ダンポポの種

備忘録です

最後の音楽会の最後 〔後編〕

2008年03月23日 10時17分55秒 | 備忘録
西宮で過ごした小学生時代の思い出。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

音楽会の当日になった。

T小学校には、音楽会専用のホールなんて無かったので、この日だけは、体育館が音楽ホールに変身した。
遮光カーテンが引かれた館内は真っ暗で、即席で組み立てられたスポットライトが舞台上を照らしていた。

私も、6年2組の一員として舞台に上がり、合唱の発表をした。
何を歌ったのか、曲名は忘れてしまったが、大きなミスもなく無難に歌い終えたと記憶している。

合唱発表を終えて、クラスメートと和やかに舞台から下りてきた私は、待ち構えていた〝件の先生〟にその場で身柄を拘束された。
教室へ戻っていくクラスメートたちの列から引き剥がされ、舞台裏の別室に監禁されて「閉会の挨拶」の最終調整に励んだ。
はっきり言って、合唱練習よりも挨拶練習のほうが大変だったが、どうにか当日までに原稿は暗記した。
あとは、早口にならないよう、落ち着いてゆっくり言うだけだ。


    ◇     ◇     ◇

「よしっ! 本番も、その調子でいくんやで!」

別室での〝最終リハーサル〟が済むと先生はそうおっしゃって、手にしたファイルの中から、二つ折りの青い画用紙を取り出された。

「これ、持って行き!」

言われるままに、私はそれを受け取った。
二つ折りの青い画用紙-、開いてみると、中には挨拶文の原稿が貼ってあった。
暗記用として〝原版〟は私が持っているから、これは、それとは別に先生が清書してくださったものだ。
だけど、これは一体、どういうこと…?

ポカ~ンとしている私に、先生はサラ~ッとおっしゃった。

「舞台に上がったら、急に緊張するかもしれへんし、もし、ド忘れしたら、それを見ながら挨拶して、いいよ」

それを聞いて、ますますポカ~ンとする私だった。

『ああ、なるほど…。先生は最初からこういう作戦を考えておられたのだな…』
と、私が気付いたのは、ずっとずっと、ずーっと、後になってからのことである。


真っ暗な館内。
私は、舞台上でスポットライトをひとり占めして、大勢の保護者たちを前に、閉会の挨拶を無事終えた。
緊張感から解き放たれて、意気揚々と舞台から下りてきた私は、例によって待ち構えていた先生に、今度は自分から得意げに言った。

「先生、最後まで、原稿を見ないで言えました!」

ということは…、前を向いて、視線を下げずに、保護者たちに向かってしっかりと挨拶ができたわけだ。

すべては、「ご苦労さん!」と言って笑っておられる、先生の思惑通り-。



コメントを投稿