貿易と新自由主義② 賠償金得る汚染企業
アジア太平洋資料センター共同代表 内田聖子さん
―新自由主義勢力はどんな方法で政府を乗っ取ってきましたか。
政府の乗っ取りという話には二つの意味があります。一つ目は、先進国の大企業が自国の政府を乗っ取り、「自由貿易」を推進させるということです。
協定使い干渉
米国は典型的です。大企業が膨大な資金を使ってロビー活動を行い、政治家や官僚に影響力を及ぼしています。大企業のトップが政府の高官になり、また企業に戻るという「回転ドア」人事があらゆる分野で行われています。欧州でも同様の例があります。日本では大企業が自民党などに政治献金を行い、経団連などの組織を通じて政治家と官僚に影響力を及ぼしています。
二つ目は、世界貿易機関(WTO)や「自由貿易・投資」協定を使って各国政府や自治体の政策に干渉し、変更させることです。
WTOに加盟するA国の政府が公共の利益や自然環境を守るために規制を設けるとします。それは自由に活動したい企業や投資家にとっては不都合な規制になりがちです。
その場合、企業や投資家の利益を代弁するB国は「WTO協定に抵触する」という理由でA国を訴えることができます。「国家対国家の紛争解決制度」と呼ばれ、WTOの下につくられた小委員会と上級委員会の2段階で審理が行われます。
1995年のWTO設立後、公共の利益のために規制を設けた国が次々と他国に提訴され、敗訴しました。米国は最も多くの提訴を行うと同時に、他国に提訴された事件では敗訴を重ねました。ウミガメ保護用の安価な装置を漁網に設置した業者だけにエビ販売を認める米国の絶滅危惧種保護法をWTOがルール違反だと判断し、ウミガメ保護規定の書き直しを米国に命じた例もありました。
この紛争解決制度をさらに悪くしたものが悪名高い「投資家対国家の紛争解決(ISDS)制度」です。環太平洋連携協定(TPP)をはじめ、WTO交渉の停滞後に2国間・多国間で結ばれた多くの協定に入っています。
WTOの紛争解決制度の主体が国家対国家であるのに対し、ISDSは企業や投資家が他国政府を直接訴えることができるものです。しかも審理は非公開です。法外な権利を外国の企業や投資家に与える非民主的な仕組みです。
企業や投資家は相手国の政策変更で実際に損なわれた利益だけでなく、将来予測される利益について訴えることができます。政府が負ければ、国民の税金から賠償金が支払われます。
環境汚染を規制した政府が訴えられ、汚染する企業が賠償金を得るという理不尽な事態が起こっています。
健康被害を引き起こすポリ塩化ビフェニール(PCB)の輸出禁止措置を講じたカナダ政府を米国企業が訴えたケースでは、仲裁機関が賠償請求を一部認めました。北米自由貿易協定(NAFTA)のISDS条項に違反し、国外投資家を差別したという理由です。ISDS訴訟の数は1987年以降の累計で1104件にもなりました。
モデルナ製新型コロナウイルスワクチンの注射器を準備する医療従事者(ロイター)
接種を妨げる
―他方で大企業の利益になる規制は強めるという「自由貿易」の機能はどんな問題を引き起こしていますか。
最も深刻なのが知的財産権の問題です。特に新型コロナウイルス危機の下で途上国のワクチン利用を妨げ、大問題になっているのが医薬品の特許権です。WTOのルールで医薬品の特許期間は20年以上にすることが決まっています。特許期間中はジェネリック(後発)医薬品をつくれず、製薬企業が販売を独占し、巨額の利益を得ます。国民の命を守るために安価な医薬品を必要とする途上国や新興国は20年でも長すぎると主張したのですが、もめた末に20年と決まりました。
ところが、TPPの中には製薬企業をさらに有利にするルールが盛り込まれました。製薬企業からの要請があれば、交渉を経て20年の特許期間を5年間延長できるという条項です。WTOの設立当時には存在しなかった、がん治療薬などのバイオ医薬品に関するルールも入りました。
つまり、WTOで合意したルールに輪をかけて悪いルールが2国間・多国間協定の中に埋め込まれてきたわけです。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2022年2月23日付掲載
WTOの紛争解決制度の主体が国家対国家であるのに対し、投資家対国家の紛争解決(ISDS)制度は企業や投資家が他国政府を直接訴えることができるもの。しかも審理は非公開。
法外な権利を外国の企業や投資家に与える非民主的な仕組み。
特に新型コロナウイルス危機の下で途上国のワクチン利用を妨げ、大問題になっているのが医薬品の特許権。
アジア太平洋資料センター共同代表 内田聖子さん
―新自由主義勢力はどんな方法で政府を乗っ取ってきましたか。
政府の乗っ取りという話には二つの意味があります。一つ目は、先進国の大企業が自国の政府を乗っ取り、「自由貿易」を推進させるということです。
協定使い干渉
米国は典型的です。大企業が膨大な資金を使ってロビー活動を行い、政治家や官僚に影響力を及ぼしています。大企業のトップが政府の高官になり、また企業に戻るという「回転ドア」人事があらゆる分野で行われています。欧州でも同様の例があります。日本では大企業が自民党などに政治献金を行い、経団連などの組織を通じて政治家と官僚に影響力を及ぼしています。
二つ目は、世界貿易機関(WTO)や「自由貿易・投資」協定を使って各国政府や自治体の政策に干渉し、変更させることです。
WTOに加盟するA国の政府が公共の利益や自然環境を守るために規制を設けるとします。それは自由に活動したい企業や投資家にとっては不都合な規制になりがちです。
その場合、企業や投資家の利益を代弁するB国は「WTO協定に抵触する」という理由でA国を訴えることができます。「国家対国家の紛争解決制度」と呼ばれ、WTOの下につくられた小委員会と上級委員会の2段階で審理が行われます。
1995年のWTO設立後、公共の利益のために規制を設けた国が次々と他国に提訴され、敗訴しました。米国は最も多くの提訴を行うと同時に、他国に提訴された事件では敗訴を重ねました。ウミガメ保護用の安価な装置を漁網に設置した業者だけにエビ販売を認める米国の絶滅危惧種保護法をWTOがルール違反だと判断し、ウミガメ保護規定の書き直しを米国に命じた例もありました。
この紛争解決制度をさらに悪くしたものが悪名高い「投資家対国家の紛争解決(ISDS)制度」です。環太平洋連携協定(TPP)をはじめ、WTO交渉の停滞後に2国間・多国間で結ばれた多くの協定に入っています。
WTOの紛争解決制度の主体が国家対国家であるのに対し、ISDSは企業や投資家が他国政府を直接訴えることができるものです。しかも審理は非公開です。法外な権利を外国の企業や投資家に与える非民主的な仕組みです。
企業や投資家は相手国の政策変更で実際に損なわれた利益だけでなく、将来予測される利益について訴えることができます。政府が負ければ、国民の税金から賠償金が支払われます。
環境汚染を規制した政府が訴えられ、汚染する企業が賠償金を得るという理不尽な事態が起こっています。
健康被害を引き起こすポリ塩化ビフェニール(PCB)の輸出禁止措置を講じたカナダ政府を米国企業が訴えたケースでは、仲裁機関が賠償請求を一部認めました。北米自由貿易協定(NAFTA)のISDS条項に違反し、国外投資家を差別したという理由です。ISDS訴訟の数は1987年以降の累計で1104件にもなりました。
モデルナ製新型コロナウイルスワクチンの注射器を準備する医療従事者(ロイター)
接種を妨げる
―他方で大企業の利益になる規制は強めるという「自由貿易」の機能はどんな問題を引き起こしていますか。
最も深刻なのが知的財産権の問題です。特に新型コロナウイルス危機の下で途上国のワクチン利用を妨げ、大問題になっているのが医薬品の特許権です。WTOのルールで医薬品の特許期間は20年以上にすることが決まっています。特許期間中はジェネリック(後発)医薬品をつくれず、製薬企業が販売を独占し、巨額の利益を得ます。国民の命を守るために安価な医薬品を必要とする途上国や新興国は20年でも長すぎると主張したのですが、もめた末に20年と決まりました。
ところが、TPPの中には製薬企業をさらに有利にするルールが盛り込まれました。製薬企業からの要請があれば、交渉を経て20年の特許期間を5年間延長できるという条項です。WTOの設立当時には存在しなかった、がん治療薬などのバイオ医薬品に関するルールも入りました。
つまり、WTOで合意したルールに輪をかけて悪いルールが2国間・多国間協定の中に埋め込まれてきたわけです。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2022年2月23日付掲載
WTOの紛争解決制度の主体が国家対国家であるのに対し、投資家対国家の紛争解決(ISDS)制度は企業や投資家が他国政府を直接訴えることができるもの。しかも審理は非公開。
法外な権利を外国の企業や投資家に与える非民主的な仕組み。
特に新型コロナウイルス危機の下で途上国のワクチン利用を妨げ、大問題になっているのが医薬品の特許権。