経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

財政赤字を、さもなくば金融膨張に

2017年01月08日 | 経済
 イギリス人というのは、妙なクリエイティビティを持っているように思う。現実を合理的に突き詰めると、常識を超える方策が現れる。『債務、さもなくば悪魔』のアデア・ターナーは、業界出身の元金融サービス機構長官だ。官民の巨額に膨らんだ債務は、金融自由化の産物であり、中央銀行が受け容れざるを得ないものだと主張する。それが無利子・無期限の国債なら、ヘリコプター・マネーと呼ばれ、超低利・超長期の国債なら、金融政策の範囲内とされるだろう。

………
 本コラムが使う格言に「金持ちにするのは簡単だが、豊かにするのは困難だ」がある。もし、日銀が全国民の口座に1000万円を振り込むならば、すぐにも、日本を金持ちの国にできる。しかし、国民が預金通帳の数字を眺めて楽しむのみならず、引き出して使おうとすると、財・サービスの供給能力に変わりはないのだから、需給の逼迫でインフレが発生し、お金の価値が消えるだけで終わる。ゆえに、豊かにするのは難しい。

 ターナーが指摘する最重要の事実は、1980年代以降、GDPに比して、民間債務が大きく膨らんだことである。債務は誰かの債権でもあり、債権は現金に替え得るものとして保有されるから、マネー=「お金」が膨らんだと見ても良い。つまり、世界は金持ちになった。しかし、大して豊かになったわけでなく、先進国では格差が広がった。いや、得ただけ使わない金持ちに配分が偏っていたからこそ、マネーは膨張できたと言える。

 金持ちが増えただけで済めば、まだ良いが、財・サービスの実体経済の上に載る、マネーの金融経済が膨み、経済は、トップヘビーとなり、不安定化した。バブルとクラッシュが頻発しだし、実体経済をも揺るがす事態となった。また、マネーを膨らますには、低金利と低物価が不可欠で、金融緩和と緊縮財政が切望され、税制も「資産に軽く、実体に重く」が正しいとされる。バブルのおこぼれが経済を潤すうちは紛れていても、不公平な本質が露わになる時は、必ず巡ってくる。

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 もはや、膨張せる債務は、現実であり、課題は、管理と融解に移っている。バブル崩壊を経て、債務は、中央銀行が流動性供給で引き受けることになり、民間のマネーがもたらすはずの需要は、代わって政府が、財政赤字を増やして提供せざるを得なくなっている。こうして見れば、日本が、財政赤字しか視野になく、消費増税という実体課税の一本槍で解決しようとする愚かしさが分かろう。

 一方、必要に迫られ、渋々ながら、取るべき施策もなされている。量的緩和という名の日銀による国債の引き受けである。既に新規の国債発行額を上回り、国債利率はゼロに近づき、保有国債の平均償還期間も長くなっている。もし、これが無利子・無期限となれば、ターナーの言うヘリコプター・マネーとなろう。これを程度の違いとするなら、日本は世界の先端を行っている。

 買い入れられた国債は、日銀の当座預金の多額の残高に姿を替えている。金融自由化で可能になった資産間取引の重畳によって膨らんだマネーの最終形態だ。マネーは、本来、財・サービスの使用権でもあるが、GDPの停滞で分かるように、供給の裏づけはない。在るけれど、使えない代物になっている。そうなった以上、これが暴れないよう管理し、長期的に融解させるしかない。そうした「封じ込め」を覚悟すべきである。

 具体的には、景気回復で資金需要が増し、当座預金が大きく流失するおそれが生じたら、日銀は、準備の引き上げと一部への付利で、ブレーキをかけなければならない。ターナーの100%準備銀行には至らずとも、従来にない高率となろう。また、金融監督で、資産投資に係る融資に目を光らせる必要もあるし、政府は、利子・配当への税率を25%に上げて態勢を整え、金利上昇時の更なる重課の構想も示すべきだ。

 逆に、需要が足りず、物価が低迷するようなら、財政赤字を躊躇すべきではない。その際、放漫財政の防止には、ターナーの中央銀行の独立性だけでは足りないため、工夫が必要だ。例えば、公的年金を使い、若者の保険料を軽減したり、子育てや奨学金の支援をする方法がある。度が過ぎると、将来の年金が目減りするため、野放図にはならないし、需要追加で成長を押し上げられるなら、将来の供給力が増すことで還元される合理性もある。

………
 ターナーを読むにつけ、日本が課題と対応の先進国だったという思いがする。バブル崩壊後、財政赤字で補ううちは良かったが、我慢が足りずに緊縮財政に走り、1997年以降はデフレに突っ込んだ。その後、円安による輸出で活路を見出すも、内需に波及させられず、リーマンショックで破綻した。アベノミクス以降、ようやく、デフレが緩み、8%消費増税の傷が癒えて、なんとか、実質の雇用者報酬が過去を上回るところまで来た。

 金融経済のホンネは、金融緩和と緊縮財政のレジームによるマネーの膨張である。それが実体経済を毀損するまでになった。自由な金融が福音をもたらすという幻想が潰えた今、やはり、「人は死せるがゆえに不合理」であり、短期的利益に惑わされ、長期的利益を失わないよう、制度は設計・運用されなければならない。ある意味、当たり前の見地に立ち戻ることになる。レジームを変える手始めに、財政観の転換が要ることは論をまたない。

(図)



(今日までの日経)
 中国、資金流出35兆円超。雇用 4年で250万人増。米利上げ 加速視野に 12月賃金、7年半ぶり伸び率。物価上昇、賃金下押し 実質、11月0.2%減。短期バイト時給上昇。16年度税収、伸び悩み 4~11月3.6%減。公立大の授業料無料に NY州が全米初。高所得者、負担一段と。

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2 コメント

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Unknown (レシートリザード)
2017-01-08 18:33:20
今年は日本が大幅減税などの財政拡大に出るという予想がいくつかのニュースで報道されていましたがどうなるでしょうかね
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損益と資本 (ellen)
2017-01-09 16:00:23
会計の概念に損益と資本というものがあります
>金融緩和と緊縮財政が切望され、税制も「資産に軽く、実体に重く」が正しいとされる
思うに、日本(あるいは世界)の税制は金融がそれほど発達しておらず、
実体経済のウェイトがいまより重い時代からあまり進歩していないのではないかと
情報化が進みより早く遠く伝わるようになった結果信用も発展し
資本取引がより広い領域ですぐに行えるようになった
しかし税制はそれに対応しきれていない(とはいえ移動が難しい
労働力や地域の商取引に対し、資本は自由に移動ができますので
課税の形が難しいのかもしれない)
資本の移動を阻害するのはあまり好ましくないと思いますので
コラム主さまの提唱する利子配当課税(移動は自由で、アガリに課税)
は一つの形と思います
あとは商取引(労働力の提供も広義の商取引です)の課税も、
取引自体ではなくアガリに課税するのがいいのではないかと
個人的には考えますが…

家計的な出納の概念と会計的な資本・損益の捉え方はかなり異なります
財政当局に法学出身が多すぎるのはやはり問題でしょうね
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