
きょうはこの話題で決まり、でしょう。
女子サッカーのワールドカップ(W杯)ドイツ大会決勝で、日本チーム(なでしこジャパン)が、世界ランキング1位の米国を、PK戦の末に破り、初優勝を果たしました。
わたしも、目覚まし時計を朝3時40分にセットして、テレビの前で、静かに(家族が起きるといけないので)応援していました。
地元・北見の選手が、控えとはいえ、メンバーにいることもありまして。
(なんでも仕事に結びついてしまう…)
1.女子サッカーの美しさ
正直に告白します。
延長戦でワンバク選手にヘディングシュートを決められたとき
「ああ、ここまでよく粘ったけれど、さすがにもうだめだろう」
と内心思いました。
まさか追いつくとは思わなかった。
選手のみなさんの「あきらめない心」に脱帽です。
延長戦が終わってPK戦になるとき、円陣を組んでいる選手と監督が笑っているのを見ました。
45分×2プラス延長戦の死闘をたたかってきた人たちがにこやかにしている…。
「この人たち、すごい」
と感じ、これはひょっとしたらPK戦で勝てるかも…という期待がわいてきたのでした。
ところで、わたしは準決勝のスウェーデン戦と決勝戦をテレビで見たに過ぎないのですが、この2試合は、自分の目にはとても美しいものに感じられました。
なぜか。
男子の試合だと、ユニフォームを引っ張り合ったり、タックルを掛けて転ばしたりといった、ぶつかり合いが多い。
今回見た2試合は、パスを華麗に回す展開が多く、そういう肉弾戦が非常に少ないんですね。
だから、ファウルが少なく、イエローやレッドカードが出る場面もあまりないし、ファウルが少ないと言うことはプレイの中断も少ないということなのです。
個人的な、しかも変な話ですが、わたしがサッカーのパスの極意を知ったのは、高校の学園闘争を正面から描いた長篇の異色マンガ「共犯幻想」(斎藤次郎・作、真崎守・絵)のおかげでした。
サッカーのパスは、相手のいる場所に出すんじゃないんですよね。
1ないし2秒後に相手が走り込んでくるであろう場所を予測して、けり込むのです。
だから、そこには、練習の積み重ねによる「信頼」と、相手の出方を読む能力が必要になってくるわけです。
準決勝と決勝で随所に見られたパスは、まさにそういうものでした。
しかも、その、信頼による予測が、瞬間的に行われるわけです。
これを「美しい」といわずに、なんといえばいいのか。
2.正字と新字
まあ、戦術面の話などはわたしなんぞよりもはるかにくわしい人が大勢いるでしょうから、おまかせして…。
別の話題にうつります。
ワールドカップでみごと最優秀選手にえらばれた、日本チームの大黒柱は、テレビでは「澤」と表記されていますが、新聞では「沢」となっています。
これは、どちらかが正しくてどちらかが誤りという、単純な話ではありません。
戦後、漢字の使用を制限する目的で「当用漢字」(常用漢字の前身)が制定されたとき、それまでの字体をかなり簡略化する措置がとられました。
「醫」が「医」に、「樂」が「楽」に、「榮」が「栄」に…などの例はよく知られていると思います。
簡略化する前の字体を「正字」、簡略後の当用漢字の字体を「新字」といいます。
このとき、「澤」も、当用漢字入りするにともない「沢」となりました。
新聞などは、なるべく誰でも読めるように-という方針のもと、常用漢字以外の漢字の使用は原則として避けています。
そして、ひとつの漢字はひとつの字体で、というのが、大原則です。
したがって「澤」も、「沢」と表記するのです。
ただ、これは、人の名前という固有名詞です。
それを機械的に変えてしまうのも、個人的には抵抗がありますよね。
実際、原則には例外がつきもので、たとえば「ぜひ正字で」という文化人、たとえば「倉本聰」などは、決して新聞各紙では「倉本聡」とはしません。「竜」と「龍」など、あまりに字体が異なるものも、別扱いを認めています。
一方で、いくら固有名詞だからといって、本人が主張する字体を無原則に認めていくと、人工的な漢字がつくられるなどして、際限がなくなってしまう可能性もあります。
非漢字圏の人には説明しようのない、悩みだと思います。
なでしこ世界一…女子W杯、PK戦で米下す(読売新聞) - goo ニュース
ベストイレブンに沢ら=独サッカー誌―独各紙、日本の粘りを絶賛・サッカー女子W杯(時事通信) - goo ニュース
女子サッカーのワールドカップ(W杯)ドイツ大会決勝で、日本チーム(なでしこジャパン)が、世界ランキング1位の米国を、PK戦の末に破り、初優勝を果たしました。
わたしも、目覚まし時計を朝3時40分にセットして、テレビの前で、静かに(家族が起きるといけないので)応援していました。
地元・北見の選手が、控えとはいえ、メンバーにいることもありまして。
(なんでも仕事に結びついてしまう…)
1.女子サッカーの美しさ
正直に告白します。
延長戦でワンバク選手にヘディングシュートを決められたとき
「ああ、ここまでよく粘ったけれど、さすがにもうだめだろう」
と内心思いました。
まさか追いつくとは思わなかった。
選手のみなさんの「あきらめない心」に脱帽です。
延長戦が終わってPK戦になるとき、円陣を組んでいる選手と監督が笑っているのを見ました。
45分×2プラス延長戦の死闘をたたかってきた人たちがにこやかにしている…。
「この人たち、すごい」
と感じ、これはひょっとしたらPK戦で勝てるかも…という期待がわいてきたのでした。
ところで、わたしは準決勝のスウェーデン戦と決勝戦をテレビで見たに過ぎないのですが、この2試合は、自分の目にはとても美しいものに感じられました。
なぜか。
男子の試合だと、ユニフォームを引っ張り合ったり、タックルを掛けて転ばしたりといった、ぶつかり合いが多い。
今回見た2試合は、パスを華麗に回す展開が多く、そういう肉弾戦が非常に少ないんですね。
だから、ファウルが少なく、イエローやレッドカードが出る場面もあまりないし、ファウルが少ないと言うことはプレイの中断も少ないということなのです。
個人的な、しかも変な話ですが、わたしがサッカーのパスの極意を知ったのは、高校の学園闘争を正面から描いた長篇の異色マンガ「共犯幻想」(斎藤次郎・作、真崎守・絵)のおかげでした。
サッカーのパスは、相手のいる場所に出すんじゃないんですよね。
1ないし2秒後に相手が走り込んでくるであろう場所を予測して、けり込むのです。
だから、そこには、練習の積み重ねによる「信頼」と、相手の出方を読む能力が必要になってくるわけです。
準決勝と決勝で随所に見られたパスは、まさにそういうものでした。
しかも、その、信頼による予測が、瞬間的に行われるわけです。
これを「美しい」といわずに、なんといえばいいのか。
2.正字と新字
まあ、戦術面の話などはわたしなんぞよりもはるかにくわしい人が大勢いるでしょうから、おまかせして…。
別の話題にうつります。
ワールドカップでみごと最優秀選手にえらばれた、日本チームの大黒柱は、テレビでは「澤」と表記されていますが、新聞では「沢」となっています。
これは、どちらかが正しくてどちらかが誤りという、単純な話ではありません。
戦後、漢字の使用を制限する目的で「当用漢字」(常用漢字の前身)が制定されたとき、それまでの字体をかなり簡略化する措置がとられました。
「醫」が「医」に、「樂」が「楽」に、「榮」が「栄」に…などの例はよく知られていると思います。
簡略化する前の字体を「正字」、簡略後の当用漢字の字体を「新字」といいます。
このとき、「澤」も、当用漢字入りするにともない「沢」となりました。
新聞などは、なるべく誰でも読めるように-という方針のもと、常用漢字以外の漢字の使用は原則として避けています。
そして、ひとつの漢字はひとつの字体で、というのが、大原則です。
したがって「澤」も、「沢」と表記するのです。
ただ、これは、人の名前という固有名詞です。
それを機械的に変えてしまうのも、個人的には抵抗がありますよね。
実際、原則には例外がつきもので、たとえば「ぜひ正字で」という文化人、たとえば「倉本聰」などは、決して新聞各紙では「倉本聡」とはしません。「竜」と「龍」など、あまりに字体が異なるものも、別扱いを認めています。
一方で、いくら固有名詞だからといって、本人が主張する字体を無原則に認めていくと、人工的な漢字がつくられるなどして、際限がなくなってしまう可能性もあります。
非漢字圏の人には説明しようのない、悩みだと思います。
なでしこ世界一…女子W杯、PK戦で米下す(読売新聞) - goo ニュース
ベストイレブンに沢ら=独サッカー誌―独各紙、日本の粘りを絶賛・サッカー女子W杯(時事通信) - goo ニュース
ところで今週のEテレ「ピタゴラスイッチ」アルゴリズム体操では、今大会出発2日前に収録したという「なでしこジャパン」の面々が踊っております。すごい。
いや~、「共犯幻想」は名作ですよ。
自分に深い影響を与えた作品であり、また、とにかく古本屋、新刊書店、探し回った本でもあります。
あの漫画で、バリケードの中に入る高校生のひとりがサッカー部出身なんですよ。