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法医学で最も大事な概念「異状死」について 注;異状と異常は違います。

2014-02-12 23:59:59 | 医療

 法医学で最も大事な概念、「異状死」。

 いろいろな文献から自分なりにまとめてみました。

 大事なことのひとつとして、病死の裏に隠された犯罪関連死、絶対に見逃してはならないということ。



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異状死について        

1、 異状死に関する問題の所在

(1)「異状」が法律に明文化されていないこと

 医師法21条に、「医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定している一方で、「異状死」自体については、法律で明文化されたものはなく、具体的な法規定がおかれていないのが現状で、ここが問題の所在である。
 同法21条自体は、明治時代の医師法にほとんど同文の規定がなされて以来、第二次大戦中の国民医療法を経て現在の医師法に至るまで、そのまま踏襲されて来ている条文である。
 立法の当初の趣旨は、おそらく犯罪の発見と公安の維持を目的としたものであったと考えられる。
 しかし、社会生活の多様化・複雑化にともない、人権擁護、公衆衛生、衛生行政、社会保障、労災保険、生命保険、その他のかかわる問題が重要とされなければならない現在、異状死の解釈もかなり広義でなければならなくなっている。

(2)異状死の定義についての現在の混乱の状況

 2001年(平成13年)日本外科学会は、「診療行為に関連した「異状死」とは、あくまでも診療行為の合併症としては合理的な説明ができない「予期しない死亡、およびその疑いがあるもの」をいうのであり、診療行為の合併症として予期される死亡は「異状死」には含まれないことを、ここに確認する」ということ及び「診療行為における過失の有無の判断は専門的な証拠や資料に基づき公正に行われる必要があり、捜査機関がこれに相応しいとは考えることができない。学識経験者、法曹及び医学専門家等から構成される公的な中立的機関が判断すべきであり、かかる機関を設立するための速やかな立法化を要請する」という二つの内容の声明を出した。
 上記声明にもあるように、異状死の明確な定義がないため、異常死の届出について医学界で混乱が生じていた。実際には、様々なガイドラインが出され、警察への届出は、刑事責任を問われる可能性のある「死亡又は結果が重大」な場合(国立大学病院報告)、医療過誤による「死亡又は傷害(その疑い)」の場合(国立病院マニュアル)、重大な医療過誤の強い疑いがあるか何らかの医療過誤が明らかな「死亡又は重大な傷害」の場合(外科学会ガイドライン)等、内容が少しずつ異なるものであった。
 異状死の定義に関する国会答弁でも、厚生労働大臣は、「具体的に示すことはなかなか難しい」、警察庁刑事局長は、「個別的に判断、なかなか難しい」と答弁していること(日本医事新報2006年3月25日)でわかるように中央官僚でさえ定義そのものを述べられないのであるから、現場は相当混乱していたことが推察される。

(3)統計

 なお、統計上は、警察に届出のある異状死体は、2005年(平成17年)段階で全国で1年間に約13万体あり、そのうち約6〜7割が病死である。解剖はその約1割になされている。
警察にも診療関連死を評価する機能に限界があり、捜査の密行性・密室性及び臨床評価の意見の偏りから離脱できるような「中立的な第三者機関」の必要性が言われ始めている。
 


2、 異状死とは

(1)日本法医学会の「異状死」ガイドライン(平成6年5月・日法医誌48(5):357-358、1994)

 脳死に伴う臓器移植に対応できること、特に警察対応を当初意図して、1994年(平成6年)5月に、日本法医学会は、「異状死」ガイドライン(以下、「ガイドライン」という)を提示した。そのガイドラインは、実務的側面を重視し作成されたものであった。
 ガイドラインは、厚生省(現厚生労働省)も、「日本医学会が定めるガイドラインを参考にされたい」(『実践 医事法学』)としており、後述の2004年(平成16年)都立広尾病院事件最高裁判決(以下、「平成16年判決」という)でも、ガイドラインの定義が採用されている。

(2)異状死とは

ア、異状と異常
 異状とは、病理学的異状ではなく法医学的異状をいう。また、異状は、普通とは異なる状態をいう名詞であり、一方、異常は、正常に対する言葉で形容動詞の語幹であり似て非なる用語である。
 異状死は、基本的には、病気になり診療をうけつつ、診断されているその病気で死亡することが「ふつうの死」であり、これ以外が、異状死とされる。

イ、判例(東京地八王子支昭和44年3月27日)
 判例では、「本条にいう死体の異状とは、単に死因についての病理学的な異状をいうのではなく、死体に関する法医学的な異状と解すべきであって、死体から認識できる何らかの異状な症状ないし痕跡が存する場合だけでなく、死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況、身元、性別等諸般の事情を考慮して死体に関し異状を認めた場合を含む」と判示されている。

ウ、日本法医学会ガイドライン
 ガイドラインでは、大きく5分類し、以下定義している。
【1】 外因による死亡(診療の有無、診療の期間を問わない)
(1) 不慮の事故
交通事故、転倒・転落、溺水、火災・火焔などによる傷害、窒息、中毒、異常環境、感電・落雷、その他の災害
(2) 自殺
死亡者自身の意志と行為に基づく死亡。
(3) 他殺
加害者に殺意があったか否かにかかわらず、他人によって加えられた傷害に起因する死亡すべてを含む。
【2】 外因による傷害の続発症、あるいは後遺傷害による死亡
例)頭部外傷や睡眠中毒などに続発した気管支炎
  パラコート中毒に続発した間質性肺炎・肺線維症
  外傷、中毒、熱傷に続発した敗血症・急性腎不全・多臓器不全
  破傷風、骨折に伴う脂肪塞栓症 など
【3】 上記【1】または【2】の疑いがあるもの
外因と死亡との間に少しでも因果関係の疑いのあるもの
外因と死亡との因果関係が明らかでないもの
【4】 診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもの
注射、麻酔、手術、検査、分娩などあらゆる診療行為中、または診療行為の比較的直後における予期しない死亡。
診療行為自体が関与している可能性のある死亡。
診療行為中または比較的直後の急死で、死因が不明の場合。
診療行為の過誤や過失の有無を問わない。
【5】 死因が明らかでない死亡
(1) 死体として発見された場合
(2) 一見健康に生活していたひとの予期しない急死
(3) 初診患者が、受診後ごく短時間で死因となる傷病が診断できないまま死亡した場合
(4) 医療機関への受診歴があっても、その疾病により死亡したとは診断できない場合(最終診療後24時間以内の死亡であっても、診断されている疾病により死亡したとは判断できない場合)
(5) その他、死因が不明の場合。病死か外因死か不明の場合

(3)異状死についての誤った解釈例等

 ア、「異状死体にはすべて死体検案書が交付され、逆に死体検案書が交付された死体はすべて異状死体である」という誤った解釈がある。
 死亡診断書と死体検案書のいずれを交付するかの根拠は、「死因が内因か外因か」あるいは「異状死体として検視(検案)されたか否か」とは無関係である。
 死亡診断書は、診療継続中の患者が当該診療に係る疾病で死亡した場合に、診療した医師がその診療内容等の情報を基に記入する書類である。
 死体検案書は、診療継続中の患者以外の死体を検案した場合、および診療継続中の患者であってもその死因が診療に係る傷病と関連しない原因により死亡した場合に、死体を検案した医師が検案内容を基に記入する書類である。
 死亡診断書・検案書交付については、医師法19条2項で規定されている。

イ、「医療機関に収容後24時間以内に患者が死亡した場合にこれらを全て異状死体と考え、内因死因が明確である場合においても死亡診断書は交付できない」と考えている医師が多数見られるが、医師法20条についての誤解と思われる。収容後たとえ短時間であっても(ごく短時間しか関わっていない病院到着時心肺停止症例であっても)、明らかな内因性死亡が確定されれば異状死体ではないので、警察に届け出なしに死亡診断書を交付しても法的にはなんら問題はない。
 異状死体か否かの判断は、診療継続中の患者か否か、または診療時間の長短等に左右されるものではない。死因が明らかに確定診断された「病死」であるか否かによる。

ウ、医師法20条但書きについて
 医師法20条但書きには、最終診療から24時間以内であれば死体を再度検査(確認)しなくても死亡診断書を交付してよいとなっている。従って、法律上の解釈からすれば、患者の死亡に立ち会わず、死後その死体を確認しなくても、死因が診療中の疾病であるとの確信がもれれば死亡診断書の交付は可能である。但し、死因が病死であれば異状死の届出は不要だが、外因死の場合には異状死届出が必要である。従って、法律上は医師個人の判断に委ねられているが、実際には死後改めて診察することなしには診療中の疾病で死亡したかどうかの判断はもちろん、その患者本人であるかどうかの確認すら不可能であるので、この但書きは緊急事態の場合の例外規定と解し、死体をみて異状の有無を確認しなければならない。


3、異状死の届出論争

(1)「医師法21条の異状死体届出義務」の意義

 診察治療を主な職務とする臨床医には、外因(傷害)の原因が自為(自殺)なのか他為(他殺)なのか、もしくは事故なのかは知るよしもない。
 そのため医師法21条の届出義務は、医師に明らかな病死以外の全ての死体を異状死体として検案した地を所轄する警察署に24時間以内に届け出させることにより、犯罪死体だけでなく、その可能性がある死体をも広く捜査対象にすることができ、場合によっては、緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図ることができるようにしている。
 同様に、死体解剖保存法11条には、死体を解剖した者は、その死体について犯罪と関係がある異状があると認めたときは、24時間以内に解剖した地の警察署長に届出なければならないと規定している(罰則なし)。
 なお、医師法33条の2において、医師法21条の違反は、50万円以下の罰金に処する旨の罰則が規定されている。罰則の適用は、異状があることを認識すること(故意犯)が要件であるから、不注意によって死体などに異状があることを認識しなかった場合には届出を欠いても罰則の適用はない。
 関連して刑法192条では、検視を経ないで変死者を葬った者は、10万円以下の罰金又は科料に処すると規定されている。

(2)入院中の患者が死亡した場合にも異状死体届出は必要か否かについて

 臨床医が入院中の患者を異状死体として届け出る場面としては、「外傷や中毒で入院中の患者が死亡した症例」をはじめ「一見病死と思われるが外因の影響が否定できない症例」、「入院後比較的短時間で死亡したため死因が確定できない症例」等がある。
 現状では、これらの症例が異状死体として届けでられる場合が多く、警察による検視の結果、犯罪性がなければ(自己過失事故や自殺など)、死を看取った主治医に死亡診断書の作成が委ねられ(監察医制度非施行地域)、犯罪性があれば専門医によって検案・解剖されるのが一般的である。

(3)医師法21条の届出義務を負うとすることは、憲法38条1項違反するかについて

 死体を検案して異状を認めた医師は、自己がその死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われるおそれがある場合にも届出義務を負うとされる。
 この点は、平成16年判決で、憲法38条1項の規定する自己負罪拒否特権を侵害しない旨、以下①〜④の理由とともに判示されている。
 ①警察官が犯罪の捜査の端緒を容易に得ることができること、②届出により警察官が緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛をはかることを可能にすること、③医業の公共的性格、医師の社会的責務をあげ、前記不利益は医師免許に付随する合理的負担として合理的根拠があること、さらに④この義務は検案した医師が死因等に異状があるときに届け出るのであって、届出人と死体とのかかわり合い等といった犯罪を構成する事実の供述までも強制するものではない、との理由が述べられている。

(4)都立広尾病院事件(1999年(平成11年)2月11日発生)

 点滴チューブに誤って消毒液であるヒビテンを注入し、患者が死亡した。
 看護師は、誤注射を医師に告知し、病理医は、過誤による肺塞栓と判断した。担当医は、病理解剖後、遺族に過誤を伝えず、隠蔽した。担当医と病院長は医師法21条異状死届出義務違反及び死亡診断書に病死と記載して虚偽有印公文書偽造・同行使罪で起訴され、最高裁では、それら罪状を認める形での弁護人側の上告棄却判決(平成16年4月13日)が出された。


4、考察:異状死に関連して今後の課題

(1) 死因究明について
 死因究明推進法(平成24年法律第33号)が2012年(平成24年)9月から2年の時限法として施行されている。同法では、国は、死因究明等の推進に関する施策を総合的に策定し、実施する責務を有することを規定し、①死因究明専門機関の全国整備、②人材の育成、資質の向上、③科学的な身元調査の充実とデータベースの整備、④死因究明で得た情報の活用と遺族への説明の4つの柱で、整備が行われている。
 同時期に死因・身元調査法(平成24年法律34号)も施行され、死因と身元の調査は警察の責務とされ、法医学者らの専門家の意見を踏まえ遺族の承諾なしに解剖できる仕組みが取り入れられた。
 これら新法制度のもとで、死後CT等導入が進み、死因診断技術が向上し、病死とされて犯罪が見逃されることが少しでも減少することを期待するとともに、小児科領域で言うなら、予防接種による死亡事故や乳幼児突然死症候群(SIDS)等の原因究明に役立つことを期待する。

(2) 医療安全について

ア、国の動き
医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案(2008年(平成20年)6月13日)は、医療事故の原因を究明し、調査結果を安全確保に生かす役割を担う第三者機関設置を目指す法案である。
医療事故の委員会への届出を罰則付きで義務づける代わりに、医師法で定める医療事故については、委員会に届ければ警察への届出は必要ないとする。
2010年段階で、委員会の設置の動きはない。

イ、医学界の動き
 2004年(平成16年)の日本医学会基本領域19学会共同声明「診療行為に関連した患者死亡の届出について~中立的専門機関の創設に向けて~」に厚労省が答える形で、診療関連死モデル事業が2005年(平成17年)から1億円程度の予算規模で日本内科学会への受託事業として立ち上げられた。
その後、2010年(平成22年)2月24日に「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」要望書が厚労省に対して日本医学会から出され、同事業が、日本内科学会だけでなく、日本医学会、日本外科学会、日本病理学会、日本法学会が運営主体に加わり、将来制度化される第三者機関に継承されることが要望として出された。そして、具体的には、同年3月26日に一般社団法人日本医療安全調査機構が、診療行為に関連した死因の調査分析を行うことを目的に、上記5つの医学会(各学会の理事長が理事)を中心に設立された。

ウ、展望
 医療ミスによる医療事故はあってはならないことだが、2006年(平成18年)2月福島県立大野病院事件が象徴的に取りざたされる中、産婦人科医師のなり手が減少した。ひとつひとつの医療事故が、医療安全の向上に役立ったとは言い難く、医師と患者の両方が疲弊するだけの残念な状況が1999年以降続いてきた。
1999年から急激に増加し、2004年をピークとした医療民事訴訟件数が1999年当時の数に落ち着きつつある昨今、単なる犯人・悪者探しではなく、医療現場にフィードバックされるような体制が上述の第三者機関が整備される過程で構築され、専門職である医師の自律性のもと、医師達の開かれた討論と市民にわかりやすい言葉で伝えて行くことで、医師と患者の信頼関係が再構築されることを強く望む。

(3) 大規模災害時の検案体制について

 大規模災害の際は、救命活動と同時に、検案もまた重要である。厚労省は、「死体検案研修プログラム」を開催する等、検案に携わる医師養成に取り組んでいるが、首都直下型大地震含めいつ何時大災害に見舞われるかわからないのであるから、検案についてもDMATのような機動力ある体制整備が早急になされることが望まれる。                    


    以上

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