チャコちゃん先生のつれづれ日記

きものエッセイスト 中谷比佐子の私的日記

着物が繋ぐもの 36

2018年10月24日 18時21分12秒 | 日記
倉庫や引き出しや押し入れなどの断捨離を決行中だが
思い切って捨てるものも多いが
これはとっておくほうがいいかもというのもある

1972年(昭和47年)から始まった
繊研新聞から出ていた「きもの」という季刊誌の中で
「わがきもの人生」というタイトルがあり
インタビュー記事を私が書いていた

たまたまその一部が資料の山の中から出てきて
それは加賀友禅作家の重臣初代由水十久さんのインタビュー記事だった

「うまいじゃあないの」と読み耽る
今の私の文章より遥かに上手
グイグイ読ませる力がある
全部を読みたくなり新聞社に交渉をし送っていただいた
なんと41冊つまり41人に取材していることになる

一回目はしまがめの女将さん
それには書いた人の名前がないので私ではないと思ったが
読んでいる内その時の状況が思い出され私だとわかった

二回目から終わりに名前が入っている
そして三回目からはついに目次に名前を入れてくれている
38歳の若造だったが当時のそうそうたるメンバーと名前を連ねている

八王子の荒井呉服店の今は亡き先々代の社長の経営方針は
これからの時代に合う
つまり近江商人の三方良し今風に言えばウインウイン
常に買う人の身になって物を仕入れ飾る
時間があれば近所の世話朝は町内の掃除までする

今若い人の間で早朝のゴミ拾いで徳をつもうと言うことが行われているらしいが
四十六年前いえ江戸時代のはじめから
商人はただ商いをするのではなく世の中のため人のために尽くすことになっていたようだ
社会貢献をいつも念願に置いている

作る人達から経営をする人たちへの取材が始まったのは
その頃を思い出すと
心をこめて作った着物がどんな形で着る人の手に渡っていくかを追求していたからだと思う

そして問屋とか小売商に興味を持ちそちらの取材が始まったのだ
ページを繰ると鈴乃屋の小泉元社長の話は
戦争未亡人として自分にデキる仕事は着物を縫ったり着せたりすることだった
戦後それが商売になったというところを結構鋭くついているのがすごいよと思う

また大阪から東京に出てきて成功したもと「ますいわや」の東京社長
兄と弟が一足の靴を片方ずつ履いて闇市で大儲けする話も結構面白い
その後兄は大阪弟は東京で店を広げていくが
その広げ方のコツのようなものを1週間にわたり朝から晩までくっついて取材をしている

こうして10年にわたって取材をした大人たちからその後もずっと可愛がっていただいていたことに気が付き。今はなき人たちに、本を手に手を合わせる
(つづく)
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