池井戸潤「空飛ぶタイヤ」講談社文庫 原作2006年刊
ご存知半沢直樹、「下町ロケット」シリーズで名を馳せた池井戸作品である。この前読んだ桐野夏生が私にとっては少し難解なのに比べ、これは水戸黄門様に匹敵するくらい判りやすい。半沢直樹では銀行内部の上層部対現場、「下町ロケット」では、大企業対中小企業とわかりやすい構図で楽しませてくれた。ここでは10年近く前にリーコール騒動を起こした三菱自動車と、三菱グループを髣髴とさせる企業集団を相手に戦う零細運送業者の奮闘物語である。
こう言う構図は政治の世界で言えば小泉純一郎や橋下徹がよく使う手である。嫁姑の争いがホームドラマの定番なら、この権力者と現場というのは池井戸作品の定番であろう。しかし、彼のリアリティは組織描写にある。単純な悪代官と庶民という構図ではなくて、権力を握る側にもそれなりの事情があることをしめしている。組織内部のバランスを保ち、一方的に悪者にしないところにリアリテイを持たせる。著者はまるで自分が銀行員であったように、組織の力関係や動き方を熟知している。
ただ権力側の崩壊の端緒は、いつも体制内部の反抗児、正義感を持った人物からというのがパターン化しているのが惜しい。しかしエンターテイメントとしてはやはり最高である。終わってしまうのを惜しく感じるほど早く読んでしまい上下を二日間で楽しませてもらった。