今国会で性的少数者に関する「理解増進法案」(ここでは「LGBT法案」とする)の成立が目指されている。与野党協議で「差別禁止」を含めるという方向で改正案がまとまったが、5月19日に行われた自民党内の会合で承認を得られなった。自民党としては、「東京五輪」「衆院選」を前に、「多様な価値観」に寛容な姿勢を見せる意図があったらしいのだが、まさに自民党議員にこそ「LGBT法」が必要だという現実が露わになった。(その後、24日に「条件付き」で了承されたが、今国会での成立は見通せないという。)
報道されているところでは、山谷えり子参議院議員が「体は男だけど自分は女だから女子トイレに入れろとか、女子陸上競技に参加してメダルを取るとか、ばかげたことがいろいろ起きている」と発言したという。また梁和生(やな・かずお)衆議院議員が(本人は非公開会合だからとして認めていないが)、「生物学上、種の保存に背く。生物学の根幹にあらがう」と発言したとされる。また発言者は判らないが「差別を理由にした裁判が増えて混乱する」という意見も出たらしい。
(山谷えり子議員)
国会には様々な考えの議員が存在する。それが自由選挙の意味であって、幾つもの政党が選挙で選ばれるんだから、当然意見の違いがある。しかし、意見ではなく「無知に基づく偏見」は認められない。国会議員の「無知」にはどう対処すればいいんだろうか。山谷、梁両議員の発言は明らかに「無知」から来る差別発言だ。それが判ってない人には「当事者の声を聞いてきちんと勉強してください」と取りあえず言うしかないが、国会議員には様々な人権問題に対して「研修を受ける義務」を課した方がいいんじゃないだろうか。
ちょっと議員を紹介しておくと、山谷えり子氏が最初国会に当選したときは民主党だった。2000年の衆院選である。(その前は民社党から出馬して落選している。)ラジオで活躍した山谷親平の娘で、サンケイリビング編集長などをしていた。その後、離党して保守新党に所属したが、2003年の衆院選で落選。翌2004年の参院選比例代表区で自民党から当選し、2010年、2016年と3回連続当選中。2014年に国家公安委員長、防災、拉致問題等担当相として入閣した。
(梁和生議員)
一方、梁和生議員は衆議院栃木3区から連続3回(一回は比例区当選)している。栃木3区は渡辺喜美が長く盤石の地盤を誇ったところで、渡辺が自民を離党して「みんなの党」に移ってからも圧勝を続けた。梁和生は2012年に33歳で初出馬して大敗したものの、比例区で復活当選した。その後、渡辺がかのDHC会長から5億円を借りていた問題で「みんなの党」が解党、2014年は無所属で出馬した。その時に梁は小選挙区で渡辺を破って、2017年にも圧勝した。(渡辺は2016年参院選で「維新」から当選し、その後離党した。)
自分の趣味でトリビア情報を書いたが、以下では梁和生議員とされる発言に絞って考えたい。山谷発言は「思いつき」で「無知」を暴露しただけだと思う。その問題に対する正しい知識がない人間が思い込みで反対している。それに対して梁発言は遙かに深刻だ。まずこの「生物学的」がおかしい。自然科学は「唯一の真理」と思われているから、訳の判らないことを言い出す人は「○○学的」にどうのこうのと言いやすい。(以前に「○○学的という表現」という記事を書いた。)
問題発言の「種の保存に反する」は大変恐ろしい発想だと思う。この発想で行くと、障害者や病者も排除されることになる。「種の保存」に対して不適な存在は認められないというのだから。結婚して、子どもを作ることだけが人間の生存目的なのか。そういうことになってしまうではないか。これは「優生思想)的な発想だ。さらに言えば、「避妊」も「妊娠中絶」も「種の保存に反するから反対」ということになるはずだ。一切の避妊(コンドームやピル、膣外射精等)はすべて「種の保存」を避ける目的で行われる。しかし、一回も避妊行為をしたことがない人は多分いないだろう。
(19日の自民党会合)
人間以外の動物は、生殖のための性行為をある時期しか行わないのが普通だ。「発情期」(the mating season)である。しかし、人間は季節を問わず性行為を行う。あるいは性行為をしなくても、性的な妄想にふける。(あるいは性的な欲求を特に感じないで生きていく。)人間はもう「生物学的な種の保存」によって性行動を行うのではない。「性」もまた文化なのである。現代の高度に発達した社会では、子どもを社会に送り出すためには20年以上に渡り多額の教育費が掛かる。だから、「種の保存」のための本能を管理して、子どもの数を2~3人に制限せざるを得ない。
人間の性的指向、性的自認は「生得的」なもの(生まれつき)だということが今は理解されている。従って、「生物学上」、必ずどんな社会でも「LGBT」が存在する。家父長権の強い社会(イスラム圏など)では今も同性愛が法律で禁止される国があるが、そういう国でももちろん同性愛者は存在し、迫害されている。このような、今では「常識」に近いことを知らないのだろうか。そういう不勉強な国会議員が存在していいのか。教員や公務員には「研修」が義務づけられるんだから、本当は夏休みなどに選挙区周りなんかいいから、議員も「研修」しない限り立候補出来ないという仕組みが必要かもしれない。
報道されているところでは、山谷えり子参議院議員が「体は男だけど自分は女だから女子トイレに入れろとか、女子陸上競技に参加してメダルを取るとか、ばかげたことがいろいろ起きている」と発言したという。また梁和生(やな・かずお)衆議院議員が(本人は非公開会合だからとして認めていないが)、「生物学上、種の保存に背く。生物学の根幹にあらがう」と発言したとされる。また発言者は判らないが「差別を理由にした裁判が増えて混乱する」という意見も出たらしい。
(山谷えり子議員)
国会には様々な考えの議員が存在する。それが自由選挙の意味であって、幾つもの政党が選挙で選ばれるんだから、当然意見の違いがある。しかし、意見ではなく「無知に基づく偏見」は認められない。国会議員の「無知」にはどう対処すればいいんだろうか。山谷、梁両議員の発言は明らかに「無知」から来る差別発言だ。それが判ってない人には「当事者の声を聞いてきちんと勉強してください」と取りあえず言うしかないが、国会議員には様々な人権問題に対して「研修を受ける義務」を課した方がいいんじゃないだろうか。
ちょっと議員を紹介しておくと、山谷えり子氏が最初国会に当選したときは民主党だった。2000年の衆院選である。(その前は民社党から出馬して落選している。)ラジオで活躍した山谷親平の娘で、サンケイリビング編集長などをしていた。その後、離党して保守新党に所属したが、2003年の衆院選で落選。翌2004年の参院選比例代表区で自民党から当選し、2010年、2016年と3回連続当選中。2014年に国家公安委員長、防災、拉致問題等担当相として入閣した。
(梁和生議員)
一方、梁和生議員は衆議院栃木3区から連続3回(一回は比例区当選)している。栃木3区は渡辺喜美が長く盤石の地盤を誇ったところで、渡辺が自民を離党して「みんなの党」に移ってからも圧勝を続けた。梁和生は2012年に33歳で初出馬して大敗したものの、比例区で復活当選した。その後、渡辺がかのDHC会長から5億円を借りていた問題で「みんなの党」が解党、2014年は無所属で出馬した。その時に梁は小選挙区で渡辺を破って、2017年にも圧勝した。(渡辺は2016年参院選で「維新」から当選し、その後離党した。)
自分の趣味でトリビア情報を書いたが、以下では梁和生議員とされる発言に絞って考えたい。山谷発言は「思いつき」で「無知」を暴露しただけだと思う。その問題に対する正しい知識がない人間が思い込みで反対している。それに対して梁発言は遙かに深刻だ。まずこの「生物学的」がおかしい。自然科学は「唯一の真理」と思われているから、訳の判らないことを言い出す人は「○○学的」にどうのこうのと言いやすい。(以前に「○○学的という表現」という記事を書いた。)
問題発言の「種の保存に反する」は大変恐ろしい発想だと思う。この発想で行くと、障害者や病者も排除されることになる。「種の保存」に対して不適な存在は認められないというのだから。結婚して、子どもを作ることだけが人間の生存目的なのか。そういうことになってしまうではないか。これは「優生思想)的な発想だ。さらに言えば、「避妊」も「妊娠中絶」も「種の保存に反するから反対」ということになるはずだ。一切の避妊(コンドームやピル、膣外射精等)はすべて「種の保存」を避ける目的で行われる。しかし、一回も避妊行為をしたことがない人は多分いないだろう。
(19日の自民党会合)
人間以外の動物は、生殖のための性行為をある時期しか行わないのが普通だ。「発情期」(the mating season)である。しかし、人間は季節を問わず性行為を行う。あるいは性行為をしなくても、性的な妄想にふける。(あるいは性的な欲求を特に感じないで生きていく。)人間はもう「生物学的な種の保存」によって性行動を行うのではない。「性」もまた文化なのである。現代の高度に発達した社会では、子どもを社会に送り出すためには20年以上に渡り多額の教育費が掛かる。だから、「種の保存」のための本能を管理して、子どもの数を2~3人に制限せざるを得ない。
人間の性的指向、性的自認は「生得的」なもの(生まれつき)だということが今は理解されている。従って、「生物学上」、必ずどんな社会でも「LGBT」が存在する。家父長権の強い社会(イスラム圏など)では今も同性愛が法律で禁止される国があるが、そういう国でももちろん同性愛者は存在し、迫害されている。このような、今では「常識」に近いことを知らないのだろうか。そういう不勉強な国会議員が存在していいのか。教員や公務員には「研修」が義務づけられるんだから、本当は夏休みなどに選挙区周りなんかいいから、議員も「研修」しない限り立候補出来ないという仕組みが必要かもしれない。