宇宙のこっくり亭

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偶像は要らない ~ 日本の神道

2013年05月15日 | 神社

神道と直接の関係があるわけじゃないけど、イスラム教は、「紀元622年から始まった」とされ、キリスト教よりは600年ほど後にできた宗教。だから、キリスト教のいろんな欠点が修正されている。

というのも、イスラム教が、「アラーの他に神なし」と信者に毎日欠かさず唱えさせるほど厳格な一神教で、しかも偶像崇拝を徹底して禁止し、バーミヤンの石仏を「これは偶像だ!」といって爆破したことなどは、よく知られている。

でも、キリスト教だって、もとはといえば旧約聖書に起源を持つ一神教で、偶像崇拝が禁止されているはずなのだ。それなのに、マリア様の彫刻とか、聖像を拝んでいる。しかも、一神教のわりには、「父と子と聖霊は三位一体」といって、神様のほかにも祀られるお方が多い。これらは皆、キリスト教が古代のヨーロッパに広まるにつれて、原住民の信仰がズルズルと混ざりこんできたのが原因。

このため、イスラム教徒から見れば、「キリスト教は、偶像崇拝で多神教だ」ということになる。キリスト教の世界では、古くから、この矛盾を説明するために、ものすごい神学論争や派閥争いが起きてきた。その結果、キリスト教の教義体系は、なんともフクザツで分かりにくいものになってしまった。

その点、イスラム教は、厳格な一神教だし、偶像崇拝を厳しく禁止している。おかげで、上のような矛盾が起きない。神は、アラーしかいない。預言者マホメットは人間だ。預言者を含めて、神以外のものが拝まれることはない。実にスッキリしているので、余計なことにアタマを悩ませなくてもすむ。このように、前の人たちの矛盾点を研究し、最初から改善してスタートできるというのが、後発組の強みだろう。

なんで、偶像崇拝がいけないのか。そりゃ、古代の野蛮な人類は、部族ごとに信仰がバラバラに分かれていて、怪しげな人形を拝んだり、変なケモノの像を神殿に祀ったり、霊感商法の壷(?)をありがたがったり、さまざまな迷信にとらわれていた。高等な世界宗教たるもの、そんなものを放っておけないのである。変な偶像どもは叩き壊して、「目には見えないけど、偉大なる神様を信じましょう」という、抽象的な信仰に、バシッと統一しなきゃいけない。

現代でこそ、貴重な仏教遺跡の石仏を、「偶像は壊してしまえ」といってイスラム教徒が破壊しているのを見ると、「なんと野蛮な」と思うけど、大昔においては、偶像崇拝禁止令はとても先進的な教えだったのだ。

 

でも、東のハテの国には、ナチュラルに偶像崇拝しない信仰があった。それが、日本の神道。

仏像は、日本にもたくさんある。仏教の掛け軸には、大日如来や釈迦如来、薬師如来をはじめとする、ありがたい仏様たちのお姿が描かれている。そんな如来や菩薩たちを並べた絵(マンダラ)が、この宇宙を表している。偶像崇拝とはいうものの、実にありがたいものだ。

だが、神道にそんなものはない。お寺には仏像があるけど、神社には、神像は置かれていないのが普通だ。掛け軸も、神様の絵が描かれているわけではなく、神社の境内の風景画が中心。神道では、曼荼羅(マンダラ)というのは、神社の境内のことなのだ。つまり、神社こそが小宇宙?

東京国立博物館の「大神社展」では、そんな神社の境内の絵の掛け軸も、たくさん見ることができた。

 

重要文化財  日吉山王曼荼羅図

 

それから、仏教と違って神道では、神様の像、つまり神像も、滅多に作られることがない。というより、以前は、盛んに神像が作られた時期はあった。平安時代の前期だ。でも、なぜか、その後の時代には廃れてしまった。

「大神社展」では、そんな平安時代の神像もたくさん展示されていた。これは、一番の見どころだろう。仏像とは異なり、目がつりあがって、キツイ目つきの像が多くて、ちょっと怖い。この迫力こそが、神威というものなのか・・・。

 

 

国宝 熊野速玉神社の家津美御子大神坐像。まだ、顔つきが穏やかなタイプ。

 

それにしても興味深いのは、「一時は、仏教の影響で神像彫刻が始まったにもかかわらず、やっぱり、すぐに廃れてしまった」というところ。

イスラム教では、預言者マホメットの生前から、アラビア人の部族の神殿を占領して、偶像を片っ端から叩き壊して大ゲンカになったり、偶像崇拝を廃止するために凄まじいトラブルと苦労があった。それに比べて、日本の神道では、何のトラブルもないばかりか、廃止運動すら起きたことがないというのに、静かに偶像崇拝が消えていった・・・。

日本の神社は、「なにごとの おはしますかは知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」 (by西行)という世界に、すぐ戻ってしまった。

というのも、日本の神様には、姿かたちがない。現代でも、神社におまいりするとき、「神様は、どんなお姿をしておられるのかな?」と考えることさえ、まずない。だから、絵にも描けないし、彫刻にもできない。

その代わり、分けるのも、つなげるのも、場所を移すのも自由自在。宇佐神宮の八幡様は、京都で石清水八幡宮になり、鎌倉で鶴岡八幡宮になったけど、だからといって、増えても減ってもいない。全国に八幡神社が山ほどあるのは、そのせい。

日本の神様は、もともと、これほど高度に抽象的な神様なのだった。近代ヨーロッパの哲学者、スピノザが展開した近代的な汎神論も、日本だったら、「だから何?」で終わってしまいかねない・・・。

 


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2 コメント

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Unknown (コンサルファン)
2013-05-15 21:15:06
神社の境内には必ずと言っていいほど、麻の紐や縄があるところを観るとやはり自然敬拝がメインストリームっぽいッスね。
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Unknown (ブログ管理人)
2013-05-18 21:50:37
>神社の境内には必ずと言っていいほど、麻の紐や縄がある

そうですね。

注連縄(しめなわ)は、神社を語る上で重要なポイントでしょう。
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