【北海道旅行のまとめ/ その4】
5月28日(水) ≪帯広から 路線バスで様似へ。 JR日高本線を目指します≫
↑5月28日(水曜日)です。
朝のテレビでは、帯広周辺は 晴れ の予報だったけれど、現実には、なんだか曇り空です…
昨夜のうちに 雨も降ったみたいで、帯広駅前の路面には 濡れたあとが見られました。
私は、ホテルでバイキングの朝食を済ませて、支度を整え、午前8時半ごろにチェックアウトして 駅前へやって来ました。
画面中央(奥)に見えているのが、「ホテル ルートイン」です。
↑きょうは、帯広駅前から〝バス〟でスタートしますが、その前に、JR駅へ行き、みどりの窓口を訪ねておきたいと思います。
昨夜ホテルで思案した、「北斗星」から「はまなす」への乗車変更について尋ねてみようと思います。
↑壁面の大時計が示している通り、只今8時35分。 気温は15℃と…、きょうも肌寒いです
このあと8時49分に札幌ゆきの特急列車(スーパーおおぞら2号)があり、それを目指す乗客がぽつぽつと駅へ集まって来る時間帯でした。
私は、みどりの窓口を訪ねて、乗車変更について訊いてみました。
空席照会してもらったら、今夜の札幌発・急行「はまなす」号の寝台車には空席がある、とのことでした。
ならば即決 その場で、手持ちの「北斗星」をキャンセルして「はまなす」に振り替えてもらいました。
今夕、日高本線で苫小牧に着いた後、もう一度札幌へ向かって、札幌駅で晩ごはんを食べて、そこから「はまなす」に乗り込むことにします。
なので、「はまなす」の急行券・寝台券は 札幌駅から有効なものにしてもらいました。
けれど、いざ発券! の段になって、窓口氏いわく、
『あっ…、もう、上段の寝台しか空いていないみたいですね…』って。
(なんとっ! はまなすって、そんなに込み合う列車なのか)
けれど、これ以上は思案しても仕方がないので、私は〝上段〟を1席押さえてもらいました。
窓口氏の話では、すでに 上段寝台もほぼ埋まっている状況みたいでした。 ひょっとすると、今夜の「はまなす」は満席かも
帯広駅前バスターミナル (JR駅のすぐ前にあります)
↑JRきっぷの乗車変更手続きを済ませた私は、駅前のバスターミナルに移動しました。
ここから、9時35分発の十勝バス、広尾ゆきに乗ります。
↑バスターミナルの建物内部。 懐かしい雰囲気の きっぷ発売窓口がありました。
この窓口で、あらかじめ、帯広から広尾までのバス乗車券を買うことが出来ました。
ベンチもたくさん置かれていて、待合所としても利用されていました。
帯広駅バスターミナル →(十勝バス)→ 広尾
↑今から乗る区間は、帯広から下の方向へ伸びている青い細線です。 中札内、大樹本町を経て広尾までの区間です。
↑帯広バスターミナル11番のりば。 9時35分発の広尾ゆきがやって来ました。 私もこのバスに乗り込みます。
賑やかな車体塗装やねー。 画面の右のほう、バス車体に書かれている文字は 「南十勝夢街道」です。
12~13人の客が乗り込んで、発車しました。
広尾まで約2時間20分を要します。 ちょうど正午ごろに、広尾へ到着予定です。
↑バスターミナルのきっぷ売場で買った乗車券。 硬券でしたわ。
この区間は、旧国鉄広尾線の代替バスという性格があるので、鉄道時代を想起させる〝硬券〟乗車券が売られているのかな??
…と、思ってみたりもしました。
↑終点の広尾まで、コツコツと一般道を走っていきます。
こまめに停留所が設置されていて、さて、途中のバス停は全部でいくつあっただろう… 到底、数えきれないぐらい沢山ありました。
もっとも、客の乗降りはあまり無くて、大半のバス停は〝通過〟しましたけど…。
区画が整っている帯広市街を抜け出すところまでは、「○条○丁目」という名のバス停が連続しました
↑10時06分撮影。 前方から、こちらと同じ塗装のバスがやって来ました。
同一系統の対向バスでした。(広尾から 帯広バスターミナルに向かっているバスです)
ここは、帯広の市街地を抜け終わって、広尾方面へ通じる国道236号に合流する交差点のところです。
↑ここからは国道236号線を突っ走ります。 又の名を「広尾国道」と呼ぶそうです。
広尾まで77km!
↑札内川(さつないがわ)を渡っています。 10時12分撮影。
↑10時13分撮影。
札内川を渡り終えると国道から脇道にそれて、愛国町の町内を経由しました。 愛国は、旧国鉄広尾線の駅名でも有名だったところ。
国道から脇道へ入るところで、『 車窓に 旧国鉄の愛国駅の建物が見えます』みたいな 車内放送が流れました。(←そういう意味の放送でした)
『 えっ、 どこ? どこ?』 と思っているうちに、通り過ぎてしまったけれど… (私の予習不足でした)
上の画像は 撮り損じですが、窓の外に見えている道路を真っ直ぐ先の方(奥の方)へ進めば、突き当たりに旧国鉄愛国駅の駅舎が保存されているようです。
またいつか、見学に行ってみるか。(←うそぉ)
↑愛国の町をあとにして、また国道236号に戻って突っ走ります。
【割り込み記事】 ちょっと話は それますが…
旧国鉄広尾線 について
かつて、帯広~広尾間には「広尾線」という国鉄の線路が通じていました。
国鉄時代末期の、赤字線廃止という流れのなかで、広尾線も廃止の運命をたどりました。
広尾線は1987年(S62)2月に廃止されています。 国鉄分割民営化(JR移行)の2ヶ月前のことだったんやね。
今回私が乗車した「帯広バスターミナル~広尾」間の路線バスは、国鉄広尾線の廃止後を引き継いだ代替バスでもあります。
↑1972年(S47)3月号『時刻表』(日本交通公社)の索引地図より、広尾線と その周辺。 ※JTB時刻表復刻版より
当時の帯広駅は、根室本線・広尾線・士幌線が結びつく、大きな乗り換え駅だったんやね。
↑1972年(S47)3月号『時刻表』(日本交通公社)より、広尾線の時刻ページ。 ※JTB時刻表復刻版より
この時代、帯広~広尾間に1日6往復走っていたのですね。
↑もう少しさかのぼって、1961年(S36)9月号より、広尾線のページです。 ※JTB時刻表復刻版より
普通列車が1日7往復と、特筆すべきは、運転期間限定ながら「準急」が1往復設定されていた時期です。
↑同じく、1961年(S36)9月号より。 臨時列車の時刻をまとめた 付録ページの一隅。 ※JTB時刻表復刻版より
えりも岬観光を便利に周遊できるように考案されたものなのかな。
通しの座席指定制とは…、つまり、それだけ利用客も多かったということだろうね。
◎いただきもの、記念切符
↑私が高校生だった頃に、知り合いの人から もらった記念切符です。(画像2点は、表面と裏面です)
【割り込み記事、これで終了】
今回のバス旅に戻ります。
↑10時29分撮影。
ややっ! あそこに見えるのは 列車だー キハ22
実は、ここも私は〝予習不足〟だったわけで…、車内に流れた案内放送などから、今この瞬間に、ここが有名な「幸福」の町だと理解しました。
あの列車が止まっているところが、広尾線の幸福駅があった場所みたい。
幸福駅の周囲は「幸福交通公園」として整備され、老朽化していた駅舎は昨年(2013年)にリニューアルされて、大切に守られているそう。
またいつか、見学に行ってみるか。(←うそぉ)
↑道路沿いの看板。 「幸福駅」の文字と、左への矢印が書かれています。
いっそ、このバスがちょっと寄り道して、幸福駅のそばで停車して「10分間の休憩です」とか やってくれたらいいのに…
↑これも10時29分撮影。 「幸福」のバス停にて。
乗客ひとり、下車されました。 ここで降りて、きっと、幸福駅を訪ねるのでしょうね。(バス停から幸福駅までは、ちょっと歩き です)
私も、いっぺん幸福駅を訪ねてみたいとは思うけれど、きょうは時間的に無理ですわ
ここで〝うっかり〟途中下車をしてしまうと、以降の乗り継ぎが崩壊し、今日じゅうに苫小牧へ到達できなくなります
辛抱です。 じっと このバスに乗り続けるしかないのです。
『 誰や、こんなスケジュールを組んだのは』 『 お前だよ』
↑10時39分撮影。 中札内村(なかさつない村)を通り過ぎました。
国道沿いには、結構こまめに「道の駅」が設置されています。 レンタカーでドライブするのも楽しそう。
当然…というか、このバスは道の駅にも立ち寄りません。
↑11時10分撮影。
忠類(ちゅうるい)の停留所にて。 忠類は、かつて、ナウマン象の化石が発掘された町だそうです。
小休止というか、時間調整というか…、ここで2分ほど停留しました。 十勝バスの標準カラー〝黄色〟の車輛と遭遇しました。
『トイレに行きたい人は 運転手に知らせてちょ』という意味の、案内放送もありました。
バス停のそばに小さな建物(忠類待合所)が併設されていました。そこでトイレを済ませられる仕組みですな。
↑道中、いたるところで目にした光景なんだけど、畑の土(表面)から もわ~っと白い湯気が上がっていました。
私はその仕組みを理解していませんが、発芽の神秘なパワーが熱を生み、地面をホカホカにさせている、ということですかねぇ。
(間違っていたら、ごめりんこ)
↑11時43分撮影。
たくさんの牛と遭遇
↑広尾が近づいた辺りで、国道336号へ入り、ラストスパート。
道路は整備が行き届いており、快適なバスの旅です。
↑終点の広尾に着きました。 所定11時57分、ほぼ定刻着でした。
ここで、約半時間の待ち合わせで、JRバスに乗り継ぎます。
広尾(広尾駅舎)
↑広尾のバス停です。 …っていうか、もとは、国鉄の広尾駅だった建物です。駅舎ですわ。
鉄道廃止後に、一部、建物の改修が行われたそうなのですが、基本的な造りは変わっていないみたいです。
建物内は「広尾バス待合所」として開放されているほか、旧国鉄広尾線に関する資料展示コーナーもあり、駅舎の建物がしっかりと活用されていました。
↑画面奥に見えている敷地に、大型バスが1台止まっていますね。
画像では分かりづらいけれど、遠目にもJR北海道バスの車輛であることは分かりました。
きっと、あのバスが、次の「様似駅ゆき」に運用されるのだろうと思います。
『 観光バスタイプの車輛やん。ラッキー』
↑今乗ってきた「十勝バス」と、これから乗る「JR北海道バス」の、双方の停留所ポールが並んで立っています。
ここで待っていたら、JRバスに乗れるわけですが、まだ30分ほど待ち合わせ時間があります。
ちょうど〝お昼どき〟なので、私は駅舎に入ってベンチに腰を下ろし、持参したおにぎりを食べました
私としては珍しく、先を読んで、今朝の帯広駅でコンビニ売店に立ち寄り、昼食用おにぎりを仕入れてバスに乗ってきたのでした。
↑駅舎に残されたままの、列車〝到着時刻〟の案内板。 (フラッシュ撮影しました)
廃止された当時の〝時刻表〟だろうと思われます。
これを見ると、到着列車は1日に6本だけ。 しかも、朝方と夕方以降だけに偏ってしまったダイヤですね。
昼間の時間帯の運行がポカーンと空いてしまった こういう状態は、赤字ローカル線の〝末期症状〟とでも呼ぶべき、廃止線区の典型でした。
↑駅舎内に残されている、鉄道時代の改札口。
広尾駅といえば、宮脇俊三の『最長片道切符の旅』の〝スタート駅〟だったことでも知られます。
宮脇俊三も、この改札口を通り抜けて旅を始めたのか…、と思うと感慨深いです。
宮脇俊三は、本当は えりも経由で広尾まで来たかったらしいけれど、日程の都合で、結局広尾線で広尾までやって来る羽目になったんやね。
広尾線でやって来て、すぐに折り返す形で 最長片道切符の旅がスタートしたのでしたね。 実際、どんな心境でこの改札を通ったんだろうねぇ
↑駅の周辺の、線路跡地と思われる領域は、鉄道記念公園として整備されていました。
↑駅舎の内部には、広尾線に関する資料展示コーナーもあり、私も興味深く見て回りました。
広尾 →(JR北海道バス)→ 様似駅
↑それでは、様似(さまに)を目指して、バスの旅を続けます
地図では、広尾から下へ向かう黒い細線です。 えりも岬からはキュッと曲がって、様似(さまに)まで行きます。
↑さきほど遠目に眺めた、観光バスタイプの車輛が、広尾の駅舎前に横付けされました。
様似駅ゆきのJR北海道バスです。 私も乗り込みます!
↑広尾から様似まで、えりも岬経由にて、約1時間50分の見込みです。
広尾から乗り込んだ客は、6~7人でした。 はっきり言って、帯広から乗ってきた十勝バスからの 乗り継ぎ客ばかりです。
以下、ひたすら、車窓風景を写した画像の羅列です
文章を書くのもシンドイので、歌を聴きながら画像をごらんください。 (手を抜くなよ…)
↑やっぱり、この歌かなと思いまして。
格別な理由はありませんが、ここはひとつ、森進一ではない歌唱で…。
それでは、えりも岬経由、様似(さまに)までのバス旅、スタート。
↑広尾を、定刻12時30分に出発しました。
↑広尾の町をあとにして、国道336号に入ると、たちまち海岸沿いに躍り出ました。
↑海を眺めつつ、頑丈なロックシェードに覆われた区間を進みました。
このあと、こういう風景は何度も繰り返されました。
↑山々が海岸ぎりぎりまで迫り出して、ストンと海に落ち込んでいる様子が分かります。
↑天気が崩れているように見えますねぇ。
これは「濃霧」なんです。 雨は全然降っていません。
↑ロックシェードの旧道を横目に見ながら、バスは 新しく造られたトンネルに入っていきます。
↑急に、晴れてきました
↑庶野(しょや)バス停に停車。 乗客ひとり 下車されました。
このときぐらいしか、途中での乗降はありませんでした。(えりも岬バス停を除く)
見えている、とんがり屋根の建物は、バス停の待合室です。
ほとんど全部の停留所に、こういう待合室が整備されていました。
↑乗客はみんな、観光目的の方々ばかりだったようです。
全員、海が見えるほうの窓側に、一列になって座っています。 見事でしょう? (私も同じなんだけど)
↑えりも岬が近づいてきました。 また、霧が出てきました。 ホンマに濃霧やね~
↑柵の向こうに何があるのか、真っ白けで見えません。
↑定刻13時27分、えりも岬に到着。
3人下車されました。 バスの外では男性が2人 乗ろうとして待っていますね。
このバスは、前乗り・前降りの1ドア車です。
言い忘れていたかも知れませんが、きょうの私は、えりも岬では降りません! 今回は最初から降りる気〝ゼロ〟です
またいつか、見学に来てみるか。(←うそぉ)
↑ここの停留所名、『時刻表』には平仮名書きの「えりも岬」で載っているんだけどなぁ。
現地のバス停待合室には、漢字で書いてあるじゃ、あーりませんか
↑えりも岬付近での車窓風景。
かなり独特な風景(地形)だと思いました。
↑えりも岬を出ると、走っていく方角が変わります。
空の様子も、ころっと変わってきたように感じました。
↑霧がなくなって、見通しも良く、いい天気です
もともと、きょうの天気自体は「晴れ」なんですよね。
↑えりも岬を経由する関係で、バスは一時的に国道336号から離脱していたのですが、ここからまた336号に戻ります。
信号機があるわけでなく、「止まれ」標識だけの合流点でした。
↑観光バスみたいで、快適でした
このとき私は、「この車輛は、観光バスか高速バスからの〝格下げ使用〟なのだろう」と思っていました。
京都へ帰ってから、いろいろ調べてみたのですが、ひょっとして、高速バスの〝間合い運用〟ですかな??
↑また、霧が出てきました。
↑海岸と国道との間に、しばしば、こういう〝空きスペース〟が出現するのです。
↑このスペースは、昆布を干したりするのに使われているようでした。 こうやって、昆布は商品になるんですね。
道中、こういう光景も 何度も見かけました。
↑14時12分撮影。
アポイ山荘の前。 ここでの乗降は、ありませんでした。
↑アポイ山荘の付近で、同じJRバス「日勝線」の〝対向車〟と出会いました。
あちらは、様似駅14時00分発の広尾ゆき。(まだ、つい先ほど、様似駅前を発ってきたばかりのバスです)
ちなみに…、あのバスは、広尾ゆきの本日最終便です
↑海岸線を、様似へ向けてラストスパート!
一向に、霧が晴れません…。
↑路肩のすぐ下まで、波が来ています
◎様似駅へ到着
↑定刻14時20分、終点、様似駅に着きました。 広尾からの運賃は2410円です
↑JR様似駅。
休む暇なく、日高本線に乗り継ぎます。
日高本線を走破する-。 ここから先が、きょうの〝メイン〟でありますぞ。
(つづく)
5月28日(水) ≪帯広から 路線バスで様似へ。 JR日高本線を目指します≫
↑5月28日(水曜日)です。
朝のテレビでは、帯広周辺は 晴れ の予報だったけれど、現実には、なんだか曇り空です…
昨夜のうちに 雨も降ったみたいで、帯広駅前の路面には 濡れたあとが見られました。
私は、ホテルでバイキングの朝食を済ませて、支度を整え、午前8時半ごろにチェックアウトして 駅前へやって来ました。
画面中央(奥)に見えているのが、「ホテル ルートイン」です。
↑きょうは、帯広駅前から〝バス〟でスタートしますが、その前に、JR駅へ行き、みどりの窓口を訪ねておきたいと思います。
昨夜ホテルで思案した、「北斗星」から「はまなす」への乗車変更について尋ねてみようと思います。
↑壁面の大時計が示している通り、只今8時35分。 気温は15℃と…、きょうも肌寒いです
このあと8時49分に札幌ゆきの特急列車(スーパーおおぞら2号)があり、それを目指す乗客がぽつぽつと駅へ集まって来る時間帯でした。
私は、みどりの窓口を訪ねて、乗車変更について訊いてみました。
空席照会してもらったら、今夜の札幌発・急行「はまなす」号の寝台車には空席がある、とのことでした。
ならば即決 その場で、手持ちの「北斗星」をキャンセルして「はまなす」に振り替えてもらいました。
今夕、日高本線で苫小牧に着いた後、もう一度札幌へ向かって、札幌駅で晩ごはんを食べて、そこから「はまなす」に乗り込むことにします。
なので、「はまなす」の急行券・寝台券は 札幌駅から有効なものにしてもらいました。
けれど、いざ発券! の段になって、窓口氏いわく、
『あっ…、もう、上段の寝台しか空いていないみたいですね…』って。
(なんとっ! はまなすって、そんなに込み合う列車なのか)
けれど、これ以上は思案しても仕方がないので、私は〝上段〟を1席押さえてもらいました。
窓口氏の話では、すでに 上段寝台もほぼ埋まっている状況みたいでした。 ひょっとすると、今夜の「はまなす」は満席かも
帯広駅前バスターミナル (JR駅のすぐ前にあります)
↑JRきっぷの乗車変更手続きを済ませた私は、駅前のバスターミナルに移動しました。
ここから、9時35分発の十勝バス、広尾ゆきに乗ります。
↑バスターミナルの建物内部。 懐かしい雰囲気の きっぷ発売窓口がありました。
この窓口で、あらかじめ、帯広から広尾までのバス乗車券を買うことが出来ました。
ベンチもたくさん置かれていて、待合所としても利用されていました。
帯広駅バスターミナル →(十勝バス)→ 広尾
↑今から乗る区間は、帯広から下の方向へ伸びている青い細線です。 中札内、大樹本町を経て広尾までの区間です。
↑帯広バスターミナル11番のりば。 9時35分発の広尾ゆきがやって来ました。 私もこのバスに乗り込みます。
賑やかな車体塗装やねー。 画面の右のほう、バス車体に書かれている文字は 「南十勝夢街道」です。
12~13人の客が乗り込んで、発車しました。
広尾まで約2時間20分を要します。 ちょうど正午ごろに、広尾へ到着予定です。
↑バスターミナルのきっぷ売場で買った乗車券。 硬券でしたわ。
この区間は、旧国鉄広尾線の代替バスという性格があるので、鉄道時代を想起させる〝硬券〟乗車券が売られているのかな??
…と、思ってみたりもしました。
↑終点の広尾まで、コツコツと一般道を走っていきます。
こまめに停留所が設置されていて、さて、途中のバス停は全部でいくつあっただろう… 到底、数えきれないぐらい沢山ありました。
もっとも、客の乗降りはあまり無くて、大半のバス停は〝通過〟しましたけど…。
区画が整っている帯広市街を抜け出すところまでは、「○条○丁目」という名のバス停が連続しました
↑10時06分撮影。 前方から、こちらと同じ塗装のバスがやって来ました。
同一系統の対向バスでした。(広尾から 帯広バスターミナルに向かっているバスです)
ここは、帯広の市街地を抜け終わって、広尾方面へ通じる国道236号に合流する交差点のところです。
↑ここからは国道236号線を突っ走ります。 又の名を「広尾国道」と呼ぶそうです。
広尾まで77km!
↑札内川(さつないがわ)を渡っています。 10時12分撮影。
↑10時13分撮影。
札内川を渡り終えると国道から脇道にそれて、愛国町の町内を経由しました。 愛国は、旧国鉄広尾線の駅名でも有名だったところ。
国道から脇道へ入るところで、『 車窓に 旧国鉄の愛国駅の建物が見えます』みたいな 車内放送が流れました。(←そういう意味の放送でした)
『 えっ、 どこ? どこ?』 と思っているうちに、通り過ぎてしまったけれど… (私の予習不足でした)
上の画像は 撮り損じですが、窓の外に見えている道路を真っ直ぐ先の方(奥の方)へ進めば、突き当たりに旧国鉄愛国駅の駅舎が保存されているようです。
またいつか、見学に行ってみるか。(←うそぉ)
↑愛国の町をあとにして、また国道236号に戻って突っ走ります。
【割り込み記事】 ちょっと話は それますが…
旧国鉄広尾線 について
かつて、帯広~広尾間には「広尾線」という国鉄の線路が通じていました。
国鉄時代末期の、赤字線廃止という流れのなかで、広尾線も廃止の運命をたどりました。
広尾線は1987年(S62)2月に廃止されています。 国鉄分割民営化(JR移行)の2ヶ月前のことだったんやね。
今回私が乗車した「帯広バスターミナル~広尾」間の路線バスは、国鉄広尾線の廃止後を引き継いだ代替バスでもあります。
↑1972年(S47)3月号『時刻表』(日本交通公社)の索引地図より、広尾線と その周辺。 ※JTB時刻表復刻版より
当時の帯広駅は、根室本線・広尾線・士幌線が結びつく、大きな乗り換え駅だったんやね。
↑1972年(S47)3月号『時刻表』(日本交通公社)より、広尾線の時刻ページ。 ※JTB時刻表復刻版より
この時代、帯広~広尾間に1日6往復走っていたのですね。
↑もう少しさかのぼって、1961年(S36)9月号より、広尾線のページです。 ※JTB時刻表復刻版より
普通列車が1日7往復と、特筆すべきは、運転期間限定ながら「準急」が1往復設定されていた時期です。
↑同じく、1961年(S36)9月号より。 臨時列車の時刻をまとめた 付録ページの一隅。 ※JTB時刻表復刻版より
えりも岬観光を便利に周遊できるように考案されたものなのかな。
通しの座席指定制とは…、つまり、それだけ利用客も多かったということだろうね。
◎いただきもの、記念切符
↑私が高校生だった頃に、知り合いの人から もらった記念切符です。(画像2点は、表面と裏面です)
【割り込み記事、これで終了】
今回のバス旅に戻ります。
↑10時29分撮影。
ややっ! あそこに見えるのは 列車だー キハ22
実は、ここも私は〝予習不足〟だったわけで…、車内に流れた案内放送などから、今この瞬間に、ここが有名な「幸福」の町だと理解しました。
あの列車が止まっているところが、広尾線の幸福駅があった場所みたい。
幸福駅の周囲は「幸福交通公園」として整備され、老朽化していた駅舎は昨年(2013年)にリニューアルされて、大切に守られているそう。
またいつか、見学に行ってみるか。(←うそぉ)
↑道路沿いの看板。 「幸福駅」の文字と、左への矢印が書かれています。
いっそ、このバスがちょっと寄り道して、幸福駅のそばで停車して「10分間の休憩です」とか やってくれたらいいのに…
↑これも10時29分撮影。 「幸福」のバス停にて。
乗客ひとり、下車されました。 ここで降りて、きっと、幸福駅を訪ねるのでしょうね。(バス停から幸福駅までは、ちょっと歩き です)
私も、いっぺん幸福駅を訪ねてみたいとは思うけれど、きょうは時間的に無理ですわ
ここで〝うっかり〟途中下車をしてしまうと、以降の乗り継ぎが崩壊し、今日じゅうに苫小牧へ到達できなくなります
辛抱です。 じっと このバスに乗り続けるしかないのです。
『 誰や、こんなスケジュールを組んだのは』 『 お前だよ』
↑10時39分撮影。 中札内村(なかさつない村)を通り過ぎました。
国道沿いには、結構こまめに「道の駅」が設置されています。 レンタカーでドライブするのも楽しそう。
当然…というか、このバスは道の駅にも立ち寄りません。
↑11時10分撮影。
忠類(ちゅうるい)の停留所にて。 忠類は、かつて、ナウマン象の化石が発掘された町だそうです。
小休止というか、時間調整というか…、ここで2分ほど停留しました。 十勝バスの標準カラー〝黄色〟の車輛と遭遇しました。
『トイレに行きたい人は 運転手に知らせてちょ』という意味の、案内放送もありました。
バス停のそばに小さな建物(忠類待合所)が併設されていました。そこでトイレを済ませられる仕組みですな。
↑道中、いたるところで目にした光景なんだけど、畑の土(表面)から もわ~っと白い湯気が上がっていました。
私はその仕組みを理解していませんが、発芽の神秘なパワーが熱を生み、地面をホカホカにさせている、ということですかねぇ。
(間違っていたら、ごめりんこ)
↑11時43分撮影。
たくさんの牛と遭遇
↑広尾が近づいた辺りで、国道336号へ入り、ラストスパート。
道路は整備が行き届いており、快適なバスの旅です。
↑終点の広尾に着きました。 所定11時57分、ほぼ定刻着でした。
ここで、約半時間の待ち合わせで、JRバスに乗り継ぎます。
広尾(広尾駅舎)
↑広尾のバス停です。 …っていうか、もとは、国鉄の広尾駅だった建物です。駅舎ですわ。
鉄道廃止後に、一部、建物の改修が行われたそうなのですが、基本的な造りは変わっていないみたいです。
建物内は「広尾バス待合所」として開放されているほか、旧国鉄広尾線に関する資料展示コーナーもあり、駅舎の建物がしっかりと活用されていました。
↑画面奥に見えている敷地に、大型バスが1台止まっていますね。
画像では分かりづらいけれど、遠目にもJR北海道バスの車輛であることは分かりました。
きっと、あのバスが、次の「様似駅ゆき」に運用されるのだろうと思います。
『 観光バスタイプの車輛やん。ラッキー』
↑今乗ってきた「十勝バス」と、これから乗る「JR北海道バス」の、双方の停留所ポールが並んで立っています。
ここで待っていたら、JRバスに乗れるわけですが、まだ30分ほど待ち合わせ時間があります。
ちょうど〝お昼どき〟なので、私は駅舎に入ってベンチに腰を下ろし、持参したおにぎりを食べました
私としては珍しく、先を読んで、今朝の帯広駅でコンビニ売店に立ち寄り、昼食用おにぎりを仕入れてバスに乗ってきたのでした。
↑駅舎に残されたままの、列車〝到着時刻〟の案内板。 (フラッシュ撮影しました)
廃止された当時の〝時刻表〟だろうと思われます。
これを見ると、到着列車は1日に6本だけ。 しかも、朝方と夕方以降だけに偏ってしまったダイヤですね。
昼間の時間帯の運行がポカーンと空いてしまった こういう状態は、赤字ローカル線の〝末期症状〟とでも呼ぶべき、廃止線区の典型でした。
↑駅舎内に残されている、鉄道時代の改札口。
広尾駅といえば、宮脇俊三の『最長片道切符の旅』の〝スタート駅〟だったことでも知られます。
宮脇俊三も、この改札口を通り抜けて旅を始めたのか…、と思うと感慨深いです。
宮脇俊三は、本当は えりも経由で広尾まで来たかったらしいけれど、日程の都合で、結局広尾線で広尾までやって来る羽目になったんやね。
広尾線でやって来て、すぐに折り返す形で 最長片道切符の旅がスタートしたのでしたね。 実際、どんな心境でこの改札を通ったんだろうねぇ
↑駅の周辺の、線路跡地と思われる領域は、鉄道記念公園として整備されていました。
↑駅舎の内部には、広尾線に関する資料展示コーナーもあり、私も興味深く見て回りました。
広尾 →(JR北海道バス)→ 様似駅
↑それでは、様似(さまに)を目指して、バスの旅を続けます
地図では、広尾から下へ向かう黒い細線です。 えりも岬からはキュッと曲がって、様似(さまに)まで行きます。
↑さきほど遠目に眺めた、観光バスタイプの車輛が、広尾の駅舎前に横付けされました。
様似駅ゆきのJR北海道バスです。 私も乗り込みます!
↑広尾から様似まで、えりも岬経由にて、約1時間50分の見込みです。
広尾から乗り込んだ客は、6~7人でした。 はっきり言って、帯広から乗ってきた十勝バスからの 乗り継ぎ客ばかりです。
以下、ひたすら、車窓風景を写した画像の羅列です
文章を書くのもシンドイので、歌を聴きながら画像をごらんください。 (手を抜くなよ…)
↑やっぱり、この歌かなと思いまして。
格別な理由はありませんが、ここはひとつ、森進一ではない歌唱で…。
それでは、えりも岬経由、様似(さまに)までのバス旅、スタート。
↑広尾を、定刻12時30分に出発しました。
↑広尾の町をあとにして、国道336号に入ると、たちまち海岸沿いに躍り出ました。
↑海を眺めつつ、頑丈なロックシェードに覆われた区間を進みました。
このあと、こういう風景は何度も繰り返されました。
↑山々が海岸ぎりぎりまで迫り出して、ストンと海に落ち込んでいる様子が分かります。
↑天気が崩れているように見えますねぇ。
これは「濃霧」なんです。 雨は全然降っていません。
↑ロックシェードの旧道を横目に見ながら、バスは 新しく造られたトンネルに入っていきます。
↑急に、晴れてきました
↑庶野(しょや)バス停に停車。 乗客ひとり 下車されました。
このときぐらいしか、途中での乗降はありませんでした。(えりも岬バス停を除く)
見えている、とんがり屋根の建物は、バス停の待合室です。
ほとんど全部の停留所に、こういう待合室が整備されていました。
↑乗客はみんな、観光目的の方々ばかりだったようです。
全員、海が見えるほうの窓側に、一列になって座っています。 見事でしょう? (私も同じなんだけど)
↑えりも岬が近づいてきました。 また、霧が出てきました。 ホンマに濃霧やね~
↑柵の向こうに何があるのか、真っ白けで見えません。
↑定刻13時27分、えりも岬に到着。
3人下車されました。 バスの外では男性が2人 乗ろうとして待っていますね。
このバスは、前乗り・前降りの1ドア車です。
言い忘れていたかも知れませんが、きょうの私は、えりも岬では降りません! 今回は最初から降りる気〝ゼロ〟です
またいつか、見学に来てみるか。(←うそぉ)
↑ここの停留所名、『時刻表』には平仮名書きの「えりも岬」で載っているんだけどなぁ。
現地のバス停待合室には、漢字で書いてあるじゃ、あーりませんか
↑えりも岬付近での車窓風景。
かなり独特な風景(地形)だと思いました。
↑えりも岬を出ると、走っていく方角が変わります。
空の様子も、ころっと変わってきたように感じました。
↑霧がなくなって、見通しも良く、いい天気です
もともと、きょうの天気自体は「晴れ」なんですよね。
↑えりも岬を経由する関係で、バスは一時的に国道336号から離脱していたのですが、ここからまた336号に戻ります。
信号機があるわけでなく、「止まれ」標識だけの合流点でした。
↑観光バスみたいで、快適でした
このとき私は、「この車輛は、観光バスか高速バスからの〝格下げ使用〟なのだろう」と思っていました。
京都へ帰ってから、いろいろ調べてみたのですが、ひょっとして、高速バスの〝間合い運用〟ですかな??
↑また、霧が出てきました。
↑海岸と国道との間に、しばしば、こういう〝空きスペース〟が出現するのです。
↑このスペースは、昆布を干したりするのに使われているようでした。 こうやって、昆布は商品になるんですね。
道中、こういう光景も 何度も見かけました。
↑14時12分撮影。
アポイ山荘の前。 ここでの乗降は、ありませんでした。
↑アポイ山荘の付近で、同じJRバス「日勝線」の〝対向車〟と出会いました。
あちらは、様似駅14時00分発の広尾ゆき。(まだ、つい先ほど、様似駅前を発ってきたばかりのバスです)
ちなみに…、あのバスは、広尾ゆきの本日最終便です
↑海岸線を、様似へ向けてラストスパート!
一向に、霧が晴れません…。
↑路肩のすぐ下まで、波が来ています
◎様似駅へ到着
↑定刻14時20分、終点、様似駅に着きました。 広尾からの運賃は2410円です
↑JR様似駅。
休む暇なく、日高本線に乗り継ぎます。
日高本線を走破する-。 ここから先が、きょうの〝メイン〟でありますぞ。
(つづく)
牧場の広がる車窓風景とかも
鹿児島でもこういう風景が見られるのですね。
私の地元(京都南部)では、こういう風景は見られません。のんびり草を食べている牛や馬が見える車窓風景…、わくわくします。