尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「学問の自由」って何だろう?ー学術会議問題⑧

2020年11月17日 23時00分34秒 | 政治
 学術会議会員の任命拒否問題で、野党側は「学問の自由」の侵害だと主張している。それに対し、菅首相は「それぞれの学者がどんな研究をするのも自由」であり、学術会議の問題と「学問の自由」とは無関係だ、野党の指摘は「全く当たらない」としている。それどころか、一部には「(軍事研究を認めない)学術会議の方こそ『学問の自由』の侵害だ」といった倒錯的な発想さえ見られるようだ。この問題をどのように考えるべきなんだろうか。
(「学問の自由」と主張するデモ隊)
 首相が主張しているのは、「学者の研究の自由を侵してはいない」ということだ。つまり「学問の自由」とは「研究テーマ設定権」のようなものだということになる。小説家がどんな小説を書こうが、画家がどんな絵を描こうが自由だが、憲法は特に「芸術の自由」という権利を定めていない。それは「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由」(第21条)に含まれているのだろう。学者が何かを研究しても、それを論文または著作等で表現されないと社会は研究内容を知りようがない。その意味では「表現の自由」があれば、それで足りるんじゃないだろうか。

 それなのに憲法では〔学問の自由〕という別項目を立てて「第二十三条 学問の自由は、これを保障する。」と規定している。これを単に「学者個々人が何を研究してもいいという権利」といったレベルでとらえるだけでいいのだろうか。僕にはそうは思えないのである。憲法では司法権について、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」(第76条)と強い独立性を保証している。現実の日本の裁判がちゃんと独立しているかは疑問もあるが、原則としては「司法権の独立」がうたわれている。

 「学問の自由」に関しては、司法権ほどは直接的に独立性を述べていない。しかし、行政権や立法権に対して「学問領域」や「科学者コミュニティ」の独立性への尊重を求めていると理解するべきではないだろうか。この「独立性への尊重」が欠けたときに、社会がどのような困難に直面するか。それはまさに2020年のアメリカ合衆国で起こったことだ。

 トランプ大統領は6代の大統領に感染症に関する助言をしてきたファウチ博士(アメリカ国立アレルギー・感染症研究所所長)を公然と非難した。その助言を無視し、マスクもせずに集会を繰り返し自らも感染した。そして世界最大の感染者と死者を出している。これが「学問」をないがしろにした政権によって起こされた事態である。どのような対策が望ましいのかには、いろいろな意見があるだろう。しかし、公に評価されてきた学者を政権トップが非難する社会は異常だ
(ファウチ博士、後ろはトランプ、ペンス正副大統領)
  2017年に報告「軍事的安全保障研究について」を読んでみて一番思うことも、「科学者コミュニティの自己規律」の重要性である。「防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」は、研究委託の一種であり、将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募・審査が行われ、外部の専門家でなく同庁内部の職員が研究中の進捗管理を行うなど、政府による研究への介入の度合が大きい。」「研究の「出口」を管理しきれないからこそ、まずは「入口」において慎重な判断を行うことが求められる。」 この指摘のどこが「学問の自由」の侵害に当たるのか。

 学術会議の提言や声明は法的性格を持たない。実際、今まで政府は多くの提言を無視したり、棚上げしてきた。首相の論理で言えば、この報告は「軍事研究を行いたい研究者」を拘束しないのだから、「学問の自由」を侵害するはずがない。防衛産業で働く研究者は当然「軍事研究」を行っているだろう。ただ防衛装備庁が主導する制度に大学の研究者が安易に参加することは、科学者コミュニティが管理しきれない事態を生む(可能性が高い)。「科学者コミュニティ」が自律的に関わることが出来なければダメだというのが、学術会議の報告の原則なのである。

 このように考えてくれば、学術会議が推薦した候補を首相が拒否するということは、まさに「科学者コミュニティ」への公然たる介入である。これが「学問の自由」への挑戦でなくて何だろう。「学問の自由」というのは、単に学者は何を研究してもいいですよといったものではない。日本最高の科学者アカデミーである「日本学術会議」は、高度の独立性を保証されなければならない。法律によって会員を推薦し、首相の任命は形式的なものと解釈されてきた。今までは「高度の独立性」があったのである。その独立性を破壊することは「学問の自由」の侵害そのものだと思う。
コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 学術会議・任命を排除された... | トップ | 映画「ホテル・ローヤル」、... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

政治」カテゴリの最新記事