北海道美術ネット別館

美術、書道、写真の展覧会情報や紹介。2013年7月末、北見から札幌に帰還。コメント、トラバはお気軽に。略称「ほびねべ」

ようこそ「北海道美術ネット別館」へ

2045年08月06日 08時15分17秒 | 展覧会などの予告
 ほぼ毎日更新しています。

 こちらもごらんください。
2013年7月29日到着分以降の情報の送り先について (2016年3月一部修正)



 東日本大震災をはじめ災害の犠牲者の皆さまにつつしんで哀悼の意をささげるとともに、避難者が一刻も早く落ち着いた生活に戻れますよう、祈念しております。




 このエントリは、掲示板のかわりとして、冒頭に置いています。展覧会の告知などでコメント欄を自由にお使いください。
 使い勝手をよくするため、会期が終わったコメントについては削除し、主宰者のレスは原則としてつけません。

 告知される方は、展覧会やイベントのタイトル、会場の名称と住所、会期と時間をかならず書いてください。よろしくお願いします。(かんたんな内容も書いてくださるとありがたいです)

 なお、初めていらした方は、こちらに、このブログの概要が書いてありますので、お読みください。

 筆者への連絡先は、右カラムにあります(あっとを@にしてください)。申し訳ありませんが、以前のメルアドは開けません。

 このブログの作品画像は原則として作家、あるいはギャラリー関係者、主催者に許諾を得ています。無断転載はお断りします。
(許可したおぼえはないので削除せよ-という方はご連絡ください)
 作者ご本人が使用されるのは、もちろんいっこうにさしつかえありません(「北海道美術ネット」から-と付記していただけるとうれしいですが、その旨なくてもさしつかえありません)

 このエントリは、随時改稿します。



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■小樽洋画研究所と中村善策 (2016年1月30日~7月3日、小樽)

2016年06月27日 09時09分09秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
 市立小樽美術館の建物では、2階の企画展示室について語られることが多いのは当然なのだが、1階の「中村善策ホール」も見逃せない。年何度か展示替えをしているので、いつ行っても、新しい発見がある。
 筆者は前回見たとき、たしか「信州」がテーマだったが、今回の展示とは1点もダブリがない(と思う)。これはすごいことではあるまいか。

 2016年上半期の展示は、このホールとしてはめずらしく、中村善策以外の絵も並べている。
 善策が絵筆を執り始めたころの小樽の画壇にあった「小樽洋画研究所」に着目し、三浦鮮冶、兼平英示、工藤三郎、山崎省三、谷吉二郎、大月源二、加藤悦郎、樋口忠次郎、善策の油絵計13点と、善策が小樽を描いた風景画「けむり」(1937)や「張碓のカムイコタン」(1973)など12点を展示している。
 洋画研究所のコーナーにあった善策の絵は1922年の「林檎園の一隅」で、これまで筆者が見た彼の絵で最も古く、後年の鮮やかな善策独特の色彩などは影も形もない。輪郭をぼかすスフマートで、暗い冬の林檎園を描いた1枚だった。

 展示のねらいについては、小樽美術館協力会のサイトから引用しよう。

 小樽洋画研究所は、1916年青年画家三浦鮮治が上京する平沢貞通から石膏像を譲り受けて、翌年後進のために自宅アトリエを開放したもので、ここに三浦の友人で春陽会の創立会員の山崎省三や、洋行帰りの工藤三郎らが加わって、若手の啓発にあたっていました。この小樽洋画研究所を皮切りに、太地社、裸童社など一連の活動が生まれ、北海道美術の発展の大きな原動力となっていきます。


 前半の展示作は次のとおり。
三浦鮮冶  滞船(1926) 静物(39) 岩影(54) 蘭島風景(40)
兼平英示  夏山(34) 少女像(25)
工藤三郎  真昼の街(北京)(1919)
山崎省三  スペインのコスチューム(30)
谷吉二郎  静物
大月源二  初夏(24)
加藤悦郎  坂道(18)
樋口忠次郎 お神威岩風景(63)

 加藤は「北海タイムス」(北海道新聞の前身)で漫画を描き、初期の道展にも出品している。当初は政治風刺も行っていたが、その後は「新日本漫画家協会」に参画して戦時体制を担ったため、戦後は反省し日本共産党に入ったとのこと。
 「坂道」は、題材が、どう見ても岸田劉生「切通之写生」に影響されているようとしか思えない。

 工藤はパリに3年間留学し、「サロン・ドートンヌ」にも出品した経歴の持ち主。
 「真昼の街(北京)」は、パリ留学直前の作。朱色の屋根の建物(倉庫?)、その手前の樹木と木陰に休む人々、往来で手押し車をおしてゆく男や人力車など、生き生きと街角を描いている。

 ところで、三浦と兼平はもともと兄弟で、兼平が小樽で養子として預けられたことために、姓が異なっている。
 ふたりとも、神奈川県鎌倉郡川口村片瀬の生まれである。
 同村は1933年(昭和8年)、町に昇格する際、片瀬町とし、戦後に藤沢市に合併された。

 ちなみに、山崎は、三浦の翌年におなじ神奈川県の横須賀に生まれている。
 地理的に近いところの出身の3人が、小樽ひいては北海道の洋画壇の黎明期を支えていたというのが興味深い。
 山崎は、幼少期に小樽で過ごした。院展に洋画部があったころのホープで、のちに春陽展の創設に参画した。ということは、三岸光太郎の絵の審査なんかも行ったんでしょうね。


 「中村善策の小樽風景」シリーズについても触れておく。

 「アカシアと運河」(1964)は、この年の夏に帰省して小樽運河に赴いた際、アカシアの並木があったはずの場所が材木置き場になっていたことから、別の場所でアカシアを写生して絵に導入したという。
 このように、中村善策は多くの場合、風景をそのまま写生するのではなく、絵として成立するようにさまざまな改変を施す。アカシアを別のところから持ってくるという発想がすごいと思うし、画家にとっては、そのほうが昔の風景に「リアル」だと感じられたのだろう。



2016年1月30日(土)~7月3日(日)
市立小樽美術館 中村善策ホール(色内1)

関連記事へのリンク
中村善策ギャラリーを見る (2014)
中村善策の全貌展 (2008)
中村善策と道一水会系の画家たち (2003)
北の個人美術館散歩-風土を彩る6人の洋画家たち (2002)
=いずれも画像なし



・JR小樽駅から約740メートル、徒歩9分
・札幌-小樽の都市間高速バス(中央バス、ジェイアール北海道バス)で「市役所通」降車、約800メートル、徒歩10分
(駐車場があるらしいです)
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6月26日(日)のつぶやき

2016年06月27日 00時53分59秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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■生誕100年記念 砂田友治展 (2016年4月29日~6月26日、苫小牧)

2016年06月26日 23時50分03秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
 苫小牧生まれの洋画家で、戦後の道内画壇で活躍した砂田友治(1916~99)の回顧展。

1.残念な展示


 筆者が知る限り、1998年に神田日勝記念館(現・神田日勝記念美術館)に隣接する町民ホールで、2002年に道立近代美術館で、それぞれ大規模な展覧会が開かれているほか、2004年に、今回の会場の前身である苫小牧市博物館でも個展が開かれているらしい。筆者は98年と2002年に見ているが、基本的にはそのときと同じく、「北海の男たち」「王と王妃」「露風も歩いた此の道-修道院への道-」といった代表作を網羅した構成である。何がしか、新しい要素が展覧会に加わっているとすれば、苫小牧での開催とあって、郷里との関わりについていささかくわしく触れており、独立美術や全道展などに出していた作品とは異なる、いくらか写実的な画風の「勇払原野」などにもしっかり目配りしていることだろう。

 また、この展覧会のヤマ場といえば、道立近代美術館所蔵の「北海の男たち」と、同工異曲の「北海の男たち II」(苫小牧市美術博物館蔵)と「北海の男たち(3)」(個人蔵)が3点並んだ箇所だろうと思う。
 いずれも、北海道で漁業に生きる男たちに着想を得て、朱色の肌をしたたくましい男たちを荒々しい筆遣いと厚塗りで描いた迫力たっぷりの作品。昔は、団体公募展に複数の作品を出すのは常識であり、この3点も同じ年の独立美術の審査に付されて、道立近美蔵の作が最高の票を得て、晴れて独立賞ということになった可能性もある。

 ところが、この3点を見比べてみようと思って、少し後ろに下がって壁面を見渡してみると、絵の前に張られた結界の白い線が目に入ってしまい、どうにも避けることができない。今回の展覧会は、ほぼ全作品の前に白いロープのようなものが張られて、鑑賞者の接近を妨げているのだ。監視員を十分に配置する予算のない地方館の事情はわからないでもないのだが(それでも、白い線を床に引いたり、板などを絵の前に敷き詰めて床の高さを変えたり、結界のロープを床の近くにまで低くしたりといった、もっとスマートなやり方はあるようにも思われるのだが)、とくにこの一角で、絵の下辺よりもはるかに高い位置に白いロープを張り渡すという神経がよくわからない。来訪者に、良い状態で鑑賞してもらいたいという配慮が感じられない、残念な展覧会だった。


2.知的な処理


 いま代表作と書いたが「北海の男たち」がやはり1960年代前後の洋画壇を席捲したアンフォルメル旋風の影響を受けていることは否定できまい。ぼろぼろと崩れ落ちそうなほどに分厚く盛り上げられた絵の具などは、当時の流行なのだろうと思う。
 砂田らしさが前面に出てくるのは「王と王妃」などの後で、ご本人もたしか「日本一輪郭線を太く描く」などと自称しておられた。

 ただ、今回久しぶりにこれらの絵と対面して、あらためて感じたのは、非常に生まじめな砂田の姿勢である。
 構図はほとんど完璧なX型が多い。複数の人物が直線的に処理されていることからもそれはただちに見て取れる。
 気持ちのおもむくままに筆を走らせたという感じはまったくない。感情や官能の高ぶりが絵筆を奔放に走らせている部分もない。非常に計算だてて、知的な処理によって画面が構築されているように思う。

 しかし、非常に余計なお世話かもしれないが、それって、描いてて楽しかったんだろうか?

 いろんな画家のタイプがあるだろう。奔放に筆を走らせてもそれがかえって魅力になる画家もいれば、計算を非常にしっかりやっていながらそのことを画面では悟らせないようにする画家もいるだろう。
 砂田さんは道教大で長く教壇に立っていたから、教育者的な面が強く出るタイプだったのかもしれない。構図の勉強は一生かけてやるものだと、後進たちに身をもって示していたのかもしれないと思った。

 
3.生まじめさ


 最後の部屋の資料コーナーが興味深かった。
 砂田の原画(所在不明)によって、たくぎん(北海道拓殖銀行、1998年破綻)最後のカレンダーが制作されたことにも触れてあった。

 1980年代の全道美術協会(全道展)の会合の写真もあった。
 北1西2の「大和屋」ではないかという気がするが、そこに集まっている会員たちの名は…

  渋谷栄一 谷口一芳 久守昭嘉 伏木田光夫 本田明二 砂田友治 池田正之助 渡会純价
  八木保次 国松登 小川洋子 小川マリ 鎌田俳捺子 竹岡羊子 八木伸子 尾崎志郎

 いまも健筆をふるっているのは伏木田、渡会、竹岡の3氏のみだ。

 「1991年3月、独立展北海道展で出品者とともに」と題された写真もある。

 そこに名が附されているのは、砂田をはじめ、輪島進一、高橋定敏、竹岡羊子、大地康雄、木村富秋の計6氏であるが、どうみても、川本ヤスヒロさんや斉藤嗣火つぐ ほ さんといった面々も写っている。人数が多いため、会員で区切った(=名前を付すのは会員だけにした)のだろうか。

 スケッチブックのコピーの一部がパウチ化されて、自由に手にとって見られるのはありがたい。
 その中に、自らの過食を厳しく戒めた文章があり、ふだんグウタラと暮らしている筆者の目には「何もここまで自分に厳しくなくても…」と思ってしまった。
 以下、長くなるが、引用したい。

小食を実行出来るのなら
大抵のことはやってのけられる

ごまかしも要領のよさも
小食の世界には通用しない
素朴で謙虚な実行だけが
健康への道に通じている

要は偏った減食をしないこと

贅沢のなかでも
食生活の贅沢さ
乱れがその家族の
衰退にかかわっている
粗食 小食自体の心の鍛錬

人やモノを外見や肩書きで判断するな
組織の新生、回復を待つ

(中略)

食欲という大敵に勝つこと


 う~ん、そんなに砂田さんって、太っていたという印象がないんですが…。

 このまじめさが、あるいは作品にも反映しているのかもしれないとは思った。


4.おまけ。1998年の思い出


 おまけとして、98年の展覧会の際に筆者が北海道新聞に書いた展評を写しておく。
 この画家をコンパクトに紹介しているが、これを読むと、自分がいかに20年近くの間、進歩していないということがわかって、自己嫌悪を抱いてしまいます。


<展覧会>砂田友治展 虚飾そぎ人間の存在描く

 独立展と全道展の会員で、道教大教授として多くの後進を育てたベテラン画家の初の回顧展。展覧会が神田日勝記念館に隣接する会場で開かれたのは、砂田が、日勝がかかわっていた二つの公募展の先輩だった縁で、晩年の彼と交流があったことから。

 一九四〇年から昨年までの油彩四十点が並ぶ。画題の大半は裸の人間。衣装も、社会的なしがらみも、虚飾も、一切をそぎ落とした人間存在をとらえようとする姿勢は一貫している。

 初期の写実的な風景画、静物画を経て、五〇年代から六〇年代初めにかけては、荒々しい筆遣いと厚塗りで、裸婦などを重量感たっぷりに表現している。

 一時期抽象にも手を染めるが、六〇年代半ば以降は、原色を取り入れた群像が多くなる。この時期を代表する作品が六五年の「北海の男たち」だろう。群青色の海の前で赤色の肌を生々しくむき出して立つ男たちは、漁師という職業を超えて、普遍的な人間像に迫っている。

 八〇年代後半からは、太い灰色の輪郭で囲まれた人物が中心となり、色彩も青と赤を多用して、より明るくなった。人間に対する視線に、温かさが出てきたことがうかがえる。九三年の「アダムとエヴァ」=写真=は、楽園を追われたというより仲むつまじい男女に見えるし、夫婦と子どもを題材にした「大地のイメージにる」(八六年)は、幸福なイメージでいっぱいだ。人間の最も原初的なきずなである家族というものを、あらためて考えさせられる。

 同時に、かっちりとした画面を構築しようとする剛直な作家の意思も見逃せない。とりわけ「十字架降下とレール」(九五年)などの近作は、幾何学的ともいえる作風が支配的だ。今後、ますます簡素で力強い空間構成が強まっていくのではないか-そんな予感を抱かせる。

 砂田は一九一六年(大正五年)苫小牧生まれ、札幌在住。




2016年4月29日(金)~6月26日(日)
苫小牧市美術博物館(末広町3)




・JR苫小牧駅から約1.6キロ、徒歩20分
・道南バス「高速ハスカップ号」(札幌駅前ターミナルが始発、大谷地ターミナルなど経由)で「出光カルチャーパーク」降車(片道1310円。乗車時間始発から1時間31分、大谷地から約1時間)


砂田友治展 人間原像=生へのオマージュ (2002、画像なし)
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■山根広充展 竹藍―CHIKURAN (2016年6月20~26日、札幌)

2016年06月26日 01時11分11秒 | 展覧会の紹介-工芸、クラフト
 山根広充さんは、道内では珍しい竹細工師です。札幌を拠点に活動しています。
 1971年北見生まれで、大分県で竹細工の学校に学びました。
 言うまでもなく、北海道には竹はありませんが、日本の伝統工芸らしい作品で、ホームセンターや100円ショップにある樹脂製のざるやかごとは違う良さがあります。

 冒頭画像、右は「正二十面体」、左は「ござ目編みバスケット」。


 

 「六つ目編み盛籠」やコースターなど。
 いずれも接着剤は用いず、編み上げることでかたちをつくっているのがすごいです。

 手にしてみると、非常に軽く、その割にはしっかりしたつくりです。


 ギャラリーに元からある壁のニッチに「麻の葉崩し編み」「二本とび八つ目編み」「六つ目編み」といった、さまざまな竹ひごの編み方を展示しているのがおもしろいです。

 このほか、大きなオブジェが天井からつるされていました。ふだんは、あるお店の入り口に飾ってあるそうです。

 山根さんによると、竹細工でもっとも難しいのはひご作りで、これに全体の3分の2の手間がかかるといいます。
 ノギスで0.05ミリ単位まで正確に太さを測ります。同じ太さ、厚さのひごを作らないと、きれいに編み上げていくことができません。

 山根さんは福岡・大分県でとれる白竹を材料に使っています。
 本州の荒物屋にある竹のかごなどは、山根さんのように白竹を細かく計測して作成するのではなく、青竹を大まかに竹を加工して編んでいるのだそうです。
 さらに言えば、ホームセンターなどにある安い製品は中国製が多く、使っているうちにささくれることもあるそうです。
 
 個展の最終日には、いろいろなワークショップが開かれます。


2016年6月20日(月)~26日(日)午前11時~午後6時
GALLERY kamokamo(南区真駒内幸町1)

□ブログ ohochiku.exblog.jp




・地下鉄南北線「真駒内駅」から約720メートル、徒歩10分
・じょうてつバス、中央バス「南区役所前」から約200メートル、徒歩3分
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6月25日(土)のつぶやき その3

2016年06月26日 00時53分36秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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6月25日(土)のつぶやき その2

2016年06月26日 00時53分35秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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6月25日(土)のつぶやき その1

2016年06月26日 00時53分34秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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■永井美智子個展 (2016年6月20~25日、札幌)

2016年06月25日 16時37分39秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
 
 永井美智子さんは札幌在住で、主体美術と新道展の会員。一貫して、さまざまな色のかけらが、まるで大きめの紙吹雪のように画面に舞っているような抽象画を制作しています。
 今回は、大作と小品あわせて15点を展示しました。

 下に塗った色も透けて見えるように、塗っては削り―を繰り返しているため、制作にはなかなか時間がかかるとのこと。しかし、そのために、コンピュータグラフィクスなどとは異なった、画面の厚みや、レイヤーの重なりが感じられます。
 ただし、個人的には、1990年代から21世紀初めにかけての作品のほうが、色彩がクリアであり、近年はやや濁った感じになっていて、残念に感じていました。
 しかし今回、久しぶりに個展でじっくり見ると、一見濁っているような彩度や明度の低い色調でも、よく見ると落ち着きがあり、これはこれでいいのかなという気もしてきました。 

 右は「アドバンス」。
 これまでは青やピンクがメインだった永井さんが「オーカーなども使って作風に広がりを持たせたい」と取り組んだ作品です。
 さまざまな色が浮かぶ画面は、じっくり見始めると視線をとらえて離しません。

 出品作はほかに「華やぐ I」「華やぐ II」「REVOLVER」(冒頭画像の左)、「アドバンス」など。

 個展は札幌時計台ギャラリーで、おおむね隔年で開いています。当然今回が、同ギャラリーでは最後になりますが、次回以降はまだ決めていないとのこと。


6月20日(月)~25日(土)午前10時~午後6時(最終日~午後5時)
札幌時計台ギャラリー(中央区北1西3)

関連記事へのリンク
Color's 5 色彩からの絵画性-女性5人展 (2013)=画像なし

【告知】永井美智子個展 (2011)

第7回主体美術北海道グループ展 (2009)=画像なし

永井美智子個展(2008年)
第13回さいとうギャラリー企画 夏まつり「風」パートII (2007)=画像なし

永井美智子個展(2006年)
新道展 50周年記念展 (2005)=画像なし

■祭り・FEST展パートⅡ (2003)=画像なし
永井美智子個展(2002年)
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■鈴木吾郎展 (2016年6月20~25日、札幌)

2016年06月25日 13時13分13秒 | 展覧会の紹介-彫刻、立体
 鈴木吾郎さんは小樽のベテラン彫刻家。
 数年前から道展や小樽市展をやめ、創作に集中しています。ここ数年もっぱら取り組んでいるのは、テラコッタの少女像です。
 札幌時計台ギャラリーでの個展は2009年以来とのこと。

 人物像というのは、単なる写実に見える人もいるかもしれませんが、なかなか奥の深い世界だと思います。
 ただ、人間から型を取ったみたいな描写をしても、それは「リアル」ではなくて「グロテスク」になりがちです。
 古代ギリシャ彫刻が古来称賛されてきたのは、リアルと理想のあいだで絶妙のバランスをとっているからでしょう。
 鈴木さんの作品も、丸みを帯びたラインがすばらしく、単なるリアルさとも、かわいらしいデフォルメとも異なる、人物彫刻らしさにあふれたものになっていると思います。
 それでいて、宙を飛んでいるような姿勢はユニーク。量塊性が重視される彫刻の世界で、その対極にある軽やかさを追究しているのでしょうか。

 冒頭の端は「試作 トルソー」。
 いまなお衰えぬ作者の実験精神がうかがえます。




 中央は「哀しみの女 2012」。

 取り巻くように置かれている漁網や流木などは、鈴木さんが用意。それらを、搬入を手伝ってくれた人たちが自由に配置して、インスタレーション的な展示にしました。
 木片などは見る人が自由に動かしていいとのこと。
 作者が東日本大震災への思いをこめて作ったというだけに、津波に襲われた海岸を想起させる一角です。




 今回の個展には、彫刻15点のほか、デッサンも13点展示されています。
 すぐれた彫刻家のデッサンは、へたな画家のそれよりもすぐれているとは、よくいわれることですが、鈴木さんのデッサンも線に迷いがなく、的確に対象を捉えています。




 今回の個展には、テラコッタの少女像のほかに、めずらしく男性像も出品されています。
 この画像の作品は「哀しみの男・阿々Q」。
 奇妙なタイトルですが「阿々Q」は、ああ9、という嘆きです。男の持つ頭蓋骨には、憲法9条が死に瀕しているという危機感がこめられています。


6月20日(月)~25日(土)午前10時~午後6時(最終日~午後5時)
札幌時計台ギャラリー(中央区北1西3)


関連記事へのリンク

鈴木吾郎「屯田時計塔」 (北見)

【告知】鈴木吾郎 彫刻50年展 (2012)
【告知】鈴木吾郎 / 哀しみの容(かたち)展 (2011)

鈴木吾郎古希・テラコッタ自選展(2009年)
小樽 美術家の現在シリーズ1 鈴木吾郎展

鈴木吾郎テラコッタ新作展(2002年)

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6月24日(金)のつぶやき その2

2016年06月25日 00時54分23秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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6月24日(金)のつぶやき その1

2016年06月25日 00時54分22秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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後藤純男さん、上富良野町へ作品寄贈

2016年06月24日 21時06分58秒 | 新聞などのニュースから
 2016年6月23日の北海道新聞から。 

 【上富良野】上川管内上富良野町にアトリエと美術館を構える、日本画家の後藤純男さん(86)が22日、同町に自身の作品で美術館に所蔵する本画136点、素描235点の計371点を寄贈した。同町によると、評価額は23億3千万円相当になるという。寄贈作には「十勝岳連峰」など道内の自然、代表作の一つ「春映長谷」など日本の四季をテーマにした作品がある。

 後藤さんは東京芸大教授を退官した1997年、同町内に後藤純男美術館を開設。日本芸術院賞、恩賜賞を今月13日に受賞したばかり。

 作品を売らない画家として知られているが、「人はいつか、命が絶える。税金のこともあり、大好きな上富良野町に作品を所有してもらえれば、永久に見てもらえる」(行定俊文・後藤純男美術館館長)ことが寄贈につながったという。

 同町は、町の観光、文化振興に寄与する目的に使用することなどの条件を付け、寄贈作を美術館に無償で貸与。このため、寄贈作は従来通り、同館で鑑賞することができる。

 町役場で行われた寄贈式に、後藤さんは体調が悪いため欠席したが、妻の恂子じゅん こ さんが向山富夫町長に目録を手渡した。行定館長は「町に快く引き受けてもらい、後藤は喜んでいる」とあいさつ。向山町長は「言葉にできないほどの喜び」と述べた。

 美術館は上富良野町東4線北26号。年中無休で、夏季は午前9時から午後5時まで。(以下略)


 後藤さんは寺社の風景画などをよくする院展同人のベテラン。
 生まれは1930年(昭和5年)、千葉県です。山本丘人らに師事し、院展には1952年初入選。74年に同人に推挙されました。
 もともと層雲峡や十勝岳をスケッチして絵を描くなど道内は好きだったそうですが、道内にアトリエの拠点があったら―という話がとんとん拍子に進んで、91年に上富良野に自分のアトリエが完成。その後、美術館を開くことになったそうです。

 じつは筆者は、同美術館には一度も行ったことがありません。
 富良野地方は道内屈指の観光エリアだけに、一度ゆっくり回ってみたいものです。
 と同時に、ときには企画展などを開催して、札幌など各地の美術ファンを誘引するきっかけをつくってくれたらいいなと思います。

 たくさんの貴重な日本画が、もともと後藤さんの出生地でもない北海道に残ったことは、うれしく感じました。


□後藤純男美術館 http://www.gotosumiomuseum.com/




・JR上富良野駅から約2.56キロ、徒歩33分

町営バスが1日4往復走っています。後藤純男美術館で降車、すぐ
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6月23日(木)のつぶやき その2

2016年06月24日 00時53分56秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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6月23日(木)のつぶやき その1

2016年06月24日 00時53分55秒 | 未分類・Twitterのまとめ・その他
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