徒然なるままに 

BGMはモダンジャズ、暇つぶしの自分史

3.11 忌まわしきあの日

2013年03月11日 | 日記・エッセイ・コラム

あの時、品川にある20Fの職場にいた。
立っていられないほど激しく揺れ、スライドキャビネットが大きな音を立てて左右に振られ、女子社員の悲鳴がフロア中に響きわたった。大きな揺れは2回あった。2回目がおさまった後、船酔いのような状態になった。
外ではパトカーのサイレンが鳴り響き、近くのビルから黒い煙があがった。
脳裏を過ったのは、9.11の同時多発テロだった。
職場のインターネットで、震源地が宮城沖であることはすぐに伝わった。
津波はまだ来ていなかった。

エレベータは止まっていたので、階段で下まで降りるしかなかった。20Fに居たことが恨めしかった。亀裂が入ったビルの壁が地震の大きさを物語っていた。
交通機関は停止し、町中に人があふれていた。
夜の8時頃、JRから復旧の見込みがないというアナウンスが流れた。突然、ホームレスになってしまったような気がした。
この日、都内では300万人が帰宅難民になった。
Pic20130311
翌朝8時頃、電車が復旧したとの連絡がはいり、駅に向かったが容易に改札の中に入れなかった。結局、電車に乗れたのは11時前だった。
すし詰めの電車も戸塚までくると、かなり空いてきた。茅ヶ崎に着くと、品川の喧噪とは逆に、気持ち悪いぐらいに静かだった。

幸い、家に被害はなかった。
テレビは、昨日起こったことの重大さを繰り返し伝えていた。
でも、この時はまだよかった。翌日、福島第一原子力発電所の爆発が報じられた。
日本はもうダメだと思った。

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