晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

雨読 「風の王国」-(1) 7/24

2015-07-24 | 雨読

2015.7.24(木)曇り

 「サンカの民と被差別の世界」を紹介した際(2015.7.5)に、「この本を先に読むべきであった」と書いたが、意外にも早く読む機会が訪れた。三角寛の低俗サンカ小説始め、サンカに関する本というのは文芸であれ研究書であれ、古本市場では驚くほど安価で取引されている。それだけ世間に認知されていないということだろう。それでもサンカ小説がブームになったことがあるようで、三角寛が書きまくったというのもそういう時期であったのだろう。
 本書は三角サンカ小説とは正反対のサンカに対して好意的な小説である。400ページに及ぶ大作だが、3日間で読み切ってしまった。その間に「幻の漂流民・サンカ」の著者、沖浦和光氏の訃報を新聞紙上に見つける。7月8日88才で亡くなられたと言うことだが、
本書に登場するサンカの初代<オヤ>葛城遍浪氏も偶然とは言え88才で<おカクレ>になったのでは無かったか。
「風の王国」五木寛之著 新潮社 古書

 沖浦氏と五木氏がサンカについてお互いに影響し合って研究を進めてこられたようだが、その発端は沖浦氏が本書を読まれたことではないだろうか。ただ科学的にサンカや漂流民を追究されている沖浦氏がフィクションの小説になぜ興味をもたれたかという点は不思議である。両氏の作品を発表年代別に並べてみよう。

日本民衆文化の原郷(沖浦)    1984年  家船を紹介
風の王国     (五木)    1985年  古代からの種族
幻の漂流民・サンカ(沖浦)    2001年  近世末期に発生
サンカの民と被差別の世界(五木)  2005年 沖浦説を紹介

 

 五木氏はこの本を書くに当たってサンカについてかなり研究をされている。巻末には数多くの参考文献が載せられている。論文ならいざ知らず、小説にこれだけの参考文献のあるものは他にない。
 小説の中で五木氏はサンカ(ここではケンシ、世間師のことと呼んでいる)の起源は大津皇子の事件にまで遡り、古代からのものとなっている。沖浦氏の説は近世末期の飢饉の際に村を捨て山に籠もった人々がサンカであると言うもので、現実的な説と思われる。両者の作品の年代に注目すると、「風の王国」が発行された時にはまだ沖浦サンカ論は世に出ていなかったと考えられる。「サンカの民と被差別の世界」で五木氏は沖浦氏の説を肯定的に紹介している。そして家船(えぶね)の民が水軍の末裔だという沖浦氏の説についてははっきりと肯定しているのである。さて、それでは自身の説とは異なる「風の王国」を読んで沖浦氏はなぜ五木氏に共感を覚えたのだろう。
 それは両者に共通するサンカに対する愛情というか思いやりが両者を繋げたのではないだろうか。両者とも官憲の側に立ってサンカを悪者に仕立て上げた三角寛を鋭く批判している。そして被差別者の立場に立って小説なり論文を書き上げているのである。つづく

 

 

 

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