千葉地裁が一審の大審院判決 大審院明治29年9月17日判決 詐欺取財の件
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(はじめに)
・この判決は大審院明治29年9月17日判決(大審院刑事判決録(刑録)2輯8巻16頁)の現代語訳を試みたものです。原文は現代語訳の下にあります。
・事件の概要は次のとおりです。
「被告らは共謀の上で虚偽を装い、実際には渡すべき金額がないのに、馬代金の残額および借金の返済に応じるとして受取証を渡すよう欺いた。しかし、仲蔵らがそれを拒否したので、忠次郎が仲蔵の横腹を蹴り、被告房松と共に強いてこれを認めさせて渡すよう迫り、仲蔵らをして恐怖させ、遂に仲蔵と丑蔵の連名による受取証をだまし取った。」
被告らの行為は恐喝取財罪に該当します。
恐喝取財罪とは、虚偽の言葉等を用いて恐喝し、相手を畏怖させて財物や証書類を騙取することで成立する犯罪です。
・この事件がいつ起きたか及び一審判決の時期は不明です。
第二審東京控訴院判決:明治29年6月26日
被告に重禁錮1年6か月、罰金20円、監視6か月を言い渡す
大審院判決:明治29年9月17日
上告を棄却(原判決維持)
・本判決は、日本研究のための歴史情報裁判例データベース(明治・大正編)に登載されています。
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詐欺取財の件
大審院刑事判決録(刑録)2輯8巻16頁
明治29年第754号
明治29年9月17日宣告
◎判決要旨
虚偽の言葉を用いて他人を畏怖させ、財物または証書類を騙取する行為は、恐喝取財罪に該当する。被害者がその言葉を信じたか否かは、犯罪の構成には影響しない。
第一審 千葉地方裁判所
第二審 東京控訴院
被告人 石井房松
弁護人 宮古啓三郎
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(緒言)
被告房松の詐欺取財事件について、東京控訴院は千葉地方裁判所の判決に対する被告の控訴を審理し、明治29年6月26日、次のように判決を言渡した。
・原判決中、被告に有罪を言い渡した部分を取消す。
・被告房松を重禁錮1年6か月、罰金20円、監視6か月に処す
この判決が不法であるとして、被告が上告した。原院(控訴院)の検事は、これに対して答弁書を提出しなかった。
よって、刑事訴訟法第283条の手続きを履行し、次のとおり判決する。
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(上告の要旨について)
上告の要旨は次のとおりである。
被告はかつて詐欺取財を行ったことはなく、証書の類は全て馬の代金などを支払った結果、正当な理由で受け取ったものである。
告訴人らは自身の浪費を理由に言い訳のため告訴したものであるのに、原裁判所は法律に違反して不当に事実を認定し、被告を有罪とすると判決した。
〈大審院の判断〉
この論旨は、原院(控訴院)の職権である事実の認定を批難するものであり、適法な上告理由ではない。
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(上告拡張書の第一点について)
上告拡張書の第一点は次のとおりである。
原院(控訴院)の判決は、被告房松が倉持又五郎所有の牡馬1頭を買い受けたと認定されたが、これは事実と異なる。被告は又五郎と売買をしたのではなく、丑蔵から直接買い受けたものである。
〈大審院の判断〉
これもまた事実認定を批難するものであり、適法な上告理由ではない。
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(上告拡張書の第二点及び第三点について)
上告拡張書の第二点は次のとおりである。
原院は、被告の行為について、倉持仲蔵および丑蔵の告訴状、さらに証人である丑蔵、松下ワカ、金子佐助らの証言を採用し、これを断罪の証拠として用いた。しかし、元来これらの証言は信用するに足りない虚偽の陳述であり、被告が詐欺を行ったと認定されるようなものではない。また、佐助に至っては、被告が売買を行った当時その場にいなかったため、彼が知っていると主張する内容は虚偽の陳述である。
上告拡張書の第三点は次のとおりである。
松下ワカの証言については、そもそも同人は前借金を理由に雇われていた立場にあり、倉持丑蔵がその当時、彼女を身請けすると言い聞かせたため、ワカはその実現を図ろうとして、彼らの言うがままにこのような虚偽の陳述を行ったものである。
〈大審院の判断〉
上告拡張書の第二および第三の論旨とも、原院の職権に属する証拠の採否についての批判にすぎず、適法な上告理由にあたらない。
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(宮古弁護士上告弁明書の第一点について)
宮古弁護士の上告弁明書の第一点は次のとおりである。
原院(控訴院)は次の事実を認定した。即ち、
『被告房松は、被告忠次郎と共謀し、倉持仲蔵および丑蔵から金30円の受取証を騙取しようと企て、仲蔵と丑蔵を呼び出し、「金を借りてきたので、馬代金29円とその時の借金1円を全て渡すから、金30円の受取証を渡してほしい」と持ち掛けて欺いた。
仲蔵らは「馬はすでに引き渡してあるため、金を受け取る際に受取証を出す必要はない」と言ったので(第一段)、忠次郎は仲蔵の脇腹を蹴り、「金を受け取るのに受取証を出さないとは太い野郎だ」と怒鳴り、さらに房松も同調して受取証を認めるように強く迫って、仲蔵を恐怖せしめ、最終的に丑蔵との連名の金30円の受取証を作成させ、二人に拇印を押させた上で、これを騙取したというものである(第二段)。』
第一段の「30円の金を渡すから受取証を渡してほしい」と言って欺き、結局仲蔵らが拒否したのを強いて認めさせて受取証を受け取ったという点につき、詐欺取財罪は成立しない。
詐欺取財罪は、通常の注意や知識をもっていれば防ぐことが可能な事柄については成立しないものである。
「金を受け取らないのに受取証を渡す」という行為を、通常の知識と注意力を持つ者がすることはない。実際に仲蔵や丑蔵もそのような知識があったため、これを拒否している。
この点については、原院(控訴院)も認めているところであるから、人を欺罔して詐欺取財を行ったとは言えない。
また、第二段で述べられている「仲蔵らが受取証を出すのを拒んだため、忠次郎が仲蔵の横腹を蹴って『金を受け取るのに受取証を出さないとは太い野郎だ』と言い、房松もこれに同調して強いて認めさせ、仲蔵らを恐怖せしめた云々」との点についても、詐欺取財罪は成立しない。
恐喝罪は、人に向かってある事柄を述べ、相手を畏怖させ、その心意に基づいて行為をさせることが必要である。この場合、畏怖を起こさせる言葉は、あくまで現在に属するものではない。これに対して、恐迫というものは、その害は現在のものであって、被害者に信用を起こさせるものではない。
原院(控訴院)は、「被告らは仲蔵らが受取証を出すのを拒んだため、これに暴行を加え、悪口を言い、強いて認めるよう迫り、彼らを恐怖せしめ受取証を得た」と事実認定しており、心意に信用を起さしめて受取ったものではなく、またその害は現在に属するものではないから、これにより恐喝して騙取したともいえない。
よって、原院認定事実では、詐欺取財の要素である欺罔行為ではないし、恐喝行為でもない。したがって、「騙取した」とはいえないのであり、詐欺取財の刑を適用すべきではない。
原院(控訴院)が刑法第390条及び第394条を適用したのは、擬律錯誤(法令適用の誤り)による判決である。
〈大審院の判断〉
論旨は要するに、「被告の行為は詐欺取財罪には該当しない」というものである。
原判決文は以下のように判示している。
「被告らは共謀の上で虚偽を装い、実際には渡すべき金額がないのに、馬代金の残額および借金の返済に応じるとして受取証を渡すよう欺いた。しかし、仲蔵らがそれを拒否したので、忠次郎が仲蔵の横腹を蹴り、被告房松と共に強いてこれを認めさせて渡すよう迫り、仲蔵らをして恐怖させ、遂に仲蔵と丑蔵の連名による受取証をだまし取った。」
このように原判決は、被告らの行為を恐喝取財罪として認定している。
恐喝取財罪とは、虚偽の言葉等を用いて恐喝し、相手を畏怖させて財物や証書類を騙取することで成立する犯罪である。その際、被害者の心意に信用を起こさせるか否かは、本罪の成立には影響しない。
したがって、原院が被告の行為に対して刑法第390条第1項および第394条を適用して処断した判断は相当であり、上告論旨がいうような不法はない。
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(宮古弁護士上告弁明書の第二点について)
宮古弁護士の上告弁明書の第二点は次のとおりである。
上告弁明書第一点で述べたように、詐欺取財罪が成立するためには、被害者を欺き、その心意に信用を抱かせ、任意に財物を渡させる行為が必要不可欠である。被害者の心に信用を抱かせることなく、任意の引き渡しがなされない状況で無理やり渡させた場合、その行為は強奪であるか、単純な脅迫罪が成立するにすぎない。
原判決には、仲藏等に対して金を受取ったのだから、受取証を渡してくれ等との記載はあるが、仲藏等がこの言葉を信じて任意に受領証を渡したという記載はないのであるから、裁判に理由を欠いており失当の判決である。
〈大審院の判断〉
原院(控訴院)は、被告の行為を恐喝取財罪であると認定し、その事実について判示していることは、前項で説示しているから、この点についても上告理由にはあたらない。
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(宮古弁護士上告弁明書の第三点について)
宮古弁護士の上告弁明書の第三点は次のとおりである。
刑事訴訟法第219条第2項は、「必要な調書その他証憑書類は、書記に朗読させなければならない」と定めている。この規定によれば、調書等は必ず法廷で朗読されるべきである。
原院(控訴院)では、証拠書類全般の朗読を省略するが異議がないかとの問いに対し、被告は「省略されても異議はない」と答えているが、
「必要な調書の朗読を省略してよいか」という具体的な問ではないのであるから、この点についての省略を承諾したものではない。
したがって、原院(控訴院)は必要な調書の朗読せず手続きを進めており、刑事訴訟法の手続きに違反する失当の裁判である。
〈大審院の判断〉
裁判上、証拠となるべき書類の中に、調書が含まれていることは明白であるから、上告論旨のいうような違法はない。
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〈結語〉
以上の理由に基づき、刑事訴訟法第285条に則り、本件上告を棄却する。
明治29年9月17日、大審院第二刑事部の公判廷において、検事安居修蔵が立会いのもとで宣告。
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〈原文〉
詐欺取財ノ件
大審院刑事判決録(刑録)2輯8巻16頁
明治二十九年第七五四號
明治二十九年九月十七日宣告
◎判决要旨
虚僞ノ言語ヲ用ヒ他人ヲ畏怖セシメ財物若クハ證書類ヲ騙取シタル所爲ハ恐喝取財罪ナリトス而シテ被害者ニシテ其言語ニ對シ信用ヲ起シタリヤ否ハ固ヨリ犯罪ノ構成ニ影響アルコトナシ
第一審 千葉地方裁判所
第二審 東京控訴院
被告人 石井房松
辯護人 宮古啓三郎
右房松カ詐欺取財被告事件ニ付明治二十九年六月廿六日東京控訴院ニ於テ千葉地方裁判所ノ判决ニ對スル被告ヨリノ控訴ヲ審理シ原判决中被告等ニ有罪ノ言渡ヲ爲シタル部分ヲ取消ス被告房松ヲ重禁錮一年六月罰金二十圓監視六月ニ處ス云々ト言渡シタル判决ヲ不法トシ被告ハ上告ヲ爲シ原院檢事ハ答辯書ヲ差出サス因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
上告ノ要旨被告ハ曾テ詐欺取財ヲ爲シタルコトナク證書ノ如キハ全ク馬代金等ノ辨濟ヲ爲シタルカ爲ニ正當受取リタルモノニシテ告訴人等ノ如キハ全ク自己ニ浪費シタル結果言譯ノ爲メ告訴シタルカ眞實ノ事實ナルニ原裁判所ハ法律ニ違背シテ不當ニ事實ヲ認定シ被告人ヲ以テ有罪ト判决シタルハ不當ナリト云フニアレトモ◎該論旨ハ原院ノ職權ニ特任セル事實ノ認定ヲ批難スルモノニシテ上告適法ノ理由ナシ
上告擴張書ノ第一點
原院ノ判决中被告房松ハ倉持又五郎所有ノ牡馬一頭ヲ買受ケタルカ如ク認定セラレタルモ右ハ事實ニ違ヒタル認定ニシテ决シテ被告ハ又五郎ヨリ賣買ヲ爲シタル者ニ之ナク丑藏ヨリ直接ニ買受ケタルモノナリト云フニアレトモ◎是亦事實認定ノ批難ニ外ナラサレハ上告其理由ナシ』
同第二點
原院ハ被告ノ所爲ニ對シ倉持仲藏同丑藏ノ告訴状及證人丑藏同松下ワカ金子佐助等ノ證言ヲ採リ斷罪ノ證據ニ供セラレタルモ元來彼等ノ證言ハ採ルニ足ラサル虚述ニシテ决シテ被告ニ詐欺セラルヽ如キ者ニアラス云々又佐助ハ被告カ賣買ヲ爲ス當時ハ居ラサリシヲ以テ彼レノ知リ居ル等ノ申立ハ虚述ナリト云ヒ」
同第三點ハ松下ワカノ證言ニ就テハ元來同人ノ身上ハ前借金ヲ以テ被雇中ノ者ニ之アリ然ルニ倉持丑藏ハ其當時同人ヲ身受爲シ呉レンコトヲ申聞カセタルヲ以テワカハ其事ノ實行ヲ求メンカ爲メ彼等カ云フカ儘如斯虚僞ノ陳述ヲ爲シタルモノナリト云フニアレトモ◎第二第三論旨共原院ノ職權ニ屬スル證憑ノ取捨ヲ論難スルモノニシテ上告適法ノ理由ナシ
宮古辯護士上告辯明書ノ第一點
原院ノ認定シタル事實ハ被告房松ハ被告忠次郎ト共謀シ仲藏丑藏ヨリ金三十圓ノ受取證ヲ騙取センコトヲ企テ此二人ヲ呼ヒテ金ヲ借リ來リシ故馬代金廿九圓ト時借金一圓ト悉皆渡スヘキニ付金三十圓ノ受取證ヲ渡シ呉レヨト欺キタルニ仲藏等ハ馬ハ已ニ渡シアルコト故金ヲ受取ルニ受取證ニハ及フ間敷ト云ヒタルヨリ(第一段)忠次郎ハ仲藏ノ横腹ヲ蹴リ金ヲ受取ルニ金ノ受取證ヲ出サスト云フハ太ヒ野郎タト云ヒ房松モ共ニ強テ之ヲ認ムヘシト迫リ仲藏ヲ恐怖セシメ遂ニ仲藏ヲシテ丑藏連名ノ三十圓ノ受取證ヲ認メサセ兩人ニ拇印セシメタル上之ヲ騙取シタリ(第二段)ト云フニアリ
此事實ノ中第一段ノ三十圓ノ金ヲ渡ス故受取證ヲ渡シ呉レト申欺キ結局仲藏等カ拒ミタルヲ強テ認メサセ受取リタリトノ點ハ决シテ詐欺取財罪ヲ構成セス抑モ詐欺取財ナルモノハ尋常ノ注意智識ヲ以テ何人ト雖モ防キ得ル事柄ニ付テハ構成セス
今金ヲ受取ラサルニ受取證ヲ渡スト云フコトハ尋常ノ智識アリ注意アルモノハ爲サヽルハ固ヨリナリ現ニ仲藏丑藏モ其智識アルカ故ニ拒ミタル次第ナリ
此點ハ原院モ認ムル處ナレハ人ヲ欺罔シテ詐欺取財ヲナシタリト云フ可ラス
又第二段ノ仲藏等カ受取證ヲ出スヲ拒ミタルヨリ忠次郎カ仲藏ノ横腹ヲ蹴リ云々ト云ヒ房松モ共ニ強テ之ヲ認ムヘシト迫リ仲藏等ヲ恐怖セシメ云々トアル點モ詐欺取財罪ヲ構成セス抑モ恐喝ナルモノハ人ニ向テ或ル事柄ヲ述其人ヲ畏怖セシメ其心意ニ信用ヲ起サシムルモノニシテ其言タル現在ニ屬スルモノニアラス之レニ反シ恐迫ナルモノハ其害現在ニシテ被害者ヲシテ信用ヲ起サシムルモノニアラス
今原院カ認定セシ事實ヲ見ルニ被告等ハ仲藏等カ受取證ヲ出スヲ拒ムヨリ之ニ暴行ヲ加ヘ惡口ヲ言ヒ強テ認メヨト迫リ同人等ヲ恐怖セシメ之ヲ受取リタリト云フニ在レハ其心意ニ信用ヲ起サシメテ受取リタルモノニアラス
又其害現在ニ屬スルモノニアラサレハ决シテ之ヲ恐喝シテ騙取シタルモノト云フヘカラス
故ニ原院ノ認定シタル事實トセハ詐欺取財ノ要素タル欺罔ノ所爲ナク恐喝ノ所爲ニアラス
從テ騙取シタリト云フ能ハス之ヲ要スルニ詐欺取財ノ刑ヲ適用スヘキモノニアラス
然ルニ原院カ刑法第三百九十條第三百九十四條ヲ適用シタルハ法則ヲ不當ニ適用シタルモノニシテ擬律錯誤ノ裁判ナリト云フニアリテ
◎要スルニ第一段第二段ノ論旨共被告ノ所爲ハ詐欺取財トナラスト云フニ外ナラス
因テ原判文ヲ査スルニ「被告等ハ共謀上詐辯ヲ設ケ實際渡スヘキ金員ノ調ハサルニ馬代金ノ殘額及時借金共返濟スヘキニ付受取證ヲ渡シ呉レト申欺キタルニ仲藏等カ其渡シ方ヲ拒ミタルヨリ忠次郎ハ其側ニ立チ仲藏ノ横腹ヲ蹴リ當被告房松共々強テ之ヲ認メ渡スヘシト迫リ仲藏等ヲシテ恐怖セシメ遂ニ仲藏丑藏連名ノ受取證ヲ騙取シタリ」トアリテ被告ノ所爲ヲ以テ恐喝取財罪ナリト認メアルヤ明カナリ
而シテ恐喝取財罪ナルモノハ虚僞ノ言語等ヲ用ヒ恐喝シテ他人ヲ畏怖セシメ財物若クハ證書類ヲ騙取スルニ因テ其罪成立スヘキモノニシテ被害者ノ心意ニ信用ヲ起サシムルト否トハ本罪ノ構成ニ關係セサルモノトス
故ニ原院カ被告ノ所爲ニ對シ刑法第三百九十條第一項同第三百九十四條ヲ適用處斷シタルハ相當ニシテ上告論旨ノ如キ不法アルコトナシ』
同第二點
第一點ニ於テ述ヘタル如ク詐欺取財ノ罪ヲ構成スルニハ被害者ヲ欺キ其心意ニ信用ヲ起サシメ任意ニ物件ヲ渡スモノナラサルヘカラス若シ然ラスシテ其心意ニ信用ヲ起サス又任意ニ渡スニアラス強テ之ヲ渡サシメタルモノナレハ是レ強奪ナリ又單純ノ脅迫罪ナリ原判文ヲ見ルニ仲藏等ニ對シテ金ヲ受取リ來リシ故其受取證ヲ渡シ呉レ云々ト記載アレトモ仲藏等カ此言ヲ信シテ任意ニ渡シタルモノト見ルヘキ記載ナシ云々其記載ナキハ即チ裁判ニ理由ヲ欠キタル失當ノ判决ナリト云フニアレトモ◎原院ハ被告ノ所爲ヲ恐喝取財犯ナリト認メ而シテ其事實ノ具備シ居ルコトハ前項ニ説示シアルニ依リ付テ了解スヘシ』
同第三點
刑事訴訟法第二百十九條第二項ニ依レハ必要ナル調書其他證憑書類ハ書記ヲシテ朗讀セシムヘキモノトス故ニ朗讀セシムヘキモノハ敢テ證憑書類ニテ足ルニアラス然ルニ原院ニ於テハ一切ノ證憑書類朗讀省畧スルモ異議ナキカトノ問ニ對シ被告ハ省畧セラルヽモ異議ナシト答ヘタレトモ必要ナル調書ノ朗讀ヲ省畧スル云々ノ問ニアラサルヲ以テ此點ニ付テハ省畧ヲ諾シタルニアラス左スレハ原院カ必要ナル調書ノ朗讀ヲ爲サシメサリシハ刑事訴訟法ノ手續ニ違背スル失當ノ裁判ナリト云フニアレトモ◎裁判上證據トナルヘキ書類中ニ調書ノ包含シ居ルコトハ勿論ナルニ付上告論旨ノ如キ違法アルコトナシ
以上ノ理由ナルニ依リ刑事訴訟法第二百八十五條ニ則リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
明治二十九年九月十七日大審院第二刑事部公廷ニ於テ檢事安居修藏立會宣告ス