波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

     白百合を愛した男   第71回

2011-02-25 09:21:17 | Weblog
新しい建設には予期せぬことが起きることは覚悟していたつもりであるが、そう思いつつも準備し計画していた青写真どおりに進むことを願わずにはいられない。何より予算額の問題が一番だ。建設予算10億円が承認されていた。出来ればその額を下回れればと願うし、それをオーバーしても最小限人とどめたいと思う。それは自らの計画の信憑性を証明することになるし、それが評価の対象になることだと考えていた。しかしここへ来て、それらの希望を一気に無くしそうな壁であった。「何とかなりませんか。出来るだけ規則に沿うようにしますから」たどたどしい英語での交渉である。
現地の派遣されている若い役人は法規一点張りで、自分の主張どおりの施工見直し案を作成し、再提出を要請し帰っていった。パイプラインを修正しそれに伴う設備を見直すことは大きな影響が出ることになる。彼はすっかり頭を抱え込み、暫く動くことが出来なかった。「どうすれば良いんだ」誰に相談することも出来ず、また親身になって共にこの問題を助けてくれるものも見当たらなかった。とにかく日本へ報告をして、指示を仰ぐしかない。やっと覚悟を決めてパソコンに向かい、報告を書き始めた。
いつものように朝早く出社していた社長は、午前中の執務を終え、昼休みを迎えていた。
食事が終わると事務所のすぐ脇にある空き地での農耕野菜作りが日課になっている。タオルを頭にかけ麦藁帽を被り長靴を履くと楽しそうに鍬を手にする。今は春を迎えてジャガイモの苗が生長し、その脇には玉ねぎも育っている。その畝の土を丹念に寄せながらその苗の具合を眺めている。長いホースで水をかけたり、消毒をしたりその作業は細かく丹念である。よほどその土壌の下地が良いのかその苗の生長は素晴らしく、色艶も良い。
暫くすると手を休め、満足そうに一服する。ヘビースモーカーの社長にはタバコは欠かせない。「社長。シンガポールからファックスが入りましたよ。」事務所の窓から女性社員の声が聞こえた。「はいよ。」毎日入ってくるニュースが今や一番の関心事であり、彼の頭の半分以上を占めている。岡山の田舎にいても現地の様子が手に取るように分るし、寝ていても、何処にいても頭を離れることは無かった。何といっても一世一代の仕事になる。ボリビヤでは閉山の仕事だったが、今度は新規建設の仕事だ。小さくてもこの仕事は何としても成功させねばならない。何としてもだ。小さい体の底に大きな火の玉がふつふつと燃え滾っている。「しっかり頑張れよ。」またしても何処からか声が聞こえてくる。