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東京都現代美術館の閉鎖記事騒動と「美術ジャーナリスト」に思うこと

2013年04月06日 01時23分45秒 | 新聞などのニュースから
 すでにご存知のかたも多いだろうが、美術情報誌「月刊ギャラリー」に掲載された、「美術ジャーナリスト」名古屋覚氏の記事が発端となって、4月1日から3日にかけて、東京都現代美術館が閉館されるといううわさが、ネット上を飛びかった。

 1.発端

 Yahoo!のリアルタイム検索によると、1日の昼から Facebook 上ではちらほら話題になっていたようだが、twitter で広がり始めたのは、1日夜からである。

 発端は、「ギャラリー椿」の日記の「3月30日②」。
 以下、引用する。

ギャラリー4月号の名古屋覚氏の記事の中に、東京都現代美術館を閉館し、主に都内在住作家による最新のアニメやゲームと、書や工芸などわが国の伝統美術を同時に紹介する「クールトーキョーフォーラム」を同館建物内に新設する方針を固めた。
収蔵品売却と美術館清算のために必要な条例案を年内にも都議会に提出するということが書かれてあったが、全く寝耳に水で驚いている。
現代美術館が採算ベースに合わないのだろうか。
本当だとしたら由々しき問題である。


 2.拡散

 美術展の感想などをよくつぶやいている「はむぞう」さん @hamuzou
「東京都現代美術館の閉館、収蔵品売却の方針について。ギャラリー椿のギャラリー日記3/29の記事」
と、つぶやいたのは、午後9時22分。
 これは41件リツイート(拡散・引用)されている。

 さらに、村上隆氏などを擁する現代美術画廊ミヅマアートギャラリーの三潴末雄さんが、同日午後11時過ぎにつぶやいた
(指摘をいただき、一部削除しました。いずれにせよ、三潴さんは名高いギャラリストです)

東京都現代美術館が閉館される…?エープリルフールの話しでは無い。
ギャラリー4月号の名古屋覚氏の文中に、美術館を閉館し、都内在住作家による最新のアニメやゲームと、書や工芸などわが国の伝統美術を同時に紹介する「クールトーキョーフォーラム」を同館建物内に新設する方針の記事が


 このツイートは569件もリツイートされており、うわさが爆発的に広まることになってしまった。
 三潴さんは、同様のツイートを、4月2日の朝にも繰り返している。
 もう少し、発信元が誰なのかを精査してから、拡散してほしかったと思う(理由は後述する)。
 大震災のとき、デマが吟味せずに広がっていったことについての反省が、ちっとも生かされていないと思うからだ。


 美術界でフォロワーの多い人のうち、林容子さん @artwoods は「ホントなの?」と反応し、 @cezannisme さんは「確証のない情報、あまり拡散しない方がいいと思うけどな。都現美の件。」とつぶやいていた。

 3.鎮静化

 翌2日、いちはやく対応したのが、ライターの橋本麻里さん @hashimoto_tokyo であった。

東京都現代美術館の閉館話、伝聞ばかりが回っているので普通に都庁の文化振興部文化政策係に電話して訊いてみた。「その記事(月刊ギャラリー4月号)については昨日把握した。こちらとしても寝耳に水。どうしてそのように書かれたのかわからない。当方では関知していない」とのことでした。


 このツイートは572回リツイートされており、火消しにかなり貢献した。

 さらに、その後、有名ブロガーのTak(たけ)さん @taktwi や、佐々木俊尚氏 @sasakitoshinao の、うわさを否定するツイートによって、鎮静化していったようである。

 3日には、東京都現代美術館から、記事を公式に否定し、抗議する旨のツイートが流れた。
 ブログはこちら(http://www.mot-art-museum.jp/blog/staff/2013/04/post_198.html)。
 次のように書かれている。

 『月刊ギャラリー』4月号に掲載された美術ジャーナリスト名古屋覚氏の記事『評論の眼』において、「東京都現代美術館を閉館し、(中略)「クールトーキョーフォーラム」を同館建物内に新設する方針を、東京都はこのほど固めた。収蔵品売却と美術館清算のために必要な条例案を年内にも都議会に提出するという」という記載がなされ、報道各社や心配された方々から当館に多数の問合せが寄せられております。

 名古屋氏の記事のうち当館に関する部分につきましては全くの事実無根であり、閉館の予定などはございません。「月刊ギャラリー」編集部に対しては、現在、強く抗議しているところでございます。


 4日になって、月刊ギャラリー編集部が謝罪するとともに、名古屋氏がメッセージを出した。
http://www.g-station.co.jp/20130404.html

 マスコミ各社が記事化したのは、5日になってからのようだ。
 共同通信は、「雑誌側はエープリルフールのジョークのつもりだったが、関係者は「しゃれになっていない」とあきれている。」と報じている。
http://www.47news.jp/CN/201304/CN2013040501001252.html

 4.美術ジャーナリストに「 」をつけた理由

 さて、このあいだ、筆者は何をやっていたかというと、仕事中だったのであまりつぶやけなかったのだが、最初から怪しいとは思っていた。
 なぜなら、この「月刊ギャラリー」の記事を書いた自称「美術ジャーナリスト」の名古屋某をググってみると、なんだかな~という結果がやたらと出てくるのである。

 たとえば、美術批評誌「LR」では、著名な美術評論家の針生一郎氏(故人)にコテンパンに批判されている。
http://www2a.biglobe.ne.jp/~yamaiku/honhon/lr/lr.hariu.htm

彼の偏見が典型的にあらわれているのは、丸木位 里・俊の《南京大虐殺の図》にふれた部分である。

「この作品は、日本では現在も事実かどうかを巡って議論が続いている。『南京大虐殺』という〈仮説(ママ、正しくは仮設―針生)〉を、あたかも自明のことのように主題として描いたものだ。つまり、現時点ではフィクションとして表現されるべき主題を、事実として表しているところが非常にいかがわしい」


 長い文章なので、引用は終わり。詳しくはリンク先を読んでいただきたい。
 このテキストは、南京事件がテーマではないので詳細は省くが、歴史学者や評論家らの間で論争がかわされてきたのは主にその規模をめぐってであり、虐殺事件が全くなかったなどと言っているのは無知なネトウヨだけだろう。

 次の批評文
http://www.nodacontemporary.com/exhibition/018.html
も、控えめにいって、支離滅裂である。

日本は素晴らしい国だと言った軍人が職を追われる、そんな日本だからである。自国を否定する政府見解こそ、世界の非常識だ。ドイツ人さえ、悪いのはナチスで、自国は立派だと思っている。リヒターの、キーファーの国は強い軍を持ち、外国に派兵もする。大人っぽく巧みな油絵は、自分の居る場所、つまり自国への自信と愛を持たなければ描けない。日本の美術を良くするには、日本は「良い場所」だと教えなければならない。


 やれやれ。
 こんな人にこんなほめ方をされた画家も気の毒である(もし、こういう評価を望んでいたのであれば別だけど)。
 百歩ゆずってそういう考えがあったとしても、絵の明るさとは全く関係のない話だろう。

 5.なにがエイプリルフールだよ

 今回の騒動に際して出された「メッセージ」も、一読してあきれざるを得なかった。

「本誌発行日には」(4月1日のこと)とヒントまで書いたのに、世界で楽しまれているエープリルフールのジョークが分からない方々が美術館や文化行政や報道に携わっていたり、美術に関心を持っていたりするらしいこと、また中には実際の記事も読まずにツイッター等の情報をうのみにする方々もいるらしいこと、そしてそれ故、このたびそうした方々をお騒がせしてしまったことは、大変遺憾であります。
わが国の社会や美術界の特異性を示す現象かもしれません。


 彼は、いちばん迷惑をかけたであろう東京都現代美術館に謝罪していないように見える。
 「遺憾」という語に、ごめんなさいの意味を込めたのか。

 すこし話がそれる。
 むかし、北海道新聞が、札幌の藻岩山ロープウエイに路面電車が乗り入れるというエイプリルフール記事を書いたことがあった。
 そのとき、記者は、上司などに周到に根回しする一方で、問い合わせが殺到するかもしれない札幌市交通局に対しても事前に話を通した上で、ようやく記事化に踏み切ったという。

 実は、北海道新聞は、その何年かあとに、別のエイプリルフール記事で、「うそ記事」という但し書きが小さすぎたために、多くの読者の混乱を招いたというミソをつけているので、あまり偉そうなことはいえない。

 それにしても、話は戻るけれど、エイプリルフールの記事を書くのであれば、事前に、記事の対象となる機関なり人にひとこと断っておくのが、人間として、最低限の礼儀ではないかと思う。
 エイプリルフールの記事としてセンスがなさすぎるという以前の問題なのである。

 こういう人間が「美術ジャーナリスト」と称して新聞や雑誌に原稿を書いたり、VOCAの審査員を務めていたりするのが、まったく理解不能としか言いようがない。
 日本の美術界は、そこまで人材が払底しているわけではないだろうに。


(4月7日、3と4で、すこし言い回しを変えた部分があります。8月1日、タイトルをすこし変更しました)


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2 コメント

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感想 (竹下正剛)
2013-04-06 22:24:47
リンク先の文章に「ラッセンがなぜ嫌われるのかわからない」とあるのを読んで、ジグソーパズルとか作って評論していればちょうど良いのではないかと思いました。芸術であったり、エイプリルフールという文化が、ある程度整備された高速道路だとしたら、いきなり原付で乗り込んで来て「料金も払ったしヘルメットも被ってるんだから好きに走らせろ!」とか、おまわりさんに叫んでいるような、そんなレベルの変なヒトなので、鎮静化した後は、一切構わないのが一番だと思いました。が、夕刊にこの話題載っていて、このヒト喜んじゃうんじゃないかと思ったり、「美術ジャーナリスト芸人としてデビューする!」とかおかしな方向に行ってしまうのが心配です。もっとも、ユーモアのセンスが皆無なので芸人では成功しないでしょう。
Unknown (ねむいヤナイ@北海道美術ネット)
2013-04-07 21:40:24
竹下さん、こんばんは。

リンク先にラッセンのことなんてありましたか(笑)。ちゃんと読んでなくてすみません。
私も、じつはラッセンは、ちょっと気の毒だと思ってます。
彼のイルカの絵がだめというよりも、日本においてわけのわからん業者がキャッチセールス的に彼の版画をうりさばくなどしたため、彼のイメージが決定的に低下したという面のほうが大きいと思うのです。
それと同時に、ふだん日常的に美術に関係も興味もない層に対しては
「アート? ああ、ラッセンみたいなやつ?」
「ギャラリーって怖い。入ると、ラッセンの絵を無理やり売りつけられたりするんでしょ?」
的なイメージを植えつけてしまい、なんというか、ラッセン自身というより、彼を扱った業者の罪は大きいんじゃないでしょうかね。

あんまり本題と関係ないレスで失礼。

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