弁護士TKのブログ

興味関心も文章もまとまりませんが、そのときそのときで考えたことなどを、書き散らしていきます

自由民権家井上幹の家系

2021年09月16日 | 歴史を振り返る
(井上幹の子孫)
前回、夷隅事件に際して、井上幹家の捜索メモについて記事にしました。
この記事は、佐久間耕治著「底点の自由民権運動」(岩田書院2002年)所収の「1884年自由党夷隅事件の捜索過程ー千葉県大原町井上家文書に依拠して」をもとに書いたのですが、同論文には井上幹家の家系図も掲載されていました。
井上幹の子 井上稲直
井上稲直の子 井上達兮(たつや)
井上達兮の子 井上宏一
 同論文の執筆者佐々木耕治は、井上宏一氏の好意で井上家文書を読み続けることができたが、この論文の執筆中に宏一氏は急逝されたそうです。
 
(井上稲直)
井上稲直は、井上幹の子ですが、慶應義塾を卒業して、千葉県議会議員を務めています(同論文)。
これ以上の情報はないのですが、千葉県議会史というのが出版されていますから、そういう本を紐解くと井上稲直について何らかの情報が得られるかもしれません。

(井上達兮)
井上達兮は弁護士です。
千葉県弁護士会史(千葉県弁護士会編:1995年)にインタビューが掲載されています。インタビュー自体は1976年のものです。
これによれば、井上達兮は明治33年11月生まれ。千葉中学を卒業後、早稲田に進学。高等予科から法学部に進んで、大正14年に卒業。
卒業後、会社員となりましたが、昭和7年に高等文官試験(司法科)に合格し、昭和8年5月に第二東京弁護士会に登録しました。
当時は、司法試験というものはなく、高等文官試験という試験でした。
また、弁護士には、司法修習制度がないので、合格すればすぐに登録ができました。
昭和7年の高等文官試験に合格して、昭和8年に弁護士登録ということもできたのです。
弁護士に研修が義務付けられたのは、昭和8年の弁護士法改正で、この改正は、昭和11年4月1日に施行されています。これ以降は、高等文官試験に合格したら弁護士試補として1年半の研修が義務付けられていますが(しかもこの間無給)、これ以前は試験に合格すれば弁護士として活動できたのです。
井上達兮が弁護士となったのは、研修が義務付けられる前だったので、試験に合格した後、すぐに登録ができたのです。

(戦後)
井上達兮は、昭和19年に故郷に戻り、布施村(現いすみ市)の村長を務めています。
しかし、敗戦後公職追放を受けたようです。
井上達兮が千葉県弁護士会に登録変更したのがいつかは、はっきりしません。
昭和19年に千葉に戻ったと語っていますので、昭和19年の可能性が高いとは思いますが、今のところ裏付けがとれません。
千葉県弁護士会では戦前の資料が空襲で焼失してしまったようであり、千葉県弁護士会史にはこの点の記載がないのです。
昭和29年度及び昭和38年度には、井上達兮は弁護士会の副会長をつとめ、昭和58年3月14日にお亡くなりになっています。

(井上達兮の発言)
インタビューで、井上達兮は、「父は県会議員を少しやった程度です。父はあまり政治は好きではなかったですね。祖父井上幹は有名でしたよ。全国に先駆けた自由民権運動の提唱者でもあり、夷隅「以文会」の創始者です。『自由民権派夷隅の山村から始まった』と近代史にも書かれているくらいです。」と発言しています。



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治罪法時代の捜索メモ~自由民権家井上幹宅の捜索

2021年09月13日 | 歴史を振り返る
(夷隅事件の捜索メモ)
 井上幹は、千葉県夷隅地域(現在のいすみ市)の自由民権家で、夷隅事件による弾圧を受けました。
 夷隅事件では、井上宅の家宅捜索が行われていますが、この捜索メモが残っているということを佐久間耕治著「底点の自由民権運動」(岩田書院2002年)所収の「1884年自由党夷隅事件の捜索過程ー千葉県大原町井上家文書に依拠して」で知りました。
 この捜索は、11月4日~8日(第1次捜索)及び12月9日(第2次捜索)に井上家を対象として行われています。
 井上家に残っている捜索記録は、官憲の捜索日誌とも呼ぶべき史料であり、捜索の場所、時間、押収物件が詳細にメモされているものです。
 誰がメモしたかは氏名の記載がないため、不明。
 ということは、正式な文書ではないようです。
 それにしても、そのようなメモがなぜ捜索を受けた者のもとに残っているのか、謎です。
 現代では、警察や検察が捜索を行いますが、警察官などが手持ちの資料として書いたメモが、捜索を受けた者のもとにわたっているようなものですから。
 
(治罪法の時代)
 夷隅事件は1884年に起きていますが、当時は治罪法という法律が刑事訴訟を規律していました。
 治罪法は1882年1月1日から施行されていますので、1884年は施行後3年目にあたります。
 治罪法を含め、戦前の刑事訴訟では、捜索・差押は警察官・検察官が行うことはできませんでした。
 では、誰が行うのかというと「予審判事」です。
 当時の仕組みでは、警察や検察官は任意での捜査しかできず、検察官が裁判所に起訴をして初めて強制捜査ができる仕組みでした。
 検察官から記録を引き継いだ予審判事は、捜索・差押や尋問を行い、被告人を公判に付するかどうかを決めるのです。
 このような仕組みですので、起訴されてから初めて捜索が行われます。
 現代では起訴の前に警察等の捜索が行われるので、今と全然違います。
 井上幹が官吏侮辱罪で逮捕されたのは、1884(明治17)年12月4日のことですから、この事件に関する捜索は第2次捜索(12月9日)ということになります。
 その前の第1次捜索(11月4日~8日)は、11月3日に、君塚省三外3名が富松正安隠匿、爆裂弾製造の容疑で逮捕されていますので、その関係での捜索ということになるでしょう。

(捜索はのんびりとしていた?)
 それにしても、11月4日~8日と5日間にかけて捜索が行われていたのは、今の感覚からするとかなりのんびりした捜索だということになります。
 今よりも物がない時代ですから、物を探すのにそれほど時間がかかるとは思えません。
 そうすると、文書の見極めに時間がかかったのかなと思います。
 今と違って文書は印刷されていませんし、字を判読して、関係ある文書なのか否か判別するのは、今よりも時間がかかったろうと思います。
 文書が整理されていなければ、それを整理しつつ、事件との関連ある文書だけを押収するのは、相応の時間がかかったでしょう。 
 それにしても、捜索を受ける側からすれば、こんなに長い間、官憲に家に居座られるのは迷惑至極であり、このような長い時間をかけた捜索・差押が当時の常態だったとすれば、それはそれは大変だったと思われます。

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BC級戦犯の弁護人を務めた弁護士の著作を調べてみる

2021年09月06日 | 歴史を振り返る
(杉松富士雄弁護士) 
 杉松富士雄はBC級戦犯の弁護人を務めた弁護士で、過去記事〈李鶴来「韓国人元BC級戦犯の訴え」にみる日本人弁護士〉に名前が見えます。李鶴来氏は、戦時中朝鮮人軍属で、戦後シンガポールで戦犯裁判を受けたのですが、そのときの弁護人を務めたのが杉松弁護士でした。
 この本では李鶴来氏からみた、弁護人の活動が描かれていました。

(死して祖国に生きん : 四戦犯死刑囚の遺書)
BC級戦犯の弁護人の実態について、まとまった著作というのに未だたどり着かず、実態がよくわかりません。
著作でもあれば、そこから弁護人のことがわかるのではないかと考え、杉松弁護士の著作の有無を調べてみました。最も関連のあらそうなものとして、「死して祖国に生きん : 四戦犯死刑囚の遺書 」という著作があることがわかりました。蒼樹社からの出版で杉松富士雄編とされています。
 この本は 1952年に出版されたようですが、1972年にも同名で光和堂という別の出版社から出されています。
本の題名からして、BC級戦犯事件について書いてあることは間違いないのですが、この本は古本でも売られておらず、また手近な図書館にもないので、国立国会図書館にでも行かないとお目にかかることができないのかもしれません。

(杉松弁護士の論文)
また、杉松富士雄弁護士の名前で論文検索すると下記の論文がヒットします。
「運命の第二二五連隊」
日本評論 26(3), 122-134, 1951-03
日本評論新社
  さらにインターネットを検索してみると、日弁連の機関誌「自由と正義 第2巻第2号 昭26年2月号」に何か寄稿しているようであることもわかりましたが、これもまた近くの図書館にはないようです。

(BC級戦犯関係以外の著作)
 BC級戦犯関係以外の杉松弁護士の著作として、「司法新体制の若干問題」 巌松堂というものがあるようです。昭和16年の出版で、題名からして、戦時の刑事訴訟の改正についての著作ではないかと思われます。

(杉松弁護士に言及した著作)
杉松弁護士に言及した著作として、玉居子精宏「二人の戦犯弁護人 : BC級サイゴン裁判のこと」(一冊の本 2016年3月号)があるようです。これは比較的入手しやすそうなので、このあたりからアプローチしてみようかと思います。







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公務員の結婚詐欺と懲戒処分

2021年08月30日 | 地方自治体と法律
(公務員の結婚詐欺)
 公務員が結婚詐欺を行ったことで、懲戒に付されたとも見ることができる事例を見かけましたので、紹介します(神戸地裁平成29年4月26日判決・判例地方自治433号27頁)。
 非違行為とされたのは、「妻子があるのに独身と偽ってAと交際し、これが発覚して損害賠償請求訴訟を提起されたこと」で、信用失墜行為の禁止(地公法33条)に該当するとされています。
 職員はこの非違行為を含め4つの非違行為で、懲戒免職処分とされました。
 職員はこれを不服として、取消訴訟を提訴。

(神戸地裁の判断)
 神戸地裁は、上記非違行為については次のように判示して、懲戒事由に該当するとしました。
「被告の主張は、結婚詐欺ともいいうる原告の行為は、信用失墜行為として地公法33条に違反し、同法29条1項1号・3号の懲戒事由に該当するというものであると解される。
 たしかに原告は、結婚を視野に入れた男女の交際という人の一生にも影響を及ぼしうる重要な問題についてAをだましてその心情を著しく傷つけたのであるから、Aの人格権を侵害する不法行為が成立するといえる。しかしこれは公務外の、しかもまったくの私的なことがらであり、刑罰の対象にもならない。道義的に非難され、民事上の責任を負うべきものであるとしても、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務する公務員としてふさわしくない行為であるとか、公務員関係の秩序を維持するため制裁を科すべき行為であるとはただちにいいがたく、そもそも懲戒処分になじみにくい行為である。ただ、そうはいっても、消防服務規程において特に、「消防職員は、その職の信用を傷つけ、又は職全体の不名誉となる行為のないよう常に心を清潔にし、身辺の潔白に努めなければならない。」(7条)、「消防職員は、常に身体、服装及び態度を清潔かつ端正にし、品位の保持に努めなければならない。」(8条)と規定されていることを考慮すると、非違行為〈3〉が地公法33条に違反し、同法29条1項1号・3号の懲戒事由に該当することを否定することまではできない」

(この裁判所の判断をどうみるか)
 本件で問題とされたのは、相手方の同意のある不貞行為ではありません。
 自治体側の主張では「妻子があるのに独身と偽ってAと交際したこと」であり、これは「結婚詐欺ともいいうる」ものとしています。
 裁判所は、「Aをだましてその心情を著しく傷つけたのであるから、Aの人格権を侵害する不法行為が成立するといえる。」と判断して、Aをだましたことは認めました。
 しかし、「これは公務外の、しかもまったくの私的なことがらであり、刑罰の対象にもならない。道義的に非難され、民事上の責任を負うべきものであるとしても、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務する公務員としてふさわしくない行為であるとか、公務員関係の秩序を維持するため制裁を科すべき行為であるとはただちにいいがたく、そもそも懲戒処分になじみにくい行為である。」とも述べており、懲戒処分と推ることに消極的な意見があったようにも読めます。
 最終的には、消防服務規程に「消防職員は、その職の信用を傷つけ、又は職全体の不名誉となる行為のないよう常に心を清潔にし、身辺の潔白に努めなければならない。」とか、「消防職員は、常に身体、服装及び態度を清潔かつ端正にし、品位の保持に努めなければならない。」と規定されていることから、「妻子があるのに独身と偽ってAと交際し、これが発覚して損害賠償請求訴訟を提起されたこと」が信用失墜行為の禁止に違反し、懲戒事由に該当することは認めています。
 このように、この事案は単なる不貞行為を懲戒事由としたものではなく、しかも裁判所も消防服務規程を持ち出して懲戒処分相当としたことから見ても、一般職員すべてにまでこの判断を適用させることは躊躇しているように思われます。

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書面審議・オンライン会議は「会議」?

2021年08月23日 | 地方自治体と法律
(新型コロナ対策として多用されている書面審議、オンライン会議)
 新型コロナ対策として、多用されている書面審議、オンライン会議ですが、条例等で用いられる「会議」にあたるのかどうか考えてみました。

<会議についての規定>
 会議に関する条文は、概ね次のようなものです。
(会議)
第〇条 会議は、会長が招集し、会長が議長となる。
2 会議は、委員の過半数が出席しなければ開くことができない。
3 会議の議事は、出席委員の過半数で決し、可否同数のときは、議長が決する。
 2項には、会議は、委員の「出席」がなければ会議を開くことができない、と規定されています。
 「出席」という言葉は、会議を開催する場所に出てくることを意味するので、基本的には、その場に出席しなければ会議が不成立となってしまいます。
 国会議員が国会にリアルに出席し、バーチャルが許容されないのは同じ理屈です。
 憲法では、「両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。」と規定しており(56条1項)、ここでも「出席」という言葉が使用されているのです。実際に身を国会の議場の中に置かなければ議事は開けないと解釈されています。
 これは次のような考え方からです。人が一つの場所に集合して話し合いをもち、討論をすることによって、合議体である会の意見が決定されます。集まって会の中であれこれと話をすることで、ある意見をもっていた人も、別の人の意見がよいなと思うようになることもあるし、その逆もある。話し合いが必要なのであるから、持ち回り決議のように話し合いがその場でできないものについては、会議をもったとはいえないでしょう、という考え方です。


<書面審議は「会議」とはいえない>
 このような考え方からすると、書面審議は会議ではなく、議決は無効となります。
 実際、そのような最高裁判決もあり、持ち回り決議での書面審議は無効であるとの判断がだされています(昭和46年1月11日民集25・1・45)。最高裁は、次のように述べています。
「原判決の確定したところによれば、本件許可処分にあたり、温泉審議会は開かれず、知事による温泉審議会の意見聴取は持廻り決議の方法によりされたものであるというのであり、また、温泉法一九条、島根県温泉審議会条例(昭和二五年同県条例第三一号)六条等の規定に徴すれば、右審議会の意見は適法有効なものということはできず、右処分後に開かれた審議会の意見によつても、右のかしが補正されないことは、原判決の判示判断のとおりである。」
 この理由は割とそっけないものですが、原審の広島高裁松江支部昭和38年12月25日判決が実質的な理由付けをしてます。
「控訴人は、温泉審議会委員一九名中一〇名がいわゆる持廻り決議の方法により意見を表明し、その意見はいずれも許可を相当とするものであつたから、意見聴取の手続に欠けるところはないと主張する。しかし島根県温泉審議会条例によると、審議会は会長が招集し、審議会の委員の過半数が出席しなければ、議事を開き議決することができず、議事は出席委員の過半数で決し、可否同数のときには会長の決するところによることとなつているのであつて、持廻り審議による議事の審理、議決を許す旨の規定を定めていないから、委員が一定場所に集合して開会し、討論議決することにより、合議体たる温泉審議会の意見が決定されるわけであり、委員の過半数がいわゆる持廻り決議の方法によりある事項に賛成の意見を表明したとしても、これによつて、審議会の決議が有効に成立するものではなく、したがつて審議会の意見が決定されるものではないといわなければならない。」


<オンライン会議>
 このように書面審議は、話合いをしない方法でおこなれるため、「会議」とはいえないということになります。
 オンライン会議はどうでしょうか。
 オンライン会議では、話し合いがあり、会議に出席しているようにも思えます。
 しかし、現時点では「出席」とは、リアルに会議場に集まることを意味すると考えられていますので、会議についての条文はそのままにしてオンライン会議を開き、議決するのでは、議決が無効となるリスクがあります。
オンライン会議を適法とするためには、次のような規定を置いている例があります(杉並区教育委員会会議規則)。
第4条の2 委員又は職員は、教育長が必要があると認めるときは、教育長、委員及び職員が映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によつて、会議に出席すること(次項において「オンライン出席」という。)ができる。
2 前項に定めるもののほか、オンライン出席について必要な事項は別に定める。
 この規則では、4条に会議についての規定があり、4条の2でオンライン出席について定めています。このように、会議についての規定とオンライン出席についての規定は、同じレベルの法規(条例であれば条例、規則であれば規則)で規定しておく必要があります。
 また、オンライン出席については、詳細な基準をもうける必要があります。例えば、どのような場合にオンライン出席を可とするのかや、回線が途絶したときはどのように扱うのかです。このような取扱い基準を設けているものとしては、板橋区教育委員会オンライン出席取扱基準があります。
 しかし、オンライン出席についての規定自体を設けているところも少なく、基準を設けているものはさらに少ないので、今後の規定の整備がまたれるところです。

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医療観察法上の保護者とは

2021年08月10日 | 刑事関係の話題
 医療観察法の「保護者」について整理してみました。

(医療観察法での保護者とはどのような者か)
 医療観察法には、「保護者」についての規定があり、次の順番で上位の者が「保護者」となります(同法23条の2)。
一 後見人又は保佐人
二 配偶者
三 親権を行う者
四 前二号に掲げる者以外の扶養義務者のうちから家庭裁判所が選任した者
 この四者が不存在の場合には、規定(23条の3)により市町村長が自動的に保護者となります。
 刑事事件から医療観察法上の入院申立てがされるケースでは、市長を保護者として、対象者○○さんが医療観察法上の入院申立てをされました、つきましては付添人を選任するか否かについて回答くださいというような文書が地方裁判所の刑事部から送られてくるのは、この条文によります。
この裁判所からの通知は、役所の社会福祉担当の方のところに届くことになりましょうが、担当者の方からすると、そのような方について市長が「保護者」になったことなんてないのにと思われるはずです。それもそのはず、保護者という決定などなくても、後見人・保佐人・配偶者又は親権者がいない場合は、市長が保護者になるという規定によって通知が送られてくるからです。
 わかってしまえばなんということもないのですが、裁判所からの通知はこの点について全然説明してくれていないので、医療観察法等にあまり触れたことのない役所の担当者としてはびっくりしてしまうのも無理はありません。
 なお、医療観察法というのは、通称でして、正式名称は、「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」といいます。裁判所からの通知は、この正式名称しか書いておらず、医療観察法とは書いていませんので、その点も注意が必要です。

(保護者は何ができるのか)
 保護者には、付添人の選任権があります(30条1項)。医療観察法に詳しくない方は、この付添人というのは、刑事事件の弁護人のようなものと認識していただければ十分です。
 保護者は、対象者のために意見陳述をしたり、資料提出をすることができます(25条2項)。
 また、審判期日に出席することも可能です。審判期日には、市長が指定すれば職員も出席可能です(31条6項)。

対象者に入院等の決定がでれば保護者には通知されますし(43条3項等)、対象者のために退院許可の申立てや処遇終了申立てをすることもできます(50、55条)。

(保護者の選任)
 このように保護者には様々な権限が与えられています。
 しかし、先ほど述べたように自動的に保護者となるのは、後見人又は保佐人、配偶者、親権を行う者だけで、それ以外の者(兄弟姉妹や対象者が成人となっている場合の両親)は、自動的には保護者として扱われません。
 そこで、このような方が保護者となることを希望する場合は、裁判所に選任してもらって保護者となります。
 この手続きが、保護者選任の申立てです。
 この選任の申立ては、「家庭裁判所」で行わなければならず、医療観察法の事件が継続する地方裁判所刑事部ではありませんので、注意が必要です。

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財産分与とオーバーローン住宅

2021年08月02日 | 家事事件関係
(はじめに)
 離婚に伴って夫婦の財産関係を精算するのが財産分与ですが、不動産があるとややこしくなる場合があります。住宅がオーバーローン状態の場合もその一つです。

(オーバーローン状態の住宅とは)
 住宅ローンを利用して不動産を購入し、ほどなくして離婚ということになると、オーバローンということがほとんどです。
 例えば、不動産を売ると2000万円にしかならないのに、住宅ローンとしては3000万円残っているという場合です。このように、住宅ローンの方が不動産の時価よりも上回る(オーバー)場合をオーバーローン状態といいます。

(オーバーローンの住宅は財産分与の対象にならない)
 オーバーローンの住宅は財産分与の対象にならない、またオーバーしたローン部分は財産分与で考慮しないというのが、今の裁判官の考えです(「財産分与と債務」(松谷判事;判例タイムズ1269号)。
 具体的に考えてみましょう。
 先ほどの例で考えてみます。不動産の時価は2000万円で住宅ローンは3000万円でした。
 離婚の財産分与では、この不動産の価値を次のように考えます。
2000万ー3000万
=ー1000万円
⇒0円
 計算するとマイナスになりますが(だからこそオーバーローンというのですが)、マイナス部分は考慮に入れないということになっています。
 財産分与の対象にならないということは、判決になった場合は、住宅は財産分与でカウントされず、もとの名義のままということになります。

(住宅の問題は先送りされるだけ)
 もとの名義のままということは、住宅については問題が先送りにされるだけです。住宅ローンは誰かが支払っていかなければならないけれども、売るに売れない状態です。オーバーローン状態でも、売却することは法律上は可能ですが、売却金額で支払いきれないローン部分は一括での支払いを求められることになり、マイナス部分が顕在化してしまうからです。
 不動産も住宅ローンもどちらか一方の名義であれば、他方の配偶者はこの問題にタッチしなくて済みますが、共有名義だった場合、住宅ローンの連帯債務者や連帯保証人になっている場合については問題は大きいです。

(ではどうするべきか)
 オーバーローンの住宅の問題が残っても、とにかく離婚を急ぎたいという場合は、問題を切り離すという選択肢もありです。
 しかし、そのような問題を残したくないというのであれば、離婚の話合いの中でオーバーローンの住宅をどのようにするのかということも話合っておいた方がよいです。
 そうでないと、離婚が成立した後も話合いを続けなければならないことになってしまうからです。
 数字的にはマイナスの価値しかないものをどのように決めていくかは、困難を伴うものですが、夫婦で決めたことの後始末としては必要なことと考えるほかありません。


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夷隅事件と予審終結言渡書

2021年07月30日 | 歴史を振り返る
(夷隅事件とは)
 千葉県いすみ市というと、最近は都会からの移住先として注目されていますが、明治時代は自由民権運動の盛んであったところであり、以文会という結社がありました。明治17(1884)年11月以文会の幹部ら12名を爆裂弾製造の容疑で拘束した自由民権運動への弾圧事件が夷隅事件です。

(夷隅事件予審終結言渡書)
 夷隅事件の予審終結言渡書(明治18年1月31日付)が「夷隅町史資料集」に収められています。
 同資料集の見出しは、「夷隅事件予審調書」としていますが、予審調書と予審終結言渡書とは別物ですので、この見出しは正確ではないでしょう。


(夷隅事件の公訴内容)
公訴を提起され、被告人とされたのは次の12名です。
井上幹、松崎要助、河野嘉七、岩瀬武司、吉清新次郎、久貝潤一郎、石井代次、田中恒次郎、高梨正助、君塚省三、中村孝、田辺庸吉
公訴を行ったのは、千葉始審裁判所詰検事補の磯好道及び山本辰六郎。
公訴内容は、
①被告人らは、官許を得ずに、破裂薬を製造した
②被告人らは、官吏である戸長の職務に対し侮辱をした
③被告人吉清新次郎及び松崎要助は、軍用の銃砲を所有した
というものでした。

(予審の結果)
予審は、辻淡千葉軽罪裁判所予審判事補が担当しました。
辻淡裁判官の判断は次のとおりです。
①の破裂薬製造罪については、被告人ら全員について、犯罪を起こしたとする証拠は不十分。
②の官吏侮辱罪については、被告人のうち8名(井上幹、松崎要助、河野嘉七、吉清新次郎、久貝潤一郎、岩瀬武司、石井代次、田中恒次郎)が行ったことは証拠十分であるが、その他の被告人についてはそのような行為を行っていないものもあるし、証拠が十分でない。
③の銃砲所有については、被告人吉清新次郎及び松崎要助が犯罪を行ったことは証拠十分である。
 被告人らは、爆裂弾製造の容疑で拘束されたのですが、この容疑については証拠は不十分で免訴とされています。

(判決)
 明治18年4月20日に、千葉軽罪裁判所にて、被告人ら8名について、重禁錮4月罰金10円の判決が言い渡されました(夷隅町史通史編)。
 予審終結言渡書は史料として残っているので、夷隅町史資料集に収められているのですが、判決は残存していないようであり、夷隅町史通史編では、朝野新聞を判決の史料としています。
 同書では、「明治18年11月1日、4か月の服役の後、井上幹ら8名は東京鍛冶橋監獄署を出獄した。」とするのですが、4月に判決でそのまま服役していたら11月出獄は計算があいません。控訴をしたのか、又は罰金を払わずに、労役上留置とした関係で出獄時期が11月になったという可能性がありますが、この点は明らかではありません。

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身元引受(身柄引受)のルーツは治安維持法時代にあり

2021年07月26日 | 歴史を振り返る
(身柄引受とは)
 刑事事件では、身柄引受書というものを書くように親族の方等に要請されることがあります。 この身柄引受書というもの法律上に根拠のあるものではありません。ですから、身柄引受書(身元引受書)について、厳密にどのような意味を有するのかは、実は曖昧です。
 インターネットを見ると、弁護士が書いているものでも、身柄引受人・身元引受人の定義は一定しません。「一般的には責任をもって身柄を引き受ける人」をいうとするものもあれば、「身体拘束を受けている被疑者や被告人が罪証隠滅行為や逃亡しないよう監督を期待されている人」とするものもあります。

(身元引受・身柄引受の根拠は治安維持法の運用にあった)
このような定義がはっきりしない、甚だ曖昧なものが、なぜ必要とされるのか、長らく疑問に思っていました。 最近ある本を読んだところ身元引受がなぜ必要とされるのかが分かりました。
その本とは、「証言治安維持法」( NHK出版新書)です。

(目的遂行罪新設での検挙者数の増大)
治安維持法は、1925年に制定された法律で、元々は国体を変革し又は私有財産制度を否認することを目的とした結社を取り締まる法律でした。直接的には、共産党を取り締まる目的です。
 その後治安維持法は改正を重ねており、その中で目的遂行罪という犯罪類型が加わりました。この目的遂行罪は、治安維持法が規制する結社に所属していない人でも、その目的を手助けする何らかの行為をしていれば罰することができるというものでした。構成要件としてかなり曖昧なもので、その運用いかんによっては、様々な方が検挙される危険性を秘めていました。そして、まさにその懸念のとおり共産党とは関係のない多数の方も治安維持法で逮捕されました。

(起訴留保処分の活用と身元引受)
多数の者を逮捕しても、全員を起訴したのでは大変なので、検察は起訴留保処分を活用し、起訴率を下げました。この留保処分という制度は、ある検挙者に対し起訴または不起訴の決定を留保するものです。一定期間検察官がいつでも取り調べができる状態のまま社会に戻して生活をさせ、改悛の具合を見て処分を決定するというものでした。
 そしてこの改悛の有無・程度を見るために活用されたのが身元引受人でした。その根拠は、昭和7年12月26日秘2006号、検事正宛司法大臣訓令「思想犯人に対する留保処分取扱規程」にあります。
 前掲「証言治安維持法」によれば、身元引受人は少なくとも月一回、留保処分を受けた者について、当局に視察報告、つまり監視して報告することを義務づけられていました。報告内容は、本人の交友関係や外出先で、手紙がどこから届いたか、収入や支出の内訳、読んでいる本の内容まで生活の隅々に渡っていたというのであります。
 このように身元引受人というのは、治安維持法時代においては、まさに本人を監視監督するためのものであったのです。

(現在に生きる治安維持法の影響)
 治安維持法は廃止になりましたので、身元引受も法的な根拠は失われました。しかし、捜査機関にとっては、甚だ便利であったのでしょう。身元引受書、身元引受人という言葉は生き続け、現在にまで影響を及ぼしています。



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弁護士の懲戒事例〜2021年7月号から

2021年07月22日 | 弁護士の問題点
(はじめに)
日弁連の会誌「自由と正義」には、懲戒処分の公告が掲載されます。弁護士の懲戒処分には、戒告、業務停止、退会命令、除名の4つがあります(弁護士法57条1項)。
2021年7月号掲載分から、気になったものを紹介します。この号には7件の懲戒処分の公告が掲載されていますが、いずれも処分は戒告でした。

(義務的研修を受講せず)
事例1 2015年に受けなければならなかった研修を受けなかった。弁護士会の会長が2017年3月に勧告、2018年及び2019年に命令を行ったが、それでも研修を受講しなった。⇒戒告
【感想】
 義務研修を受講しないことを理由とする戒告です。弁護士は概ね5年に1回、弁護士倫理に関する研修を受けなければならないことになっています。2021年6月号でも同様の事案を紹介しましたが、7月号でも1件掲載されていました。

(着手金返還に伴うトラブル)
着手金の返還に伴うトラブルで懲戒となった事例が2件ありました。
事例2 ある事件を受任し、着手金5万4000円を弁護士は受領した。3か月後に委任契約が解除となったので、弁護士は依頼者との間で1万円(相談料)を控除し、残金4万4000円を返還する約束をしたが、依頼者から返金要求をされても、懲戒の判断の見通しがつくまで返金をしなかった。
⇒戒告

事例3 ある訴訟事件を受任した弁護士が、依頼者からメールで辞任を求められ、着手金から10万円を差し引いた金額の請求を依頼者から受けていた。弁護士は、実名のツイッターアカウントから「死ね」「殺される」等の表現を用いたツイートを発信した。
⇒戒告
【感想】
 いずれも依頼者から途中で委任契約の解除を求められたケースです。
 委任契約は、いつでも解約できるのが原則ですから、解約を求められたら、金員の精算を行って終了とすればよいはずですが、着手金の一部を返さなかったり、ツイッターで不適切な発言をしてしまったことで懲戒とされています。
 なお、事例3では、「正規の金が払えない言うなら法テラスにいきなさい」というツイートも処分の理由の要旨に記載されていることからすると、ここには「死ね」や「殺される」という言葉は入っていませんが、不適切なツイートであると認定されたのではないかと思います。

(委任契約書作成せず)
委任契約書を作成しなかったことでの懲戒事例がありました。
事例4 Aの財産について管理の依頼をその子Bから受けたが、Aは事理弁識能力にかける状況にあったのに、A本人の意思を十分に確認せず、また、委任契約書を作成しなかった。
⇒戒告
【感想】
 弁護士は、事件を受任するに当たり、弁護士報酬に関する事項を含む委任契約書を作成しなければなりません(弁護士職務基本規程30条1項)。同条には、例外事由も規定されていますが、例外事由がない限り、委任契約書を作成することは弁護士の義務です。
 当たり前のことなのですが、まだまだ順守されていない弁護士がいるようです。




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