貿易と新自由主義① 政府を乗っ取る企図
世界各国の内政に干渉して新自由主義の政策を押し付ける道具とされてきたのが「自由貿易・投資」協定です。NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表の内田聖子さんに聞きました。
(杉本恒如)
アジア太平洋資料センター共同代表 内田聖子さん
うちだ・しょうこ 慶応義塾大学文学部卒業。出版社勤務などを経て2001年からPARC事務局スタッフ。著書に『自由貿易は私たちを幸せにするのか?』(共著)など。
―PARCはどのような経過で貿易問題に取り組んだのですか。
新自由主義的な「貿易自由化」の問題が顕在化したのは1980年代以降です。95年に「自由貿易」を進めるシステムとして世界貿易機関(WTO)が設立されてから、世界の労働者や農民、市民社会は総力をあげてWTOの問題点を告発しました。アジアに進出した日本企業の環境破壊や人権侵害を調査してきたPARCもその運動に加わりました。
2000年代後半に入ると、多数の国々の利害がぶつかるWTOの中では何も決められないことが世界の共通認識になり、米国は2国間貿易協定を推進する姿勢に転じます。中南米の多くの国と2国間協定を結び、その延長に環太平洋連携協定(TPP)のような多国間のメガ経済連携協定が出てきました。PARCは世界のNGO轍と一緒にこれらの協定を批判してきました。
東京湾の貨物船とコンテナ(ロイター)
裏の顔を持つ
―その経験から、新自由主義とはどんなものだと考えますか。
世界の市民社会は「自由貿易」と新自由主義を1990年代から批判し、貧困と格差を広げると訴えてきました。当時の日本でそんなことをいう人は少数でした。いま、岸田文雄首相を含め、さまざまな立場の人たちが一斉に「新自由主義はだめだ」といっています。新自由主義という単語が市民権を得たことは評価できます。
しかし「新自由主義とは何か、どう変えるべきか」という認識はばらばらです。その点を深く議論することが重要です。
新自由主義は「市場原理主義」「小さな政府論」を基本としますが、その建前と矛盾する裏の顔を持ちます。
新自由主義を推進しているのは国境を越えて利益を追求する大企業と投資家です。そうした勢力が、社会保障費を抑えて自らの税負担を軽くするために「小さな政府」を志向するのは事実です。しかし裏側では、外交や貿易交渉を通じて自らの意向を各国の政策に反映させるために、強大な自国政府の関与を求めるのです。
また新自由主義勢力が、利益追求の邪魔になる規制を緩和して市場任せにするという意味で「市場原理」を唱えるのも事実です。しかし裏側では、自らの独占的な利益を確保するために、各国政府が市場経済に介入して強力なルールをつくり、競争を排除することを求めています。WTO以降の「自由貿易・投資」協定に、医薬品特許を含む知的財産権保護の条項が組み込まれたのが象徴的です。
本当の対立軸
―大企業に不都合な環境保護などの規制は「貿易障壁」と呼ばれ、大企業に好都合な特許権保護などの規制は「質の高いルール」と呼ばれてきました。
ダブルスタンダードなのです。米国の経済学者スティグリッツ氏はTPPの実態について「自由貿易ではなく、特定の集団のために『管理』された貿易であり、人びとには何も利益はない」と指摘しました。その通りです。
結局、新自由主義勢力が首尾一貫して追求してきた課題は何かといえば、自らの利益を増大させるために政府を乗っ取り、自由自在にコントロールすることです。過去30~40年間の貿易協定の秘密交渉は、まさにそうやって大企業と投資家が政府を乗っ取っていくプロセスでした。
ですから「自由貿易」を批判する人々は「民主主義の根幹が脅かされている」と訴えてきました。対立軸は、政府が市場経済に介入するかどうかではなく、何を守る目的で市場経済に介入するかです。「環境か、利潤か」「民主主義か、大企業の特権か」「人々の基本的人権か、大企業や投資家の自由か」。後者を優先するのが「自由貿易」であり、新自由主義です。
(つづく)(4回連載です)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2022年2月22日付掲載
新自由主義は「市場原理主義」「小さな政府論」を基本としますが、その建前と矛盾する裏の顔を。
新自由主義を推進しているのは国境を越えて利益を追求する大企業と投資家。「小さな政府」を志向するのは事実。
しかし裏側では、外交や貿易交渉を通じて自らの意向を各国の政策に反映させるために、強大な自国政府の関与を求める。
大企業に不都合な環境保護などの規制は「貿易障壁」と呼ばれ、大企業に好都合な特許権保護などの規制は「質の高いルール」と呼ばれてきました。
ダブルスタンダードなのです。
世界各国の内政に干渉して新自由主義の政策を押し付ける道具とされてきたのが「自由貿易・投資」協定です。NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表の内田聖子さんに聞きました。
(杉本恒如)
アジア太平洋資料センター共同代表 内田聖子さん
うちだ・しょうこ 慶応義塾大学文学部卒業。出版社勤務などを経て2001年からPARC事務局スタッフ。著書に『自由貿易は私たちを幸せにするのか?』(共著)など。
―PARCはどのような経過で貿易問題に取り組んだのですか。
新自由主義的な「貿易自由化」の問題が顕在化したのは1980年代以降です。95年に「自由貿易」を進めるシステムとして世界貿易機関(WTO)が設立されてから、世界の労働者や農民、市民社会は総力をあげてWTOの問題点を告発しました。アジアに進出した日本企業の環境破壊や人権侵害を調査してきたPARCもその運動に加わりました。
2000年代後半に入ると、多数の国々の利害がぶつかるWTOの中では何も決められないことが世界の共通認識になり、米国は2国間貿易協定を推進する姿勢に転じます。中南米の多くの国と2国間協定を結び、その延長に環太平洋連携協定(TPP)のような多国間のメガ経済連携協定が出てきました。PARCは世界のNGO轍と一緒にこれらの協定を批判してきました。
東京湾の貨物船とコンテナ(ロイター)
裏の顔を持つ
―その経験から、新自由主義とはどんなものだと考えますか。
世界の市民社会は「自由貿易」と新自由主義を1990年代から批判し、貧困と格差を広げると訴えてきました。当時の日本でそんなことをいう人は少数でした。いま、岸田文雄首相を含め、さまざまな立場の人たちが一斉に「新自由主義はだめだ」といっています。新自由主義という単語が市民権を得たことは評価できます。
しかし「新自由主義とは何か、どう変えるべきか」という認識はばらばらです。その点を深く議論することが重要です。
新自由主義は「市場原理主義」「小さな政府論」を基本としますが、その建前と矛盾する裏の顔を持ちます。
新自由主義を推進しているのは国境を越えて利益を追求する大企業と投資家です。そうした勢力が、社会保障費を抑えて自らの税負担を軽くするために「小さな政府」を志向するのは事実です。しかし裏側では、外交や貿易交渉を通じて自らの意向を各国の政策に反映させるために、強大な自国政府の関与を求めるのです。
また新自由主義勢力が、利益追求の邪魔になる規制を緩和して市場任せにするという意味で「市場原理」を唱えるのも事実です。しかし裏側では、自らの独占的な利益を確保するために、各国政府が市場経済に介入して強力なルールをつくり、競争を排除することを求めています。WTO以降の「自由貿易・投資」協定に、医薬品特許を含む知的財産権保護の条項が組み込まれたのが象徴的です。
本当の対立軸
―大企業に不都合な環境保護などの規制は「貿易障壁」と呼ばれ、大企業に好都合な特許権保護などの規制は「質の高いルール」と呼ばれてきました。
ダブルスタンダードなのです。米国の経済学者スティグリッツ氏はTPPの実態について「自由貿易ではなく、特定の集団のために『管理』された貿易であり、人びとには何も利益はない」と指摘しました。その通りです。
結局、新自由主義勢力が首尾一貫して追求してきた課題は何かといえば、自らの利益を増大させるために政府を乗っ取り、自由自在にコントロールすることです。過去30~40年間の貿易協定の秘密交渉は、まさにそうやって大企業と投資家が政府を乗っ取っていくプロセスでした。
ですから「自由貿易」を批判する人々は「民主主義の根幹が脅かされている」と訴えてきました。対立軸は、政府が市場経済に介入するかどうかではなく、何を守る目的で市場経済に介入するかです。「環境か、利潤か」「民主主義か、大企業の特権か」「人々の基本的人権か、大企業や投資家の自由か」。後者を優先するのが「自由貿易」であり、新自由主義です。
(つづく)(4回連載です)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2022年2月22日付掲載
新自由主義は「市場原理主義」「小さな政府論」を基本としますが、その建前と矛盾する裏の顔を。
新自由主義を推進しているのは国境を越えて利益を追求する大企業と投資家。「小さな政府」を志向するのは事実。
しかし裏側では、外交や貿易交渉を通じて自らの意向を各国の政策に反映させるために、強大な自国政府の関与を求める。
大企業に不都合な環境保護などの規制は「貿易障壁」と呼ばれ、大企業に好都合な特許権保護などの規制は「質の高いルール」と呼ばれてきました。
ダブルスタンダードなのです。