尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

『すべての罪は血を流す』ーS・A・コスビーの犯罪小説②

2024年09月01日 20時25分08秒 | 〃 (ミステリー)
 アメリカミステリー界の新星、S・A・コスビーの『黒き荒野の果て』『頬に哀しみを刻め』が面白かったので、続いて今年出た『すべての罪は血を流す』(All the Sinners Bleed、2023)を読むことにした。文庫で500頁、税込で1450円という大長編だが、一気読み確実。久しぶりに時間を忘れてラストまで読みふけってしまった。これこそミステリーの醍醐味。

 今度の小説は今までと大きく違う設定になっている。今までは「犯罪」をアウトローの目から描いていたが、今回は保安官が主人公の「警察小説」なのである。舞台はもちろん大西洋に面したヴァージニア州で、チャロン郡(架空)初の黒人保安官タイタス・クラウンが主人公である。タイタスは元FBI捜査官だったが、父の病気などもあり故郷に戻った。捨てたはずの故郷の人々に請われて立候補して、図らずも保安官に当選したのが1年前。当選を快く思わぬ人もいたが、何とか地域の平和を守ってきた。

 小さな地域だから、面倒を起こす面々も大体知り合いの範囲のことが多い。今も南部国旗を掲げる人々も多いが、対抗する黒人教会もある。FBIを辞めるときに恋人とも別れ、今はチャロン郡で知り合った新しい恋人もいる。母を若くして亡くし、弟はほとんど家に帰らないので今は父と二人暮らし。というようなタイタスの私生活も細かく描写される。母との死別が人生を苦しめ、FBIを辞めたきっかけも複雑なものがあった。そのため彼は信仰を持つことが出来ず、教会には懐疑心を持っている。
(Amazonの広告)
 ほとんど殺人事件など起こらない地域で、ある日大事件が起きた。それは彼も卒業した高校での銃撃事件だ。知らせを聞いたタイタスらが駆けつけると友人の息子ラトレル・マクドナルドが銃を手にして階段を下りてきた。タイタスも教わった地理教師の名を挙げて「スピアマン先生の携帯電話の画像を見ろ」と言い放って銃を手に近づいて来たので、部下がラトレルに発砲して射殺した。捜索した結果、校内でスピアマン先生の死体が見つかったが、他の犠牲者はいなかった。町ではスピアマン先生追悼の動きも出るが、一方では警察が黒人のラトレルを殺したことへの抗議も寄せられる。

 そんな中でスピアマンの携帯電話が何とか見られるようになったのだが…、そこには驚くべき恐怖の映像が残されていた。スピアマンには裏の顔があり、黒人少年多数を監禁して殺害する様子が残されていたのである。そしてラトレルもその協力者だった。さらにスピアマンでもラトレルでもない、マスクを被った第三の男が映っていて、その男こそが真の主犯と思われたのである。タイタスはプロファイリングの知識を駆使して7人の遺体を見つけ出し、町は大騒ぎとなった。噂が広まり、町が二分される中、タイタスは第三の男を見つけ出せるのか。まあそういう小説なんだけど、非常に出来が良いと思う。

 警察捜査小説としても、シリアルキラー(連続殺人犯)の犯罪小説としても読み応えがある。しかし、一番興味深いのは大西洋に面した漁業の町チャロン郡の社会描写だ。人種によって分断された教会の影響力が大きく、麻薬なども存在するが基本的には安定して保守的な町。人々はまさかここで黒人保安官が当選する日が来るとは思っていなかった。しかし、保安官は人種によってルールを変えることが出来ない。白人至上主義団体が許可を得たデモを行うのを止めることは出来ず、そこに黒人団体が対抗デモを仕掛けると衝突を止めるために両者の間に入る。

 作者は悪人を描く方が書きやすいと言っている。悪の側はルールを守らなくて良いが、善の側はルールに縛られているからだ。なるほどと思わせるのは、ルールに縛られるタイタス・クラウン保安官の存在感が凄い迫力。犯罪内容からも、人種対立が大きな意味を持っている点からも、この小説は映像化が難しいと思う。しかし、読む人は頭の中にくっきりと映像が浮かび上がる傑作長編だ。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『頬に哀しみを刻め』と『黒... | トップ | 映画『ソウルの春』、迫力の... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

〃 (ミステリー)」カテゴリの最新記事