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小松宮彰仁親王像=東京'18(イ)ー15

2018年02月15日 12時18分07秒 | 街角と道端のアート
(承前)

 東博の建物に入る前に、記事を1本。

 上野公園を歩いている途中、左手に、高い台座の上に載った騎馬像があるのに気づいた。
 明治か大正に建立されたものだろう。

 「小松宮彰仁親王像」とある。明治維新の際、鳥羽・伏見の戦いや会津討伐に力のあった皇族のようだ。

 作者は大熊氏広(1856~1934)。
 工部美術学校彫刻科の1期生であり、のちローマに留学した、近代彫刻のはしりの作家で、靖国神社の大村益次郎像もこの人の作らしい。


 こちらのブログによれば、欧洲留学中は黒田清隆や森鷗外らと親交を結び、大村益次郎像は日本初の本格的なブロンズ鋳造の像であり、文展審査員を長年務めたという。
 まさに近代彫刻史に残る存在でありながら、おなじ上野公園にある西郷隆盛像およびその作者高村光雲と、知名度に差がありすぎるような気がする。

 どうしてこういう事態が起きるのだろうか。

 また、この像が金属供出をまぬかれたのは、やはり皇族で畏れ多いということなのだろうか。

 この手の騎馬像、銅像は、戦前には、今よりも多く各地にあったはずである。
 札幌にも大通公園の3丁目に永山武四郎の像があった。
 大半は金属供出にあって、残っていない。

 戦後のモニュメントは、大通公園3丁目にあるのが本郷新の「泉の像」であることからもわかるように、非常に高い台座から下々の者を威張って睥睨へいげいするのではなく、市民と同じような高さに、女性の像を置くのが主流になった。
 「泉の像」などは、設置当時は、軍人の騎馬像を見慣れた目には、斬新に映ったのかもしれない。




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