の中には、消滅時効延長の立法をすべきだという声明を出しているところがあります。

【福島県弁護士会】
2019年10月16日付で「原発事故損害賠償請求権の時効消滅に対応するための立法措置を求める会長声明」を出しています。
また、2020年3月11日付の「東日本大震災及び東京電力福島第一原子力発電所事故から9年を迎えるにあたっての会長声明」においても、時効延長立法について触れています。
 後者の内容を紹介しておきますと、国に対し,再度の立法措置に向けた検討を早期に開始することを強く求めるという内容で、その理由として次のことを挙げています。
①本件原発事故による損害賠償は,極めて多数の被害者が存在する
②個々の被害者に性質や程度の異なる損害が同時に,かつ日々継続的に発生している
③長期の避難生活等の事情により,損害額の把握やその算定の基礎となる資料収集に支障をきたす被害者が存在する
④ことに不動産等の賠償については,数次にわたる相続関係の処理等に長期間を要する事例があることなど,一般的な不法行為に基づく損害賠償とは異なる特殊性がある
⑤このままでは賠償請求権が時効により消滅してしまう事態が強く懸念されるところである。

【東北弁護士連合会】
 2020年3月14日付で「原発事故損害賠償請求権の時効消滅に対応するための立法措置を求める会長声明」を出しています。
 「国に対し、時効期間の再延長のための立法措置(時効特例法の改正等、例えば消滅時効期間を単に「損害が生じた時から20年」とする等)を求める」とされており、その理由は福島県弁護士会のものと被るところがありますので、その点は省略します。東北弁護士連合会独自の視点としては次のものがあります。
①東電は、2019年10月30日付で「原子力損害賠償債権の消滅時効に関する当社の考え方」を公表しているが、そこで示されているのは、「ご請求者さまの個別のご事情を踏まえて柔軟な対応をとる」というあくまでも留保付きのものであり、東電がこれまでの賠償請求事案に対し、被害救済に積極的な対応をとっているとは言い難いことも考慮すると、今後の賠償事例において消滅時効を主張することが懸念される。
②他の不法行為による賠償請求権の時効期間との均衡ということも問題とはなるが、2020年4月1日に施行された改正民法の時効の規定と比較しても、原発賠償請求の時効期間を20年としても、現在の法体系と著しく整合性を欠くものとはいえない。


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地方公務員の懲戒処分の手続き

2020年08月05日 | 地方自治体と法律

1 地方自治体は職員懲戒審査委員会を設置し(地方自治法施行規程16条)、懲戒処分を行うにあたってはこの委員会を通す必要があります。
 例えば、千葉市では、市長は、職員にして懲戒に当たるような行為があると認めるときは、証拠を添えて、書面をもって委員会に審査を要求しなければならず(千葉市職員懲戒審査委員会規則3条)、委員会は、この要求を審査議決し、その結果を直ちに市長に報告しなければならないものとされています(同規則4条)。
 委員会は、必要と認めたときは、当事者及び関係者の出席を求めることができるものとされています(同規則14条)。この聴取は任意的なものであり、必要的なものとは規定されていません。

2 「懲戒処分は不利益処分。不利益処分には聴聞か少なくとも弁明の機会の付与が必要なはず。なぜならば、行政手続法13条に、不利益処分をしようとする場合の手続としてそのように規定されているから・・・」と考えてしまうのは、地方公務員の懲戒処分の場合は間違いです。
 なぜならば、地方公務員の懲戒処分には行政手続法が適用されないからです。地方公務員の懲戒処分は、行政手続法3条1項9号により同法の適用除外とされています。
 告知や聴聞の手続きが取られなくて良いのか、という疑問はあって当然ですが、判例は、告知・聴聞等事前手続がなくても懲戒処分の効力に影響を及ぼすような手続上の違法があつたと認めることはできないという立場をとっています(例えば、東京高等裁判所判決昭和60年4月30日判決・行政事件裁判例集36巻4号629頁)。

3 地方公務員法49条には、「任命権者は、職員に対し、懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分を行う場合においては、その際、その職員に対し処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない。」と規定されており、「処分の事由」を記載した書面の交付が義務付けられています。
 千葉市でも、職員の懲戒の手続及び効果に関する条例で、「戒告,減給,停職又は懲戒処分としての免職の処分は,その旨を記載した書面を当該職員に交付して行わなければならない。」と地方公務員法と同趣旨の規定があります(同条例2条)。この書面は、原則として、職員に直接交付されるべきものとされています(同条例4条)。

4 職員は、懲戒処分を受けたときは、人事委員会又は公平委員会に対して審査請求をすることができます(地方公務員法49条の2)。千葉市では、人事委員会が設置されているので、千葉市の場合は、不服があれば、人事委員会に対して審査請求を行うこととなります。



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地方公務員として勤務する弁護士(法曹有資格者)

2020年08月05日 | 地方自治体と法律

 自治体内で働く弁護士は徐々に増えている。

 「自治体内弁護士」等とも言われているが、弁護士としての登録をしていない者もあり、「法曹有資格者」等ともいわれ呼称についてはいまだ固まっていない。

 日弁連はHPで、「地方公務員として勤務する弁護士(法曹有資格者)に関する統計」を公開しており、日本全体では、令和元年6月時点で、採用している自治体数は120であり、採用されている法曹有資格者は184人であるとしている。
 日弁連の分類に従って、採用している自治体を成立した結果は次のとおりである。

北海道 0自治体

東北 11自治体
青森県(1)・・・弘前市
岩手県(2)・・・花巻市、山田町
宮城県(4)・・・宮城県、石巻市、気仙沼市、東松島市
福島県(4)・・・福島県、相馬市、南相馬市、浪江町

関東 41自治体
茨城県(3)・・・茨城県、つくば市、稲敷市
栃木県(2)・・・栃木市、小山市
群馬県(1)・・・沼田市
埼玉県(4)・・・さいたま市、川越市、所沢市、草加市
千葉県(7)・・・千葉県、船橋市、柏市、市原市、流山市、浦安市、香取市
東京都(18)・・・東京都、特別区人事・厚生事務組合、中央区、文京区、大田区、世田谷区、中野区、板橋区、練馬区、葛飾区、江戸川区、青梅市、調布市、町田市、国分寺市、国立市、多摩市、西東京市
神奈川県(6)・・・神奈川県、鎌倉市、小田原市、茅ヶ崎市、逗子市、厚木市

中部 22自治体
新潟県(2)・・・新潟県、新潟市
富山県(1)・・・富山市
石川県(1)・・・加賀市
岐阜県(1)・・・岐阜市
静岡県(2)・・・島田市、富士市
愛知県(7)・・・名古屋市、豊橋市、岡崎市、春日井市、豊田市、小牧市、長久手市
三重県(8)・・・三重県、四日市市、松阪市、桑名市、名張市、志摩市、伊賀市、南伊勢町

近畿 19自治体
京都府(1)・・・福知山市
大阪府(9)・・・大阪市、堺市、高槻市、茨木市、泉佐野市、河内長野市、松原市、四條畷市、交野市
兵庫県(6)・・・兵庫県、姫路市、明石市、伊丹市、篠山市、朝来市、
奈良県(1)・・・奈良市
和歌山県(2)・・・和歌山県、和歌山市

中国 9自治体
島根県(1)・・・松江市
岡山県(4)・・・岡山市、備前市、赤磐市、早島町
広島県(2)・・・福山市、東広島市
山口県(2)・・・山口県、長門市

四国 2自治体
徳島県(1)・・・阿南市
香川県(1)・・・高松市

九州 17自治体
福岡県(7)・・・福岡県、北九州市、福岡市、久留米市、直方市、古賀市、糸島市
長崎県(2)・・・長崎県、長崎市
熊本県(1)・・・熊本市
大分県(1)・・・大分県
宮崎県(2)・・・宮崎市、小林市
鹿児島(4)・・・鹿児島市、鹿屋市、霧島市、南さつま市


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