江波(えば)ぶらり(その3)
江波港散策コース
元料亭・山文(やまぶん)
↓前回記事は、こちら↓
今も残る石垣 江波
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/42/71f65b88d51d55949dacc49ab518c53f.jpg)
前回は、江波のまちに今も残る石垣を見ながら
ぶらぶら歩いてみました。
今回は、元料亭・山文あたりを
ぶらぶらしてみようと思います。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/2a/18fcde2b667912e7881e54fdd77863f5.jpg)
元料亭・山文
本川河口の西岸に面した江波の玄関口にあって、
「いけす」を構えた料亭。
広島の著名人が好んで白魚(シロウオ)料理などを
食した所として有名です。
頼山陽もたびたび客として訪れ、
舟板に書いた直筆の「白魚あり山文」の看板が、
現在も保存されています。
他に浅野家代々、山形有朋、伊藤博文等が
よく訪れていました。
創業は寛政2年(1790)で、
多くの客は舟を使って料亭を訪れていました。
(案内板より)
今は跡形もなくなっとるが、
このあたりに料亭・山文があったそうじゃ。
「昭和四年九月改正当時の営業別住所入明細図」
(『復興前後の廣島案内図』あき書房)には、
「うなぎ かき 鮎御料理 山文」
との記載がある。
白魚のほかにも、
鰻(うなぎ)や牡蠣(かき)、鮎(あゆ)など
新鮮な魚貝類を味わうことができたんじゃろうの。
↓あき書房については、こちら↓
あき書房のウェブサイトへようこそ!
案内板に出てきた人名について説明を…。
頼山陽(らい さんよう)は江戸時代後期の漢学者で、
著書『日本外史』は幕末から明治初期の人々に
大きな影響を与えたといわれる。
その山陽が広島藩を脱藩したときに幽閉(ゆうへい)された家が
広島市中区の袋町(ふくろまち)に残されとるんじゃ。
↓頼山陽については、こちら↓
頼山陽記念文化財団
浅野家は江戸時代、
安芸広島藩の藩主じゃった家。
山形有朋(やまがた ありとも)、
伊藤博文(いとう ひろぶみ)とも
広島県の隣・山口県で生まれ、
松下村塾(しょうかそんじゅく)に学び、
のち内閣総理大臣になった方々じゃ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/02/3f902c1e5113719a5aa78fc5a3f1f13d.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/95/f06b8479f1459eb1331acefa88fec66f.jpg)
今年(2016年)の秋に公開予定の
アニメ映画『この世界の片隅に』(監督・脚本:片渕須直)
のロケーションマップで、
松下商店と紹介されとるのが、ここ。
山文の向かいにあった松下商店の前を
すずさんがパタパタかけてゆくシーンは作った。
(「すずさんの日々とともに 第27回「27年11月」潮の引いた海で」株式会社MAPPA)
監督の片渕さんは、映画で山文を出したかったんじゃが、
絵にするだけの資料がのう(=なく)て断念。
そのかわりに松下商店が描かれることになったそうじゃ。
↓映画『この世界の片隅に』については、こちら↓
映画「この世界の片隅に」公式サイト
訪問日:2016年5月5日
今日は、江波にある元料亭・山文、松下商店
について話をさせてもらいました。
次回は、丸子山不動院をぶらぶらする予定じゃ。
ほいじゃあ、またの。
江波港散策コース
元料亭・山文(やまぶん)
↓前回記事は、こちら↓
今も残る石垣 江波
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/42/71f65b88d51d55949dacc49ab518c53f.jpg)
前回は、江波のまちに今も残る石垣を見ながら
ぶらぶら歩いてみました。
今回は、元料亭・山文あたりを
ぶらぶらしてみようと思います。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/2a/18fcde2b667912e7881e54fdd77863f5.jpg)
元料亭・山文
本川河口の西岸に面した江波の玄関口にあって、
「いけす」を構えた料亭。
広島の著名人が好んで白魚(シロウオ)料理などを
食した所として有名です。
頼山陽もたびたび客として訪れ、
舟板に書いた直筆の「白魚あり山文」の看板が、
現在も保存されています。
他に浅野家代々、山形有朋、伊藤博文等が
よく訪れていました。
創業は寛政2年(1790)で、
多くの客は舟を使って料亭を訪れていました。
(案内板より)
今は跡形もなくなっとるが、
このあたりに料亭・山文があったそうじゃ。
「昭和四年九月改正当時の営業別住所入明細図」
(『復興前後の廣島案内図』あき書房)には、
「うなぎ かき 鮎御料理 山文」
との記載がある。
白魚のほかにも、
鰻(うなぎ)や牡蠣(かき)、鮎(あゆ)など
新鮮な魚貝類を味わうことができたんじゃろうの。
↓あき書房については、こちら↓
あき書房のウェブサイトへようこそ!
案内板に出てきた人名について説明を…。
頼山陽(らい さんよう)は江戸時代後期の漢学者で、
著書『日本外史』は幕末から明治初期の人々に
大きな影響を与えたといわれる。
その山陽が広島藩を脱藩したときに幽閉(ゆうへい)された家が
広島市中区の袋町(ふくろまち)に残されとるんじゃ。
↓頼山陽については、こちら↓
頼山陽記念文化財団
浅野家は江戸時代、
安芸広島藩の藩主じゃった家。
山形有朋(やまがた ありとも)、
伊藤博文(いとう ひろぶみ)とも
広島県の隣・山口県で生まれ、
松下村塾(しょうかそんじゅく)に学び、
のち内閣総理大臣になった方々じゃ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/02/3f902c1e5113719a5aa78fc5a3f1f13d.jpg)
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今年(2016年)の秋に公開予定の
アニメ映画『この世界の片隅に』(監督・脚本:片渕須直)
のロケーションマップで、
松下商店と紹介されとるのが、ここ。
山文の向かいにあった松下商店の前を
すずさんがパタパタかけてゆくシーンは作った。
(「すずさんの日々とともに 第27回「27年11月」潮の引いた海で」株式会社MAPPA)
監督の片渕さんは、映画で山文を出したかったんじゃが、
絵にするだけの資料がのう(=なく)て断念。
そのかわりに松下商店が描かれることになったそうじゃ。
↓映画『この世界の片隅に』については、こちら↓
映画「この世界の片隅に」公式サイト
訪問日:2016年5月5日
今日は、江波にある元料亭・山文、松下商店
について話をさせてもらいました。
次回は、丸子山不動院をぶらぶらする予定じゃ。
ほいじゃあ、またの。