
十勝管内鹿追町の神田日勝記念美術館で、
開館20周年特別企画展「室内における人間像~その空間と存在」―神田日勝の『室内風景』の内奥へ
を見てきた。
意外だが、同館が道外から作品を借りて展示するのは、これが初めてのことらしい。
今回は、日勝の代表作にして最後の完成作であり、北海道の美術史でもひときわ名高い絵画「室内風景」(道立近代美術館蔵)を軸に据え、戦後の「密室の絵画」ともいわれた一群の作品と、人間像とのかかわりについて、焦点を当てた展覧会だと言って良さそうだ。
会場で、「おおっ」と思ったのは、やはり河原温「孕んだ女」(1954)。
こういう題名だけど、「浴室」という題がついていてもおかしくないくらい、「浴室」っぽい作品だ。
言うまでもなく「浴室」は、日本の戦後絵画を代表する連作。格子状のタイルに囲まれた密室に、バラバラ屍体が、重力と無関係の向きにあちこち配置されているというもの。タッチが漫画ふうであっけらかんとしているので、グロテスクさよりも、おかしみのようなものが感じられる。しかし、そこにあるのは、人間性を蹂躙する現実世界への強い忌避の姿勢であろう。
なお、よく知られているように河原温は1960年代後半からニューヨークに住んで、 DATE PAINTING シリーズを発表し、コンセプチュアルアートを代表する世界的なアーティストになった(海外で出版されている美術書でもしばしば言及されている)が、本人は公の場に一切姿を見せておらず、謎に包まれている。
もう1点は、鶴岡政男「重い手」。
これも、日本の戦後絵画を代表する1点と言い切ってさしつかえないだろう。
両肩に巨大な手を載せられてあえぐ裸の男は、何度も見ているが、ずしんと見るものに迫ってくる。
筆者はこれを単純に、道内初公開ではないかと考えていたが、同美術館の釜沢恵子学芸員によると、1951年8月に野見山暁治らと自由美術札幌講習会に参加し、同月、札幌冨貴堂ギャラリーに展示されているという。(こんな戦後の早い時期に、札幌にギャラリーがあったということが意外だった)
あと、いささか興味本位にはなるが、三尾公三のタブローを見ることができたのも良かった。
エアブラシを使った彼の絵は、なんといっても写真週刊誌「FOCUS」で有名なのだが、それを描き始める前の作品に接する機会は、ありそうでなかなかない。
いや、なかなか無いと言えば、昨今は「現代アート」が流行で、今回のように、戦後の絵画史にじっくりと向き合った企画は、全国的にみても実に少ない。道内の美術館で、全国の潮流を視野に入れつつ、戦後美術の歴史を振り返った企画となると、ほとんどないというのが現状といってさしつかえないと思う。
その意味でも、今回の神田日勝記念美術館の展覧会は、地味ではあるが、すばらしい仕事だといえよう。
出品作は次の通り。
油彩
鶴岡政男 「重い手」1949年(東京都現代美術館蔵)
朝妻治郎 「人間」1950年(同)
河原 温 「孕んだ女」1954年(東京国立近代美術館蔵)
小山田二郎「鳥女」1961年(東京都現代美術館蔵)
神田日勝 「ゴミ箱」1961年
「人」1962年(道立近代美術館蔵)
「飯場の風景」1963年
田口安男 「私自身」1965年(東京都現代美術館蔵)
井上長三郎「休憩」1967年(東京都現代美術館蔵)
神田日勝 「室内風景」1968年(道立近代美術館)
「静物・家(未完)」1970年
「馬(絶筆・未完」1970年
大沼映夫 「二年目の仮縫い」1975年(東京都現代美術館蔵)
三尾公三 「女A」「女B」1975年(東京国立近代美術館蔵)
市野英樹 「室内にて」1978年(東京都現代美術館蔵)
奥谷 博 「人我春秋」1978年(東京都現代美術館蔵)
素描・水彩
池田龍雄 「倉庫」1957年(東京都現代美術館蔵)
神田日勝 「室内風景」1970年ごろ
「室内風景」1970年ごろ
「人形」1970年ごろ
「人と牛」
「トラックと人」
「壁と人」
「静物」
「男」
石井茂雄 「倒立する女」(東京都現代美術館蔵)
「三つの球をもつ男」(東京都現代美術館蔵)
「抛擲された男・机」(東京都現代美術館蔵)
「浮遊する女」(東京都現代美術館蔵)
版画
石井茂雄 「タレント達 A」1960年(東京都現代美術館蔵)
「タレント達 B」1960年ごろ(東京都現代美術館蔵)
野田哲也 「日記 1968年5月15日」1968年(東京都現代美術館蔵)
田村文雄 「夢想記―夜」1970年(東京都現代美術館蔵)
「夢想記-個人的な疑いと畏れと」1970年(東京都現代美術館蔵)
「夢想記―隔りの意識 II」1971年(東京都現代美術館蔵)
木村光佑 「現在位置 存在A」1971年(東京都現代美術館蔵)
「現在位置 存在C」1971年(東京都現代美術館蔵)
野田哲也 「日記 1976年8月19日」1976年(東京都現代美術館蔵)
フライヤーの紹介文は次の通り。
2013年6月26日(水)~8月25日(日)午前10時~午後5時(展示室への入場は午後4時半まで)
月曜休み(ただし祝日は開館し翌火曜休み)。祝日の翌日休み
神田日勝記念美術館(鹿追町東町2) http://kandanissho.com/
一般510円(10人以上の団体450円)、高校生300円(同250円)、小中学生300円(同250円)
【関連事業】
●記念講演会 8月25日(日)午後2時
「壁―その拮抗のはざまで~戦後日本美術の一断面~」
講師:佐藤友哉氏(札幌芸術の森美術館長)
(無料・鹿追町民ホール)
※馬耕忌と同時開催
開館20周年特別企画展「室内における人間像~その空間と存在」―神田日勝の『室内風景』の内奥へ
を見てきた。
意外だが、同館が道外から作品を借りて展示するのは、これが初めてのことらしい。
今回は、日勝の代表作にして最後の完成作であり、北海道の美術史でもひときわ名高い絵画「室内風景」(道立近代美術館蔵)を軸に据え、戦後の「密室の絵画」ともいわれた一群の作品と、人間像とのかかわりについて、焦点を当てた展覧会だと言って良さそうだ。
会場で、「おおっ」と思ったのは、やはり河原温「孕んだ女」(1954)。
こういう題名だけど、「浴室」という題がついていてもおかしくないくらい、「浴室」っぽい作品だ。
言うまでもなく「浴室」は、日本の戦後絵画を代表する連作。格子状のタイルに囲まれた密室に、バラバラ屍体が、重力と無関係の向きにあちこち配置されているというもの。タッチが漫画ふうであっけらかんとしているので、グロテスクさよりも、おかしみのようなものが感じられる。しかし、そこにあるのは、人間性を蹂躙する現実世界への強い忌避の姿勢であろう。
なお、よく知られているように河原温は1960年代後半からニューヨークに住んで、 DATE PAINTING シリーズを発表し、コンセプチュアルアートを代表する世界的なアーティストになった(海外で出版されている美術書でもしばしば言及されている)が、本人は公の場に一切姿を見せておらず、謎に包まれている。
もう1点は、鶴岡政男「重い手」。
これも、日本の戦後絵画を代表する1点と言い切ってさしつかえないだろう。
両肩に巨大な手を載せられてあえぐ裸の男は、何度も見ているが、ずしんと見るものに迫ってくる。
筆者はこれを単純に、道内初公開ではないかと考えていたが、同美術館の釜沢恵子学芸員によると、1951年8月に野見山暁治らと自由美術札幌講習会に参加し、同月、札幌冨貴堂ギャラリーに展示されているという。(こんな戦後の早い時期に、札幌にギャラリーがあったということが意外だった)
あと、いささか興味本位にはなるが、三尾公三のタブローを見ることができたのも良かった。
エアブラシを使った彼の絵は、なんといっても写真週刊誌「FOCUS」で有名なのだが、それを描き始める前の作品に接する機会は、ありそうでなかなかない。
いや、なかなか無いと言えば、昨今は「現代アート」が流行で、今回のように、戦後の絵画史にじっくりと向き合った企画は、全国的にみても実に少ない。道内の美術館で、全国の潮流を視野に入れつつ、戦後美術の歴史を振り返った企画となると、ほとんどないというのが現状といってさしつかえないと思う。
その意味でも、今回の神田日勝記念美術館の展覧会は、地味ではあるが、すばらしい仕事だといえよう。
出品作は次の通り。
油彩
鶴岡政男 「重い手」1949年(東京都現代美術館蔵)
朝妻治郎 「人間」1950年(同)
河原 温 「孕んだ女」1954年(東京国立近代美術館蔵)
小山田二郎「鳥女」1961年(東京都現代美術館蔵)
神田日勝 「ゴミ箱」1961年
「人」1962年(道立近代美術館蔵)
「飯場の風景」1963年
田口安男 「私自身」1965年(東京都現代美術館蔵)
井上長三郎「休憩」1967年(東京都現代美術館蔵)
神田日勝 「室内風景」1968年(道立近代美術館)
「静物・家(未完)」1970年
「馬(絶筆・未完」1970年
大沼映夫 「二年目の仮縫い」1975年(東京都現代美術館蔵)
三尾公三 「女A」「女B」1975年(東京国立近代美術館蔵)
市野英樹 「室内にて」1978年(東京都現代美術館蔵)
奥谷 博 「人我春秋」1978年(東京都現代美術館蔵)
素描・水彩
池田龍雄 「倉庫」1957年(東京都現代美術館蔵)
神田日勝 「室内風景」1970年ごろ
「室内風景」1970年ごろ
「人形」1970年ごろ
「人と牛」
「トラックと人」
「壁と人」
「静物」
「男」
石井茂雄 「倒立する女」(東京都現代美術館蔵)
「三つの球をもつ男」(東京都現代美術館蔵)
「抛擲された男・机」(東京都現代美術館蔵)
「浮遊する女」(東京都現代美術館蔵)
版画
石井茂雄 「タレント達 A」1960年(東京都現代美術館蔵)
「タレント達 B」1960年ごろ(東京都現代美術館蔵)
野田哲也 「日記 1968年5月15日」1968年(東京都現代美術館蔵)
田村文雄 「夢想記―夜」1970年(東京都現代美術館蔵)
「夢想記-個人的な疑いと畏れと」1970年(東京都現代美術館蔵)
「夢想記―隔りの意識 II」1971年(東京都現代美術館蔵)
木村光佑 「現在位置 存在A」1971年(東京都現代美術館蔵)
「現在位置 存在C」1971年(東京都現代美術館蔵)
野田哲也 「日記 1976年8月19日」1976年(東京都現代美術館蔵)
フライヤーの紹介文は次の通り。
戦後日本美術の潮流の中で、《密室の絵画》と呼ばれた作家群は、1946年から49年にかけて展開されたリアリズム論争を継承した《ルポルタージュ絵画》とともに敗戦後の日本の抱える社会問題や閉塞へいそく感を捉えた作品によって特徴づけられています。
その代表的な作家である河原温の「孕んだ女」(1954)を中核に、《密室の絵画》の作品群との対比を通して、神田日勝の「室内風景」の空間表現と人間像について考察します。
また併せて、1950年代から1970年代にかけて神田日勝が画家として生きた時代のリアリズム表現の多様性を「室内における人間像」という主題に焦点をあてて、戦後日本美術の具象表現の一端を紹介します。
2013年6月26日(水)~8月25日(日)午前10時~午後5時(展示室への入場は午後4時半まで)
月曜休み(ただし祝日は開館し翌火曜休み)。祝日の翌日休み
神田日勝記念美術館(鹿追町東町2) http://kandanissho.com/
一般510円(10人以上の団体450円)、高校生300円(同250円)、小中学生300円(同250円)
【関連事業】
●記念講演会 8月25日(日)午後2時
「壁―その拮抗のはざまで~戦後日本美術の一断面~」
講師:佐藤友哉氏(札幌芸術の森美術館長)
(無料・鹿追町民ホール)
※馬耕忌と同時開催
(この項続く)