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エクエーター原則(赤道原則)という言葉をご存じだろうか。かつて、大規模な開発や建設によって、自然環境や地元住民の生活が破壊されることが社会問題化した。その解決方法として生み出されたのがエクエーター原則だ。本稿では、エクエーター原則の意味やルールの概要、本原則の誕生や日本で本原則を採択している金融機関について紹介する。
●エクエーター原則とは
エクエーター原則(赤道原則)とは、石油・ガス開発や発電所建設等の大規模な開発や建設を伴うプロジェクトに金融機関が参加する場合、当該プロジェクトが自然環境や地域社会に与える影響に十分配慮して実施されることを確認するための枠組みだ。エクエーター原則の生まれた経緯と命名の由来、基本の10原則についてみていこう。
●エクエーター原則の生まれた経緯
石油・ガス開発やダム建設、工場建設などの大規模開発や大規模建設を行う際、現地の自然破壊や地元住民の生活破壊が問題となった。ダム建設による住民の立ち退きが彼らの生活を破壊したとして国内外から非難された例もある。
多国籍金融機関やOECD加盟国の政府系輸出信用機関などは、この問題に対処するため自主ガイドラインを整備、1990年代後半には自然や地域社会へのリスク管理を始めていた。しかし、民間金融機関はなかなか自主ガイドライン策定が進まない状況となる。
この状況を打開したのは2002年10月、世界銀行グループの国際金融公社(IFC)とオランダ銀行大手ABNアムロ。彼らは、世界の主要銀行をイギリスのロンドン近郊にあるグリニッジに集め、環境・社会リスク管理のガイドライン策定を呼びかける。結果、ABNアムロ、シティバンク、バークレイズ、ウェルストエルビーの4行がガイドラインの原案を策定。
2003年6月にエクエーター原則を正式発表し、10もの欧米主要銀行がその場で本原則を採択した。その後、エクエーター原則は2006年、2012年、2019年と改訂を重ね、現在の最新版は第4版となる。
●命名の由来
原案作成時には「グリニッジ原則」とされていた。これは、イギリスのロンドン近郊のグリニッジで何度も検討の会議が開催されていたためである。しかし、のちにNGOから「グリニッジという言葉はイギリス系の印象が強い」との意見があった。
そのため、最終的には赤道や基準に合わせるという意味のある単語「エクエーター」が採用され、「エクエーター原則」に改名された。
●エクエーター原則の10原則(※3)
エクエーター原則は、以下の10原則から成り立っている。EPFI(エクエーター原則を採択している金融機関)は、大規模プロジェクト融資に際し、この10原則全部を満たさなければならない。
原則1:レビュー、およびカテゴリー付与
大規模プロジェクトへの融資の問い合わせがあったとき、IFCの環境・社会カテゴリー付与のプロセスに基づき、プロジェクトをA、B、Cの3つのカテゴリーに分類する。
原則2:環境・社会アセスメント
AまたはBにカテゴライズされた場合、社会や環境へのリスクが大きくなる可能性がある。そのため、EPFIは融資予定先の企業に対してエクエーター原則で決められたアセスメントを実施しなければならない。
原則3:適用される環境・社会基準
アセスメント結果により、適用される環境や社会基準が決まる。
原則4:環境・社会マネジメントシステムと、エクエーター原則アクションプラン
EPFIは、融資予定先の企業に対して環境・社会マネジメントシステムの構築と運用、エクエーター原則アクションプラン策定を求める。
原則5:ステークホルダー・エンゲージメント
EPFIは融資予定先の企業に対してステークホルダー・エンゲージメントの実施を要求する。
原則6:苦情処理メカニズム
EPFIは、必要に応じて融資予定先の企業に対しステークホルダーからの苦情を処理するメカニズム構築を要求する。
原則7:独立した環境・社会コンサルタントによるレビュー
ここまでの原則に沿って行ってきた対策について、独立した外部の環境・社会コンサルタントのレビューを受ける。
原則8:誓約条項(コベナンツ)
EPFIは融資予定先の企業に対して、誓約条項を融資契約書の中に盛り込む。
原則9:独立した環境・社会コンサルタントによるモニタリングと報告の検証
融資後の開発について独立した外部の環境・社会コンサルタントによるモニタリングと報告を受け、その内容を検証する。
原則10:情報開示と透明性
EPFIは、少なくとも年に1回、融資を実施した案件とエクエーター原則の実施プロセス、実績について公表する義務を負う。
●エクエーター原則の対象となる金融商品
エクエーター原則の対象となる新規大規模プロジェクト案件において、以下の金融商品が対象となる。
●プロジェクトファイナンスアドバイザリーサービス
プロジェクトファイナンスアドバイザリーサービスとは、プロジェクトのスポンサーに対して、資金調達など金融面の助言を行うサービス。プロジェクト総額が1,000万米ドル以上のすべての案件について、本サービスを行う場合は対象となる。
●プロジェクトファイナンス
プロジェクトファイナンスとは、あるプロジェクトから生じるキャッシュフローに依拠して融資を行う手法で、発電所や石油ガス開発などの大型プロジェクトに採用される場合が多い。一般的に、よく見られる融資先企業の信用力に応じた融資とは異なる。プロジェクト総額1,000万米ドル以上のすべての案件について、本サービスを行う場合は対象となる。
●プロジェクト紐付きコーポレートローン
プロジェクト紐付きコーポレートローン(PRCL)とは、事業会社(民間、公的、国有もしくはその政府支配下にあるもの)向けのコーポレートローンで、バイヤーズクレジット型の輸出金融を含む。
以下3つの条件をすべて満たす場合に対象となる。
・借入額の過半が、その事業会社が実質的な支配権を有する特定のプロジェクト関連向け
・総借入額とそのエクエーター原則採択金融機関のコミット額(シンジケーション組成もしくはセルダウン前)が5,000万米ドル以上
・貸出期間が2年以上
●ブリッジローン
貸出期間2年未満で、上述条件を満たすプロジェクトファイナンス、もしくはPRCLによってリファイナンスされるブリッジローン。
●プロジェクト紐付きのリファイナンスと買収ファイナンス
プロジェクト紐付きリファイナンスとプロジェクト紐付き買収ファイナンス。以下3つの条件をすべて満たす場合に対象となる。
・1.過去エクエーター原則に基づいて融資を受けている
・2.規模あるいは目的の重大な変更がない
・3.融資契約書の調印時点でプロジェクトが完工していない(※4)
●エクエーター原則の準拠する環境・社会基準
エクエーター原則の準拠する環境や社会基準は以下の通りである。
・現地国環境法
・IFCパフォーマンススタンダード
・世界銀行グループEHS(環境・衛生・安全)ガイドライン
このうち、IFCパフォーマンススタンダードと世界銀行グループEHS(環境・衛生・安全)ガイドラインについて解説する。
● IFCパフォーマンススタンダード
IFCパフォーマンススタンダードは、公害防止や自然環境の保護と、プロジェクトにより影響を受ける地域住民や労働者の人権保護のための基準で、以下8項目で構成されている。
・PS1:環境・社会に対するリスクと影響の評価と管理
・PS2:労働者と労働条件
・PS3:資源効率と汚染防止
・PS4:地域社会の衛生・安全・保安
・PS5:土地取得と非自発的移転
・PS6:生物多様性の保全および自然生物資源の持続的利用の管理
・PS7:先住民族
・PS8:文化遺産
(出典:みずほフィナンシャルグループ「エクエーター原則(赤道原則)とは」)
●世界銀行グループEHS(環境・衛生・安全)ガイドライン
世界銀行グループが定めたプロジェクトの環境・衛生・安全に関するガイドライン。どの産業にも共通する一般ガイドラインと、62の産業別ガイドラインで構成されている。
●エクエーター原則を採択している金融機関
2020年11月現在、日本でエクエーター原則を採択している金融機関は以下の8機関である。
・みずほ銀行:2003年10月27日
・三菱UFJ銀行:2005年12月22日
・三井住友銀行:2006年1月23日
・三井住友信託銀行:2016年2月1日
・農林中央金庫:2017年5月1日
・日本生命保険:2019年4月1日
・新生銀行:2020年4月1日
・日本政策投資銀行:2020年7月1日
大手都市銀行など、日本を代表する大手金融機関の名前がそろっている。
エクエーター原則の概要について見てきた。本原則は、地球環境および地域住民の持続可能性を守るために金融業界が定めた自主ガイドライン。世界の大規模な金融機関が本原則を採択している。自然環境や地域社会の破壊に配慮しない大規模プロジェクトは資金調達が厳しくなるため、環境に配慮した事前計画がより重要となるだろう。
執筆:藤森みすず、編集:しらいはるか
https://news.yahoo.co.jp/articles/2dfa50ef69c539bb20f1aa9c5a012d521cfbad2c