「お気に入り」1巻作品です。
暦づくりで有名な歴史上の人物、渋川春海を主人公とする物語。
『天地明察』1巻 (原作:冲方丁 先生 漫画:槇えびし 先生)
「私は 真剣勝負がしたいんだ」 (本編208ページより)
原作は、第7回本屋大賞などで有名な時代小説。
日本史では暦づくりで知られる、渋川春海の人生を描く物語です。
主人公・渋川春海は、大の算術好き。
江戸時代前期、「和算」と呼ばれる日本の算術は、この頃から発達したとされています。
吉田光由の『塵劫記』という初等数学の教科書のともいえる書がベストセラーとなり、
その中に記された設問を解くことが流行して、大ブームを巻き起こしたとのこと。
春海もまた、そんな算術に取りつかれた人間の1人で、とにもかくにも頭の中は算術算術。
どこそこに算術のお題があると聞けば、跳んで見に行くほどの算術好きなのです。
しかし、そんな彼の「本職」は、碁打ち。
高名なる“安井算哲”の名を受け継ぎ、老中・酒井忠清との指導碁にはげむ日々。
いつも定石どおりの打ち筋で、何も変わらぬ退屈な碁を打つことが、春海の日常でした。
そのため、侍と同じように帯刀を許されたはいいものの、慣れぬ腰の刀に振り回され、
すっ転んだり、刀を置き忘れたりと、なんとも脱力した春海の姿が描かれます。
ただ、この帯刀。
単に老中との指導碁を打つ資格を得るため、というだけではない理由もありそうで・・・?
そして、碁打ちとしての“ライバル”である、本因坊道策。
安井算哲(春海)を認めるからこそ、彼が算術などにうつつを抜かすことをよしとせず、
いつもつっかかってくる彼は、なかなか憎めないヤンチャっ子ぽくて可愛らしいです。
彼が望むのは、碁打ちとしての真剣勝負。
そのあたりを春海にツッコむのですが、春海はどうにもこうにも乗り気でない。
彼の頭の中は算術で埋め尽くされていて、碁への真剣さに欠けるきらいがあるのです。
なので、道策はいっつもやきもき。 まるで片想いする乙女のごとしであります。
そんなやりとりが、面白いだけでなく、重要なシーンの伏線ともなっているのは見事でした。
そして、春海は“怪物”の存在を知ることになります。
「算学絵馬」。
さまざまな設問を記した絵馬が飾られている寺社があると聞いては、
春海としては見に行かねばなるまいと、登城前のわずかな時間に赴くのですが、
そこの問題を解くのにも一苦労。 なかなか悩ましく、解くこと能わずに時間が過ぎます。
しかし、わずかな時間、その場を離れていたうちに、春海が解けなかった問題を解く者が!
春海は戦慄し、その人物に興味をもち、やがて彼の存在に迫ることになるのですが・・・
このように「算術」を軸に描かれることになる、渋川春海の物語のはじまり。
本職の碁では得られない情熱を「算術」に感じ、その世界へ没頭する春海。
“真剣”が薪となり、“情熱”という炎を燃やす。
そうしたものに包まれた熱い心を感じられる良作です。
これからの渋川春海の生き方を、物語のつづきを、ぜひとも私は拝見したい。
そんな期待の作品です。