自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★マスメディア論と学生たち-3-

2018年08月06日 | ⇒キャンパス見聞

       講義ではスポーツから気象までさまざまな話をする。第8回の講義「マスメディアはどこに向かって行くのか」(8月1日)では、夏の高校野球の話題を取り上げた。石川大会で星稜高校が決勝戦で本塁打7本、22点を挙げて甲子園大会への出場を決めた。星稜にとっては2年ぶり19回目の夏の甲子園。夏の甲子園といえば、大会歌として知られる『栄冠は君に輝く』だ。1948年に発表され、作詞は加賀大介、作曲は古関裕而。「ちょっと面白いことがある」と学生たちの耳目を正面に引く。

   夏の甲子園、『栄冠は君に輝く』と「五打席連続敬遠」のレジェンド話

     作詞の加賀大介は石川県能美市(旧・根上町)生まれで、小さいころから野球少年だったが、16歳のときに感染症のため右ひざ下を切断し、野球を断念した。歌詞には甲子園の憧れが込められている。『栄冠は君に輝く』の発表から44年後の1992年の大会で、「甲子園のスーパースター」が誕生する。2回戦の高知・明徳義塾VS石川・星稜戦で「5打席連続敬遠」事件があった。星稜の松井秀喜選手に明徳義塾は5打席全てを敬遠するという作戦を敢行、一打逆転のチャンスもあったが、松井選手は一度もバックを振ることなく星稜は敗退した。甲子園では大ブーインが起きた。逆に松井選手はこの5打席連続敬遠でその名が全国に知られ、注目されることになる。私はこのとき北陸朝日放送(金沢市)の報道デスクをしながら、中継映像を見ていた。甲子園の取材記者に「山下(智茂)監督と松井のインタビュー(映像)をはやく送ってくれ」と興奮気味に指示していた。その後、松井選手は巨人軍、アメリカ大リーグ・ヤンキースへとスターダムにの上がっていく。

    この加賀大介と松井秀喜には「つながり」がある。二人とも根上町の生まれ。加賀大介は58歳のとき1973年6月に逝去。その1年後1974年6月に誕生したのが松井秀喜だ。学生たちに勧めた。「高校野球のパワースポットがここにある」と松井秀喜ベースボールミュージアムと『栄冠は君に輝く』歌碑へアクセスを教えた。

    きょう6日付の紙面では、きのう開幕した夏の甲子園大会(第百回全国高校野球選手権記念大会)の模様を報じている=写真=。第1試合の大分・藤蔭VS星稜戦で始球式で松井秀喜氏がボールを投げ、「(甲子園は)ボクの原点です」とインタビューに応えていた。甲子園のレジェンド(伝説)の話は学生たちの心を打ったかどうかは分からない。ちょっとした息抜きの雑学ではある。

⇒6日(月)朝・金沢の天気    くもり

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