尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

マイクル・コナリー33冊目のミステリー「鬼火」

2021年07月30日 23時08分02秒 | 〃 (ミステリー)
 マイクル・コナリー(Michael Connelly、1956~)の新作が(もちろん翻訳で)出るたびに読んでしまうのは、僕の一種の「悪癖」に近い。もう読まなくてもいいかなと思いつつも、読後の満足は安定している。大傑作じゃないけれど、毎年のように新作が出るから手に取ってしまう。アメリカじゃオバマ元大統領がファンだと言うことでも有名で、かなり売れてるらしい。今度の「鬼火」(The Night Fire、2019)は33作目の長編ミステリー小説で、講談社文庫7月刊である。いつもの古沢嘉通訳で、読みやすい。

 僕はコナリーの小説は全部読んでいる。90年代から出ているから、今から全部追いかけるのは大変だろう。エンタメ本だから一冊でも読めるけど、コナリー作品は登場人物が共通しているから続けて読む方が面白いだろう。それは大沢在昌の「新宿鮫」シリーズなどと同じである。このブログでも今まで2回書いていた。「真鍮の評決」と「罪責の神々」である。読んだからといって、いちいち書くまでもないと思うけど、今回は書いておきたい。というのは「シリーズもの」の問題とアメリカの犯罪状況を考えるためである。

 マイクル・コナリーの小説は大部分が「ハリー・ボッシュ」シリーズである。これはAmazon prime videoでオリジナルドラマになっているという。そもそもはベトナム帰還兵で、孤児として育ったハリー・ボッシュの目を通して、現代アメリカを描くハードボイルド風の警察小説として構想されたと思う。そもそもハリー・ボッシュというのは、画家のヒエロニムス・ボスのことである。死体として発見された母のそばにいた、父不明の幼児に付けられた名前だった。帰還後にロス市警に勤めたから、普通の意味では警察小説になる。しかし、犯人を捕まえるためには、時には法規範を乗り越えてしまうから、警察内部では厄介者扱いされる。何度も飛ばされるし、一時は辞めて私立探偵になったこともある。

 コナリーはボッシュ・シリーズを書く傍ら、他の作品も書いてきた。またハリー・ボッシュも作者と同じく年齢を重ねてきた。その中で他の登場人物がボッシュ・シリーズに(あるいはその逆に)、相互乗り入れ状態になるようになった。中でも「リンカーン弁護士」で登場したミッキー・ハラーという「無罪請負人」は強烈なキャラで、しかもボッシュとハラーは驚くべき因縁があった。まあ書いてしまうけど、異母兄弟だったのである。だから時々ボッシュはハラーに協力する。それは警察内部からは「裏切り者」扱いされることだ。ボッシュは「真理追究」のためと考えても、多くの警察関係者は「犯人を逃した」と考える。

 また年齢とともに、ボッシュには「定年退職」という問題が起きる。一時は定年延長をしたが、それも終わって、次には別の郡で臨時警察官になる。それもうまく行かず(一応まだバッジを持っているが)、最近ではロス市警の「レイトショー」(夜間専門の警察部門)にいる女性警官レネー・バラードと協力することが多い。バラードは優秀な刑事だったが、上司によるセクハラを公にしたことで職場から追われる。このように警察を通して人種や性差別、性的指向などをめぐる状況が語られる。そこら辺も読み所。
(マイクル・コナリー)
 大昔の「足で稼ぐ」私立探偵時代と異なり、現代では多くの情報がデジタル化されて警察に累積されている。その情報にアクセス出来るか出来ないかで、捜査が全然違ってしまう。警察を辞めているボッシュとしては、バラードがいないと先へ進まない。今回はボッシュ、バラードに加えてミッキー・ハラーとシリーズ・キャラクター勢揃いのボーナス版である。ボッシュの恩人だった元警官が亡くなり葬儀に行くと、未亡人から夫が残していた未解決事件の捜査記録を預かる。なんでその事件を気に掛けていたかも不明である。一方、バラードは「レイトショー」で「ホームレスの焼死」を扱う。それは事故か事件かも判らない。

 その時にボッシュはミッキー・ハラーの裁判に協力していた。それは裁判官が刺殺されたという事件で、ホームレスが逮捕され「自白」も「DNA」もある。一見盤石な事件だが、ハラーは無実を確信している。果たして真相はいかに。これらの事件がバラバラに進行し、「モジュラー型」(いくつもの事件が並行して語られる)のように進行して行くが、最後にそれらが一本につながり驚くべき真相が待っている。まあジェフリー・ディーヴァーほどどんでん返しではなく、軽くてスラスラ読めるところがコナリーの真骨頂である。それでいて、性や人種や性的指向などの偏見に囚われていてはいけないというメッセージにもなっている。
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