ダンポポの種

備忘録です

「ウ号」の近況

2007年05月29日 23時17分38秒 | クルマ
このごろ出番が少なくなっているウィッシュ号(ウ号)ですが、今月は定期点検を受けまして、とりあえず「異常なし」ということで、元気にしております。
バッテリー上がりを防ぐために、私も時々は乗るようにしているのですが、明らかに出番が少ないですね。
ミニカ号(ミ号)が導入されて以後、「ウ号」で京都ヘッドまで行ったのは1回だけじゃないかなと思います。
すでに走行距離が伸びている「ウ号」を〝温存〟するために「ミ号」を導入したという側面もありますから、これで計画通りではあるのですが。
来年が「ウ号」の車検なのですが、この車検には通したいと考えています。向こう3年ぐらいは〝ウ号温存〟の体制でいきたいです。

久しぶりに「ウ号」に乗ると、「ミ号」との加速力の違いが歴然としているのを実感します。
ウ号がAT、ミ号がMT、という違いがありますが、操作を間違える(混同する)ことはほとんどないですね。(←ほとんど?)
一度だけ、ウ号で走行中に、クラッチペダルと間違えてサイドブレーキ(足踏み)を思いっきり踏んだことがあります。
どうなったと思いますか?

めっちゃ、きっつーいブレーキがかかります。
タイヤはロックされなかったけれど、少々あせりました。

※画像は「ミ号」です。



トップの孤独

2007年05月28日 18時02分04秒 | 日記・雑記
きょう、農水省の松岡大臣が自殺したというニュースがありました。
自分がまいたタネ…だったのか、真相はまだ不明確ですが、厳しく追及されていたなか、思い詰めての行動だったのでしょう。

追及されて困り果てたときに、
「うわぁ、どうしよう! なあ、オレはどうしたらいいと思う?」
とか、周囲に相談できる仲間はいなかったのでしょうか。

「あんた、大臣なんだから、そんなこと自分で考えなはれ!」
と言われるのがオチなんでしょうね。
組織のトップにたつ人って、孤独なのでしょうね。

したたかに生きる〝賢さ〟がないと、務まらないのかもしれません。

自分ひとりで考え込んで、出した結論が自殺というのは、あまりにも残念なことです。



旧ビスタカー (昭和33年)

2007年05月27日 15時32分21秒 | 近鉄特急
『旧ビスタカー』(初代ビスタカー)

車両系式:10000系
登場初年:昭和33年(1958年)
全廃車年:昭和46年(1971年)
製造両数:7両(7連×1本)


 「もはや戦後ではない」から始まった昭和30年代。

 昭和33年に、当時の最新技術と数々の斬新なアイデアを詰め込んで造られた、10000系「ビスタカー」が登場しました。日本初の二階建て車両を連結するなど、わが国の鉄道史にも〝記録される〟画期的な車両になりました。
 
 のちに近鉄特急の代名詞にもなった『ビスタカー』という愛称名が登場したのは、このときからです。二階建て車両からの眺望を売り込むべく、外国の優等列車にちなんで付けられた愛称名だというのが定説のようです。二階席の屋根がドーム型に突き出した構造だったので、ビスタドームとか、ドームカー、とも呼ばれたようです。
 
 実際のところ、二階建て車両や連接構造の車体などの新機軸には試作的な意味合いが強く(各部にわたって可能な限り試作的要素を盛り込んだ、とも言われる)、10000系は二階建て車両を2両組み込んだ7両編成が1編成製造されただけでした。試作車の宿命か、仲間がいない〝ひとりぽっちのビスタカー〟だったのです。
 翌年(昭和34年)に続いて登場することになる量産車両10100系「ビスタカー」(後述)に数々のデータを提供し、同時に、これに主役の座を取って代わられる運命でした。

 昭和41年(1966年)に大阪線国分駅で事故に遭って先頭車を破損したことも、10000系の歴史のなかでは必ず語られます。事故復旧の修繕を受けて、見事に復帰を果たしたものの、独特の形状だった流線形は失われ、先頭車の顔つきが変わってしまいました。
 事故復旧を果たすも、本線上ではすでに10100系などの後継車両の活躍がめざましく、10000系は活躍の場を失って戦線離脱、そのまま昭和46年(1971年)に全車廃車となりました。
 登場から廃車までの在籍期間が13年間でした。これは、近鉄特急車両のなかで〝最も短い生涯〟として語り継がれています。

 近鉄特急の車両史において、この10000系を呼ぶときは、『旧ビスタカー』というのが一般的です。初代ビスタカー、ビスタカーⅠ世、でも通じますが…。



うしろ姿

2007年05月22日 22時44分59秒 | バ ス

きょうは、滋賀県(湖東地方)に行ってきました。
名神高速の栗東付近(上り線)を走行中、西日本JRバスの高速便に出合いました。せっかくなので、後方から1画像、撮ってみました。(父が運転し、私が助手席から撮ったものです)
二階建てバスで、京都駅発→新宿駅ゆきのようでした。昼特急っていうやつですかね。遠いところまで走っていくのですね。

画像でも分かりますが、道路上には工事用のコーンが並べられています。ただいま名神高速では集中工事をやっています。
昼間も工事をやっているので、車線規制により、クルマの流れがかなり悪くなっています。名神高速全線にわたって、断続的に渋滞が生じています。
高速バスも定刻運行が難しそうです。(それでも運休はしないのですね)

画面右側に垣間見える対向車線も、工事渋滞でクルマが〝詰まって〟おります。
わかりますか?




近所に、ショッピングモール誕生!

2007年05月18日 20時21分23秒 | うちの近所

↑プレオープンとして、2日前からすでに開店していたのですが、一応、きょうが「グランドオープンの日」ということであります。



↑建物全体は、よその商業施設と比べるとコンパクトな造りですが、いろいろなお店が入っています。
私も今後、日常の食料品を買いに来ることがありそう。コープのカードを作っておこうか。
お店ばかりかと思ったら、塾も入っているのですね。



↑祝園駅の真ん前にあります。駅から歩道橋(屋根つき)でつながっています。上空にアドバルーンが3つ!
もちろん駐車場もあります。300台ほど収容できるみたい。



↑駅からの歩道橋を通って2階店内に入ったところです。グランドオープンとしてはやや寂しいか…。
午前中は賑わったのかもしれません(画像は午後に撮影)。
天井にくっついているのは、来店した子供たちが手放してしまったオマケの〝風船〟です。



ななりょうか!?

2007年05月17日 19時39分35秒 | 鉄 道


きょうの京都新聞朝刊に、
『JR片町線京田辺→木津間、4→7両編成に変更』
という記事がありました。

内容は、JR西日本の社長が16日の定例会見で明らかにしたもので、2009年度末までに同区間の電車を現行の4両編成運行から7両編成に変更するそうです。
実現に向けて、今後、区間内の各駅ではプラットホームの延伸工事が必要になります。
S狛駅は大丈夫か? 線路際の空間にあまり余裕が無いけれど…。
しかし、沿線住民としては、7両化を図る前に、同志社前~木津間の「運転本数の増加」を実現して欲しい!というのが正直な希望です。
「増結よりも増発を!」ってことで。

いずれ増発も行われるものと信じておりますが。



↓JR西日本ホームページ
http://www.westjr.co.jp/

「プレスリリース」の中から、
5月16日:『5月定例社長会見』の項目です。



200円均一

2007年05月16日 21時44分21秒 | 鉄 道
数日前のことですが、四条大宮から「らんでん」に乗ってきました。
私も京都市内へ出向く機会は多いのですが、行き先はもっぱら東山界隈なので、逆方向になる〝らんでん沿線〟は地理的によう分かりませんが。
太秦広隆寺駅で降りて、写真撮ってきました。
業務上青年部会広報紙資料(原稿ねた)として使います。

らんでんに乗ったのも久しぶりですが(大学時代以来かも?)、運賃が200円均一だというのに驚きました。市バスよりも安い! 四条大宮→嵐山間は当然として、帷子ノ辻経由で北野白梅町まで乗っても200円ということでしょうか。乗り換えが発生しますが…。
あと、車内に「降車用押ボタン」が付いているのにもびっくりしました。ということは、乗降が無い場合には〝通過〟する可能性もあるのか? そういえば、広島の〝ひろでん〟にも押ボタンは付いていたっけな。

訪れたのは平日の午後でしたが、10分ごとに次々やってくる小さな電車はどれも満席で(立っている人は少ない)、まずまずの利用状況と見ました。



こんなこともあるのですね

2007年05月14日 22時42分05秒 | 鉄 道
島根県を走る一畑電車に存在した、

『ルイス・C.ティファニー庭園美術館前』

という駅が、同美術館の閉館にともなって駅名変更したそうです。
〝日本で一番長い駅名〟として知られていたのですが、閉館によって駅名もモロに影響を受けてしまった格好です。こんなこともあるのですね。

詳しいことは全然知りませんが、同美術館と地元行政との関係がうまくいっていなかったようです。もめていたようですね。
閉館の理由もそこにあったみたいで、なんだか残念な話題です。


代わって、日本で一番長い駅名になったのは、

『南阿蘇水の生まれる里白水高原』

だそうです。みなみあそみずのうまれるさとはくすいこうげん、です。
南阿蘇鉄道に存在する駅で、もともと、一畑の『ルイス・C.ティファニー庭園美術館前』が誕生するまでは〝日本一〟の座についていた駅名です。
今回、このような形で首位に返り咲きということで、こちらは〝閉館〟の可能性がない名称ですから、当分は安泰かと思われます。

私も九州の第三セクター線にはあちこち乗り歩きましたが、南阿蘇鉄道だけ、まだです。ほかは全部乗ったと思うのですが。
あっ、肥薩おれんじ鉄道っていうのがある? これ、鹿児島本線のときに何度か乗ったけれど…、やっぱり乗り直さないとダメか?!



草抜き

2007年05月13日 22時16分14秒 | 日記・雑記
きょうの夕方、仕事場の前庭の「草抜き」をしました。
気候がよくなって、しかも、雨の日と快晴の日がうまい具合に入れ替わりながら続いてきましたから、放置していた雑草が伸び放題になっていました。
肥料もない土なのに、よくもまあ、こんなに伸びるもんだ。

『いずれ、(草抜きを)やらねばならんな…』

と思いながら、時間だけがどんどん過ぎて、雑草たちはすくすくと育ち…。
きょうは一念発起して雑草をやっつけました。
これで数週間は大丈夫ですが、これから梅雨の季節がきて「水分補給」が十分におこなわれ、気温がさらに上がるので、また草は伸びます。
梅雨明けの頃に、再び雑草と〝格闘〟しなければならないと思います。

きょうはけっこう疲れましたが、ちょっとスッキリした気分です。



ひさしぶり光台

2007年05月13日 21時54分02秒 | Yクラブ
昨夜(5月12日)、光台にてYクラブ集会がありました。
このところ横大路集会が多かったので、久しぶりの光台でした。
私は家から近いので便利ですが、ほかのみなさんには〝めっちゃ遠い〟思いをしてもらわないといけませんね。
解散後、みなさんは何時ごろ自宅に帰りついたのだろう…。
私は10分後には帰宅していたぞ。
また会いましょう。



暑ぅおしたなぁ

2007年05月09日 23時26分54秒 | それゆけスペース
 きょうは、天気もよく、暑い一日でした。
京都も7月並みの気温だったそうで。 
ミニカ号の窓を、前ドア・後ドアとも全開にして、京都ヘッドまで行ってきました。

さて、今月は「自動車税を納付する月」ということで、うちにも通知書が届いています。
新入り、ミニカ号の「軽自動車税納税通知書」も、漏れることなく届いています。
こういうのは、ちゃんと送られてきますね。

ウィッシュ号と、原付バイク〝業務号〟と、そしてミニカ号、の3種類。
これだけ全部となると、一度の出費としてはかなり大きい…。
ほとんどを、普通車のウィッシュ号が占めていますが。

ちなみに、来年5月には、ウィッシュ号の「車検」が重なってきます。言うまでもなく、5月に買ったから、車検が5月に巡ってくるわけです。
自動車税納付は毎年5月と決まっているのだから、もしかすると、5月にクルマを買わないほうが良いのかもしれないですね(→車検の出費と重ならないようにするため)。
スッと支払えるのなら、問題ないですけどね。



お礼のハザード

2007年05月06日 19時36分05秒 | クルマ
車を運転しているとき、車線の合流の際などに、ほかの車に進路を譲ってもらったら、ハザードランプで〝お礼の挨拶〟をする習慣が広まっていますよね。
正式な交通ルールに照らせば、ハザードをそういう場面で使うのは「間違い」ということになりますが、私も、気が向いたときは使っています。

うちの近所では、自動車学校の教習車(仮免許)も、お礼がわりのハザードを使うようになっています。
ハンドル操作だけで精一杯であろう教習生がハザードのボタンも操作しているのかは分かりません。もしかすると、同乗している指導教官のアドリブなのかもしれません。

『教習車も(お礼の)ハザードを使うようになったか…』

と思っていたら、ついに昨日、近所で遭遇したパトカーも、これをやっていました。
良く言えば、〝フレンドリーなパトカー〟という印象ですが、正しいルールには合致しない習慣なのだし、パトカーにはむしろ〝ツン〟としていてほしいなあと思ったりもします。