ダンポポの種

備忘録です

はもってる

2009年06月30日 23時25分33秒 | 動画・music,音

この空を飛べたら




すごい、ハモッてるやん…! こんなの初めて聴きました。


動画タイトルに書かれている通り、この歌は「この空を飛べたら」という曲名です。

作詞・作曲は中島みゆきですが、調べてみたら、当時はこれを加藤登紀子が歌っていたのですね。
最近は、私も、カラオケで歌ってみたりし(はいはい…)


私が持っている(←CD)では、中島みゆきの歌唱なのですが、中島みゆきでも加藤登紀子でも、この歌は「ひとりで歌う」のが基本なので、
こんなふうに二人でハモッてる映像は大変貴重だと思います。


ちなみに…、
私がこの歌を知ったきっかけは、ドラマ「西部警察」です。(←また出た…)

パート1の作品でしたが、とある回の放映の中で、聞き込み捜査に走り回る刑事たちの映像に重ねて、バックにこの歌が流れていたのです。


↑そんな昔のことを、よう覚えてるなぁ。


↑過去にも、再放送のときにビデオに録ってあるものでな…。




紀勢本線

2009年06月29日 23時24分52秒 | 鉄 道
↓つい何度も見てしまう映像です。私は…


全通した紀勢線





紀勢本線のうち、最後の最後まで〝未開通〟で残っていた三木里~新鹿間の線路が開通した時の映像ですね。
ニュース映像のようですが、船を使っての登校風景や、連絡輸送に活躍した国鉄バスなど、とても貴重な記録だと思います。

映像中にもありますが、三木里~新鹿間の鉄道が開通したのは昭和34年(1959年)7月15日のことでした。
これによって、紀勢本線が「全線開通」したのです。(←亀山から和歌山市まで線路がつながった、ということです)


今年は2009年なので、紀勢本線は「全通50周年」の節目を迎えます。
上の映像が撮られた時から数えて、50年が経過したということになりますね。




↑現在の紀勢本線。(この図では、三重県南部の区間のみ掲載)
 今は線路がつながっていますから、三重県と和歌山県にまたがって、紀伊半島の海沿いをぐるーっと列車で駆けめぐることができます。

 尾鷲から熊野市にかけての沿線(図中の赤枠)は、険しい山々が海岸まで迫り出していて、鉄道や道路などの陸上交通にとっては、
 行く手をさえぎられる〝難所〟でした。リアス式海岸と言ったらいいのかな。
 現在も、その地形は変わりません。

 上の映像のナレーションでは、
 険しい地形が鉄道を阻んで、紀伊半島の南は、陸の孤島と呼ばれてきた。
 と言っています。



↓昔の時刻表(復刻版)より。


↑『汽車時間表』昭和9年12月号より。(以前にJTBから発行された復刻版です)

 上の映像のなかで、作文を読む子どもの声が入っていますね。

 いくら陸続きでも、遠く離れた島のように、交通が不便だった…
 昔の人は、二木島までうんとこうんとこと山越えをして、それから船に乗って、鳥羽まで行ったそうだ…

 (↑…と、たぶんそう言っているのだろうと思うのですが)

 ここに出てくる「二木島から鳥羽までの船」というのは、これのことかな…?と私は勝手に思っております。

 しかし…、紀伊半島の海沿いの町に寄りながら大阪~名古屋を結ぶ船(航路)があったのですね。
 裏を返せば、紀伊半島の沿岸部を結ぶ鉄道・バスなどの陸上交通が未発達だった時代と言えましょう。



↓紀勢本線が全通する直前の「時刻表」から…


↑昭和33年11月号『時刻表』(復刻版)より。

 紀勢本線の全通まであと一歩!という時期です。
 図に見えるように、この時期、三木里~新鹿間だけがつながっていません。
 これは昭和33年の「時刻表」の地図ですが、翌昭和34年7月にこの区間が開通し、紀勢本線が全通したのです。

 図中で、鉄道線のそばに並んで描かれている二重線は、バス路線を表します。
 鉄道の未開通区間をカバーする国鉄バスによる連絡輸送が、尾鷲~紀伊木本(現在の熊野市)間で行われていたことがうかがえます。
 映像のなかに出てくる国鉄バスの路線が、これに該当します。(←たぶん…)



↑同じく昭和33年11月号『時刻表』(復刻版)より。
 尾鷲~紀伊木本(熊野市)を結んだ、国鉄バスの時刻表です。(画面中段)

 上の映像にあるように、国鉄バスも山越えの険しい道を走って、この区間を結んでいました。
 バスが走って行けるような道が、それしか無かったのでしょうね。
 所要時間がスゴイです。
 尾鷲~紀伊木本(熊野市)を2時間40分かけて結んでいます…。

 陸の孤島と呼ばれたわけが、この所要時間からも垣間見えるようであります。
 同時に…、鉄道の未開通区間をカバーするべく、2時間40分をかけてでもこの区間を確かに結んでいた国鉄バスは偉大だと思います。
 涙が出てきそうになります


 ちなみに現在-、尾鷲~熊野市間は、特急列車で30分ほどで結ばれています。


↓3年前の夏に、紀伊半島を列車でぐるっと回ったときの画像です。
 新宮駅で撮影した、特急「南紀号」(紀伊勝浦ゆき)です。




久しぶりに…

2009年06月22日 23時43分24秒 | 日記・雑記


朝方に雨が降りましたが、日中は止んでいて、夜になってまた降り始めました。
梅雨らしく、湿気の多い、蒸し暑い一日でした。

さて、今夜は、懐かしい仲間と久しぶりに飲みに行ってきました。(場所は、シンタナでした)
高校~予備校のころからの仲間であるS氏とE氏です。
以前にも飲み会をしたことがあるメンバーですが、前回はいつだったかな?と思いだせないぐらい、何年ぶりかの飲み会でした。

両氏とも、元気そうで何よりでありました。
また、飲みに行きましょう!



どこですか?

2009年06月18日 11時47分14秒 | 日記・雑記
 新幹線の、N700系です。




↑「のぞみ」ではなく「ひかり」に使用されているところです。
 やっぱり、窓が小さいなぁ。航空機みたいだ…とも言われます。
 その代わり(?)に、出入り口のところに表示されている「号車番号」の文字は大きいです。これは見やすい。
 屋根上のパンタグラフ・カバー(パンタグラフを囲っている板みたいなやつ)も、めちゃめちゃ大きいです。



↑行き先表示は、字幕式ではなく、今風のカラフルな電光表示式。LEDと言うんだったか…?
 種別表示(列車の名前)のところには「号数」のナンバーも表示され、行き先のほか、次の停車駅も案内されます。


◇          ◇          ◇


…というわけで、
それではここで、お待ちかねのクエスチョンです。


上に掲載した3枚の画像はすべて、同じ駅で、同じ列車を写したものです。
さて、ここはどこ(駅)でしょうか?





ミツマンボ

2009年06月17日 17時33分03秒 | うちの近所
このあいだ、新田辺の近くで近鉄電車を撮ったとき(ブログ記事名『田んぼと近鉄電車』)、
ついでにJR学研都市線の写真も撮ってましたので、貼っておきます。


当地を流れる天井川のしたをJR線がくぐる地点です。
レンガ造りの古めかしい構造物で、地元では「ミツマンボ(みつまんぼ)」と呼ばれています。



↑光線状態が良くないですが、トンネルみたいに見えているのが「ミツマンボ」です。
 トンネルの上に、天井川が流れています。
 場所は同志社前~京田辺間に当たり、これは京田辺駅のほうを向いて撮影したもの。
 画面手前に立っている信号機は、京田辺駅の第一場内信号。



↑トンネルみたいな穴が3つあり、真ん中の穴を単線レールがくぐっています。
 「ミツマンボ」の〝ミツ〟は「3つ」のことなんだろうと思われるのですが、マンボという語も含めて、
 どうしてこの構造物が「ミツマンボ」と呼ばれるようになったかは、はっきりと分かりません。
 画面の奥のほう、電車が見えているところが、京田辺駅です。



↑京田辺駅を発車した電車は、ぐんぐん加速しながら、ミツマンボを一気にくぐりぬけて行きます。



↑私が高校生のときに写したもの。スキャンしてみた。
 場所は、上の画像と同じ。懐かしい103系の快速運用(当時は3両編成)です。
 長尾~木津間の電化が完成した直後に撮影したものです。
 こっちのほうが、レンガの色がしっかり出ていますな。



◎画像追加

↓上の画像とは別の地点から、ミツマンボを狙ってみました。





珍しく出張

2009年06月16日 23時57分28秒 | 日記・雑記
きのう、きょう、の2日間、私にとっては極めて珍しい〝出張〟に出掛けていました。
きのうの夜は名古屋でホテルに泊まってきました。

外泊をしたのは、今年になって初めてと違うか?っていう感じです。違うかなぁ?
あっ…、3月末に京都ヘッドで一泊したことがあったか。
(↑京都ヘッドに泊まってみてもねぇ…)




↑名鉄のホテルに泊まりました。



↑夜、ホテルのテレビで見た、天気予報の画面。チャンネルはNHKだったと思いますが…。
 「名古屋の天気予報は、こういう範囲を伝えるんだなぁ」
 と、思わず撮ってしまった。
 静岡県の予報は伝えないのですね…。同じ東海地方じゃないのか?って思うけれど。



↑名古屋駅の前にて。きょうの朝。
 新幹線に近い側から撮影。
 「京都駅で言えば八条口やろ?」と、同行の人たちと言いあって、互いに納得しあっていたという…。
 2本の超高層ビルが、JR名古屋駅のシンボル。
 画面右側に辛うじて見えている可愛らしいのが、名鉄と近鉄のビルです。



↑上の画像では見にくいので、名鉄と近鉄のビルを重点的に撮影。
 両者がくっ付いているようですが、ここは名古屋だし、基本、名鉄のほうがメインですね。
 スペース的にも、近鉄はオマケみたいな…。
 コーポレート・マーク付きで「名古屋鉄道」と〝フル・ネーム〟で表示されている名鉄に対して、一方は「近鉄」だけだものな。

 近鉄のところには「大阪・奈良・伊勢方面」って書いてあります。
 「京都」も書いておいたら良いと思うけどな。
 嘘じゃないんだから…。

◇          ◇          ◇

きょうは曇り空の一日でしたが、幸い、夕方にウチへ帰りつくまで、私は雨にあわずに済みました。

私が帰りついたあと、京都南部では局地的に大雨が降ったようです。
結果的に、うちのS華町は全然降っていないのですが、U治とかJ陽とかは、短時間のうちにかなり激しい雨だったようです。
床上または床下への浸水被害も出たもようです。
このところ毎年のように発生している〝ゲリラ豪雨〟というやつか。

こういうゲリラ豪雨は、予報するのも困難らしい。
かないませんな。



やまのぼり

2009年06月15日 00時23分14秒 | 日記・雑記


珍しく、日付が変わってからの投稿です。

日付が変わったので、きのう…になりますが、京都西山、よしみね寺の近くの、山の中へ行ってきました。
業務上美化活動に参加してきたものです。(←なんじゃそりゃ)(←業務の一環!)

美化活動にともなう労働はともかく…、とにかく、その現地へたどり着くまでが、大変しんどかったです。
平たく言えば、山登り…。
坂道が急であったことよりも、自分の体が重たい…と、痛感しました。

でも、山の上は涼しくて、気持ちよかったです。



↑たどり着いた現場から、京都市街のほうを向いて撮影。
 けっこう、山の中でしょう?



↑もうちょっと、はっきりと市街地を見おろせる地点から。
 京都タワーもちゃんと見えています。



↑あじさい。



↑咲き始めた、あじさい。(外側から順番に咲いていくのか…)



↑山の、かえる。



けいきゅう?

2009年06月13日 19時42分36秒 | バ ス

京都の「京急バス」、東京の京急が待った 社名再変更へ(朝日新聞) - goo ニュース


↑こんなの、私も知りませんでした。
 そりゃ、京浜急行は黙っていないでしょうな。


私も、日ごろ、京都ヘッドまで往復する道中、東大路通で「プリンセスラインバス」をよく見かけます。
プリンセスラインバスを、そのまま社名にしたらいいのに。

京都急行バス…っていうのも、なんか今さらというか、古臭い感じがする名前に思えますが。



田んぼと近鉄電車

2009年06月12日 19時29分16秒 | うちの近所


梅雨に入っていますが、きょうは良い天気で、暑い一日でした。


午後、新田辺へ出かけたついでに、しばし線路際にたたずんで、近鉄電車を撮ってきました。



↑新田辺~興戸間の大カーブのところで撮りました。



↑相互乗り入れの地下鉄車(京都市交10系)も、水田を眺めながら、気持ち良さそうに駆けていきます。



↑京都ゆきのビスタEX。(特急列車)
 カントに身をまかせて〝くいっ〟と車体を傾け、軽く線路を響かせながら、通い慣れた道をたどっていきます。



↑特急電車22000系。
 列車は、線路沿いの水田に影を映しながら走ります。
 1年のうちで、田植えが済んだ直後の、今の時期にしか見られない光景です。
 私は、この光景が大好きです。



↑京都ゆき急行を、後打ち。(画面の左奥へと進んでいく列車の、最後尾を写したものです)
 新田辺駅への停車に備えて、速度を下げながらこのカーブを通り抜けていきます。
 車輪がレールの継ぎ目を拾う音(ガタンゴトン)が、スロー・テンポに変化していきます。
 減速に合わせて低音に下がってゆくモーター音が、そこに重なります。



再放送、もう終わりか!?

2009年06月11日 23時40分24秒 | 日記・雑記
数日前に、近畿地方は梅雨入りしましたが、
きょう、最後まで残っていた東北地方(北部)でも梅雨入りが発表されたとのことです。
梅雨がない北海道を除いて、全国各地で梅雨の時期を迎えたことになります。


そうそう…!
東北地方といえば…、

きょうの「西部警察」の再放送では、山形ロケ(酒田ロケ)の回が放映されました!

(↑はじめからスッと言いなさいよ)


これもまた、話の最後は、大きな大きな爆破でオチるという展開です。

地元の消防もロケに協力していたようで、消防車もたくさん映っていました。
撮影協力に消防の名前も出ていたので、本物の消防車だったんだと思います。
舞台裏というわけではなく、ストーリー上も「消防車がたくさん駆けつけた」という設定になっています。
大門軍団と犯人グループがドンパチやっている現場で、周囲が炎上したらすぐさま消防隊が消火に当たる、という感じで。

「ふつう、戦場の最前線に、消防車が来てるかぁ?」
と、ちょっとおかしく見てしまいました。

おっと…、「西部警察」を見ながら、そんなことを言うのはヤボだな。


しかし、よくもまあ、本物の消防車がロケに〝参加〟してくれたなと、そこに感心します。
「消火訓練」という名目で出動してくれたのかな。

最後には巨大な爆破がありますから、大規模な消火訓練になったでしょうね。

◇          ◇          ◇

このたびの再放送は、関西では、明日(金曜日)が最後になるみたいです。
そのあと、こんどの日曜日に、「スペシャル」(→何年か前にあったやつかな? 宮崎でロケをしたやつ)の再放送があって、
来週はもう再放送の予定がないようです。

今回もまた、たくさんビデオに録画できました。



すま

2009年06月10日 18時52分01秒 | 鉄 道
先日の山陽電車訪問の際に、須磨駅で写してきた画像(残り品)です。

↓せっかくなので、貼っておきます。



↑須磨駅のホームのそばにある、古い建物。
 たぶん、駅の関連施設だったのだろうと思います。詰所か?
 現在は使用されていないように見えました。

 私も、子供の頃から、この駅を通るたびに目にしていた建物です。
 当時にしてすでに「ふっるい建物やなー!」と、私も子供心に感じていたものですが、
 現在も解体されずに残っているんですね。或いは、保存されているのかな?



↑ホームに入ってくる、梅田ゆき直通特急。(姫路から走ってきた列車です)
 阪神の9300系という車両です。
 新しい急行色(?)というのか…、オレンジとホワイトの塗装は、この形式から採用されたものです。
 その後、在来車の8000系にも、リニューアルを機にこれに準じた塗装に変更された編成が登場しています。

 9300系は、編成の中ほどの車両に「転換クロスシート」を装備した、長距離仕様の車両です。
 梅田~姫路間の直通特急運用は、その持ち味を発揮できる〝活躍の場〟ですね。
 これが奈良へも走ってきてくれたら、私も大歓迎するんだけどなぁ。
 残念ながら、近鉄線直通には使用されない車両となっています。



↑上と同じ列車(9300系)です。須磨駅に停車中。
 列車が駅に滑り込んでくるときから私も気づいていたのですが、車体がずいぶん汚れていました。
 阪神電車にしては珍しいな…、と思ったけれど。
 長距離列車の貫録、っていうことにしておこうか(?)


↓【比較】ぴかぴかボディの一例。(8000系リニューアル車両)




↑須磨駅に停車中の、姫路ゆき普通。3000系の4両編成バージョンでした。
 画像の列車は、阪急三宮から走ってきたもの。
 三宮から姫路まですべての駅に停車し、全行程で1時間50分ほどかかります。

 今回は「須磨ゆき普通」の件を話題にしましたが、すべての普通電車が須磨発着になっているわけではなく、
 このように三宮まで乗り入れて帰って来る運用もあります。

 えっ? 画像の「普通/姫路」という行き先表示だけじゃ、そこまでの説得力がないだろうって?

 ごもっとも…。



山陽電車に乗ってきた

2009年06月08日 18時06分47秒 | 鉄 道
きのう、午後から、ふら~っと電車に乗って出掛けてきました。

奈良から近鉄電車で出発して、阪神線を通り越して、山陽電車の明石まで行ってきました。
用事は一切無し。
〝鉄分〟補給活動です!

例によって、途中下車してどうのこうの…という箇所は全くありません。
直通運転のおかげで、私が住んでいる地域からでも山陽沿線へ気軽に向かえるようになったなぁ、と実感してきたところです。

★運賃メモ★
近鉄奈良~山陽明石間の片道運賃は1,520円。
きのうはよく調べていないけれど、たぶん、近鉄の駅では、山陽電鉄線までの連絡乗車券は売っていないはずです。
私は、スルッとKANSAIカードで乗ってきました。



↑山陽電鉄線内を走る、姫路ゆき直通特急の車内で写した車窓風景。



↑同じく、直通特急の車内から撮影した、明石海峡大橋付近の車窓風景。



↑その、直通特急の車内のようす。(一番前の車両に乗りました)
 山陽5000系です。
 運転室の部分が客室側にボコッと出っ張っているのが、山陽電車の車両の特徴です。私鉄の車両では珍しい形です。
 車掌台側には客席(2人掛けロングシート)がありますが、出っ張っている運転席側にはそれがありません。
 天井の吊り広告には、「奈良・斑鳩」の文字が見えます。



↑明石海峡大橋のそばにある舞子公園駅で降りて、直通特急を見送りました。
 列車は、駅を発車してすぐのところでJR神戸線をまたぎ(赤いガード)、そして、舞子名物の「急カーブ」へと進んでいきます。
 あんまり上手に写せていないけれど、列車がカーブを進んでいく様子が伝わるかな?



↑これも、舞子公園駅にて。
 向かいのホームに「須磨ゆき普通(普通車)」が停車しているところ。(画像は、最後尾側から撮影したもの)
 山陽電車の3050系という車両です。
 この列車は姫路から走ってきたものですが、神戸の都心部まで乗り入れずに須磨で終点になってしまう運命です。
 今年春のダイヤ改正から、普通電車の一部について、このように「須磨ゆき」として運行されるようになっています。
 正直に言うと、この「須磨ゆき普通」を見たくて、きのうは出掛けてきました。



↑これも舞子公園駅にて。この駅のホームには、転落防止用(と思われる)柵が設置されています。列車への乗車位置のところは開放されています。
 もともとは特急通過駅だった舞子公園駅ですが、現在は直通特急・特急が停車するようになっています。(朝晩のS特急のみ、この駅を通過します)
 後方に見えている高架が、明石海峡大橋に続く高速道路。
 この駅で降りると、大橋をわたる高速バスに乗り換えが可能です。
 淡路・四国方面へは高速バスに乗り換えの旨、山陽電車の車内放送でも案内があります。



↑山陽明石駅にて。
 ここでも、須磨ゆき普通を目撃!!(←っていうか、そのために行ったんだけどな)
 3000系という車両です。



↑山陽明石駅にて、上と同じ列車です。
 停車中の列車を最後尾側から撮ったもの。
 行ったのが午後なので、光線の向きからすると、こっち側から撮るのが良かったのです。



↑山陽須磨駅にて。後打ちです(列車の最後尾側から写しています)。
 
 左側に止まっている山陽5000系(銀色の電車)が須磨ゆき普通です。ここは須磨駅なので、要するに〝須磨止まり〟の列車です。
 これは5000系の4両編成バージョンなので、普通電車に使われています。
 当駅止まりのため、正面の行き先表示はすでに「白表示」に回されていて、正体を失っています。

 右側の阪神車(8000系リニューアル編成、梅田ゆき特急。須磨浦公園始発便)がこの駅で接続を受けて、これより先(神戸方面)への旅客輸送を担います。
 須磨浦公園始発の阪神特急は三宮駅まで各駅に止まるので、山陽の普通電車がカバーするべき〝神戸都心までの各停輸送〟にも対応できるのです。
 「須磨ゆき普通」と聞くと、いかにも中途半端なように思えるのですが、こうして、旅客輸送の流れが途切れないように接続ダイヤは工夫されています。

 ちなみに、ここでの列車の発着順序は?と言うと…。

 1,まず最初に、須磨浦公園からの阪神特急が到着します。(すぐに発車せず、停留します)
 2,その2~3分後に、追いかけてきた「須磨ゆき普通」が待避線に到着し、これは当駅止まりとなります。
 3,普通電車から阪神特急に、乗客が乗り換えます。
 4,乗り換えが済んだら、すぐに、阪神特急は発車してゆきます。

 ↑こんな感じです。
  私、向かいのホームから、電車の動きをずうっと眺めていたもので…。けっこう芸が細かい運用だな…と思いました。
  上の画像は、一連の動きが完了し、阪神特急が発車してゆく場面です。



とんでもないミス!

2009年06月07日 18時40分50秒 | 日記・雑記
です。

再放送が行われているので、私も調子にのって「西部警察」のことを当ブログに書いたりしておりますが、
前回までの投稿記事のなかで、重大なミスをしていました。

一応、誰からの指摘でもなく、自分自身で気がついたことなのですが、ひょっとすると、気づいていた読者の方もおられるかもしれません。
けっこう、恥ずかしいミスでして…。


それでは、ミスを発表します。

石原裕次郎が扮していた「コグレ課長」の名前を、
私は〝小暮課長〟と書いておりました。

正しくは、「木暮課長」と書くのですっ!


謹んで訂正いたします。
慙愧にたえません…。恥ずかしー。



影武者か

2009年06月05日 22時52分03秒 | 日記・雑記
「マシンX」(ましん・えっくす)って、〝2台〟存在していたのか…!!


↓パート2のエンディングの映像より。(テレビ画面をそのままデジカメで撮影)
 


ドラマ西部警察のエンディングでは、番組内で登場する車両たちが整然と車列を組んで走り迫ってくる映像が流れます。
白バイ隊を先頭に、小暮課長(→訂正…木暮課長)のガゼール、4WDのサファリと続き、その後ろに「マシンX」が2台並んで走っているのが見えます。


↓マシンXのところを、四角で囲んでみました。




本当に2台あったのですね。

ウィキペディアの「マシンX」の項目には、
『(一説には)7台制作されたといわれている』
ともあります。

劇中では常に1台しか出てこない存在ですが、大がかりなロケなどの「撮影」の都合を考えると、何台か保有しておくほうが良かったのでしょう。
撮影のとき、装備品のパーツごとに車両が異なっていたのかもしれませんね。