北海道新聞 01/04 17:00
煙で食材をいぶすことで高い保存性と深い味わいをもたらす「薫製」。ベーコンやソーセージなど海外の食材をイメージしがちだが、実は私たちの暮らしに昔からある身近な存在だ。サケをいぶしたアイヌ民族の伝統食、道内発祥といわれるイカ薫製、だしに使われるかつお節など、さまざまなものがある。各地で香る薫製文化と、家庭での作り方などを紹介する。
■アイヌ民族伝統食・サッチェプ だしの王道・かつお節 秋田名物・いぶりがっこ
「アイヌ民族は、貴重なたんぱく源である肉や魚を煙でいぶして長持ちさせていたんです」。そう話すのは、国立アイヌ民族博物館(胆振管内白老町)の学芸員、八幡巴絵さん(37)。食生活を狩猟や採取に頼っていたアイヌ民族にとって、厳しい冬を越すため、薫製は欠かせない保存技術だった。
アイヌ民族の伝統食として知られる「サッチェプ(魚の丸干し)」。食材を屋外で乾燥させ、伝統的家屋「チセ」の内部でつるす。いろりで料理や暖をとる際の日常生活の煙で自然といぶしていた。八幡さんによると、アイヌ語で「サッ(乾いた)」「チェプ(魚)」の組み合わせで、干し魚全体を指したという。
魚ではサケのほかスケソウダラやヤマメ、肉ではクマやシカ、山菜ではフキやギョウジャニンニクなどもいぶしていた。白老町では昨年7月、アイヌ文化復興拠点「民族共生象徴空間(ウポポイ)」がオープン。同博物館はウポポイの中核施設に位置づけられている。八幡さんは「薫製を通して、アイヌ民族の食文化に触れてもらえるきっかけになれば」と期待している。
ほどよい酸味と香ばしさ漂う、酒のつまみやおやつとして、コンビニなど身近な店でもよく見かけるイカの薫製(イカくん)。この元祖は、函館市の水産加工会社「山一食品」だ。
同社によると、イカくんの生産が始まったのは戦後から。イカ漁は盛んだったが、保存技術が未発達な当時、加工食品の主流は干しイカだった。「イカくんは常温で保存できる商品として開発した」(同社)。近年はスルメイカの不漁により主力商品のさきいか「こがね」に原材料を回していることもあり、薫製の製造は現在、中断しているという。
風味豊かな和食のだし文化を代表する「かつお節」も薫製だ。日本鰹節(かつおぶし)協会(東京)によると、日本最古の歴史書とされる「古事記」に登場する「堅魚(かたうお)」が原型だが、当時は干した程度。現在の製法は1600年代の土佐国(高知県)で始まったという。
かつお節をいぶす作業「焙乾(ばいかん)」は、1回当たり半日近くかかる。これを10回以上行い、最終的に水分含有量を10~20%程度まで減らすと完成する。表面だけが固くならないよう、焙乾の間に休ませながら行うという。同協会事務局の船木良浩さん(50)は「より保存性を高めるため、いぶすようになった」と話す。
秋田名物で伝統的な漬物「いぶりがっこ(いぶり漬け)」。雪深い冬を越すため、漬物は欠かせない食材だった。生産業者などでつくる「秋田県いぶりがっこ振興協議会」によると、冬は日照時間が短いため、屋内で大根を干したところ、いろりの煙で自然といぶされてできたという。室町時代から作られていた、など諸説あるが、「実は、はっきりしていない」(同協議会)としている。
薫製は1万年以上前からあったとされるが、起源は明らかになっていない。肉をつるしていたら、たき火の煙にいぶされてできた偶然の産物という説もある。欧州では、塩に加えコショウなど香辛料が食文化に取り入れられたことで、塩漬け肉をベーコンやソーセージに加工でき、大航海時代に重宝され、現代にも受け継がれている。
いぶす煙の中の成分が保存性をもたらす、とされている。「確かに煙には抗菌性のあるポリフェノールなどが含まれている。ただ、それだけで保存性が高まるわけではない」。そう話すのは札幌保健医療大の荒川義人教授(食品科学)。重要なのは「塩分と乾燥の工程」だと説明する。
また、乾燥により食材の水分が減ると、栄養成分が凝縮される。このため生魚などに含まれるビタミンDなどの栄養素を効率よく摂取できるという。
荒川教授は「乾燥による高い保存性が薫製の特徴だが、保存技術が進んだ現代では、煙による風味の方が重要になっているのでは」と味わい方の変化も注目している。(田口友博、末角仁)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/497920
煙で食材をいぶすことで高い保存性と深い味わいをもたらす「薫製」。ベーコンやソーセージなど海外の食材をイメージしがちだが、実は私たちの暮らしに昔からある身近な存在だ。サケをいぶしたアイヌ民族の伝統食、道内発祥といわれるイカ薫製、だしに使われるかつお節など、さまざまなものがある。各地で香る薫製文化と、家庭での作り方などを紹介する。
■アイヌ民族伝統食・サッチェプ だしの王道・かつお節 秋田名物・いぶりがっこ
「アイヌ民族は、貴重なたんぱく源である肉や魚を煙でいぶして長持ちさせていたんです」。そう話すのは、国立アイヌ民族博物館(胆振管内白老町)の学芸員、八幡巴絵さん(37)。食生活を狩猟や採取に頼っていたアイヌ民族にとって、厳しい冬を越すため、薫製は欠かせない保存技術だった。
アイヌ民族の伝統食として知られる「サッチェプ(魚の丸干し)」。食材を屋外で乾燥させ、伝統的家屋「チセ」の内部でつるす。いろりで料理や暖をとる際の日常生活の煙で自然といぶしていた。八幡さんによると、アイヌ語で「サッ(乾いた)」「チェプ(魚)」の組み合わせで、干し魚全体を指したという。
魚ではサケのほかスケソウダラやヤマメ、肉ではクマやシカ、山菜ではフキやギョウジャニンニクなどもいぶしていた。白老町では昨年7月、アイヌ文化復興拠点「民族共生象徴空間(ウポポイ)」がオープン。同博物館はウポポイの中核施設に位置づけられている。八幡さんは「薫製を通して、アイヌ民族の食文化に触れてもらえるきっかけになれば」と期待している。
ほどよい酸味と香ばしさ漂う、酒のつまみやおやつとして、コンビニなど身近な店でもよく見かけるイカの薫製(イカくん)。この元祖は、函館市の水産加工会社「山一食品」だ。
同社によると、イカくんの生産が始まったのは戦後から。イカ漁は盛んだったが、保存技術が未発達な当時、加工食品の主流は干しイカだった。「イカくんは常温で保存できる商品として開発した」(同社)。近年はスルメイカの不漁により主力商品のさきいか「こがね」に原材料を回していることもあり、薫製の製造は現在、中断しているという。
風味豊かな和食のだし文化を代表する「かつお節」も薫製だ。日本鰹節(かつおぶし)協会(東京)によると、日本最古の歴史書とされる「古事記」に登場する「堅魚(かたうお)」が原型だが、当時は干した程度。現在の製法は1600年代の土佐国(高知県)で始まったという。
かつお節をいぶす作業「焙乾(ばいかん)」は、1回当たり半日近くかかる。これを10回以上行い、最終的に水分含有量を10~20%程度まで減らすと完成する。表面だけが固くならないよう、焙乾の間に休ませながら行うという。同協会事務局の船木良浩さん(50)は「より保存性を高めるため、いぶすようになった」と話す。
秋田名物で伝統的な漬物「いぶりがっこ(いぶり漬け)」。雪深い冬を越すため、漬物は欠かせない食材だった。生産業者などでつくる「秋田県いぶりがっこ振興協議会」によると、冬は日照時間が短いため、屋内で大根を干したところ、いろりの煙で自然といぶされてできたという。室町時代から作られていた、など諸説あるが、「実は、はっきりしていない」(同協議会)としている。
薫製は1万年以上前からあったとされるが、起源は明らかになっていない。肉をつるしていたら、たき火の煙にいぶされてできた偶然の産物という説もある。欧州では、塩に加えコショウなど香辛料が食文化に取り入れられたことで、塩漬け肉をベーコンやソーセージに加工でき、大航海時代に重宝され、現代にも受け継がれている。
いぶす煙の中の成分が保存性をもたらす、とされている。「確かに煙には抗菌性のあるポリフェノールなどが含まれている。ただ、それだけで保存性が高まるわけではない」。そう話すのは札幌保健医療大の荒川義人教授(食品科学)。重要なのは「塩分と乾燥の工程」だと説明する。
また、乾燥により食材の水分が減ると、栄養成分が凝縮される。このため生魚などに含まれるビタミンDなどの栄養素を効率よく摂取できるという。
荒川教授は「乾燥による高い保存性が薫製の特徴だが、保存技術が進んだ現代では、煙による風味の方が重要になっているのでは」と味わい方の変化も注目している。(田口友博、末角仁)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/497920