経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

財源なしで大規模な乳幼児給付を行う方法

2017年10月22日 | 基本内容
 欧米で最大の社会問題は、若年失業と就業促進だ。それゆえ、負の所得税やベーシックインカムが提案される。しかし、日本には、雇用の量の問題はない。あるのは非正規労働者への差別的待遇だ。したがって、第一に考えるべきは、いかに社会保険の適用拡大を図り、公平な給付を実現するかになる。例えば、パートは、事実上、育児休業給付を受けることも、乳幼児を保育所に預けることもできない。こうした苦境を、どう変えるのか。この国に財源はある。ないのは現実に根差した理想である。

………
 問題を解決するために、公的年金を財源として、0歳の始めの6か月間は月14万円、その後、2歳になるまで10万円を給付してはどうか。総額では1人264万円になる。老後に受け取る年金の約1割を、前倒しで受給する形を採れば、新たな負担はまったく必要ない。むろん、受給したくない人は、選ばなければ、従来どおりである。この額は、正社員が雇用保険から受け取れる育児休業給付とほぼ同じだ。それを普遍化することになる。

 年間の出生数が約100万人なのに対し、育児休業給付の初回受給者は約30万人にとどまる。つまり、7割の母親には給付がない。その多くがパートなどの非正規労働者である。年金からの乳幼児給付を実現すると、育児休業給付の抜本改革も可能になる。対象者を3倍、額を1/3にすれば、乳幼児給付と合わせて、18.5万円と13.3万円となる。これだけのことが財源なしでやれる。

 十分な所得保障があれば、安心して育児に当たれるだろう。加えて、待機児童問題も一掃される。なぜなら、「保障があるなら、自分で育てたい」という人が増え、保育需要が減るからだ。また、仕事を続けたい人も、支払いの能力を得て、預け先を確保できるようになる。むろん、自治体や企業も、多く得られる保育料で、保育士の確保に全力を挙げる。加えて、2歳児の幼稚園での受入れが実現することで、劇的な効果があるだろう。

 実は、1歳児の預け先を確保するため、望まないのに、先取りで0歳児から預けようとする困った事態も生じている。0歳児保育には、都会だと月50万円近いコストがかかり、簡単には増やせない。湧いてくる需要を冷まさないと、とても待機児童を解消できない。それには、育児の社会的価値を認め、それに見合った所得保障をして、自分で育むことも、預けて働くことも、選べるようにしなければならない。

 そもそも、月収20万円で3年働けば、年金保険料の累計は、男女2人で264万円と、1人目の乳幼児給付の総額に達する。要すれば、乳幼児給付は、貯めていた年金の受給権を払い戻すだけのものだ。自分が貯めていたお金なのに、子供を持つかどうかという、人生の肝心な時に使う自由を認めないのは理不尽だろう。しかも、これで出生率が向上すれば、年金財政も大いに助かるのである。

………
 ここで、多くの人が読み飛ばしそうな数字の話をする。まず、年金から抜いて大丈夫かだ。厚生年金における月収の平均は29万円*なので、保険料率18.3%で40年間加入して得られる受給権の総額は、29×18.3×12×40=2,547万円である。これを65歳から平均寿命の84歳まで19年間受給すると、年金額は月11.2万円になる。乳幼児給付を受けると1割減るので10.0万円になる。夫婦では2倍だから、まあまあのレベルだろう。

 より低所得の月収20万円、夫婦の年収480万円(20×12×2)の場合だと、受給権総額が1,757万円、年金月額7.7万円であり、乳幼児給付264万円を抜くと、年金は6.5万円になる。これがギリギリのラインになる。そのため、更に低所得の場合は、最低限の年金を維持するために補助を出すか、乳幼児給付を1人目に限るかといった工夫が必要だろう。これもあり、本当は、乳幼児給付は、個人の自己責任とせず、全体で受けとめるのが望ましい。

 すなわち、全員の年金額を6%程下げることで賄う方法もある。コンセンサスを得るのに時間がいるかもしれないが、こちらがベストだ。「年金給付は次世代の育成なしに実現しない」という観点から、子供のない人も分担すべきだし、給付の実現で出生率が6%より上がれば、誰の年金も減らさずに済み、全体の年金を増やせる可能性さえある。少なくとも、出生率が向上したら、まずは「投資」した人の年金の補填を優先すべきだ。

 さて、多少、詳しい人は、「全員もらえる基礎年金の国庫負担分3.3万円は、どこへ行った」という疑問があるかもしれない。実は、国庫負担も、年金積立金も、子供のない人の年金給付の穴埋めに費やされる。超長期的な年金給付の財源は、概ね、保険料が2/3、国庫1/6、積立金1/6である。近年の出生率だと、親を支える子の比率は、2/3にしかならないので、子供のない1/3の人の年金は国庫と積立金で支えないといけない。

 裏返せば、出生率を向上させると、国庫分をみんなで分け合って使えるようになる。足下で合計特殊出生率が1.44まで回復しており、1人0.9万円程になる。もし、1.67まで上げられれば、全部使えて3.3万円となる。つまり、子供のない人が全体の2割弱に収まれば、年金積立金だけで支えられるわけだ。国庫負担だって、みんなの税金だから、ここまで漕ぎ着けて、税も含めた意味での「払った分が還ってくる年金」となる。

 国庫負担は、本来、再分配に使うべきものだ。子供のない人の年金の維持に全部使うのではなく、低所得層の年金を底上げしたり、育児によって負担と貢献をする人の助けとしたりすべきである。そうした再分配をすることで、出生率は向上し、全員が救われ、社会も存続できるようになる。せめて、足元で取り戻した「0.9万円分」を使うつもりで、低所得層の乳幼児給付の補助を行い、最低限の年金を維持してはどうかと思う。

* 月収29万円は、厚生年金の標準報酬の年額の平均から導いた。年額だから、イメージ的には、月収25万円、ボーナス2か月だ。その際、女性については、男性より加入者が少ない分を収入ゼロと見なして算出し、男性42万円、女性16万円の平均を取った。

………
 全世代型の社会保障と言うと、高齢者の年金を削り、少子化対策に回すというイメージが強いが、そんな物議を醸すようなことは、まったく必要ない。今の若者が、自分の将来の年金を、目の前の子育てに使うのを許すか否かなのだ。世代間の利害調整の問題ではなく、自分たちの世代がどんな生き方をしたいかである。焦点は選択の自由にあるのに、勘違いをしたまま、打開する道を捨てないでほしい。

 あわせて、若い人には、非正規で厚生年金に入れない同世代の仲間をどうしたいかを考えてほしい。低所得層の保険料を軽減すれば、ほぼ全員が入れるようになる。代わりに、再分配によって、全体の年金水準は数%下がるかもしれないが、このまま貧困な仲間を放置すると、いずれ、税で面倒を見ざるを得なくなる。結局、負担は同じだ。そうであれば、今から容易に入れるようにし、時間の制約なく働けるようにして、能力を活かすべきだ。そうして仲間を助ける方が確実に「得」になる。おまけに、所得や出生率の向上で、年金水準が復元し、上回る希望さえある。

 繰り返そう。この国に希望がないのは、財源がないからではない。理想が欠けているためだ。その理想とは、仲間を切り捨てず、弱いながらも精一杯がんばってもらい、全体として豊かになろうとする道である。雇用が回復した今なら、十分に選び得るはずだ。難しい社会保障の政策論は、分からないかもしれないが、この世の中の仕組みは、目指すべき生き方で決まってくる。その理想の生き方は、単純かつ明快、誰にでも分かるものなのである。

参照:小林未希「待機児童が減らない本当の理由」(wedge infinity 2017/4/10~5/19)


(今日の日経)
 衆院選、きょう投開票。日本の海外資産 初の1000兆円に、5年で5割増。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 10/21の日経 | トップ | 10/24の日経 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

基本内容」カテゴリの最新記事