この春からガイドサークルに入って活動を始めたことは何度か書いてきましたが、某大手旅行会社が主催する函館市内の町歩きツアーの中に、西部地区の教会郡や神社、お寺など、「これぞ函館!」と言えるスポットを回る「王道コース」というのがあり、まずはそこから覚えていきたいと思っていることから、GW中に「自主研修」と称して、コース内のチェックポイントを一通り回ってきました。
そんなわけで、今日からは、そのチェックポイントを順次紹介していきたいと思います。
まず第1チェックポイント(先に言っちゃいますが、「アメリカ横断ウルトラクイズ」を意識してます。所々でウルトラクイズを意識した書きっぷりが出てくると思いますが、ご了承ください)はこちら。
函館山ロープウェイ搭乗口の側にある「元町配水場」という場所です。
こちらも「再掲」。9年前に一度紹介していました。
解説板にもありますが、函館に上水道が通水したのは、明治22年(1889年)のことで、横浜に次いで日本では二番目(日本人が設計したものでは日本初)の近代的な上水道になります。
この配水場は、日本国内に現存する配水場では最古のものだそうです。
元々函館は、函館山の麓の「西部地区」から徐々に市街化が広まっていきましたが、山の麓ということもあって平坦な場所が少なく、また、函館山が元々は活火山であったことから、火山岩で構成された地質の関係上、飲料水に使えるような綺麗な水にも不便を強いられていました。
1859年に、「願乗寺川(がんじょうじがわ)」と言って、現在の五稜郭の近くから函館港へ注ぐ水路が開削され、飲料水の確保ができるようになりましたが、やがて水路に沿った地域に人々が住み着くようになると、生活排水などで水路の汚染が進み、明治19年(1887年)には、実に846人もの人が、コレラに感染して亡くなってしまうという事態に見舞われてしまいました。
このことから、水路は程なくして埋め立てられてしまい、それに替わる形で完成したのが、この配水場に通じる上水道だたっということです。
そうして歴史的価値が評価されて、平成13年(2001年)には、土木学会選奨の「土木遺産」に認定されています。
広場の中に、人口の池があります。
噴水にはなっていません。
「淸泉滾滾」と書いて「せいせんこんこん」と読みます。
第12回アメリカ横断ウルトラクイズ(昭和63年(1988年))で、「水の流れてくる様子。『とくとく』と『こんこん』、どちらが多く出ている?」という問題が出されたことがあり、正解は「こんこん」だったので、この四文字も、水の流れてくる様子を表現したものであることは容易に想像がつきますが、具体的にはどういう意味なのかな・・・。
正解はこちらのとおり。
やはり、この地に水が滾滾と湧き出る様子を表現したものだったのですね。
実はこの配水場は、この近くに水源があるわけではなく、ここから12kmほど離れ、20mほどの高低差がある、市内の赤川というエリアにある取水口から、「逆サイフォンの原理」という手法で水道管を繋げている格好になっています。
そうした長い距離を経て、住民にとって悲願だった、清らかな水を手に入れることができたこと、そしてそれが今後もずっと続いていくことを祈念する意味が、先程の「淸泉滾滾」に込められているということなのでしょうね。
先程の解説板にも書かれていますが、この噴水等は、上水道開設当時に寄贈されたもののレプリカです。
だけど、何だか当時の物がそのまま残されているように見えますね。
この消火栓のような物は何でしょう?
なんかレバーのようなものがありますよ。
正解は、このレバーを押し下げると、こうして水が出てきて、飲むことができるのです。
飲料水が確保されたとはいえ、まだ一般家庭に水道を引く習慣がなかった時代には、この共用栓が、この周辺だけで実に477基もあったのだそうです。
そして、このような石碑も設置されています。
この場所は、4月から11月の間は、公園のような形で一般開放されています。
ちょうど、桜が見ごろを迎えていました。
噴水等の場所から少し登っていくと、展望台があります。
右に津軽海峡、左に函館港(函館湾)と、二つの海に挟まれた「陸繋島」と呼ばれる函館の地形を一望することができます。
こちらも歴史ある建物です。
創設以来使用され続けているそうで、函館の「景観形成指定建築物」にも指定されています。
というわけで、第1チェックポイントは無事に通過。頭の中では、ウルトラクイズで挑戦者が勝ち抜けたときの、定番のメロディーが流れていました。