尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「靖国」化するロシア正教、これからのロシアを考えるーウクライナ侵攻1年⑤

2023年02月24日 23時20分06秒 |  〃  (国際問題)
 「ウクライナ戦争」に関して書き始めたら、いろんな問題が出て来て終わらなくなってきた。他に書きたいことが溜まっているので、さすがに5回で一端終わりにしたい。侵攻1年を機に、国連総会では「ウクライナに侵攻したロシア軍の完全撤退や国際法上の重大犯罪への調査と訴追などを求めた決議案」が賛成多数で採択された。賛成141、反対7、棄権32、無投票13である。これを1年前の決議と比べて見る。去年に関しては、「国連総会のロシア非難決議案、世界の状況を分析する」を書いている。その時は、賛成140、反対5、棄権35、無投票12だった。大きな傾向は変わっていないと読むべきだろう。
(国連総会でロシアの撤退を決議)
 反対で増えた2か国はニカラグアマリ。(他は当事者のロシア、ベラルーシとシリア、エリトリア、朝鮮民主主義人民共和国。)中米のニカラグアは1979年のサンディニスタ革命ダニエル・オルテガが大統領になった。その後、民政移管の選挙で敗北し下野していたが、2007年に16年ぶりにオルテガが大統領に当選した。その後、オルテガ独裁が続き、2021年に5回目の政権が発足した。まあ、昔の「反米左翼」路線の延長でロシア寄りになっていると考えられる。

 マリは西アフリカの内陸国家で、旧フランス植民地だった。イスラム系武装組織との紛争がありクーデタが絶えず、フランス軍の治安維持部隊も撤退した。その間隙をぬって、例のロシアの民間軍事会社「ワグネル」が暗躍し、治安維持を担っているという話。そのことが投票行動に影響していると思われる。ついにワグネルが外交にも影響を与えだしたのである。

 ニカラグアのオルテガ大統領じゃないけど、「反米」に固執して脳内が何十年も前の時点でストップしている人は日本でも時折いるようだ。確かに半世紀前にはアジアに多かった独裁政権は大体アメリカが支援していた。韓国朴正熙大統領、フィリピンマルコス大統領(現大統領の父)、インドネシアスハルト大統領などなど…。冷戦時代だったから、どんなに国民を弾圧していても、共産主義に反対するならアメリカは意に介さなかったのである。

 時は流れ、今は逆である。先の反対国を見ても、ベラルーシ、シリア、「北朝鮮」…、みな独裁国家ばかりである。他でもイランミャンマーなど、人権状況をめぐって世界から批判される国は、大体中国やロシアが支援しているではないか。(ミャンマーが決議に反対でないのは、軍事クーデタ前の国連大使が頑張っているためと考えられる。)これらの国は自国の独自性を強調して「内政不干渉」を主張することが多い。欧米の「民主主義」や「人権」などの「普遍的価値」が大嫌いなのである。

 ロシアは「反米」だから「左っぽい」などと思い込んでいると、プーチンのロシアはむしろ「極右」である。ロシア独自の価値を誇示して、欧米の「LGBT」への寛容に反対して「同性愛宣伝禁止法」なんていうのまで作った。何でも村上春樹の『スプートニクの恋人』が図書館から廃棄されたとか。そして、ロシア正教との深い関わりがはっきりしてきた。先日の年次教書演説でも、最前列でキリル総主教が聞いていて、プーチン体制の最重要人物の一人として遇されていることが判る。
(キリル総主教)
 この人物は何でも神学校時代にKGBにスカウトされたとか。心底から「ウクライナはロシアと一体のものだ」と信じているらしい。2014年の「マイダン革命」後、ウクライナ社会で非ロシア化が進行し、2018年にウクライナ正教会がロシア正教会からの独立を一方的に宣言した。これらの出来事をキリル総主教は認めず、また「性の多様化」に反対して、その問題こそがウクライナに対する「西側の攻撃」とみなしているらしい。今回の戦争に対しては、「あなたはロシアの戦士です。あなたの義務は、ウクライナの民族主義者から祖国を守ることです。あなたの仕事はウクライナ国民を地球上から一掃することです。あなたの敵は人間の魂に罪深いダメージを与えるイデオロギーです。」という免罪符を出しているという。(ウィキペディアによる。)

 なんとも恐れ入った時代錯誤としか言葉がないが、ここまで国家と一体化した宗教がありうるのか。正教会は国家ごとに独立しているというが、2018年までウクライナ正教会がロシアの支配下にあったという方が、今から考えればおかしかった。ロシア正教会はいわば「靖国神社」の役割を担っている。「戦死」を「祖国防衛」の美名で粉飾するイデオロギーである。自由選挙が事実上不可能で、言論・集会の自由もない。当初は反戦デモもあったが、押さえ込まれてしまった。そういう社会だったからこそ、侵略戦争を起こせるのであって、すぐに大規模な反戦運動が組織できるような社会だったら、こんな戦争を指導者が起こせるわけがない。

 ただロシア経済もロシア社会も大きく崩壊する兆しはない。それは当然であって、かつての日本でさえ、「満州事変」(1931年)段階ではむしろ景気がよくなり、「日中全面戦争」(1937年)になっても、まだまだ消費生活は相当に豊かだった。去年読んだ谷崎潤一郎『細雪』は日中戦争下の物語なのである。米英との全面戦争(1941年)が始まり、本格的に食糧難などが起こってきた。テレビで見る限り、モスクワのスーパーマーケットには、物資は豊富にそろっている。それも当然、ロシアのようなエネルギーも食料もほぼ自給できる国は、そう簡単に崩壊しない。人々はソ連時代、ソ連崩壊後を通して、物資欠乏に慣れている。
(ロシアのスーパーの棚)
 特に今回はウクライナがロシアに攻め込んだわけではない。ロシアが一方的にウクライナに侵攻しているのである。つまり、「ヴェトナム戦争型」である。その頃のアメリカは経済的に戦争の影響はあった(ドルの価値低下)が、それでも世界で最も豊かな国だった。しかし、アメリカには戦争の深い傷が残った。「不正義の戦争」に駆り出され、精神的に信じるものがなくなった若者たちが多かった。そして、国内で反戦運動が燃えさかった。そこまで行ったのは、戦争が大規模化し大規模な動員が行われてから、数年が経っていた。かつて1979年にソ連がアフガニスタンに侵攻したときも、ソ連国内に影響が及ぶには数年間が掛かった。

 それを思い出すと、ロシア国内では戦闘が起こっていないのだから、ロシア国内で「この戦争はおかしい」と人々が本格的にプーチン政権に疑問を持つには時間が掛かると思う。今はむしろ支持率が上がっているらしい。何故ならソ連崩壊後、傷つけられていたロシア国民の心に「西欧の悪魔に魅入られた可哀想なウクライナを救え」という「大義」を与えたからである。米欧は経済制裁を科したが、どっこい偉大なるロシアは偉大なる指導者に率いられて持ちこたえてるじゃないか。この間違った認識、「不正義」を変えていくには、「武器」以上に「世界の道徳の力」がいる。

 武器援助によってウクライナがロシア軍を押し返したとしても、ロシア国民が道徳的な過ちに気付かなかったなら、何にもならない。日本でも「ロシアが負けるわけない」と言ってる人がいるが、そういう人は大体「宗教右派」に近い。ロシアにいたらプーチンと正教会の支持者になってる人である。僕らとしては、武器を取るのでも、武器を送るのでなくても、日本を変えていくこと、また小さな場でも(このブログのような)ロシアの道徳的な力を蘇らすための呼びかけを続けることに意味を見出したい。
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