南斗屋のブログ

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身元引受(身柄引受)のルーツは治安維持法時代にあり

2021年07月26日 | 歴史を振り返る
(身柄引受とは)
 刑事事件では、身柄引受書というものを書くように親族の方等に要請されることがあります。 この身柄引受書というもの法律上に根拠のあるものではありません。ですから、身柄引受書(身元引受書)について、厳密にどのような意味を有するのかは、実は曖昧です。
 インターネットを見ると、弁護士が書いているものでも、身柄引受人・身元引受人の定義は一定しません。「一般的には責任をもって身柄を引き受ける人」をいうとするものもあれば、「身体拘束を受けている被疑者や被告人が罪証隠滅行為や逃亡しないよう監督を期待されている人」とするものもあります。

(身元引受・身柄引受の根拠は治安維持法の運用にあった)
このような定義がはっきりしない、甚だ曖昧なものが、なぜ必要とされるのか、長らく疑問に思っていました。 最近ある本を読んだところ身元引受がなぜ必要とされるのかが分かりました。
その本とは、「証言治安維持法」( NHK出版新書)です。

(目的遂行罪新設での検挙者数の増大)
治安維持法は、1925年に制定された法律で、元々は国体を変革し又は私有財産制度を否認することを目的とした結社を取り締まる法律でした。直接的には、共産党を取り締まる目的です。
 その後治安維持法は改正を重ねており、その中で目的遂行罪という犯罪類型が加わりました。この目的遂行罪は、治安維持法が規制する結社に所属していない人でも、その目的を手助けする何らかの行為をしていれば罰することができるというものでした。構成要件としてかなり曖昧なもので、その運用いかんによっては、様々な方が検挙される危険性を秘めていました。そして、まさにその懸念のとおり共産党とは関係のない多数の方も治安維持法で逮捕されました。

(起訴留保処分の活用と身元引受)
多数の者を逮捕しても、全員を起訴したのでは大変なので、検察は起訴留保処分を活用し、起訴率を下げました。この留保処分という制度は、ある検挙者に対し起訴または不起訴の決定を留保するものです。一定期間検察官がいつでも取り調べができる状態のまま社会に戻して生活をさせ、改悛の具合を見て処分を決定するというものでした。
 そしてこの改悛の有無・程度を見るために活用されたのが身元引受人でした。その根拠は、昭和7年12月26日秘2006号、検事正宛司法大臣訓令「思想犯人に対する留保処分取扱規程」にあります。
 前掲「証言治安維持法」によれば、身元引受人は少なくとも月一回、留保処分を受けた者について、当局に視察報告、つまり監視して報告することを義務づけられていました。報告内容は、本人の交友関係や外出先で、手紙がどこから届いたか、収入や支出の内訳、読んでいる本の内容まで生活の隅々に渡っていたというのであります。
 このように身元引受人というのは、治安維持法時代においては、まさに本人を監視監督するためのものであったのです。

(現在に生きる治安維持法の影響)
 治安維持法は廃止になりましたので、身元引受も法的な根拠は失われました。しかし、捜査機関にとっては、甚だ便利であったのでしょう。身元引受書、身元引受人という言葉は生き続け、現在にまで影響を及ぼしています。


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