西川美和監督の新作「永い言い訳」を数日前に見た。見た時はすごい傑作だと思い、今年のベストワンはこれだとまで思った。書くまでに日が経ったら、そこまでの熱気が薄れてしまった。そこもまた、この映画の評価に関することかと思い、そうしたもろもろを書いておきたい。

映画は本木雅弘が妻の深津絵里に髪を切ってもらっているシーンで始まる。本木は有名作家で、本名は「衣笠幸夫」というらしい。広島カープの大選手、衣笠祥雄と同じ名前を付けられた男の悲哀を本木は語る。(脚本を書いた西川監督は広島出身で、本人の許可を取っているよし。)二人は大学で知り合ったが、妻は家庭事情で退学し美容師になった。幸夫がたまたま行った美容院で再会し、作家になる夢を思い出す。だけど、結婚以来20年、子どもは作らず、それぞれ仕事も忙しく、夫婦仲は冷めているらしい。そして、用事がある妻は家から出てゆく。

その後、衣笠は愛人とあっている間に、電話で妻がスキーバスの事故で死んだと伝えられる。だけど、彼はうまく悲しむことができない。(当然だろうが。)一方、妻は高校生以来の女友だちと一緒にバスに乗っていて、一緒に亡くなった。その友だちは男女二人の子を抱えて、夫はトラック運転手。「妻の友だちの夫」は妻の死を共に悲しむ人を求めて、衣笠に接触してくる。この運転手、大宮を演じる竹原ピストルの存在感が半端でなく、「知識人」津村(衣笠のペンネーム)と違って、感情をもろにぶつけてくる「正直」で「うっとうしい」役が忘れがたい。そして、衣笠は大宮一家と会うことになる。
その経緯を全部書くと面白くないから止めるが、とにかく幸夫はつい大宮家の子どもの世話に乗り出すことになるのである。大宮は深夜勤務で家を空けることも多く、小さな妹がいるので中学受験を考える兄は塾に行けなくなっている。衣笠は初めての子どもの世話で、新しい人生体験をすることになる。そして、感情をぶつける大宮の生き方が、かえって長男に負担をかけている様子も判ってくる。この長男と妹は、子どもには勝てませんという名演技で、ものすごく面白い。本木の演技も素晴らしい。

こうして、人気作家として「妻の死を悲しむふり」をして生きていた衣笠が、人間として自然な感情を表せるようになっている…、というわけである。本木雅弘と竹原ピストルの演技合戦は、非常に見ごたえがあって、見ているときの満足感が高い。こういうシチュエーションにあう人は少ないだろうが、「仕事の役割として、与えられた役を演じるふりをして生きている」のは、複雑に発達した現代社会では多くの人に共通している。だから、この映画を見ていると、設定はだいぶ特殊だけれど、それでも人間の真実をえぐっていると感じるのである。
西川美和(1974~)は現代日本を代表する女性映画監督と言える。長編5作はすべてオリジナル脚本である。作家としても評価されていて、「永い言い訳」はあらかじめ小説として発表して直木賞候補になった。是枝祐和に見いだされ、自作脚本を映画化した「蛇イチゴ」を作るが未見。2006年の第2作「ゆれる」でブレイク。3作目の「ディア・ドクター」(2009)でベストワンになった。次の「夢売るふたり」(2012)以来の新作で、数年かけてオリジナル作品を作るスタイルである。

その作品は社会派的にも語れる設定ながら、危機に直面した人間模様の観察に終始しているのが特徴である。「ディア・ドクター」は、笑福亭鶴瓶の偽医者が絶品だったが、過疎地の医療問題を背景にしながら社会的問題提起はしない。他も同じ。今回の「永い言い訳」も同様で、バス事故や長距離ドライバーに潜む長時間労働問題、あるいはマスコミと人気作家の関係、子どもをめぐる教育問題などは語らず、ただひたすら大宮家と衣笠の関係をじっくり描いている。それはものすごく面白い。
だけど、だんだん時間が経つと、その面白さも忘れてくる。そうなると、ちょっと世界の狭さが気にもなってくる。有名作家が不倫しているというのは、別に不思議な設定ではない、むしろ、ありふれている。妻が突然死ぬのも、ドラマでは許される。そこで主人公が試されるわけである。だけど、美容師として成功している女性が、二人の幼い子どもを抱える同級生と、今もスキーバスで出かけるという設定は納得できない気がする。昼間に会食するならいいけど、新幹線だって使えるだろうに、なんで幼い子を置いて深夜バスで行くのかな。映画を見ているときは気づかないけど、このドラマの設定が、主人公を試すための作り物めいて見えてくるのが、いささか難点か。でも、主人公二人と子ども二人の演技の世界は今年ベスト級の面白さだろう。間違いなく、西川監督の演出に感心できる。

映画は本木雅弘が妻の深津絵里に髪を切ってもらっているシーンで始まる。本木は有名作家で、本名は「衣笠幸夫」というらしい。広島カープの大選手、衣笠祥雄と同じ名前を付けられた男の悲哀を本木は語る。(脚本を書いた西川監督は広島出身で、本人の許可を取っているよし。)二人は大学で知り合ったが、妻は家庭事情で退学し美容師になった。幸夫がたまたま行った美容院で再会し、作家になる夢を思い出す。だけど、結婚以来20年、子どもは作らず、それぞれ仕事も忙しく、夫婦仲は冷めているらしい。そして、用事がある妻は家から出てゆく。

その後、衣笠は愛人とあっている間に、電話で妻がスキーバスの事故で死んだと伝えられる。だけど、彼はうまく悲しむことができない。(当然だろうが。)一方、妻は高校生以来の女友だちと一緒にバスに乗っていて、一緒に亡くなった。その友だちは男女二人の子を抱えて、夫はトラック運転手。「妻の友だちの夫」は妻の死を共に悲しむ人を求めて、衣笠に接触してくる。この運転手、大宮を演じる竹原ピストルの存在感が半端でなく、「知識人」津村(衣笠のペンネーム)と違って、感情をもろにぶつけてくる「正直」で「うっとうしい」役が忘れがたい。そして、衣笠は大宮一家と会うことになる。
その経緯を全部書くと面白くないから止めるが、とにかく幸夫はつい大宮家の子どもの世話に乗り出すことになるのである。大宮は深夜勤務で家を空けることも多く、小さな妹がいるので中学受験を考える兄は塾に行けなくなっている。衣笠は初めての子どもの世話で、新しい人生体験をすることになる。そして、感情をぶつける大宮の生き方が、かえって長男に負担をかけている様子も判ってくる。この長男と妹は、子どもには勝てませんという名演技で、ものすごく面白い。本木の演技も素晴らしい。

こうして、人気作家として「妻の死を悲しむふり」をして生きていた衣笠が、人間として自然な感情を表せるようになっている…、というわけである。本木雅弘と竹原ピストルの演技合戦は、非常に見ごたえがあって、見ているときの満足感が高い。こういうシチュエーションにあう人は少ないだろうが、「仕事の役割として、与えられた役を演じるふりをして生きている」のは、複雑に発達した現代社会では多くの人に共通している。だから、この映画を見ていると、設定はだいぶ特殊だけれど、それでも人間の真実をえぐっていると感じるのである。
西川美和(1974~)は現代日本を代表する女性映画監督と言える。長編5作はすべてオリジナル脚本である。作家としても評価されていて、「永い言い訳」はあらかじめ小説として発表して直木賞候補になった。是枝祐和に見いだされ、自作脚本を映画化した「蛇イチゴ」を作るが未見。2006年の第2作「ゆれる」でブレイク。3作目の「ディア・ドクター」(2009)でベストワンになった。次の「夢売るふたり」(2012)以来の新作で、数年かけてオリジナル作品を作るスタイルである。

その作品は社会派的にも語れる設定ながら、危機に直面した人間模様の観察に終始しているのが特徴である。「ディア・ドクター」は、笑福亭鶴瓶の偽医者が絶品だったが、過疎地の医療問題を背景にしながら社会的問題提起はしない。他も同じ。今回の「永い言い訳」も同様で、バス事故や長距離ドライバーに潜む長時間労働問題、あるいはマスコミと人気作家の関係、子どもをめぐる教育問題などは語らず、ただひたすら大宮家と衣笠の関係をじっくり描いている。それはものすごく面白い。
だけど、だんだん時間が経つと、その面白さも忘れてくる。そうなると、ちょっと世界の狭さが気にもなってくる。有名作家が不倫しているというのは、別に不思議な設定ではない、むしろ、ありふれている。妻が突然死ぬのも、ドラマでは許される。そこで主人公が試されるわけである。だけど、美容師として成功している女性が、二人の幼い子どもを抱える同級生と、今もスキーバスで出かけるという設定は納得できない気がする。昼間に会食するならいいけど、新幹線だって使えるだろうに、なんで幼い子を置いて深夜バスで行くのかな。映画を見ているときは気づかないけど、このドラマの設定が、主人公を試すための作り物めいて見えてくるのが、いささか難点か。でも、主人公二人と子ども二人の演技の世界は今年ベスト級の面白さだろう。間違いなく、西川監督の演出に感心できる。