尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

マイクル・コナリー「罪責の神々」

2017年11月09日 21時08分44秒 | 〃 (ミステリー)
 宗教改革とロシア革命を書く間に、マイクル・コナリーの新翻訳「罪責の神々 リンカーン弁護士」(古沢嘉通訳、講談社文庫)を読みふけっていた。読み終わるまで眠れないのが、漱石と違うところ。マイクル・コナリー(1956~)はアメリカでもっとも安定してミステリーシリーズを書き続けている作家の一人。ジェフリー・ディーヴァーなんかも思いうかぶけど、あれほどのどんでん返しの大技はない代わりに、登場人物たちを通してアメリカの法制度を考える面白さがある。

 「リンカーン弁護士」シリーズも4作目。2013年の作品で、コナリーはどんどん新作が出るから翻訳が追い付かない。「リンカーン弁護士」というのは、大型自動車のリンカーンのことで、決まった事務所を持たずにリンカーンの車内で事務作業をするマイクル(ミッキー)・ハラーの活躍を描く。今のところこのシリーズの新作はないらしい。コナリーのもっとも知られたシリーズ・キャラクターはロス市警のハリー・ボッシュだが、このボッシュシリーズはどんどん続いている。そして、今じゃ書いてもいいんだろうけど、このボッシュとハラーは実は異母兄弟だった。だから、最近はボッシュシリーズにもハラーが出てきたりする。作品内に他シリーズのキャラクターを出すのがコナリーの特徴である。

 アメリカ社会では銃犯罪が絶えないし、未解決殺人事件も多い。ボッシュは未解決事件を扱う部署で過去の殺人を追っているが、今年出た「ブラック・ボックス」でも過去の事件の思わぬ真相を究明した。ロスの黒人暴動時に起きた銃殺事件である。ボッシュは事件の多さとともに、警察内部の問題にもいつも悩んでいる。「訴追側」から見た米社会である。一方、ハラーから見ると「弁護側」の悩みが見えてくる。訴訟社会であるアメリカでは、ホンモノの犯罪者でも弁護のやり方では陪審で無罪を勝ち取ることがある。それが弁護士の腕の見せ所でもある。

 だけど、そういうあり方に悩んだハラーは、前作の最後で地区検事長に立候補することを決めた。だから、次のハラーシリーズでは、ミッキー・ハラーは訴追側になるのかと思っていたら、なんと一時は5ポイントリードしていたのに、あえなく落選してしまった。それは彼が釈放に持っていった飲酒運転の犯人が、性懲りもなくまた飲酒運転をして人身事故を引き起こしたからである。そしてその犠牲者は、前前妻との間の一人娘のクラスメートの母親だった。娘は転校し、以後は父との面会にも応じない。

 っていうことで、またまたハラーの人生はドツボにはまり込んだ状態。そこに売春婦殺害容疑のポン引きから弁護の依頼が。被害者を調べると、ハラーと深い因縁があった。容疑者は無実を訴えるが起訴される。ハラーは独自調査で、さまざまな不審を見つけていくが、今度は過去の自分の行動が「はめられた」ものだった疑いが浮上する。そして、ハラーの身辺にも何かと不審な動きが相次ぎ、ついには襲われてしまう。そんな中、陪審裁判が始まるが、果たして真実はどこに…。

 まあシリーズものだから、ホントは最初から読んだ方がいいんだろうけど、単発で読んでも問題はない。コナリーのミステリーは、判りやすくて、ハラハラさせ、キャラクターが面白い。軽いっていえば軽いんだけど、安定した質の高さがある。だからずっと読んでるわけだけど、期待は裏切られない。ミステリーでも、もっと重い質感の作品も数多い。そういうものだけだと、肩がこる。コナリー作品なんかも読まないと。でも、こういう本を通して、僕らはアメリカの陪審裁判のあり方などを知る。そして日本の司法制度がいかに遅れているのかも判るわけである。

 ところで、2011年にマシュー・マコノヒー主演で、映画「リンカーン弁護士」が製作された。日本でも2012年に公開され、僕も見ている。あまり面白くもなかったけど、今回の作品の中でも言及され、カネに窮してるハラーは、また映画化されないかなどと言っているのもご愛敬。
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