経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

物理的実態としての確率分布

2014年09月21日 | シリーズ経済思想
 指数分布やべき分布が観測される社会的実例が載っているだけで、筆者にとっては十分に魅力的だったが、矢野和男著の『データの見えざる手』は、なかなか興味深く、未来も感じさせる内容で、楽しく読ませてもらった。日本の愚劣な経済運営を論じていて、嫌気が差して来たところだったので、知的関心を呼び覚ます、一服の清涼剤であった。

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 ケインズ経済学の本質は、投資リスクへの理解にあり、そのリスクは指数分布やべき分布をしているので、持ち時間が有限である人間は、期待値に従った「合理的」な行動を取ることができない。これが投資不足で生じる不況の原因であって、その解決には、不合理なリスク回避を癒すよう、需要を政策で安定させれば良い。以上が「どうすれば解釈」である。

 こうした観点からすれば、本コラムが、一気の消費増税を難じ、流行の法人減税を冷やかすのは、当然であろう。もっとも、増税による実質賃金の低下で、消費不振に陥ることは、遅くとも連合のベア要求が1%しかないと分かった時点で確定的であったのだから、「解釈」以前の、引き算さえ分かれば予想のつく話であり、なぜ「合理的」に判断ができなかったのかが本当の問題であろう。

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 さて、本書の精華は、名札のようなウエラブルセンサを開発して、ヒトの身体運動や対人交流を計測し、得られたビックデータを解析した結果、人間行動や社会行動の累積確率に、熱力学で見られるような指数分布(U分布)が多く現れるというところだ。矢野先生は、「やりとり」が繰り返されると、ポアソン分布だったものがU分布に変わるとし、これを「やりとりの平等なチャンスが不平等な結果をもたらす」と表現している。

 普通の読者にとって有益なのは、「身体活動の活発度は、動きの総数の制約の下、U分布に従うので、高活動域から低活動域までのすべての帯域の活動を、バランスよく使い切ることが大切であり、これが時間の有効な使い方になる」といったあたりだろう。あとがきに書かれているように、センサを使った時間管理手法も開発されていて、実用性もあるようだ。

 他方、筆者はオタクなので、巻末注釈の「U分布の特徴は、イベント頻度が指数分布に従い、イベント間隔の発生頻度がべき分布に従う」、「ボルツマン分布に従う物理的実態において、さまざまな物理量の関数形に指数関数以外の分布が現れるように、U分布は物理的な実態を指す」といった部分に引きつけられてしまった。

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 続く第2章では、ハピネスの40%は積極的行動にあり、社員のハピネスを高めると会社は儲かるのだが、それをウエアブルセンサの身体活動の計測で把握できるという。これを使い、「休憩中の会話を活発にする」という意外な方策を発見し、コールセンターの効率を高めることにも成功している。また、ハピネスは伝染するものでもあるらしい。経験的に言われるマネジメントの要諦を客観指標で証明したことには大きな意義があろう。

 第3章では、人と面会する確率は、ポアソン分布にならず、時間に反比例して減少するとする(1/Tの法則)。電子メールを返信するまでの時間、安静から活動への遷移、行動の持続時間も同様であり、これらはU分布から導出できる結果で、ポアソン分布との方程式上の違いは時間間隔が一定か1/Tかになる。裏返せば、続けるほど止み難くなるという性質を示しており、とても興味深い。

 第4章も面白い。「運」とは人との出会いであり、仕事が上手くいくのは、人間関係の到達度が高い場合になるが、これもウエラブルセンサで計測し、ソーシャル・グラフを描くことができるのだ。このデータを基にした「リーダーの指導力と現場の自律は矛盾しない」とする議論には、なかなか説得力がある。数値化で具体的対応策が示せるのも魅力だ。

 第5章のコンピューターに仮説を作らせるという話は、技術もここまで来たかという感慨を覚えた。仮説と検証の職人芸の世界も、ようやく変わるようである。

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 自由主義経済は、自律的組織で構成され、モノやサービスとカネが相互にやり取りされるシステムである。そこにU分布の物理的実態が存在するであろうことは想像に難くない。法人税率や金利政策で中央集権的にコントロールされるより、需要と価格のやり取りに強く支配されているのではないか。そういう想いを強くした。

 今回の消費増税は、デフレという経済の活動度が停滞している中で敢行されたが、それは財政破綻の懸念を軽くするという理屈上の具現化のない意味しかない。現実には、成長率を折り曲げ、実態的な経済の活動度を一層低下させて、人々のハビネスを損ない、生産性まで落としてしまうだろう。国民のハピネスを心に置いた経済運営が求められよう。

(今日の日経)
 バス・電車を地方にリース。G20・財政出動で米独に溝。法人減税2%分財源に・経産省。国債売り手主役は郵貯と年金。どうなる再増税・低価格も打開策にならず・セブン会長。アジア通貨危機・IMF介入が混乱に拍車。トポロジカル物質。読書・欧州リスク、高卒当然社会、ローズヴェルト。トリーズの発明原理40。

※増税下であろうと、開発費を投じて新商品を導入し、需要を集めてしまうという戦略は、セブンのような強者にのみにできることだよ。

※9/19公表の「消費税率引上げ後の消費動向等について」によれば、家電、飲食料品ともに9月平均は8月を下回る状態だった。おかしいなあ、9月に入って全国的に天気が良いのにね。スコットランド独立とか、FOMC後の円安とかが消費マインドを冷やしたのかな。増税以外のすべてが原因になるようだから。

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