気候危機の科学④ “雨を降らせる”のも大変
予報官のところに数値予報の計算結果を持って行っても、ほとんど見もされずに、くずかご行きだった時代が長かった…」
気象庁の天気予報業務では、1959年に大型計算機を導入した後も長い間、数値予報は“黒子”だったと、数値予報モデルの開発リーダーを務めた岩崎俊樹さんは振り返ります。「私が開発業務にたずさわり始めた80年ごろも、まだ計算結果のバイアス(偏り)が大きく、例えば、低気圧のスピードは1・5倍に修正しなければなりませんでした」。
他方、数値予報が可能になれば予報官が必要なくなる―そんな誤解も、黒子の時代を長引かせたといいます。
低解像度の壁
台風の進路予測も、80年代初めには実用化には遠い状況でした。
当時は解像度が低く、計算機で台風を十分に表現できなかったのです。そうしたなか、岩崎さんは80年代後半、台風の進路予測モデルを開発。まずは狭い地域を対象にし、2日予報を実用化しました。その後、予報期間を延長するために、全球モデルを利用するようになりました。開発当初は1週間先の台風予測に1週間もかけて計算していましたが、計算機の高速化により、2000年ごろ実用化されました。
解像度が低かった時代には、計算機内の仮想の地球に“雨を降らせる”ことは簡単ではありませんでした。
「100キロメートルや200キロメートルの格子平均で、どうやって雨を表現するのかという話です」と岩崎さん。格子内のどこかで雨が降っていれば、その雨雲の中の湿度は100%になるはずです。ところが、広い格子内を平均してしまうと、雨が降っていない領域も含まれるので100%にはならないというのです。
「言い換えると平均湿度が100%以下でも、雨が降ることがある」。岩崎さんは、この問題では、真鍋淑郎さんが考案したある計算方法が役に立ったといいます。水蒸気から雨粒ができるときに凝結熱が発生し、その熱が鉛直方向にどのように配分されるのか、雨が降るときの対流の働きを計算しました。
「経験も加味した計算手法でしたが、大気現象の本質を表しシンプルで使いやすい。気象庁の気象予測でも長い間、使われました」
全球モデルによる予報例(気象庁ホームページから)
現在、数値予報に使われているスーパーコンピューター「Cray XC50」
=東京都清瀬市の気象衛星センター(気象庁提供)
過去を再解析
その後、コンピューターの発展で、モデルの解像度はどんどん上がり、格子サイズは5キロメートルや20キロメートルに。かなり現実に近い形で雲を表現できるようになりました。
しかし、正確な予測のためには、まだ多くの課題が残されています。格子サイズをさらに小さくして、線状降水帯などの細かい現象を扱うためには、鉛直方向の空気の動きや水蒸気の輸送を正確に計算しなければなりません。とくに気象予測の精度は大気の3次元構造に関する初期条件の精度に大きく依存します。既存の観測システムでは十分にとらえられず、衛星観測やレーダーなど観測システムの高度化を図る必要があります。過去の予報結果と観測データから初期条件を精密に推定する「データ同化」と呼ばれる高度な技術も必要になりました。
岩崎さんは今後、現在の気象予測システムを使って過去の地球大気を再解析し、温暖化の兆候とその影響をしっかりと確認する必要があると話します。
「温暖化研究は、予測の時代から、検証の時代に入りつつあります」
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2022年3月23日付掲載
岩崎さんは、この問題では、真鍋淑郎さんが考案したある計算方法が役に立ったといいます。水蒸気から雨粒ができるときに凝結熱が発生し、その熱が鉛直方向にどのように配分されるのか、雨が降るときの対流の働きを計算しました。
「経験も加味した計算手法でしたが、大気現象の本質を表しシンプルで使いやすい。気象庁の気象予測でも長い間、使われました」
正確な予測のためには、まだ多くの課題が残されています。格子サイズをさらに小さくして、線状降水帯などの細かい現象を扱うためには、鉛直方向の空気の動きや水蒸気の輸送を正確に計算しなければなりません。とくに気象予測の精度は大気の3次元構造に関する初期条件の精度に大きく依存します。既存の観測システムでは十分にとらえられず、衛星観測やレーダーなど観測システムの高度化を図る必要が。
予報官のところに数値予報の計算結果を持って行っても、ほとんど見もされずに、くずかご行きだった時代が長かった…」
気象庁の天気予報業務では、1959年に大型計算機を導入した後も長い間、数値予報は“黒子”だったと、数値予報モデルの開発リーダーを務めた岩崎俊樹さんは振り返ります。「私が開発業務にたずさわり始めた80年ごろも、まだ計算結果のバイアス(偏り)が大きく、例えば、低気圧のスピードは1・5倍に修正しなければなりませんでした」。
他方、数値予報が可能になれば予報官が必要なくなる―そんな誤解も、黒子の時代を長引かせたといいます。
低解像度の壁
台風の進路予測も、80年代初めには実用化には遠い状況でした。
当時は解像度が低く、計算機で台風を十分に表現できなかったのです。そうしたなか、岩崎さんは80年代後半、台風の進路予測モデルを開発。まずは狭い地域を対象にし、2日予報を実用化しました。その後、予報期間を延長するために、全球モデルを利用するようになりました。開発当初は1週間先の台風予測に1週間もかけて計算していましたが、計算機の高速化により、2000年ごろ実用化されました。
解像度が低かった時代には、計算機内の仮想の地球に“雨を降らせる”ことは簡単ではありませんでした。
「100キロメートルや200キロメートルの格子平均で、どうやって雨を表現するのかという話です」と岩崎さん。格子内のどこかで雨が降っていれば、その雨雲の中の湿度は100%になるはずです。ところが、広い格子内を平均してしまうと、雨が降っていない領域も含まれるので100%にはならないというのです。
「言い換えると平均湿度が100%以下でも、雨が降ることがある」。岩崎さんは、この問題では、真鍋淑郎さんが考案したある計算方法が役に立ったといいます。水蒸気から雨粒ができるときに凝結熱が発生し、その熱が鉛直方向にどのように配分されるのか、雨が降るときの対流の働きを計算しました。
「経験も加味した計算手法でしたが、大気現象の本質を表しシンプルで使いやすい。気象庁の気象予測でも長い間、使われました」
全球モデルによる予報例(気象庁ホームページから)
現在、数値予報に使われているスーパーコンピューター「Cray XC50」
=東京都清瀬市の気象衛星センター(気象庁提供)
過去を再解析
その後、コンピューターの発展で、モデルの解像度はどんどん上がり、格子サイズは5キロメートルや20キロメートルに。かなり現実に近い形で雲を表現できるようになりました。
しかし、正確な予測のためには、まだ多くの課題が残されています。格子サイズをさらに小さくして、線状降水帯などの細かい現象を扱うためには、鉛直方向の空気の動きや水蒸気の輸送を正確に計算しなければなりません。とくに気象予測の精度は大気の3次元構造に関する初期条件の精度に大きく依存します。既存の観測システムでは十分にとらえられず、衛星観測やレーダーなど観測システムの高度化を図る必要があります。過去の予報結果と観測データから初期条件を精密に推定する「データ同化」と呼ばれる高度な技術も必要になりました。
岩崎さんは今後、現在の気象予測システムを使って過去の地球大気を再解析し、温暖化の兆候とその影響をしっかりと確認する必要があると話します。
「温暖化研究は、予測の時代から、検証の時代に入りつつあります」
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2022年3月23日付掲載
岩崎さんは、この問題では、真鍋淑郎さんが考案したある計算方法が役に立ったといいます。水蒸気から雨粒ができるときに凝結熱が発生し、その熱が鉛直方向にどのように配分されるのか、雨が降るときの対流の働きを計算しました。
「経験も加味した計算手法でしたが、大気現象の本質を表しシンプルで使いやすい。気象庁の気象予測でも長い間、使われました」
正確な予測のためには、まだ多くの課題が残されています。格子サイズをさらに小さくして、線状降水帯などの細かい現象を扱うためには、鉛直方向の空気の動きや水蒸気の輸送を正確に計算しなければなりません。とくに気象予測の精度は大気の3次元構造に関する初期条件の精度に大きく依存します。既存の観測システムでは十分にとらえられず、衛星観測やレーダーなど観測システムの高度化を図る必要が。