尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

岩波文庫と岩波新書の一冊

2012年09月09日 21時37分21秒 | 〃 (さまざまな本)
 岩波ホールで映画を見たら、「図書」(岩波書店の宣伝誌)が置いてあって、「読者が選ぶこの一冊」アンケートのハガキが付いていた。そう言えば、そういうのをやってると言う話は聞いていた。岩波書店のWEBサイトからも投票できる。各文庫、新書の目録もホームページで見ることができる。それでいろいろ思い出しながら、5つの分野で自分の一冊を選んでみた。本選びの参考にもなるかと思い、書いておく次第。

 「選考の原則」は、①岩波文庫で読んだものに限りたい。②現在の目録にあるものを選びたい。(文庫や新書目録には品切れが載っていないので。)③岩波でしか読めないものを優先する。

 もちろん「自分が読んでるもの」から選ぶ。僕は「長いもの」をあまり読んでないので、例えば「戦争と平和」は入らない。しかし、「戦争と平和」は新潮文庫や他の全集で読めるから③によりもともと入らない。「モンテ・クリスト伯」や「ファーブル昆虫記」(林達夫、山田吉彦訳)や「文学に現はれたる我が国民思想の発展」(津田左右吉)や「青年の環」(野間宏)なんかは入らないわけである。ほんと超大作みたいなものは弱くて、持ってても読んでないものが多い。(岩波ではないけど、「大菩薩峠」などは、20冊中ちょうど半分の10冊読んだところで挫折してしまった。)また③により、「坊ちゃん」「人間失格」「銀河鉄道の夜」なんかも選ばない。岩波は買い取り制度だから、近所の書店にはほとんど置いてない。だから漱石や太宰は他の文庫で読むでしょ、普通。(荷風や子規は岩波のラインラップが充実しているけど。)結局大学生以後に大型書店で買った日本や世界の思想、歴史関係の本が多くなる。もっともそれらも中公の「世界の名著」「日本の名著」シリーズで読んだものが多いので、岩波では読んでなかったりするわけである。

★選んだものを最初に書いてしまうと以下の通り。
岩波文庫 中江兆民「三酔人経綸問答」
岩波現代文庫 徳永進「隔離」
岩波新書 丸山真男「日本の思想」
岩波ジュニア新書 石川逸子「『従軍慰安婦』にされた少女たち」
岩波少年文庫 フィリパ・ピアス「トムは真夜中の庭で」

①「岩波現代文庫」
 新書、文庫は後にして、他のシリーズから選んでしまおう。それで現代文庫の目録を見る。「大杉榮 自由への疾走」「終わりなき旅」など単行本で読んだ名著はどうしようか。あれれ、種村季弘「山師カリオストロの大冒険」山口定「ファシズム」は現代文庫に収録されているのか。他社の単行本で刊行当時に読んだ名著である。見田宗介先生の「時間の比較社会学」「宮沢賢治」もある。高杉一郎「わたしのスターリン体験」「征きて還りし兵の記憶」は、現代文庫オリジナルだから有力候補である。現代文庫は岩波や他社から刊行された本が中心だから、単行本で読んだ本をどうするか。

 岩波の新刊は毎月見ているはずだが、読んでる本が現代文庫に入っても記憶をスルーしてしまうことになる。今回目録を見ていて、色川大吉「明治精神史」が今はここにあるのかと知った。そして「明治の文化」も入っているではないか。僕が歴史学を専攻した最大のきっかけは、「明治の文化」を読んだことである。思い出の本だからこれにしようかな。でも、実は初めから僕の頭には候補があった。でもそれは目録では品切れになっている。どうしようかなあと思い、「明治の文化」かかなあと思いながら、ハガキに向かったら最後の最後に変えてしまった。

 その本は徳永進さんの「隔離」である。鳥取県で医者をしながら(現在はホスピスを開いている)徳永さんが若い頃から通った長島愛生園のハンセン病元患者の人々の声を聞きとった記録である。この分野の本は、当事者の記録が沢山出る時代になったけれど、1982年に書かれたこの本は歴史に残る名著だと思う。この本を埋もれさせないためにも「隔離」を僕の選ぶ一冊にしよう。

②「岩波ジュニア新書」
 このシリーズの性格上、中高生向けの入門書が多いのであまり読んでいない。有力候補の「戦争遺跡から学ぶ」「祖母・母・娘の時代」は品切れである。川北稔「砂糖の世界史」は大変面白かった。しかし茨木のり子「詩のこころを読む」かなあ。とほとんど決めてハガキに向かったら、今度も最後に変えてしまった。石川逸子「『従軍慰安婦』にされた少女たち」である。元中学教師の詩人である石川さんが書いたこの本は、今こそ多くの人に読まれるべき本ではないか。石川さんの詩は授業で使い、生徒が感動した経験を何度もした。

③岩波少年文庫
 これは「モモ」かなあと思って目録を見たのだが、初めから他のものがないかなあと思っていた。「モモ」は単行本で読んだので。長いので、ナルニア国もゲド戦記も読んでないないし。内藤濯の名訳中の名訳「星の王子様」もいいんだけど、これは著作権切れであちこちから翻訳が出ている。僕も単行本で読んだということもある。「飛ぶ教室」や「冒険者たち」も他の文庫で読んだんだし。もちろんリンドグレーンやドリトル先生でもいいんだけど…。と思ったらロングセラーリストを見て、フィリパ・ピアス「トムは真夜中の庭で」にしたいと思った。名作であることはもちろんだけど、ここで「あのころはフリードリヒがいた」にすると社会派ばかりになってしまう。また訳者の高杉一郎氏を岩波文庫(「極光のかげに」)でも現代文庫でも選べないので、翻訳で選んでシベリア体験を伝え続けた人生に敬意を表したいという、もう一つの動機もあるわけ。

④岩波文庫
 さて、いよいよ文庫である。自分の頭の中には初めから二つの有力候補があった。中江兆民の「三酔人経綸問答」宮本常一「忘れられた日本人」である。ちょっと考えたんだけど、学生時代に読んだということと近代日本を見据えた構想の大きさで中江兆民を選びたい。この「三酔人」の対立構造は今も有効な見立てではないか。是非多くの学生に読んでおいてもらいたい本。しかし理論編ではあるから、「忘れられた日本人」から読んだ方がいいかもしれない。本当は大杉榮「自叙伝・日本脱出記」を選びたいけど、品切れ中である。残念。

 以下、品切れでないものに限って、10位まで選んでみた。①三酔人経綸問答②忘れられた日本人③知里幸恵「アイヌ神謡集」ラス・カサス「インディアスの破壊についての簡潔な報告」九鬼周造「『いき』の構造」石橋湛山評論集若山牧水「新編 みなかみ紀行」ローデンバック「死都ブリュージュ」フランク・オコナー短編集キャサリン・サンソム「東京で暮らす」

 最近サマセット・モームの新訳がいっぱい出て、僕は好きだから読んでいるけど他でも読んできたので落とす。ラテンアメリカ文学なども他で翻訳されたものが多いので…。西洋の古典は中公版で読んだものが多いのが選びにくい点である。ウィルキー・コリンズ「白衣の女」全三冊は素晴らしいミステリで本邦初訳、他で読めないけど、まあ全員が読む本でもなかろう。ヴィットリーニ「シチリアでの会話」も貴重な文庫化で解説がすごいけど、まあ全員が読む本でもない。でも「死都ブリュージュ」やフランク・オコナー短編集(アイルランドの作家)は読んでもいいのでは。「みなかみ紀行」は群馬の温泉を旅するときの必携書で、昔の温泉を知ることができるので貴重。「アイヌ神謡集」や「『いき』の構造」は有名だが、それよりラス・カサスの短い報告は全人類必読の本である。10位は「ルバイヤート」や「朝鮮詩集」も考えたんだけど、戦前の東京で暮らした外交官夫人の名著を入れておきたい。「きけわだつみの声」や「山びこ学校」などは今では史料的性格が強くなってしまったと思うので選ばないことにした。

⑤岩波新書
 さていよいよ岩波新書。これは全部新書オリジナルだと思うけど、「古典」と新刊の扱いが難しい。湯浅誠「反貧困」橘木俊詔「格差社会」など、もうすでに21世紀の古典になっているかもしれない。しかし、データはすぐ古くなるし、今後生き残っていく本なのかは判別が難しい。でも「今読むべき本」なら入ってくるだろう。古典として生き残っていく本、例えば「自動車の社会的費用」(宇沢弘文)、「水俣病」(原田正純)なんかもある。「バナナと日本人」(鶴見良行)なども。

 でも僕はもっとリクツ的な本を選んでみたいと思った。どうしても丸山真男「日本の思想」E・H・カー「歴史とはなにか」が頭の中にあるのである。若いときに読んで、それが考えるときのベースを作っていく本というジャンルの本。具体的な社会分析の前にそういう理論的なものも読んでおく必要がある。特にE・H・カーは名作で、歴史に関心がある人は読んで置かないといけない。

 こちらも10作を選んでみると、①日本の思想②歴史とはなにか③バナナと日本人④大塚久雄「社会科学における人間大平健「豊かさの精神病理」内田義彦「社会認識の歩み」暉峻淑子「豊かさとは何か」鹿野政直「日本の近代思想」石橋克彦「大地動乱の時代」海部宣男「カラー版 すばる望遠鏡の宇宙」

 岩波新書の理系の本はかなり難しい。逆に僕には難しくないが、こんなに細かい歴史叙述が一般向けの新書に必要かなと思う歴史の本も多い。⑨⑩はそんな中で選んだ。⑨は阪神淡路大震災以後、「大地動乱の時代」に入ったという地震学者の本で、読んだ当時ビックリした。著者はその後原発に警鐘を鳴らし、過去の史料にあたり地震の歴史も調べてきた。今からすると内容が古いかもしれないが、石橋克彦という地震学者を世に出したという意味で、歴史的な意味がある。石橋氏に耳を傾けなかったことで原発事故を防げなかった。そう言う意味を含めて、高木仁三郎「プルトニウム」「市民科学者として生きる」ではなくこちらを選んでみた。⑩は素晴らしい本であるし、カラー版からも一冊をという意味。

 歴史の本、藤木久志先生の「刀狩り」などは敢えてはずした。個別の本ではないものを選ぼうかと思ったので。各分野に読んでおくべき本は多いけど、他の新書もあるし…。最後に竹内敏晴「からだ・演劇・教育」をあげておきたい。
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