是非とも紹介しておきたい旧作映画、『死刑台のメロディ』(1971)をやっと見た。もっと前に見る心づもりが、体調不良などでなかなか見られなかった。上映は東京では新宿武蔵野館で23日まで。1972年に日本公開だから、すでに半世紀以上前のことになるとは驚き。個人的にも思い出深い映画だが、まさかまた映画館で見られるとは思ってもいなかった。今回はなんと「エンニオ・モリコーネ特選上映」と銘打って、映画音楽に注目しての上映である。これもモリコーネだったのか。『ラ・カリファ』(1970、初上映)というロミー・シュナイダーが印象的な映画と2本が上映されている。
最近はデジタル修復版がDVDまたは配信される前にちょっと劇場上映される機会が増えている。ほとんど宣伝しないから、気が付かないうちに終わってしまうこともある。しかし、注意していれば相当珍しい映画を見るチャンスが増えた。この『死刑台のメロディ』は甘美で抒情的なモリコーネ節を味わう映画ではない。実に厳しいリアリズムで「サッコ・ヴァンゼッティ事件」を描いていて、冤罪映画の最高峰である。1919年にアメリカで起きた強盗殺人事件で、イタリア人アナーキスト、ニコラ・サッコとバルトロメオ・ヴァンゼッティが捕えられた。当時から冤罪と言われ、アメリカ内外で激しい抗議活動が繰り広げられた事件である。
(DVD、左=サッコ、右=ヴァンゼッティ)
当時はパーマー司法長官による「赤狩り」がアメリカ国内を荒れ狂っていた。一体大統領は誰なのかと思うが、急には思い浮かばない。調べるとウッドロウ・ウィルソンの2期目だった。第一次大戦後の「14ヶ条の平和原則」で知られるウィルソンだが、ノーベル平和賞を受けた裏でこんな人物を司法長官にしていたのか。そんな時代にマサチューセッツ州ボストン近郊で事件が起き、二人のイタリア人が銃の不法所持で逮捕された。彼らは靴職人(サッコ)、魚行商人(ヴァンゼッティ)だったが、同時にアナーキストでありアメリカ社会の不平等に苦しんでいた。捜査では全く言い分を聞かず強引に起訴された。
(映画のサッコとヴァンゼッティ)
裁判になると、強引な訴訟指揮、偏見に満ちた証言で、弁護士が異議を申立てても(かなり証人を「威圧」してもいるが)全く聞かれない。今ならばこの裁判官の指揮だけでも上級審で破棄されるだろう。恐るべきことに、証人が証言をひるがえしても、また獄中で真犯人が名乗りを上げても、全く何の影響も及ぼさない。それどころか真犯人の可能性がある人物の捜査ファイルは消え去っていた。つまり、当局も途中で真犯人は別にいると気付いたのである。この裁判シーンが長いけど、全く退屈しない。音楽がないシーンも多く、そのことが緊迫感を高めている。とにかく恐るべき政治裁判だったのである。
(実際のサッコ=右、ヴァンゼッティ=左)
サッコやヴァンゼッティが法廷で自らの無実を訴える陳述をするシーンがある。これが見事で、日本の冤罪事件でもよくあるように(布川事件の桜井昌司さんや狭山事件の石川一雄さんのように)、「庶民が獄中で鍛えられ真実を訴える」姿が感動的だ。今見ると『独裁者』のチャップリンよりずっと心打たれた。そして、ヴァンゼッティは最後まで諦めず訴え続けるが、サッコは途中から心を閉ざしてしまった。これも袴田巌さんを思い出して心が苦しくなる。ヴァンゼッティが皆に訴えた言葉、我々の名前は自由と正義を求める人々の心に永遠に残るが、あなた方(裁判官や検察官)の名は忘れられるというのは全くその通りだと思った。
この映画を非常に有名にしたのが、途中で3回流れるジョーン・バエズの歌だろう。当時「フォークソングの女王」と言われ、ベトナム反戦運動にも大きな影響を与えていた。その「Here’s To You」(あなたがここにいるといった意味)は「勝利への讃歌」などとおかしな邦題を付けられたが、日本でも大ヒットした。作曲はエンニオ・モリコーネである。この映画で一番思い起こすのはこの曲だという人が多いだろう。ただ歌詞ではイタリア名を「ニック&バート」と歌っていた。デモ隊の掛け声も英語名である。バエズの透明で力強い歌声が心に残リ続ける。
(バエズ『勝利への讃歌』)
ヴェンゼッティ役はジャン=マリア・ヴォロンテで、実に見事な存在感を発揮している。国際的知名度があるただ一人の配役で、『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』では悪役だった。ちょっと前に見たジャン=ピエール・メルヴィル監督の『仁義』でも、アラン・ドロンと共演していた。サッコはリカルド・クッチョーラという人で、この映画でカンヌ映画祭男優賞を受けた。監督・脚本はジュリアーノ・モンタルド(1930~2023)で、何本か映画祭受賞映画もあるようだ。日本ではあまり公開されておらず、全貌はつかめない。2007年にダヴィッド・ディ・ドナテッロ生涯功労賞を受けているというからイタリアでは高い評価を受けている。
日本では非常に高く評価され、キネ旬ベストテンで3位に選出されている。僕のベストワンはアメリカの青春映画『ラスト・ショー』で、これはキネ旬と同じ。日本映画は『旅の重さ』で、どっちも同世代で見た高校生の映画なのである。『時計台のオレンジ』や『ゴッドファーザー』の年だが、僕はむしろベルトルッチ『暗殺の森』、スコリモフスキー『早春』などに心惹かれていた。社会派系映画を高く評価する批評家が選出委員に多かった時代だからこその上位だろう。ところで僕は大学時代以後に政治犯救援や冤罪救援に参加するようになったが、もしかしたらこの映画の影響もあったのかと今回見て感じた。
最近はデジタル修復版がDVDまたは配信される前にちょっと劇場上映される機会が増えている。ほとんど宣伝しないから、気が付かないうちに終わってしまうこともある。しかし、注意していれば相当珍しい映画を見るチャンスが増えた。この『死刑台のメロディ』は甘美で抒情的なモリコーネ節を味わう映画ではない。実に厳しいリアリズムで「サッコ・ヴァンゼッティ事件」を描いていて、冤罪映画の最高峰である。1919年にアメリカで起きた強盗殺人事件で、イタリア人アナーキスト、ニコラ・サッコとバルトロメオ・ヴァンゼッティが捕えられた。当時から冤罪と言われ、アメリカ内外で激しい抗議活動が繰り広げられた事件である。
(DVD、左=サッコ、右=ヴァンゼッティ)
当時はパーマー司法長官による「赤狩り」がアメリカ国内を荒れ狂っていた。一体大統領は誰なのかと思うが、急には思い浮かばない。調べるとウッドロウ・ウィルソンの2期目だった。第一次大戦後の「14ヶ条の平和原則」で知られるウィルソンだが、ノーベル平和賞を受けた裏でこんな人物を司法長官にしていたのか。そんな時代にマサチューセッツ州ボストン近郊で事件が起き、二人のイタリア人が銃の不法所持で逮捕された。彼らは靴職人(サッコ)、魚行商人(ヴァンゼッティ)だったが、同時にアナーキストでありアメリカ社会の不平等に苦しんでいた。捜査では全く言い分を聞かず強引に起訴された。
(映画のサッコとヴァンゼッティ)
裁判になると、強引な訴訟指揮、偏見に満ちた証言で、弁護士が異議を申立てても(かなり証人を「威圧」してもいるが)全く聞かれない。今ならばこの裁判官の指揮だけでも上級審で破棄されるだろう。恐るべきことに、証人が証言をひるがえしても、また獄中で真犯人が名乗りを上げても、全く何の影響も及ぼさない。それどころか真犯人の可能性がある人物の捜査ファイルは消え去っていた。つまり、当局も途中で真犯人は別にいると気付いたのである。この裁判シーンが長いけど、全く退屈しない。音楽がないシーンも多く、そのことが緊迫感を高めている。とにかく恐るべき政治裁判だったのである。
(実際のサッコ=右、ヴァンゼッティ=左)
サッコやヴァンゼッティが法廷で自らの無実を訴える陳述をするシーンがある。これが見事で、日本の冤罪事件でもよくあるように(布川事件の桜井昌司さんや狭山事件の石川一雄さんのように)、「庶民が獄中で鍛えられ真実を訴える」姿が感動的だ。今見ると『独裁者』のチャップリンよりずっと心打たれた。そして、ヴァンゼッティは最後まで諦めず訴え続けるが、サッコは途中から心を閉ざしてしまった。これも袴田巌さんを思い出して心が苦しくなる。ヴァンゼッティが皆に訴えた言葉、我々の名前は自由と正義を求める人々の心に永遠に残るが、あなた方(裁判官や検察官)の名は忘れられるというのは全くその通りだと思った。
この映画を非常に有名にしたのが、途中で3回流れるジョーン・バエズの歌だろう。当時「フォークソングの女王」と言われ、ベトナム反戦運動にも大きな影響を与えていた。その「Here’s To You」(あなたがここにいるといった意味)は「勝利への讃歌」などとおかしな邦題を付けられたが、日本でも大ヒットした。作曲はエンニオ・モリコーネである。この映画で一番思い起こすのはこの曲だという人が多いだろう。ただ歌詞ではイタリア名を「ニック&バート」と歌っていた。デモ隊の掛け声も英語名である。バエズの透明で力強い歌声が心に残リ続ける。
(バエズ『勝利への讃歌』)
ヴェンゼッティ役はジャン=マリア・ヴォロンテで、実に見事な存在感を発揮している。国際的知名度があるただ一人の配役で、『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』では悪役だった。ちょっと前に見たジャン=ピエール・メルヴィル監督の『仁義』でも、アラン・ドロンと共演していた。サッコはリカルド・クッチョーラという人で、この映画でカンヌ映画祭男優賞を受けた。監督・脚本はジュリアーノ・モンタルド(1930~2023)で、何本か映画祭受賞映画もあるようだ。日本ではあまり公開されておらず、全貌はつかめない。2007年にダヴィッド・ディ・ドナテッロ生涯功労賞を受けているというからイタリアでは高い評価を受けている。
日本では非常に高く評価され、キネ旬ベストテンで3位に選出されている。僕のベストワンはアメリカの青春映画『ラスト・ショー』で、これはキネ旬と同じ。日本映画は『旅の重さ』で、どっちも同世代で見た高校生の映画なのである。『時計台のオレンジ』や『ゴッドファーザー』の年だが、僕はむしろベルトルッチ『暗殺の森』、スコリモフスキー『早春』などに心惹かれていた。社会派系映画を高く評価する批評家が選出委員に多かった時代だからこその上位だろう。ところで僕は大学時代以後に政治犯救援や冤罪救援に参加するようになったが、もしかしたらこの映画の影響もあったのかと今回見て感じた。