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尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

西川美和監督の傑作「永い言い訳」

2016年11月08日 21時45分59秒 | 映画 (新作日本映画)
 西川美和監督の新作「永い言い訳」を数日前に見た。見た時はすごい傑作だと思い、今年のベストワンはこれだとまで思った。書くまでに日が経ったら、そこまでの熱気が薄れてしまった。そこもまた、この映画の評価に関することかと思い、そうしたもろもろを書いておきたい。

 映画は本木雅弘が妻の深津絵里に髪を切ってもらっているシーンで始まる。本木は有名作家で、本名は「衣笠幸夫」というらしい。広島カープの大選手、衣笠祥雄と同じ名前を付けられた男の悲哀を本木は語る。(脚本を書いた西川監督は広島出身で、本人の許可を取っているよし。)二人は大学で知り合ったが、妻は家庭事情で退学し美容師になった。幸夫がたまたま行った美容院で再会し、作家になる夢を思い出す。だけど、結婚以来20年、子どもは作らず、それぞれ仕事も忙しく、夫婦仲は冷めているらしい。そして、用事がある妻は家から出てゆく。

 その後、衣笠は愛人とあっている間に、電話で妻がスキーバスの事故で死んだと伝えられる。だけど、彼はうまく悲しむことができない。(当然だろうが。)一方、妻は高校生以来の女友だちと一緒にバスに乗っていて、一緒に亡くなった。その友だちは男女二人の子を抱えて、夫はトラック運転手。「妻の友だちの夫」は妻の死を共に悲しむ人を求めて、衣笠に接触してくる。この運転手、大宮を演じる竹原ピストルの存在感が半端でなく、「知識人」津村(衣笠のペンネーム)と違って、感情をもろにぶつけてくる「正直」で「うっとうしい」役が忘れがたい。そして、衣笠は大宮一家と会うことになる。

 その経緯を全部書くと面白くないから止めるが、とにかく幸夫はつい大宮家の子どもの世話に乗り出すことになるのである。大宮は深夜勤務で家を空けることも多く、小さな妹がいるので中学受験を考える兄は塾に行けなくなっている。衣笠は初めての子どもの世話で、新しい人生体験をすることになる。そして、感情をぶつける大宮の生き方が、かえって長男に負担をかけている様子も判ってくる。この長男と妹は、子どもには勝てませんという名演技で、ものすごく面白い。本木の演技も素晴らしい。

 こうして、人気作家として「妻の死を悲しむふり」をして生きていた衣笠が、人間として自然な感情を表せるようになっている…、というわけである。本木雅弘と竹原ピストルの演技合戦は、非常に見ごたえがあって、見ているときの満足感が高い。こういうシチュエーションにあう人は少ないだろうが、「仕事の役割として、与えられた役を演じるふりをして生きている」のは、複雑に発達した現代社会では多くの人に共通している。だから、この映画を見ていると、設定はだいぶ特殊だけれど、それでも人間の真実をえぐっていると感じるのである。

 西川美和(1974~)は現代日本を代表する女性映画監督と言える。長編5作はすべてオリジナル脚本である。作家としても評価されていて、「永い言い訳」はあらかじめ小説として発表して直木賞候補になった。是枝祐和に見いだされ、自作脚本を映画化した「蛇イチゴ」を作るが未見。2006年の第2作「ゆれる」でブレイク。3作目の「ディア・ドクター」(2009)でベストワンになった。次の「夢売るふたり」(2012)以来の新作で、数年かけてオリジナル作品を作るスタイルである。

 その作品は社会派的にも語れる設定ながら、危機に直面した人間模様の観察に終始しているのが特徴である。「ディア・ドクター」は、笑福亭鶴瓶の偽医者が絶品だったが、過疎地の医療問題を背景にしながら社会的問題提起はしない。他も同じ。今回の「永い言い訳」も同様で、バス事故や長距離ドライバーに潜む長時間労働問題、あるいはマスコミと人気作家の関係、子どもをめぐる教育問題などは語らず、ただひたすら大宮家と衣笠の関係をじっくり描いている。それはものすごく面白い。

 だけど、だんだん時間が経つと、その面白さも忘れてくる。そうなると、ちょっと世界の狭さが気にもなってくる。有名作家が不倫しているというのは、別に不思議な設定ではない、むしろ、ありふれている。妻が突然死ぬのも、ドラマでは許される。そこで主人公が試されるわけである。だけど、美容師として成功している女性が、二人の幼い子どもを抱える同級生と、今もスキーバスで出かけるという設定は納得できない気がする。昼間に会食するならいいけど、新幹線だって使えるだろうに、なんで幼い子を置いて深夜バスで行くのかな。映画を見ているときは気づかないけど、このドラマの設定が、主人公を試すための作り物めいて見えてくるのが、いささか難点か。でも、主人公二人と子ども二人の演技の世界は今年ベスト級の面白さだろう。間違いなく、西川監督の演出に感心できる。
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追悼・荒戸源次郎

2016年11月08日 18時51分05秒 |  〃  (日本の映画監督)
 映画監督、プロデューサーの荒戸源次郎が亡くなった。(70歳。1946~2016.11.7)報じられていることに「漏れ」があると思うので、簡単に追悼を書いておきたい。

 ニュース記事だと、劇団状況劇場に参加していたとある。ウィキペディアによると、それは確かだが公演中に暴力をふるって10カ月でクビと出ている。仔細は知らないけど。荒戸の名前を僕が知ったのは、その後荒戸らが作った劇団天象儀館である。そして、1973年には大和屋竺(やまとや・あつし)監督の「愛欲の罠」という怪作映画の製作・主演者となった。これは見ている。大和屋竺も1993年に55歳と若くして亡くなったので、今は忘れられているかもしれない。とにかく、荒戸源次郎という独特の名前は、そういう「前衛」演劇や映画に関わる名前として印象つけられた。

 1980年になって、突然われわれは鈴木清順監督の最高傑作を目にすることになった。「ツイゴイネルワイゼン」である。荒戸はこの映画のプロデューサーだった。単に映画を作るだけでなく、東京タワーの敷地内に独自の映写施設を持つ「シネマ・プラセット」なる上映施設を作ってしまい、そこで長期上映を敢行したのである。そういう上映形態はそれまでになかった。僕も見に行ったけど、不思議な映画だった。「不思議な魅力を持つ映画」というべきか。今までに3回か4回見ていると思うけど、何回見てもよく判らない。でも、見るたびに面白くなり、何度も見たくなる不思議な映画である。

 鈴木清順は1967年に日活を解雇され大問題となった。10年後の1977年に「悲愁物語」という映画を撮ったが、あまり面白くなかった。もう終わりかと思わないでもなかったけど、こうして荒戸プロデューサーによって、「ツイゴイネルワイゼン」「陽炎座」「夢二」と代表作が作られたわけである。また、続いて新人監督(阪本順治)がボクサー出身の新人俳優(赤井英和)を主演させた「どついたるねん」を作った。これも傑作だけど、当初は独自に上映したのである。その後、2005年に大森立嗣監督「ゲルマニウムの夜」を東京国立博物館の一角に「一角座」という施設を作って長期上映。冒険と思える試みを行い、作品的にも興行的にも成功させた功績は非常に大きいと思う。

 だけど、荒戸源次郎はプロデューサーにとどまらず、映画監督に自ら乗り出した。2003年の「赤目四十八滝心中未遂」は、特に成功してベストワンになった。車谷長吉の直木賞受賞の名作を、心ふるえるような映像でまとめた傑作である。特に寺島しのぶは、映画・舞台を問わず生涯最高の演技ではないだろうか。(まあ、まだ今後が長いけど。)この映画も評判になる前は、あまり大きく公開されなかった。評判を呼んで公開が広がっていったのである。

 他に2作監督してい入る。最初は1995年、内田春菊原作の「ファザーファッカー」。これは確かに話題先行で、あまり成功していなかった気がする。そして、2010年に太宰治生誕100年(2009年)を記念した「人間失格」を監督した。原作は超有名だし、生田斗真の映画初主演ということで、この映画だけは最初から広く公開された。

 そして、訃報に全く出てこないように、あるいは映画各賞にもノミネートされずに、忘れられてしまった。その後上映されてないんじゃないか。でも、この映画は傑作である。2回見たけど、原作への過剰な思い入れなどがなければ、十分に傑作として楽しめると思う。その後も舞台に関わったりしたようだが、映画監督として最後の「人間失格」が評価されなかったのは残念だったろう。
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