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北海道美術ネット別館

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鴨々川の語源

2007年12月11日 22時42分23秒 | さっぽろ川あるき
 
 中央区南8西2、園生橋のあたりです。
 夜は欄干がこんな感じになります。

      



      

      

 先月「学生STEP」を見に行ったときに撮影した写真なので、季節感がずれていますが、ご諒承ねがいます。

 「鴨々川」
というのは、手っ取り早くいうと、札幌の中心を南北に貫いて流れる「創成川」の上流部のことです。
 どうしてひとつの川なのに、とちゅうで名前が変わるのか?
 
 それは、地図をごらんになるとわかります。




 創成川は、明治初期に人の手で彫られた人工の水路のため、どこまでもまっすぐです。
 それに対し鴨々川はもともと、札幌市街で最も大きな川である「豊平川」の分流です。いかにも自然の川らしく、曲がっています(すすきのでは、直線化されていますが)。
 言いかえると、現在の豊平川と鴨々川の間は、もともと豊平川の中洲だったわけです。だから「中島公園」というわけです。

 鴨々川は、現在の札幌南高校のあたりで豊平川からわかれます。
 住宅地のあたりをうねった後、



中島公園の西の端をゆるやかにカーブしながら流れます。
 そして、すすきのの南側で曲折を繰り返し、南7条の札幌ロイヤルホテル前あたりからは「創成川」と名を変えて、一路北を目指します。

 明治初期までは、このロイヤルホテルのあたりで豊平川に合流していたのでした。

 鴨々川の語源について、牛鍋蝸牛さんが「季刊 札幌人」で新説を披露しています。
 季刊誌ですし、冬は休むとのことで、まだしばらく本屋さんにあるでしょうから、どうぞ読んでみてください。

 筆者はこの新説について是非を論じるだけの材料をもちあわせてはおりません。
 ただ、明治期の地図(復刻版などが容易に入手できる)で、現在の鴨々川の水門あたりに「カムム」と書かれているのに、「さっぽろ文庫」などではそのことにまったく触れられていないのは、以前から変だなあと思っていました。
 まして、昭和初期のお店「鴨川」に由来するなどというのは、ありえない話です。
 牛鍋さんの説のうち「カムム」が「カムカム」の誤記であるという点については、根拠があまり記されていないのでなんともいえないのですが、しかし「鴨々」が、アイヌ語であろう「カムム」に由来するというのは、おそらくその通りだと思います。 


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5 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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Unknown (y@5u5hi)
2007-12-12 00:03:16
いやはや、今日も大量の更新お疲れ様です。

僕は昔から小川のほとりに住むことに憧れがあるので、
あの界隈は非常に気に入ってます。

僕は以前は円山や伏見のように京都の鴨川にちなんだものなのかなぁと思ってましたが、
よく考えてみれば似ても似つかないので、
まぁ、アイヌ語由来なんでしょうね。

かつてのサッポロは、
そのアイヌ語の意味が示すように、
川だらけだったのですから、
他にも興味深い川のいわれがあるんでしょうね。
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Unknown (ねむいヤナイ@北海道美術ネット)
2007-12-12 23:13:00
こんばんは。
すいません、読む人のことを考えて更新したほうがいいですね。

>僕は昔から小川のほとりに住むことに憧れがある

わーお。
小生もです!
いまの家は、いちおう望月寒川沿いに建てましたが、崖の上なので、水面から距離があるんです。そこが、ちょっとざんねん。

まあ、サッポロという地名は、豊平川からついたんですが…。
東京なんかにくらべると、まだ川はのこっているほうだと思います。

y@5u5hiさんも川好きなんですね。
しめしめ(不気味な笑)。
サッポロの川については小生、ウルサイですよ。
今後もエントリをたてていきたいと思います。
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Unknown (Ado)
2014-09-12 18:28:44
 中学高校と通った道だ
 懐かし、
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Unknown (Ado)
2014-09-12 19:34:34
書きこんだのがきちんと表示され、嬉しい。
 南高が1中と言っていた時から、633制になり1高と改称
S25年進駐軍の方針で男女共学、地域性になり
私は北高にゆくことになるまでの5年間、毎日通った道です
早春の柳が網膜に焼き付いています。二度と見られないと思っていましたが、このHPで見られてとても懐かしくうれしいです。  有難う、
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Adoさん、はじめまして (ねむいヤナイ@北海道美術ネット)
2014-09-12 20:56:19
一中、一高、南高と、激動の時期に通っていらしたのですね。
鴨々川、中島公園のあたりは、往時の面影を残しているかもしれません。
また、ブログにあそびにいらしてくだされば、うれしいです。
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