Fika2022.10.07 Fri Sponsored by WOWOW
各種さまざまな映像配信サービスによって、海外ドラマに触れることが多くなった昨今。なかでも注目を集めるのは英米作品ばかりだが、膨大なライブラリのなかで、それ以外の作品を見過ごしてしまうのはもったいない。
そこでこの連載では、「海外ドラマ=英米ドラマ」という固定観念を解きほぐすための「北欧ドラマ考」として、世界中で愛される北欧作品から、現地で愛される人気作までを幅広く紹介していく。今回は、北欧ホラーサスペンス『ブラックレイク』について、ISOが綴る。
『ミッドサマー』を契機に注目が集まる「北欧ホラー」。『ハッチング ー孵化ー』や『ラム/LAMB』も
モダンで洗練された街や建築に、雄大で美しい自然、高水準の社会福祉、暮らす人々の幸福度の高さーー「北欧」と聞くと多くの人が抱くのはおそらくこのような印象だろう。しかしそこにホラーという単語が合わさり「北欧ホラー」となるとどうか。一気に寒々しく厭世的、陰鬱とした恐ろしいイメージに早変わりするのではなかろうか。
もともとコアな映画ファンからは熱い支持を受けていた北欧発のホラー作品であるが、夏至祭で大学生たちが味わう恐怖を描いたアリ・アスター監督作『ミッドサマー』(アメリカ・スウェーデン / 2019年)のスマッシュヒットを契機に、ここ最近は一般層にもその存在を広く知られつつある。
『ミッドサマー』ティザー映像
直近では『ハッチング ー孵化ー』(フィンランド / 2022年)や、公開前の『ラム/LAMB』(スウェーデン / 2022年)もその不穏なストーリーと映像から大きな話題となったことが記憶に新しい。そしてViaplayセレクションで10月より日本で初放送・配信されるドラマ『ブラックレイク』(スウェーデン・デンマーク・ノルウェー / 2016年)もまたそんな作品群に続く恐ろしい北欧ホラーの一つだ。北欧3か国がタッグを組み製作したこの『ブラックレイク』は、北欧より現在世界へ拡大中の配信サービスViaplayオリジナルの作品で、その映像美と練られたストーリー展開が好評を博し2018年には前日譚となるシーズン2も製作されており、WOWOWで12月に放送・配信される。
『ブラックレイク』トレイラー
資産家の息子である青年ヨハンは、恋人ハネや弟リッピ、友人らを連れて、雪に覆われた山奥のスキーリゾートホテル「ブラックレイク」を訪れる。そこは20年前の開業直前に「ある悲惨な事件」が起き、そのままオープンを待たずして閉鎖された「曰くつき」の場所。野心家ヨハンの目的は、そのホテルを購入するか検討するための視察だった。
攻撃的な近隣住民とのトラブルに見舞われながらも、雪山を楽しむ一行。一方でヨハンの恋人ハネは、閉ざされた地下室から異音がすることに気づく。音の正体を管理人に問いただすも、口籠るばかりでその理由はわからない。やがて次々と巻き起こりはじめる怪現象。子どもが書いたような不気味な絵や、ホテルの至るところで目にするサーミ語の謎の言葉、仲間たちを襲う原因不明の目の充血。次第に彼らは一人また一人と、まるで呪いにかけられたような行動を取りはじめる。そしてついに最初の犠牲者が……。そのホテルに隠された過去とは一体。果たして彼らは真相を暴き、生きて帰ることが出来るのだろうかーー。
オカルト、人間の本性、荘厳な大自然――若者たちを襲う、3つの恐怖
物語はスキーリゾートホテルの20年前の映像から幕を開ける。ホテルの地下へと降りていく手錠をかけられた男と警官たち。何かに怯えたような様子の男だが、歩みを進めると突然「彼らはどこだ!」と錯乱し暴れだす。何かただならぬ過去があるのだろうと一目でわかる不穏なオープニングだ。
そして舞台は20年後の現代、集まった8人の若者がその不吉なホテルを訪れる……この部分だけをなぞるとさながらアメリカのエネルギッシュでカラッとしたスラッシャー映画のような滑り出しではあるが、北欧がそれをつくると真逆の寒々しい陰鬱な雰囲気が作品全体に張り詰める。
北欧ホラーによく見られる特徴として、恐怖のなかにどこか神々しさや荘厳さが感じられるという点がある。『ミッドサマー』でのホルガ村の暮らしは、おぞましいながらも不思議な神聖さを併せ持つし、巨大な卵から「何か」が孵化する『ハッチング ー孵化ー』も純白で神秘的な雰囲気が作中には漂っている。
『ブラックレイク』においてもその点は共通で、主人公たちに立ちはだかる恐怖のひとつに雪山の荘厳な大自然がある。彼らを取り囲む白銀の世界は神々の住む山のように美しく描かれるが、恐怖が渦巻くホテルを社会と断絶させ極限の密室をつくり出している。
「恐怖のひとつ」と述べたのは、本作において若者たちを襲うのは複合的な恐怖であるからだ。1つ目はスキーリゾートホテル内で起こる奇怪なオカルト的恐怖。主人公のハネはそれがミケルという少年の霊の仕業であると考え、かつてその場所で起きた惨劇について調べ始める。その様相は雪山という舞台も相まって名作ホラー『シャイニング』(アメリカ / 1980年)を彷彿とさせる。
2つ目は狂気的な近隣住民や、人間不信に陥った若者たちが見せる人間に対する恐怖。近所に住む住民がある思惑を抱え敵意剥き出しで若者たちに迫る一方、若者グループも不可解な現象や仲間の死でそれぞれの本性が剥き出しとなり、やがて愛憎が渦巻く修羅場へと変貌していく。本作ではこの部分が一番容赦なく描かれる。
そして先に述べた通り3つ目は社会から隔離された雪山、という大自然の恐怖だ。『ぼくのエリ 200歳の少女』(スウェーデン / 2008年)、『テルマ』(ノルウェー・スウェーデン・デンマーク・フランス / 2017年)に代表されるように、北欧ホラーは冬の厳しい寒さを表現するのが非常に上手い。観ているだけで凍えそうになるほどだ。
若者たちはオカルト現象に襲われ、みな暴走し始めるが、外は極寒の猛吹雪で簡単には逃げられない。この大自然の恐怖が内も地獄、外も地獄の極限状態をつくり出す。それが上述のオカルト的恐怖と人間に対する恐怖をさらに加速させる、という非常に嫌なスパイラル構造がつくり上げられている。全8話を使ってそんな複雑に絡み合う恐怖と謎が巧みに紡がれていき、最後にはきちんと納得のいく結末が用意されている。
サーミ人の「差別の歴史」こそが、本作において最大の謎を究明する鍵となる
本作ではサーミ語の「ギャーデク・ヤーミット」という言葉がキーワードとして幾度も登場する。それがどのような言葉かは本編でたしかめてもらうとして、本作ではそのサーミ語に潜む背景が重要な要素となるので簡単に説明しておこう。
サーミ語というのはノルウェー・スウェーデン・フィンランドの北部に広がるラップランド地方とロシアの北部にあるコラ半島に居住する先住民族サーミ人が使用する独自の言語のこと。サーミ人も居住地域によって暮らしの形態が異なるが、広く知られているのはトナカイの遊牧を生業とする山岳サーミ人だ。
アマンダ・シェーネル監督によって撮られた映画『サーミの血』(スウェーデン / 2016年)では、1930年のスウェーデンを舞台に山岳で暮らすサーミ人の少女が描かれた。
『サーミの血』予告編
山に暮らしトナカイを遊牧する民族、と聞くと自然と調和し心豊かに暮らす人々の姿を思い浮かべるかもしれないが、『サーミの血』ではサーミ人の少女クリスティーナが経験する過酷な差別と、それに必死に抗おうとする彼女の姿が痛ましくも力強く映し出される。
その作品内で描かれる通り、かつてサーミ人は他種族より劣った存在とみなされ、社会から隔離されていたという悲痛な過去がある。サーミ人が集められた寄宿学校では自らの言語であるサーミ語を禁止されるだけでなく、理不尽な精神的・身体的暴力も日常的に受け、成績優秀で進学を希望しても脳が劣っているからと許されなかった。
このあたりは、アメリカにおけるネイティブ・アメリカンに対する迫害と類似している。現在では昔に比べ社会的地位の改善はしているが、サーミ人の土地や権利に関しては曖昧な態度が取られているなど、未だ差別は残存しているのが現実だ。
このスウェーデンに暗い影を落とす「差別の歴史」こそが、本作において最大の謎を究明する鍵となる。本作をより深く理解するためにも「舞台となるスウェーデンにはサーミ人という先住民族がいて、古くから劣った民族だと理不尽に差別されてきた歴史がある」とだけでも頭に入れた上で鑑賞してもらいたい。恐怖のなかに、そのような社会的なメッセージを孕んでいる点も本作の魅力の一つだと付け加えておこう。
若手キャストの活躍にも注目
本作の主役であり、過去のトラウマに囚われる女性ハネを演じるのは日本でも人気のサスペンスシリーズ第二弾『特捜部Q キジ殺し』(デンマーク / 2014年)に出演したサラ=ソフィー・ブースニーナ。
ほかにも本国で空前のヒットを記録し、現在アメリカでリメイク製作中の『幸せなひとりぼっち』(スウェーデン / 2015年)で、主人公オーヴェの青年時代を演じたフィリップ・ベルイや、実在するメタルバンド「メイヘム」の狂気の実話を映画化した『ロード・オブ・カオス』(イギリス・スウェーデン・ノルウェー / 2018年)のヴォルター・スカルスガルド、そして上述した『ミッドサマー』にもホルガ村の住民として出演したアンナ・オーストロムなど、日本でも好評を博した作品にも登場する勢いのある若手キャストが集結。極限状態で追い詰められ、暴走していく若者たちを演じ切った。今後も活躍が期待できる面子が勢揃いしているので、それだけでも一見の価値アリだ。
『ブラックレイク』はそのように、ストーリー・映像・キャスト等々あらゆる点でこだわりを感じさせる丁寧なつくりをしていて非常に見応えのある作品となっている。北欧ホラーはサブジャンルとして成熟し始めているとはいえ、日本で観られるのは映画ばかりでドラマに関してはなかなか少ないのが現状だ。そんな珍しい作品が観られる貴重な機会、北欧ホラーファンであれば逃す手はないだろう。
https://fika.cinra.net/article/202210-viaplay_kawrk