尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「再審」とは何か

2012年05月23日 01時25分03秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 最近、「再審」のニュースが続いている。というか、このブログでもいっぱい書いている。だから「再審」=「裁判のやり直し」ということは、大体みんな知ってるんだろうけど、くわしいことはよく知らない人も多いと思うので解説しておきたい。実は22日の朝日新聞2面にある「ニュースがわからん!」という解説コーナーで、再審が取り上げられている。これが間違いではないものの、ちょっと不十分なのである。そこには、「刑事訴訟法は『無罪を言い渡すべき明らかな証拠が見つかった』という理由があれば、刑の確定後でも『再審が請求できる』としている。」と書いてある。

 この解説のどこが不十分かを書く前に、再審に関する原則的な話。再審は確定した裁判結果を変えてくれと言う話だから、本来は例外中の例外の話である。しかし、人間界の出来事にはいろんなことがありうるから、やり直しの例外規定を決めておかなくてはならない。例えば、裁判を決定づけた「物的証拠」が実は偽造されたものだったことが証明されたとしたら、どうだろうか。その場合は、確定した裁判の基盤が崩れてしまうから、その裁判結果を維持することは許されない。今の例の場合、その証拠は刑事裁判に使われたとは限らない。民事裁判で使われた証拠が偽造である場合もありうる。だから、再審は刑事裁判だけでなく、民事裁判にもある仕組みなのである。

 以後、民事はおいといて刑事裁判に限るが、例外規定だから、刑事被告人だった側に有利な方向の再審しか請求できない
 「刑訴法435条 再審の請求は、左の場合において、有罪の言渡をした確定判決に対して、その言渡を受けた者の利益のために、これをすることができる。」(なお、具体的に請求できる人は、確定囚本人、本人が死亡か心神喪失の場合は配偶者、直系親族、兄弟姉妹、及び検察官である。)
 これを知らない人がいる。古い話だが、黒澤清監督「地獄の警備員」(1992)というホラー映画があった。裁判で一度無罪になった犯人が新証拠が見つかり…という展開になっていたが、そういうことは法的にはない。では被告の側が証拠偽造をして無罪になったことが後でわかったらどうなるのか。実はそういう珍しいケースもあったのである。その事件ではビデオ映像の日付を後で書き換えてアリバイを主張したのである。一回はみなだまされて無罪になったけれど、後で発覚した。その場合でも、検察側から再審を請求することはできない。それでは偽造した犯人に都合がいいではないかと思うかもしれないけれど、それでいいのである。国家権力の側が再審を請求できたら無罪になった人は、おちおち安心して暮らせない。ところで証拠を偽造した犯人の方は、証拠隠滅、文書偽造などの罪でちゃんと裁かれ今度は有罪になったのは言うまでもない。

 では先ほどの新聞の解説で不十分な点はどこか。実は刑事訴訟法には再審を請求できる理由が7つも決められている。例えば、今あげた「証拠偽造が確定判決で認められた場合」とか、裁判官や検察官や警察官なんかがその事件で不正をしたことが証明されたときとか。そういうケースはほとんどないわけだから、今問題になっているケースは、ほとんどすべて「刑事訴訟法第435条の6項」に関係している。
 「有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき。」

 法律の条文を見ればわかるように、再審が認められるには「二つの条件」がある。新聞解説では「明らかな証拠が見つかった」と書いてあるが、それは不十分で「明らかな証拠が新しく見つかった」と書かなくてはいけない。これは法律実務の言葉では「明白性」「新規性」と呼んでいる。証拠が少ない事件では、もともとの裁判で無罪主張を言いつくしてしまったような場合がある。死刑事件では執行されては大変なので早めに再審請求することもあるが、裁判所からは「新規性がない」という理由で認められないことも多い。

 もう一つ、再審の対象について。「無罪を言い渡すべき」というだけでは不十分なのである。「より軽い罪」というケースが書いてあるのである。もっと細かく言えば、「無罪、免訴、刑の免除、より軽い罪」を言い渡すべき「明白性」「新規性」のある証拠がある場合、ということになる。で、「より軽い罪」とは何か。例えば「殺人罪」を例にとれば、「ただの殺人」にとどまらず、「何か」が付いている場合も多い。「強盗」「強姦」「放火」とかである。被害者が持っていたカバンが死体になかった。強盗目的だろうと思われたけど、被告は取ってないと主張するが認められなかった。裁判終了後、他の誰かが死体からカバンを取っていったことが証明された、というような場合である。「強盗殺人」から「強盗」が取れれば「殺人」。これは「より軽い罪」にあたる

 ただの殺人罪でも最高刑は死刑である。しかし強盗殺人の方が刑が重いことが多い。だから強盗殺人で死刑だったが、強盗がとれれば無期懲役になっていたという可能性がある。こういう場合、再審の理由になるわけである。これも「強盗に関しては無罪」ということだから、「無罪を言い渡すべき」ケースに入ると言えばそうも言えるんだけど、全面無罪ではない。また「殺人罪」で有罪になったけれど、「殺意」に関して争っていて、新しい証拠が見つかったという場合もある。「殺意」がなかったことが証明されれば、過失致死とか傷害致死になるわけである。これも「より軽い罪」である。

 間違えてはならないのは「より軽い罪」であって、「より軽い刑」ではないということである。「罪刑法定主義」という言葉があるが、「罪」と「刑」というのは混同しやすい。宗教や道徳で罪を考えるなら別だが、今の社会では「法律で罪と決められている行為」が罪である。よって、「○○法第○○条違反」と必ず特定できる事柄だけが「罪」である。一方、その罪にふさわしい刑罰の幅も法律に書いてある。二つ以上違反していれば罪が重くなるとか、自首すれば罪が軽くなることもある、とかも全部法律に書いてある。法律に書いてないことは「罪」にならず、法律にない「刑」は課されない。「強盗傷害罪」の事件で、「強盗」が事実ではない証拠があれば、再審を開く理由になる。でも裁判では被害者が「重く罰してくれ」と証言して重い実刑判決になった。でも、時間が経って今は少し許す気持ちも出てきて、新しく証言してもいいと言っているなどというケースは、裁判段階だったら「軽い刑」になる理由となったかもしれないが、裁判終了後では再審の理由にはならない。「より軽い刑を言い渡すべき証拠」では再審にならないのである

 どうしてこのことを書いたのかと言えば、けっこう「部分冤罪」を訴えている死刑囚が多いのである。しかし、ほとんど知られず支援運動もない。全面無罪を主張する人を支援する運動はあるけど、殺人は事実だけど少し違うとか、殺した人もいるけど殺してない人もいる、なんて死刑囚を支援する運動はなかなかない。60年代に起きた事件で、今でも執行されていない死刑囚は3人いる。(それ以前の事件の死刑囚は、執行されたか、再審で無罪になったか、獄中で死亡している。)その3人のうち2人は、名張毒ぶどう酒事件と袴田事件であるから、全面無罪を主張して有名だし、再審に近づいている。でも、もう一人は知らない人が多いと思う。「マルヨ無線事件」という事件名で呼ばれる、1966年に福岡で起こった事件で、強盗放火殺人でO死刑囚の死刑が1970年に確定した。現在の確定死刑囚では一番古い。放火に関して争って再審請求を続けているが、実っていない。あるいは4人殺害で死刑が1986年に確定したW死刑囚の場合は、4人のうち2人の殺害を否認している。一審の大阪地裁では無期懲役だったのは、裁判官に一部の冤罪主張が認められたからだと言われている。最高裁でも調査官は一部無罪の調査報告だったという話があるが、結局は4人殺害が確定している。しかし、ずっと再審請求を続けている。そういうケースは他にもあり、再審は本来はこういうケースでもありうるということをみんな知っておく必要があるのではないかと思う。
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